ノルウェーの太公望と星屑の鯨
はた
第1話 ノルウェーの太公望
ノルウェーにはこんな古い言い伝えがある。
西暦の千年の節目を迎えると、空には星の欠片が飛び交い、その中心には『星屑の鯨』が現れるという。
そして、その鯨を捕らえた者は全てを手に入れるであろう、と。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
西暦2000年。ノルウェーには凄腕のプロの釣り師の青年がいた。名はサントス。今日も船で沖へ出て、竿一本でサーモンやサバなど、様々な魚を釣り上げていた。
「ノルウェーのタイ…コーボー?何だそりゃ?」
サントスは漁師の間では、遥か古代の中国の仙人にして釣りの名人にあやかって、『ノルウェーの太公望』と呼ばれていた。
しかし、本人はいまいちピンと来ていない。
「すごいじゃない!!今日も月刊フィッシャーマンの表紙だよ?」
「俺が釣りをしてるのは、あくまでも趣味だったんだけどなぁ…」
恋人のエミリーが、嬉しそうに釣り師の雑誌をサントスの顔に近づけてくる。確かに趣味で始めた釣りで、今は日銭を稼いでいるが、正直うんざりしていた。
「いいじゃないのー。褒められるのが、何で不満なわけ?」
「もっと静かに楽しみたいんだよなぁ。本来は落ち着いて黙考できてたのに…正直、釣りよりも考え事がメインなんだよなぁ…」
グチグチとうなだれるサントスに、
「じゃあ、何か他に収入を得られそうなことでもあるの?」
「…それを言われるとなー、うー…」
エミリーのエッジの効いた指摘は、深く突き刺さった。
そんなある日の休日…の前日、サントスは変わらず釣りに出る用意をしていた。趣味の釣りの時間は、今の彼には貴重な財産だ。
「ねえ、明日は仕事でじゃなくて趣味で釣りに行くんでしょ?」
エミリーはウキウキとサントスに尋ねた。この目をしているエミリーは大抵、何かしらを企てている。
サントスは長年の経験で解っていた。恐る恐る聞き返す。ひとつカマをかけてみた。
「何?またオーブンでも壊したの?」
「それは先月のことよ…しまった、バレてなかったと思ってたのに」
「…え?そうなの?」
カマを掛けたら、意外と大事が暴露されて呆れてしまったが、
「じゃあ、何?」
「明日の釣り、いっしょに行きたいなー」
「えー」
一人の時間は人生において大事な時間。だが、恋人と過ごす時間はもっと大事な時間である。
「いいじゃない、デートの一環だと思って。ね?」
「わかったよ。じゃあ準備して早々に寝よう。明日は場所は遠いから、日が昇る前に出発しなきゃいけないからね」
「やったっ!!じゃあ、すぐ用意するね!!」
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