第3話 しつこい勧誘

 古ぼけた床を軋ませながら、男はアタフタとエイラから距離を取る。



「きゅ、急に何をなさるのですか!? 吾輩を殺しても良い事なんてひとつもありませんよぉおおぉ?!」


「い、いえ、あの............」



 予想外の反応に、エイラは目をパチクリとさせるた。


 すると、先程の彼に話しかけた少年が「やれやれ」と言った様子で、地べたに尻餅をついた男の頭をパシッとはたきながら、口を開いた。



「すまねぇな、こいつは顔と言動と見た目とその他諸々全部怪しいが、別に詐欺師なんかじゃねーのさ」


「そ、そうなんですか......?」


「えっと確か、エイラ、だったか?」



 確認するように告げる彼に、未だ杖を握り締めたままのエイラは無言のまま頷いた。



「俺は忌軸雷太いみじくらいただ、以後よろしくな。さて、まずは勘違いを訂正するが......俺達は本当にアンタを勧誘してるんだぜ」


「えっ、そうなんですか?」



 低めの身長と、チクチクと尖った金色の髪。そんな子供っぽい様子とは対照的な彼の理路整然とした口調に、エイラは困惑する。



「アンタの名前や経歴は勝手に調べさせてもらったよ。勇者トツカが率いるBランクパーティの元魔導士、だったよな」


「そ、そうですが......」


「その才能を見込んで、この尻餅ついてるオッサンが......アンタを勧誘しに行ったんだよ」



 雷太の発言に、地面に座り込んでいた男がビョンッ、と跳び上がる様に立ち上がった。



「成程ぉ!! 吾輩の言葉がそのように怪しい印象を与えていたとは、夢にも思いませんでしたぁ!! 申し訳ございませんっっ!! ですがね雷太さん、吾輩の名前はオッサンではありませんよ?」



 モノクルを直しながら、男はビシッと気を付けの姿勢を取り、改めてその大きな口をかっ開いた。



「吾輩の名はビッグショット・エンバーレイン! このパーティのリーダーにして、『勇者』の称号を持つ者であります!!」



 相も変わらず胡散臭い男、ビッグショットという名前らしい彼の発言に、エイラは怪訝な反応を見せつつ、警戒を続けながら問い詰める。



「......『勇者のあかし』はありますか?」


「勿論でございますよぉっ」



 彼は意気揚々と返事をしながら、自身のポケットからネックレスに繋がれた徽章を取り出した。



「本物......ですね」



 黒色に煌めく幾何学的な形をした徽章をまじまじと見つめてから、エイラは小さく頷いた。


 勇者......国家統一学校にて統率力や魔法、学問を学び、勇者試験に合格した者にのみ与えられる称号。そんな勇者達には各々の『勇者のつるぎ』と『勇者の証』が譲渡され、パーティを作成・統率する権利を持つのだ。


 目の前にいるのが詐欺師ではない事に安堵しつつ、エイラはビッグショットに頭を下げる。



「パーティのリーダーである事は本当でしたか......申し訳ありません、失礼な事言ってしまって......」


「あぁ、それはこのオッサンが悪いから気にしなくていいよ」


「雷太さん? それ吾輩のセリフでは?」



 リーダーに軽口を叩きながら、雷太はエイラに顔を向ける。



「そんで、このパーティに入ってくれる? 一応、実績のある国家パーティってのも本当なんだけど......どう?」



 彼の誘いに、エイラは気まずそうに答える。



「でも......私の事を調べたのなら分かると思いますが、私は他人に魔法を当ててしまう悪癖があるんです。そんな私がパーティに入ってもいいんでしょうか......?」


「あ~ね、でもそこは気にしなくてもいいぞ。このパーティにはしかいないからな」


「そういう、奴......?」


「えぇ、雷太さんの言う通りです。このパーティはそういう場所なのですよ。という訳で————お二人とも、起きてください!」



 雷太の言葉に賛同しながら、ビッグショットは汚い床で横になる二人に向かって声をかけた。



「う~ん、んんぅ? もう朝なのぉ?」


「昼ですよ、リメイロットさん。ほらっ、有華ゆうかさんも寝てないでこっちに来てください」


「寝てない。横になって天井見てた」


「......楽しいんですか、それ」


「中々。リーダーもやる?」


「また次の機会に。今は起きて上がってください」


「むぅー」



 ビッグショットに声をかけられたのは————随分と豊満な体に修道服を纏った高身長な女性と、長めのローブに着られている感じの青髪長髪の少女だった。



「ご紹介致しましょうエイラさん。こちらの修道服の御方が、このパーティの僧侶、リメイロット・ハンクトモニアさん。そして、こちらのローブを着た御方が、魔導士である戯也有華ざれなりゆうかさんです!」


「はぁ~い、よろしくぅ」


「しく」


「よ、よろしくお願いします」



 二人の挨拶にエイラはそれとなく返しながらも、このどうにも胡散臭いパーティの詳細を探っていた。


 和名であるならば大陸南側の血筋、つまり魔法の扱いには長けている。立ち居振る舞いや服装からして、恐らく魔導士であろう忌軸雷太と戯也有華。そして僧侶であるリメイロットと勇者であるビッグショット。

 どんな役割でもこなせる魔導士が複数人いるのは珍しくない。後はリーダーの『勇者の剣』の能力によって、立ち回りも変わってくるだろう。


 色々と考えているエイラに、ビッグショットが再び告げる。



「ではエイラさん、改めて言わせて頂きます。吾輩が率いるこのノブレスローグに————加入していただけませんか?」



 小人数規模のパーティ......ビッグショットとかいう怪しい人物は置いておくにしても、冒険者達の憧れである国家パーティに入らないという選択は賢くないだろう。というより————エイラを誘ってくれる他のパーティを探すなど、砂漠の中から針を見つけ出すようなものだ。



「で、では————加入、します」


「感謝致しますエイラ様。では、契約の方を」



 ビッグショットはそう言うと、勇者の証を差し出す。エイラはその徽章に触れ、魔力を込めた。


 これはパーティに加入する儀式。勇者の証にメンバーの魔力を登録する事で、勇者と各々のメンバーが互いの大まかな位置や魔力量を探知出来るようになる。


 魔力の登録が終わり、エイラが顔を上げながら、



「それでは、これからよろしくお願い————」



 こまめな挨拶から円滑なコミュニケーションを始めようと意気込んだ、その時だった。


 ......エイラの前方に立つ二人の男が、何故だろうか、下卑に下卑た笑顔を浮かべていた。



「なぁオッサン。?」


「えぇ雷太さん。


「あ、あの............?」



 下卑下卑顔の二人が顔を見合わせてクスクスと笑い合う。そして、ビッグショットがエイラの方を向いて、ゆったりと————口を開いた。



「それではエイラさん、改めてようこそ。吾輩が率いる————天下に名を轟かせる、ノブレスローグへ!!」

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