第2話 疑惑と期待

「パーティへの、加入ですか......?!」



 男の言葉に、一瞬エイラは目を輝かせる。だが————はっ、と何かに気付いたように彼女は目を見開いた。


 そう、この男......どこを取ってみても怪しい恰好をしている。


 高身長、変な髪形と金縁のモノクル。貴族が着るような燕尾服に、良く磨かれたのであろう革のブーツ。そして......あのニンマリした顔。教科書に載るような模範的悪徳詐欺師スタイルだ。


 無論、そんな不審者がパーティへの勧誘を行っても、どうなるのかは目に見えている。



「い、いやぁ、私はもうパーティに入っているので......」



 詐欺師となるべく目を合わせないように、一歩一歩後ずさりで逃走図るるエイラ。しかし————そんな彼女を嘲笑うかのように、男は口を大きく開いた。



「よろしいのですか? 吾輩のパーティは......ですよ?」


「こ、国家パーティ?!」



 男の発言にエイラは再び驚きの声を上げ、足を止めた。


 国家パーティ......Sランクパーティの中でも、優秀な成績を残したり、絶大な信頼があるパーティにのみ与えられる国からの称号、及び特権的な地位の事。国家パーティは国からの重要な依頼をこなす代わりに、莫大な報酬が与えられる。


 もしも男の言葉が全て事実であり、エイラがそのパーティで活躍できたのなら。彼女が一生遊んでも使い切れないような莫大な金が手に入るだろう。職を失って傷心中のニートにとって、これ以上魅力的な誘いは無い。



「さてさてさて、どういたしますか?」



 自身を見下げる気色の悪い笑顔に、エイラは悩み抜いた末に......ゆっくりと口を開いた。



「と、とりあえず他のメンバーの方とお会い出来ませんか?」


「成程成程。えぇ、もちろん構いませんよ。拠点まで案内致しますので吾輩について来て下さい!」



 必要な事柄を全て述べると、男は大きな歩幅でカツカツと歩き始める。そんな彼の背中を小走りで追いながら、エイラはつらつらち言い訳を考えていた。


 他のメンバーを見て帰るだけ、と自分自身に言い聞かせながら、彼女はテクテクと歩いて行った。



 ◇ ◇ ◇



「さぁっ、ここが『ノブレスローグ』の拠点ですよぉ!!」


「はぁっ、はぁっ、やっと着いた......」



 街を離れて数十分。田舎と言うべきか僻地と言うべきか。二人が辿り着いた場所には......貴族が住んでいそうな大きな屋敷があった


 拠点を持っているのなんて、稼ぎが良いパーティだけ。その上、これだけ豪華な屋敷となれば詐欺の可能性は無いだろう、とエイラは安堵の溜息を漏らした。



「さぁさぁさぁ、愉快なパーティメンバーが貴方様をお待ちしておりますよぉ! お入りください!!」



 彼にグイグイと背中を押され、エイリンはその分厚い扉を開いて、建物の中に入った。中に......入ってしまった。



「..................え?」



 端的に言えば、建物の中には————何も無かった。


 外装から推定される豪華な家具や照明などはひとつも無く、というか部屋を分かつはずのが無く......剝き出しになって朽ち果てた木の床と、屋根を支える最低限の外壁が、ただ広がっているだけだった。


 どこをどう見ても取り壊し中の廃墟にしか見えない建物の床に、平然と一人が座り————あとの二人は至っては、完全に寝そべっている。



「おぉ、やっと帰って来たのかリーダー。そいつが言ってた奴か?」


「えぇ、如何にも。この方がエイラ・ジークハート様ですよ」



 気怠そうに床に座っていた少年の質問に、エイラを連れて来た男は......屋敷の扉の鍵をガチャリと閉めながら、ニンマリとした笑顔で答えた。


 その言葉と行動に、未だ現状を理解出来ていないエイラが反応する。



「ど、どうして私の名前............」


「勿論ご存知ですよ? 『暴発魔導士』エイリン・ジークハート様」



 先程よりも一層不気味な顔の返答に、彼女は確信した。認めざるをえなかった。そう————



「だ、騙したんですね......?」



 目の前の現実と、己の馬鹿さ加減に耐え切れなくなり、エイラアホは膝をついて項垂れた。金持ちアピールからの催促、豪華に見える建物の中に連れ込み、閉じ込めて金をブン取る......今時の五歳児でも分かる典型的な詐欺の手口である。



「おやおや、御気分が優れませんか?」



 相も変わらずにやけ顔の男......だがその笑顔は先程の張り付いたような愛想笑いではなく、獲物を捕らえた獣のような笑みだった。


 そんな彼が、より一層口角を上げて口を開く。



「さて、メンバーの件ですが、こちらの方が————」


「も、もういいです!!」


「............はい??」



 男の胡散臭い言葉を遮り、エイラは大声を上げた。シン、と重たくなった空気を肌で感じながらも、彼女は何とか言葉を紡ぐ。



「や、やっぱりパーティの加入はやめとこうかなって思います! 今日は案内ありがとうございました! また機会があれば来るので、あの、ですからその............鍵、開けてもらえませんかね?」



 そこはかとなく穏便に事を済ませようと、丁寧な口調で逃走を図るエイラ。だが、彼女の発言を聞いた男の顔から————笑顔が消えた。



「何故、何故ですか? まだメンバーの紹介は途中ですよ?」


「い、いえ、もう十分なので......」



 彼は一歩、一歩とエイラに近づきながら、ウルウルとした瞳と、随分と悲しそうな声で質問を続ける。



「急にどうなさったのですか、さっきまでは乗り気でしたのに」



 一歩。ゆっくりと、男との距離が消えていく。



「もしや、吾輩が何か気に障る事をしてしまいましたか? そうでしたら、謝罪をさせて頂きたく————」


「そ、それ以上近づかないで下さい!!」



 気付けばエイラは、男に杖を向けて叫んでいた。



「あなたが詐欺をしようとしているのは分かってるんですよ! それ以上近付けば、魔法を使いますよ!!」



 カタカタと震える手をもう一方の手で抑えながら、彼女は自分自身に必死に言い聞かせる。


 詐欺師と言っても卑怯な犯罪者であることには変わりない。魔法学校を卒業した正式な魔導士である自分の敵ではない、と。


 近距離戦闘用の短めの杖を握り締め、膝を曲げて構える。そんなエイラに杖を向けられた男は、怪しい詐欺師は————



「ひぃいぃいいいいぃいぃぃぃぃぃぃ!!」



 ————腰を抜かして、ずっこけた。

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