暴発魔導師は天職を見つけたようです

牙屋

第1話 当然の追放

「魔導師エイラ・ジークハート。君を......僕のパーティから追放する」



 エイラが所属するパーティ。そのリーダーである勇者トツカが突如としてそう告げた。そのあまりにも唐突な発言に、追放を言い渡された張本人は、震える声で彼に問い返す。



「理由を......聞いてもいいですか?」



 その質問にトツカは......非常に申し訳なさそうな顔で勢い良く答えた。



「だって君、めちゃくちゃ僕達に魔法を当てるじゃないか!!」



「ぐうっ!」



 ぐうの音が出た。



「一度や二度ならまだしも、仕事や依頼の度に僕の背中のマントが丸焦げなんだよ?! 何着買わなきゃいけないんだよ!!」



 さっきまでの申し訳ない様子とは裏腹に、彼の顔には有らん限りの怒りがこもっていた。当然だろう。なぜならば彼の言っている事は全て、紛れも無い事実なのだから。


 そして......そんな彼の憤慨に呼応するかのように、今まで我慢していたであろう他のパーティメンバーも文句を口にし始めた。


 女騎士が言う。



「そ、そうよ! あなた、折角手に入れた素材も報酬もお宝も、全部全部燃やしちゃうじゃない!!」



 僧侶が言う。



「雷が頭に直撃した時は、流石に死ぬかと思いましたよ......」



 ドワーフが言う。



「どデカい岩が真後ろからすっ飛んで来たら、いくら丈夫な儂でも流石に避けられんわい......」



 エルフが言う。



「私がお母さんから貰った大事な弓......あなたが焼け焦げた木の棒にしちゃいましたよね」



 被害報告に次ぐ被害報告。その否定しようの無い彼らの言葉を聞いて、エイラは弁明など到底出来ずに......



「ご、ごめんなさぁあぁぁぁぁああぁい!!」



 叫びながら、逃走した。


 こうして、エイラの勇者パーティでの日々は唐突に......しかし必然的に、終わりを告げたのである。



 ◇ ◇ ◇



「うぅっ、ひどいや! ぐすっ」


「いい加減泣き止みなよエイラ〜。また次があるからさ~」



 本日付で職を失ったエイラが、ジョッキに入ったオレンジジュースをカウンターに叩きつけながら涙を流していた。


 パーティを追放された現実を忘れるため、魔法学校時代の同期でもあり酒場の店主でもあるユーランに、慰めてもらおうと思ったのだが。



「それにしても、魔法学校の時から『暴発魔導士』とか『生徒殺し』とか呼ばれてたあんたを、よくパーティに入れてくれたよね~」


「ちょっとユーラン、可哀想な私を慰める気は無いの!?」


「いや、あんたが悪いじゃん。魔法を人に当てないようにするなんて、私でも出来るよ? てかアンタ、酒飲めないのに酒場なんかに来てどうすんのさ」



 そうぼやきながら、彼女は指をパチンッと鳴らし、咥えている煙草に火を付けた。


 ユーランの言葉に、身長150cmちょっとのエイラが、ギリギリ床に届かない足をバタつかせながら反抗する。



「そんなの分かってるよ! でも、どんだけ練習しても直らないんだから仕方無いじゃんか......それに私、誰も殺した事ないからね?! 生徒殺しは真っ赤な嘘だよ!!」


「はいはい間違っていました。正確には、同じクラスの生徒の両手と左脚を吹き飛ばしただけだもんね」


「ぐぬぬ......」


「しかしまぁ、それ以外の技量は完璧な魔法オタクのくせに、な~んでそれだけ出来ないのかねぇ。寧ろ、他人に魔法を当てる方が難しいでしょ」


「......そんなの、私が一番知りたいよ」



 彼女の指摘通り、エイラは他人に魔法を当ててしまう。


 無論、わざと狙っているという訳ではない。しかし、そうなってしまう原因を————知らないフリをしていた。



「まっ、元気出しなよ。また優しい誰かが拾ってくれるって。いや、お人好しの馬鹿な誰かが、かな」


「あっ、今酷い事言ったな?!」


「あっはっはっは、冗談だってば」



 何やかんや言いつつも、ユーランはその日の夜遅くまで彼女の愚痴に付き合った。



 ◇ ◇ ◇



 翌日。二日酔いに脳を揺さぶられながら、エイラは職を求めてフラフラと街を彷徨っていた。



「はぁ............」



 大きな溜息をつきながら、道端の切り株に腰を下ろす。


 昨日はパーティを追い出されたショックと酒(オレンジジュース)のお陰で忘れられていたが、彼女は現在無職である。多少の貯金はあれど、死ぬまで暮らせる量ではない。


 一人で冒険者の仕事をする事は法律上で禁止されており、戦闘魔法以外の才が特に無いエイラは、どこかのパーティに所属するしか選択肢は無いのだが————



「まぁ、後ろから全力で魔法撃ってくる奴に友達なんているわけないよねぇ。あはははははは............はぁ」



 二十歳を超えたぼっちが、己を嘲笑っていたその時————



「誰かー!!」



 街の方から、叫び声が聞こえてきた。


 声のした方を見ると、大きな袋を背中に担いだ覆面の男がエイラのいる方向へ走って来ていた。その後ろを、袋を盗まれたのであろう男が、大慌てで追いかけている。



「誰誰かー! そいつを止めてくれーー!」


「へへっ、誰がお前みたいなオッサンなんかに捕まるかよ! おいっ、てめぇら退きやがれ! 【火炎フレイル】!!」



 覆面の男が、群がる住民達に向けて魔法を放つ。轟轟と燃え盛る炎塊を見た人々は、悲鳴を上げながらけていく。


 ドンドンと道を進み、ようやっと逃げ切れるというその時。彼の視界に一人の少女が目に入った。


 切り株に座り、俯く少女。魔導士と言えば、といった感じのとんがり帽子をかぶった彼女、エイラの手には......短い杖が握られている。



「おいガキ! 邪魔だ! 【火炎フレイル】!!」



 そんな彼女に向けて、彼が再び炎を放った。だが————



「【水砲ウォルネラ】【氷結フェリーゼ】」



 放たれた炎は、無詠唱魔法である防御魔法に防がれて霧散。そして、エイラが放った水の塊が盗人に直撃した瞬間に凍り付き、彼は透き通った氷塊の中で彫刻となった。



「......あっ」



 つい全力で反撃してしまった、とエイラは後悔した。盗人一人くらいなら、簡素な拘束魔法で充分だろう。


 彼女が自身の失態を恥じていると————パチパチ、と周りにいた人々が拍手を始めた。



「............えっ?」



 その拍手は段々と広がっていき、歓声を上げる聴衆まで現れる。



「すげぇーじゃねぇか嬢ちゃん!!」


「お姉ちゃんかっこいいー!!」



 スタンディングオベーション。自身の功績を讃える民衆に、周りから送られる万雷の拍手に、彼女は————



「あ、あ......あり、がとうゴザイマス............」



 顔を赤らめながら、そそくさと逃げるように街から出て行った。




「はぁ、はぁ......ここまで来れば大丈夫かな」



 街の外れの路地。バタバタと全速力で逃げて来たエイラが、息を整えながら己の行動を猛省していた。



「いい加減、こっちの癖も治さなきゃな......」



 彼女には、暴発とは別にまたぞろ厄介な悪癖がある。それは、魔法で攻撃をされた際に、全力で対応してしまう事————詰まる所、手加減が出来ない事である。


 彼女が自身の行動を恥じ、溜息を吐き出したその時————



「お嬢さん。よろしいですか?」


「ひっっ!!」



 後ろから声を掛けられたエイラが、背中をつつかれた小動物のように肩を浮かせてビクッと跳ねた。



「おやおや失礼失礼。驚かせるつもりは無かったのですが」


「えっと......あれ? あなたは......」



 彼女が振り向いた先にいたのは————先程、泥棒を追いかけていたどこかの店の店主らしき男だった。



「あの、何か御用でしょうか......」



 首を傾げながら問うエイラに、彼は燕尾服の襟をビシッと正しながら、ニヤリと歪んだ口を開く。



「コホンッ、先程は助けて頂き感謝致します。貴方様の魔法......いやはや惚れ惚れする程の素晴らしい物でありました! 正直吾輩のこの心、揺さぶられてしましたよ、うはーっはっはっはっは」


「は、はぁ......ありがとうございます」



 まくし立てる様な早口と、演技にしか聞こえない空疎な笑い声に困惑するエイラ。そんな彼女を意に介さず、男は話を続ける。



「つきましては、そんな貴方様に......一つ御提案があるのですが」


「提案......?」



 彼はバッ、と腕を大きく広げ......その抑揚のある大声を路地に響かせ、答えを告げる。



「貴方様の実力、引いてはその才能! 見逃すわけにはいきません見逃せるはずがありません!! と、いう事で————吾輩が率いるパーティ、『ノブレスローグ』に加入してみませんか?!」

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