頂戴、君のぜんぶ、ちょうだい。

尾岡れき@猫部

頂戴、君のぜんぶ、ちょうだい。



 ステージ上で、舞われる神楽。

 笛と太鼓の音色。


 本来は神社で厳かに行われる神事のはずなのに。今や、ココのお祭りでは、恒例行事。誰もが楽しみにしている、夏の風物詩だった。


 そういえば、と思う。

 アイツも神楽が好きだった。


 基本、良い子。

 優等生で。


 そう思っていたけれど、なぜか俺の物を欲しがった。

 享年、7歳。


 ココのお祭で、俺がすくった金魚を欲しがって。ガキだった俺は、取り返そうと必死で。神社を走り抜けて――直後、テールランプの光、祭り囃子、和太鼓、そして避けた袋から、飛び出して。金魚がピチピチ、アスファルトの上で藻掻いていた。




 もし、アイツが大きくなったら――。

 俺は目をパチクリさせる。


 アイツが、成長したら、きっとこんな容姿だろう。そんな女性が立っていた。

 あの時と同じように、菫の浴衣を着て。



「……え?」


 思わず、アイツの名前を呼ぶ。首を傾げる。

 それから――。


 群衆の間を縫って、駆けた。

 あり得ない。


 そんなこと、あり得ない。

 でも、追いかけずにはいられなかった。


 また、あの時と同じように、事故になったら。

 でも、その心配は無用だ。


 アイツが向かう先は、境内の裏。

 この先は行き止まりで――。



(え?)


 見慣れない、深い森があった。

 線がひかれていた。

 そう、体育祭で引かれるような、石灰のマーカーが。


 アイツが俺を見る。

 唇が動いた。


 ――ちょうだい。

 彼女が、そう言っている気がした。






「――っ」


 声がした。俺は振り返る。待ち合わせをしていた、アイツの姉が、俺の袖を引っ張っていた。






■■■





「信じるよ」


 ぎゅっ、と。

 彼女は俺の手を握る。荒唐無稽な話だと思うのに、彼女は真剣な表情で頷く。


「なんとなく、納得できるちゃったから」

「……へ?」


 ぐっと、彼女は俺の腕に抱きついた。


「あの子ね、執着ってなかったんだよね。唯一が、君だと思うの」

「……むしろ、俺は嫌われていると思ったけど?」

「気にかけてほしかったってことなんじゃない?」


 そう……なんだろうか。

 よく分からない。


「だって、男の子と女の子って、明確な差ができるでしょ? ちょっとでも気を引きたかった気がするんだよね」

「さっきのあれって……?」


「やっぱり、君を諦められなかったんじゃないかなぁって思うの」

「……でも俺は……」

「うん、嬉しいよ。そう思ってくれるだけで」


 彼女は、紙をゴミ箱に投げ捨てた。


「……なに、それ?」

「お守り。でも、もう必要ないかな、って」


「なに、それ?」

「ずっと〝頂戴〟って思っていたから。やっと、叶ったってことかな」

「へ?」














「ずっと呪いかけていたのに、あの子にジャマされ続けてたから、ね。良かった、これでやっと君を独り占めできるんだもん」

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