第5話 帰還、会場にもどって。

目の前にいたのは最愛の妹なんかじゃなく、僕だった。


目の前で僕が突っ伏している、何故?自分の肩を揺らすが反応は無い。ベッドの上にこの服装、この視点はおそらく妹のものだろう。この新海誠的な展開をなんとなく夢じゃないなと思うのは、目の前の動かない自分を見たからか。ふと時計が目に入る。時刻はまだ12時をまわっていない。ならば、ならば僕のやるべきことは一つだ。試合は、まだ終わっていない。


 智広が倒れたのは決勝前の昼休憩に入る前だ。だが、智広が熱中症らしき症状で病院に運ばれたため試合は一時的に開始を遅らせている。大人たちは中止の雰囲気を漂わせていたし僕もそうなるだろうと思っていた。何より急に倒れた妹にこれ以上負荷をかけるわけにはいかない。


僕は走り出した。正確には智広の身体を借りたている状況なので不安だらけだが意外にも体は軽く思い通りに動いた。驚く看護師さんを他所に病院を出る、目指すは市の体育館。風を切って進む僕に町の景色が飛び込んでくる、休日を楽しむ家族連れやカップル虫かごを持った小学生。皆剣道着で走る少女を見て少し驚き日常に帰って行く。この街は今日も穏やかな時間を過ごしている。

 智広と一緒に通った小学校の通学路、いつも顔を見せる猫が今日は居ない。家族みんなで行った洋食屋、ここのメンチカツを智広はいつもおいしそうに頬張る。中学校の桜並木、僕が卒業して智広が入学した中学校はそれは綺麗なソメイヨシノが咲く。今は青々と葉を携えこの道に日陰を作ってくれる。

 まだ17年しか生きていないし、妹とは15年しか一緒に居ないが本当に沢山の思い出がこの街に今でも息づいている。きっとこれからももっと増えて行くのだろう。


 もし、もしこのまま体がもとに戻らなかったら一体どうなってしまうのだろう。僕が智広として生きていき智広が僕として生きていくのだろうか。なんていうかそれは違う気がする。当たり前か、そもそも”違う気がする”というより根本的に”違う”。僕と妹が入れ替わっているという事実自体がおかしい、正しくない。道理から外れている。奇跡だ、ただ全く意味のない奇跡だ。


 などと思索を巡らせていると目的地が見えてきた。この街で一番大きな体育館、バスケなどの室内スポーツはもちろん剣道などの武道をするためのエリアもある。急ぎ足で館内へ入ると皆一同に驚いた顔をした。倒れた少女が単身道着を着たまま入ってきたらびっくりするのも当たり前だ。

「試合、しましょう」

決勝の相手を見つけ声をかける。

「え、でもあなた…」

「構いません」

自分でもなんでこんなことを言っているのか、分からない。でもこのまま入れ替わることもなく智広が倒れたままだったらこの子の不戦勝になるかもしれない。後日試合が持ち越される可能性も無くはないが、何と無く今やらないと智広の今までの剣道人生が無くなってしまいそうで。だから、ここまで走ってきたのかもしれない。



 試合は本来の時間より30分遅くはなったが、執り行われることになった。

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