No.3

足下ぎりぎりまで打ち寄せる波で我に返った。どれくらい思い出に浸っていただろうか。夕日は既に後方の小さな山の裏に隠れ、海は夜の色に黒く塗り潰されていた。そろそろ帰ろう。そう思い、車に戻る。行きとは違う道で帰路に着いた。

ほぼ川に沿った道を一時間程走ると、不意に対岸に目がいった。川の向こうには、昼間通った工業地帯の夜景が広がっていた。広めの路肩に車を停めると、僕は外に出た。川を挟んだその景色は、まるで別世界のようだった。思わず息を飲んだ。それほど圧倒される何かがあった。そうだ、あの日もこうして、僕はこの景色に魅せられていた。フジと一緒に、暫く工業地帯から目が離せなかった。あの瞬間は、僕にとって特別だった。フジと一緒に同じ景色を見たことが特別だった。あの日と今日で景色が別物なのも、あの日はフジが居たからだ。そう気付いて、思わず苦笑いが零れた。僕にとって、フジはそれほど特別で大きな存在だ。その事実に改めて気付かされた。

息を一つ吐くと、車に戻る。あの日はこの後僕は寝てしまい、ここから先の道は少しあやふやだ。ナビを頼りに何とか帰ることはできるだろう。何ともフジが居ないと心細い。そんな自分に再び苦笑いだ。



次の休み、僕は何の気なしに地元へ帰った。思えば、上京してから一度も帰っていない。駅前もそれなりに変わっている場所もあった。

僕は潰れた倉庫へと向かった。ここへ来るのはいつぶりになるだろうか。中は僅かにひんやりとした空気が漂っていた。ふと、ここでみんなとかくれんぼをしたことを思い出した。ありとあらゆる工夫をし、見付かりにくい場所を探すのが常だった。それでもフジには適わなかった。僕もみんなも、いつもフジのことを最後まで見付けることはできなかった。かと思えば、僕らを見付けるのも、フジは得意だった。どうしてそんなにかくれんぼが上手いのかと聞けば、ここは見付からなそうだとか、ここに居る気がしたとか、そんな曖昧な答えばかりだった。そうだ、この時からフジは、僕を見付けるのが上手かったんだ。

倉庫から出ると、僕は廃線になった線路に立った。あの日から僕は、どこまで線路を歩いてきたのだろうか。それとも、あの日の線路からは大きく外れているのかもしれない。いや、あの日の延長線なら、きっと線路の上だろう。どこまで来たのか、どこまで行くのか、それは分からない。だけど、ここを最終回にしては駄目な気がした。

空を見上げると、僕は前を向き、線路に沿って歩き出した。束の間の梅雨の晴れ間の、暑い夏空だった。


***


参照楽曲

夏を待っていました/amazarashi

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未来賛歌 藤原琉堵 @ryuto_fujiwara

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