No.6

アパートに向かう途中、思い立った僕は携帯を取り出すとメール画面を開く。宛先はフジだった。文面に「誕生日おめでとう」と打ち込み、送信ボタンを押す。携帯をポケットに仕舞うと、夜空を見上げた。

フジと踏切で天体観測をしたあの日、僕は久々に笑った。フジと居れば、何でもない日常も特別になった。この退屈な世界も悪くないと思えた。

あの日と同じように、フジはまた先に僕より大人になった。今でも僕はフジには追いつけないままだ。ずっとフジを追いかけ続けている。フジは一瞬で消える箒星のようだった。

アパートに着き携帯を見ると、メールの受信を告げるランプが点灯していた。相手はフジだった。

「遅せぇよ、一週間前だ。」

文面に書かれた文句を見て、僕は堪らず笑い出した。フジは今でも何一つ変わらない。あの日から。出会った時から。

僕はベランダに出ると、夜空を見上げた。相変わらず暗い空はぼんやりと霞み、満足に星を見る事は出来なかった。だけど恐らく、この空はあの天体観測の空の続きだ。この空に、僕は今でもフジを探している。短い春と共に散りゆく桜のように、一瞬で空を切り裂き消える箒星のように、僕を置いて進み続けるフジを追いかけている。いつかフジに追いつける日が来るのだろうか。もしかしたら、一生追いつけないままかもしれない。それでもきっと、僕はずっとフジを追いかけ続けていくのだろう。



「北極星ってどれだろう。」

僕の問いかけに、フジが望遠鏡をのぞき込む。

「あれだな。覗いてみろ。」

言われるがまま、僕は望遠鏡を覗き込んだ。視線の先に小さく輝いたあの星が北極星だったのかは、今でも結局分からないままだ。それで良いのだろう。僕にとっての北極星はフジだ。フジが居れば、この先もきっと大丈夫だろう。

煙草に火をつけると、僕は再び夜空を見上げた。


***


参照楽曲

天体観測/BUMP OF CHICKEN

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