No.5
ふと我に返った。随分と思い出に浸っていたようだ。視線の先には、変わらずに桜の木が存在する。そう言えば、四月はフジの誕生月だ。フジと踏切で天体観測をした日が、まさにフジの誕生日当日だった。あの日、天体観測を始めて暫く経った頃、突然の雨に見舞われた。夜空から視線を外し、フジとしばし談笑していた僅かな時間、その隙をついて雨雲が僕らの上空を一気に覆い尽くした。数粒の雨を合図に、堰を切ったように本降りになった。慌てて駆け出した僕らは、目に付いた小さな廃屋にひとまず逃げ込んだ。
「何だよ、あの天気予報。」
溜息を吐きながらフジがぼやく。そんなフジの横顔を見た時、何故か今日がフジの誕生日だった事を突然思い出した。
「フジ、誕生日おめでとう。」
「いきなり何だよ。」
突然の僕の祝辞に、フジが驚きの混じった苦笑いを零す。
「何かいきなり思い出した。フジ二十歳だね。」
「一応先に大人になったな。」
笑う僕に、同じように笑ってフジが返す。その一言が、僕の胸の奥に引っかかった。先にフジは大人になってしまった。それが何だかやるせなかった。フジは僕を置いてどんどん先に行く。
「お、雨止んだな。」
フジの声に空を見れば、雨雲は去って再び星が顔を出していた。
「通り雨だったんだな。」
フジはそう言うと、望遠鏡を持って踏切へと戻る。僕もフジの後に続いた。
星は先程よりも輝きを増したように見える。雨が空も町も洗い流していったみたいだ。不意に空を一筋の光が横切った。それが流れ星だと気付くのに数秒の時間を要した。
「今の流れ星だよな。」
どうやらフジも見ていたようだ。
「雨には降られたけど、流れ星見れたし、まぁ悪くはない誕生日かもな。」
そう言ってフジは笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます