No.8
三月の空の下を歩く。吹き抜ける風に春の気配を感じた。何だか視界が開けて変な感じだ。そんな事を思っている内に、いつもの公園に着いた。ふと足を止めた。ベンチに座る見知った後ろ姿を見付けた。風に吹かれ、綺麗な黒髪が揺れている。隣にはベースが立てかけてあった。僕は後ろからそっと近付くと、思いきりそいつの肩を掴んだ。相手は驚いて振り返る。
「びっくりした。脅かさないでよ。」
苦笑いを零すリュウに、僕は笑い返す。不意にリュウが真面目な顔になった。
「前髪、切ったんだね。」
視界を塞いでいた僕の前髪は、目の少し上で切り揃えられていた。
「久々に顔を見た気がする。」
余計座敷童みたいになったと言うリュウの頭を、僕は思いきり小突いた。
僕はリュウの隣に腰掛けた。久々に、僕らはまともな会話をした。どうやらリュウは、よくこの公園を訪れており、たまに僕を見かけていたらしい。だけど声をかけづらい雰囲気だったため、常に遠巻きに見ていたそうだ。そんなリュウの話に、思わず苦笑いを漏らした。
「あのさ、リュウ。」
一通り会話を済ますと、僕は話を切り出した。リュウが僕を見る。僕は言葉を続けた。
「タケの事、僕もバンドに誘おうかと思ってる。」
僕の言葉に、リュウは心底驚いたような顔をした。
「え、バンドに戻ってくるの、」
「分からない。」
それが、今の僕の正直な気持ちだった。自分が何をやりたいのか、まだ分からなかった。ただ、諦めきれないのなら、もう一度やり直しても良いかなって思ったんだ。
「戻ってくるなら歓迎するよ。僕は君の歌が好きだから。」
この間と同じ事をリュウは言う。
「ヒロもタケも、君の歌が好きなんだよ。フジなんか、あいつの歌以外でギター弾きたくないって言ってたし。」
思わずリュウに視線を向ける。真剣な顔のリュウと目が合った。
「君は自分を低く見過ぎてると思うよ。自信持って良いと思うんだけどな。」
そう言うと、リュウは笑顔になった。つられて僕も笑った。結局、みんなには僕の事なんてお見通しなんだな。
僕はリュウと別れて、帰路に着いた。
□
駅から徒歩約十分の安アパート。そこで、僕の小さな世界は回り続けている。
未だに自分の事は好きになれていない。それでも、まだ僕は僕と付き合っていこうと思う。もう難しい事を考えるのはやめた。
これから何をしようか。暫くはのんびり過ごすのも有りだ。またバンドを始めるかは分からないし悩んでもいるが、それはゆっくり決めていけば良い。
光と闇を繰り返しながら、僕はここで生きていくんだ。
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