No.5

夜の街並みの喧騒の中、僕は駅前の居酒屋に向かった。昨夜、あれから僕は殆ど無意識に電話を取った。久しぶりに聞くフジの声は低く響き、懐かしさと安心を引き出した。一度会って話したい。フジはそう言い、言われるままに会う約束をしていた。

居酒屋に入ると、フジは既に来ており、僕に気付いて振り返った。少し長めの癖毛混じりの黒髪。その長い前髪の下から、あの優しい笑顔が覗く。服装は相変わらず、白い無地のロングTシャツに黒ジャケットと、細身のジーンズにスニーカーといった、変わらないシンプルさだった。

「俺、路上ライブやってんだ。」

ぽつりとフジが呟いた。僕は特に驚かなかった。フジは歌が上手い。バンドを組んだ時、ボーカルはきっとフジがやるものだとばかり思っていた。

「ボーカルは、やっぱりお前しか居ないよな。」

だからフジにそう言われた時、僕は非常に驚いた。あの言葉は今でも覚えている。フジだけでなく、他のみんなも賛同してきた。腑に落ちないまま僕がボーカルとなった。歌う事は嫌いじゃなかった。寧ろ好きだった。でも、どうしても納得がいかなかった。

「俺はお前の歌でギターを弾きたいんだよ。」

疑問を投げかけた僕に、フジはそう返した。そしてこう続けた。

「俺、お前の歌好きだし。」

フジはバイトと路上ライブを繰り返す日々を送っているそうだ。たまにメンバーにも会っているらしい。フジならまた新しいバンドを組んだ方が良いのに。そんな僕の考えを知ってか知らずか、フジは話を続けた。

「そしたら駅前でお前を見つけたんだよ。」

フジは僕の路上ライブに何度か足を運んでいたらしい。僕はそれを聞いて、苦虫を噛んだような気分になった。

「なぁ、何かあっただろ。」

フジが真剣な目で僕を見る。

「お前に明るい歌なんか似合わないよ。そんな薄っぺらい事言うような奴じゃなかったろ。」

僕は自分が苛立っているのが分かった。別に何もない、そう作り笑いで返した。

「前髪で顔を隠す必要なんかあるのか、」

フジが言い放つ。

「そんな顔、するような奴じゃなかったろ。」

僕は何も言えなかった。

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