幻燈幻想
・・・・・・ある幻燈機による物語。
一、四月の雪
私がまだ幼い頃の話になります。
私は山の麓にある小さな集落で育ちました。住人はだいたいが顔見知り、子供の数も、私を含め十人に満たないほどでした。山を少し登ったところに、私の母校があります。木造作りの平屋で、職員室と教室がふたつ程度の小さな校舎で、私達五人の児童はひとつの教室で過ごしたのでありました。
山々に囲まれた集落は、冬がとても長かったのであります。冬の間は厚い雪に閉ざされ、町へ出ることもできないのでありました。学校も休校となるため、私は常に春が待ち遠しかったのであります。
ある時、春の訪れがいつもより遅かった年がありました。この年は、四月も半ばになろうとしているのに、ある夜に雪が降ったのであります。
「もう四月だというのに、未だに雪が降り止まない。」
「作物が育たなくて困ったものだ。」
「今年はやけに冬が長いなぁ。」
ある日、大人達がこのように話しているのを聞きました。幼いながらに、私もこの年の冬の長さには少々参っていました。
「今年は冬が長いなぁ。」
「寒くて嫌になるなぁ。」
「早く暖かくなって欲しいなぁ。」
学校でも常にこのような会話ばかりでありました。
春分に差し掛かったある日、再び雪が降ったのであります。
「あら、また雪が降って。」
昼の用意をしていた母が、台所でそう呟きました。
「嫌だねぇ。今年は本当に春が遅い。」
私はぼんやりと母の言葉を聞いていました。
夕方になると、雪はすっかりやんでおりたした。私が軒下でおはじきを弾いて遊んでおりますと、父が町から帰ってくるのが見えました。
「父さん、おかえりなさい。」
「ただいま。すっかり雪はやんだね。」
「また雪が降るなんて。今年は冬が長くて嫌だなぁ。」
「そんなに心配することはないよ。あそこを見てごらん。」
私が不満を漏らすと、父は笑って空を指さしました。父が指さした方を見ると、雲の間から夕日が覗いておりました。夕日は金色に輝き、山々の稜線を照らし出しているのでありました。
「じきに春は来るさ。」
夕日に照らされる山々を見て、父はそう言いました。
それから三日ほど経ったある日、私が学校に向かうと、校庭に植えられた桜の木に、いくつかの桜の花を見つけたのです。
「桜が咲いたよ。」
私達は大変喜んだのでありました。
それから程なくして、父の言った通りに遅い春が訪れ、畑仕事で忙しい日々を送るようになるのでありました。
二、夏祭り
お盆が近付いてくると、集落は夏祭りの準備で少々忙しない空気に包まれるのでありました。毎年送り盆になると、学校の校庭で夏祭りが開かれるのであります。この日は子供達は特別にお小遣いを貰い、かき氷を食べたり、輪投げで競い合ったりするのでありました。集落の夏はとても短いのでありました。そのため、夏祭りは集落にとって特別なものであったのです。
「加助、山へ行こう。」
昼を少し過ぎた頃、同級生の三郎が、下級生の清と佳代を連れて家を訪ねてきました。
「やぁ三郎。花子は、」
花子は私と三郎のもう一人の同級生であります。
「祭りの手伝いをするって。」
「そうか。それじゃ四人で行こう。」
山の中腹には古びた神社があります。何を祀っているのか、子供の時分には気に留める事もありませんでした。実際、いつからこの場にあったのか、知っている人間は誰も居ないのでありました。以前は祭り事もこの神社で行われていたそうですが、神社までの道は決して平坦とは言えず、いつしか足が遠のいていったと聞きました。今では子供達の遊び場となっています。
私達は持ち寄ったベーゴマで競い合いました。一通り勝負が着いた頃、三郎がかくれんぼをしようと言い出しました。
「それじゃ、十数えたら探しに行くぞ。」
じゃんけんで負けて鬼となった三郎が言います。私と清と佳代の三人は、一斉に四方へと走りました。神社の周りは森になっており、私はその中へと入りました。森の中は鬱蒼としており、夏の昼間ですら薄暗く、少しの寒さも感じる程でした。私は少々躊躇いましたが、そのまま進みました。振り返って神社が見えることを確認すると、近くの木の側に座りました。
ふと、少し先に目が留まりました。そこには小さな祠のようなものがあったのです。遠目にも、その祠がかなり古いものであることが分かりました。薄暗い森の中に佇むそれは不気味なものであり、少々怖くなりました。
「それは土地神様の祠さ。」
突然近くで、幼い少年のような声が聞こえました。びっくりして振り返ると、いつからそこに居たのか、七つくらいの少年が立っていたのであります。
「ここは昔、旅人の道でね。無事に町に辿り着けるようにって願掛けのために祠を建てたんだ。やがて村ができた。人々は神社を建てて、神様を祠から移して祀った。そのうち土地神様と言われるようになった。あの神社は村の守り神さ。」
そう言うと少年は笑ったのであります。
「加助、こんなところに居たのか。随分探したよ。」
私は三郎の声で我に返りました。気が付くと、少年の姿はいつの間にか消えていました。神社に戻ると、既に清と佳代も居ました。
「おぉい、やっぱりここか。もう祭りが始まるぞぉ。」
平次おじさんが私達を迎えに来ました。既に夕方を迎えていたのであります。私達は神社を後にし、学校へと向かいました。
夏祭りは滞りなく進み、最後の住人揃っての盆踊りになりました。私はあるところに目が留まりました。そこには、昼間の少年が居たのであります。住人に混じって盆踊りを踊っています。不思議なことに、誰も少年には気付いていないようでした。少年が振り返り、私を見ると笑いかけてきました。盆踊りの歌と、提灯に照らされてぼんやりと浮かび上がる少年を、私は暫く眺めていたのでありました。
私がまだ、幼い頃の話であります。
・・・・・・幻燈機による物語は、これで終わりになります。
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