人魚の話

南の海は、エメラルドのような見事な青でありました。空は気だるいようで、太陽はいやに黄色く照りつけてくるのです。

本土から離れた小島には、僅か三つの家族が暮らしているだけでありました。旅人はそのうちの一つの自分の親戚を訪ねて、遠い北の地から足を運んできました。島は内陸に行くほど小高い丘になり、ほとんどが雑木林になっています。かつては十家族ほどが住んでいたため、所々に空き家が残っており、手付かずのままになっているのでありました。

旅人が、半ば高く生えた草に隠れた道を進んでいきますと、途中に一軒の空き家の前を通りました。その空き家は、雑木林の中にひっそりとあったのでありました。住人が居なくなってだいぶ経つのでしょう。半分崩れかけたその家には、至る所に蔦が絡みついているのでした。旅人は首を傾げました。不思議なことに、その家の前には祠があったのです。長い間この場所にあったことが窺えるほど、祠は酷く傷んでいるのでした。怪訝に思いながら旅人が家の中を覗くと、そこには立派な着物が飾られていたのであります。

「はて、何故このような立派な着物が残ったままなのか。」

旅人が再び首を傾げていた時でした。

「すみません。」

不意に後ろから声をかけられたのです。振り返ると、長い黒髪の女がそこに立っていたのであります。

「貝殻の髪飾りを探しております。ご存知ないでしょうか。」

女の問いかけに、旅人はいいえと短く答えました。

「そうですか。失礼しました。」

女はそう言うと、雑木林の中へと入っていきました。一緒に探しましょうかと旅人が声をかけようとした時、道の向こうからおじさん、おじさんと呼びながら、親戚の子らが駆けて来ました。旅人が雑木林のを見ると、そこには女の姿はありませんでした。

その晩、親戚一同が集まり、旅人が昼間のことを話したのであります。

「それはおそらく人魚のことだ。」

話を聞いた親戚の一人がそう言いました。

「人魚、」

「そうだ。この島は人魚の島と呼ばれていてな。昔人魚の娘が浜に打ち上げられたそうだ。島の人間は娘を神様からの授かりものだとして、大変大事に育てた。それ以来、漁に出れば魚が取れない日はなく、畑を耕せばそれはそれは作物が沢山育ったそうだ。みんなは人魚のご利益だと大変有難かった。ところがある時、ある家の夫婦が金に目が眩んでな。娘を見世物小屋の商人に売り飛ばしたんだ。その年、もう間もなく米の収穫という時に、稀に見る大嵐に見舞われたんだ。米はほとんどが駄目になった。それだけでなく、魚もめっきり取れなくなり、畑も不作続きとなった。おまけに度重なる大雨にも見舞わた。島のみんなは人魚の祟りだと恐れ、夫婦の娘を人柱として崖から海に放り込んだそうだ。残った夫婦は人魚の祟りを恐れて、島から出ていったそうだ。あの空き家が夫婦の家でな。島の住人は気味悪がって近寄ろうとしない。人魚の娘は、売られる時に貝殻の髪飾りを残していったそうだ。髪飾りは島の一番高いところにある神社に納めていた。ところがある時、忽然と消えてしまってな。住人総出で何日も探し回ったが見つからなかったそうだ。それから暫くして、夫婦の家で見知らぬ娘を見かけるようになった。住人達は人魚の娘が髪飾りを探して彷徨っていると思い、娘の魂を鎮めるために祠を建てたんだそうだ。どういうわけか、祠を建てて少ししたら、あの家の中に着物が飾られるようになった。」

翌日、旅人は親戚と一緒に空き家を訪ねたのであります。すると、祠の中には、昨日はなかった筈の貝殻でできた髪飾りがあったのです。旅人は空き家の中を覗きました。そこには、蜘蛛の巣と埃を被った立派な着物が、相変わらず飾られているのでありました。

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