雪原にて

地平線まで白く染まった雪原を、無心になって歩いていたのです。先程から雪が降り出し、おまけに風まで吹き出した為に視界は悪く、お世辞にも良い天気だとは言い難いものでした。厚く積もった雪は足にまとわりつき、まるで行く手を阻まんとしているようであります。

そうして吐く息を荒くしながら暫く進むと、ぼんやり木々の影が見えてきました。森だと分かるそれらの影は、吹雪に白く霞み、近付いても輪郭がはっきりとはしません。打ち付ける雪に耐えながら聳えるように立つ木々は、先に進もうとする者を阻むかのように静かにそこに佇んでいるのでした。私は森の中へと迷わず足を踏み入れました。森にはくり抜かれたように通る道が一本あります。かつて交易の為に作られたものであり、現在でも人の行き来に使われております。今では列車移動が主になった為に殆ど手付かず状態になってはおりますが、まだまだ吹雪の中でも迷うような事はない程ではありました。

暫く進んでおりますと、いつの間にか吹雪は去り、頭上には青空が覗いておりました。行く手を阻むように聳える木々とは相反し、森の中は意外にも明るく、どこか温かさも感じるようでありました。足下には、雪がまるで波のような模様を描いておりました。先程の吹雪でできたものでしょう。周りを見渡せば、雪を被った裸の木々が、太陽の光を受けて輝いておりました。

差し込む日差しが一段と強くなったと思えば、森は終わっておりました。森を抜けた先は、先程と変わらず地平線までの雪原でありました。

少し先に一本の木が立っております。雪原の一本木と呼ばれ、旅人の目印となっていた木であります。森は集落からはそれなりに離れており、かつてはこの付近では行き倒れる者が多かったと聞いております。無事に村と村の行き来ができるようにと、道案内としてこの場所に植えたのであります。

私はその一本木の横を通り抜けました。集落まではまだ暫くはかかります。ふと顔を上げると、少し先に数本の気が列になっておりました。はて、と私は首を傾げました。この場所にこのような木はあっただろうかと、些か疑問ではありましたが、構わず木々を目指しました。その木々はまるで道案内をするかのように、集落の方向に一直線に並んでいるのでありました。私は木々に沿って歩きました。空にはまだ雲が多く、先程から何度か日が翳っては顔を出してを繰り返しております。

集落まではどれくらいだっただろうかと、地図を開いた瞬間、ふと目の前に懐かしい景色が飛び込んできたのであります。パチパチと音を立て、暖炉の火が赤く揺らめいているのです。卓子の上には、パンと熱々のシチューがあります。それは、幼い頃に母がよく作ってくれた料理でした。家族で食卓に着きます。窓の外では雪が降りしきり、一面銀世界になっているのでした。

ふと我に返りました。どれくらいの時間が経ったのでしょう。目の前には、相変わらず地平線まで続く雪原が広がっているのでした。雲はいつの間にか無くなり、眩しい青空が広がっております。私は思わず振り返りました。そこには先程の木々の列は無く、遠くには小さく、雪原の一本木が見えるのでありました。

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