大陸航路

水平線から朝日が顔を出す。水面を這うように広がる光は、まだ夜の気配を残す雲を金色に照らした。

汽笛が一つ、静かな海に響く。航海士が一人、甲板に現れて大きく伸びをする。彼は眩しそうに額に手をかざし、目を細めて朝日を見る。その目には、今日一日の航海への期待と不安が映っていた。

船内が賑わい出す。そろそろ朝食の時間だ。レストランには、新聞を広げた獣人族の紳士や、窓辺で煙草をふかした幽霊族の若い青年、朝食を注文する人間の女性など、既に数人の先客が居た。彼らを尻目に、適当に空いた席に腰掛ける。

「珈琲はいかがでしょうか、」

馬の頭の獣人ウェイターが珈琲を運んで来た。彼に礼を言うと、早速朝食の注文をする。ウェイターが厨房へと下がると、珈琲を飲みながら、ゆっくりと料理が来るまでの時間を過ごす。

「こちら、宜しいでしょうか、」

不意に声が聞こえた。顔を上げれば、鹿の頭の獣人紳士が立っている。

「ええ、どうぞ。」

紳士は礼を言い、席に着くと新聞を広げた。

「西側地方は相変わらず物騒ですね。」

紳士の持つ新聞の見出しが目に付き、声をかける。

「ええ、一昨日も銀行強盗事件が起こりましてね。幸い、全員無事だったようですが、事前に計画していたのでしょう、上手く逃げられましてね、今も追っている最中だとか。」

「五番街ですか。あそこは大きな都市で、比較的治安は良い方と聞いていましたが、いやはや恐ろしい。」

「失礼ですが、どちらからお出でに、」

「サザンクロスからです。」

「すると、"気球の都市"でしょうか、」

「ええ、そうです。」

「砂漠は気球で通られたのでしょうか、」

「ええ。砂漠を超えるには、気球は便利です。」

「"例の亀裂"はご覧になりましたか、」

「もちろん。気球からはよく見えました。あの"亀裂"は、海から入ってきているのですね。いずれ、大陸は二つに分かれるのでしょう。」

「あの近くに森があるでしょう。私はそこの町から来ました。小さな町ですが、賑やかなんですよ。毎日のようにパーティーが開かれている。」

「あの辺りは、空き地が多いですね。」

「ええ、大陸はまだ発展途上な場所が多いのと、砂漠が広がっていますからね。五番街のような所は、まだまだ極一部になります。」

「あの辺りには、大きな穴があっただろう。」

不意に、後ろから男の声が聞こえた。振り返れば、黒い影法師に片目だけの、頭に牛の角を生やした若い幽霊族の青年が立っていた。

「あの穴は、何時からあるのか、何が原因で空いたのか、全く分かっていない。分かっているのは、あの穴は決して覗いてはいけないという事だけだ。」

「覗いた者には、災いが起こると言われていますね。私が住んでいた森は、比較的穴に近い場所でしたが、誰一人近寄ろうとはしなかったです。」

「以前、同族のゴーストがあの穴に行ったと話題になったが、それきり行方不明のままだという話だ。噂じゃ、穴の中に吸い込まれたんじゃないかと言われている。」

「あの穴は、別の世界に繋がっているとも言われていますからね。」

「失礼します。珈琲はいかがでしょうか、」

サイの頭の獣人ウェイターが、紳士と青年に珈琲を運んで来た。二人は礼を言い、それぞれ珈琲を手に取る。

「そう言えば、砂漠ではもうじき、投擲レースが開催されますね。」

「投擲レースですか。」

「ええ、この時期になると、南側地方の砂漠で行われるのです。槍を投げてそれぞれの記録を競うのです。」

「南側地方では大きな祭り事でな。いつもレースが近付くと、町総出で毎日パーティーだ。」

「あのレースには、種族を問わず参加出来るのですよ。」

「祭り事と言えば、そろそろ夏至祭りの時期だ。」

青年はそう言うと、一枚の紙を取り出した。

「五番街に立ち寄った時に、こんなものが塔からばら撒かれていた。」

紙には、五番街での夏至祭りの日付や開催場所などが記されている。

「もうそんは時期でしたか。そう言えば、サザンクロスでは気球のパレードの準備が進んでいましたね。」

「気球のパレードか。以前、"気球の都市"に出向いた際に見た事があったな。あれは圧巻だ。」

「ほお、サザンクロスに来られた事があるのですか。」

「仕事で訪れた事がある。我々ゴーストは潜水艇の運航事業を生業にしているからな。夏至祭りは書き入れ時だ。」

「幽霊族の潜水艇は評判が良いのですよ。私も乗った事があるのですが、とても快適です。」

「ほお、それはとても興味深い。」

「"北の大陸"に着くのはいつ頃だったかしら、」

「本日夕方頃になります。」

後ろから、人間の女性が獣人ウェイターに問う声が聞こえてくる。女性はウェイターに礼を言うと、レストランを後にしていった。

「そう言えば、どちらまで行かれるのですか、」

紳士が問いかけてくる。

「ポラリスを目指しております。」

「ポラリスか。また随分遠い場所だ。」

「"北の大陸"には大砂漠が広がっていますからね。」

「船を利用すると良い。砂漠船も我々の専門分野だ。"電磁波の鉱山"まで運んでくれる。夏至祭りの時期なら、開拓地までの急行もあるだろう。停泊所で聞いてみると良い。」

「左様ですか。有難うございます。」

「同族のゴーストによろしく頼む。長旅の助けになる筈だ。」

空のカップを獣人ウェイターに返し、青年はレストランから去っていった。

「開拓地に着きましたら、北口玄関の宿屋を尋ねてみると良いでしょう。あそこの宿屋には我々獣人族の同志がおります。獣人族は早くから大陸の開拓には力を入れておりました。地の利もあります。ポラリスまでの助けにもなるでしょう。」

「それは心強い。是非そうさせて頂きます。」

「貴方の旅路に幸運がある事を祈ります。」

紳士はそう言い、席を立った。同時に獣人ウェイターが朝食を運んでくる。レストランは少しずつ賑わい始めていた。

太陽は水平線から離れて高度を上げる。その光の反射で、海は一際青く波打った。船はまもなく、大海原の真ん中へと進んでいった。

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