変身ヒロインと謎の少女

 走り出してから少しすると、前と同じような喧騒がどこからか聴こえてくる。この感じだと、騒動の中心地はけっこう近そうだ。


「……多分、もう戦闘は始まってるよな。直接戦ったりはできなくても……なんとか隙を見て、あのルシフェリオとかいう男を捕まえないと」


 あかりを助けることが第一ではあるが、現実的に戦力には数えられない。故に、最優先事項はルシフェリオの確保である。


 捕縛、無力化ののち、体を元に戻す方法を聞き出して、然るべき場所へ突き出して法の下で裁きを受けさせる。それがしずくの最も理想とする展開だ。


「いたっ……! けど、なにアレ? なんか、前見たのと違う……?」


 しずくが現場に到着したのは間もなくのこと。向こうからは発見されないよう、なるべく距離を取りつつ、街路樹に身を隠す。


 流石に、この時間帯の公園ということもあり、周囲に人の姿は見えない。戦闘前に素早く避難を完了させたか、元から誰もいなかったのか。


 しかしそんなことより、気になるのはその怪物……ヨクボーイの姿のことだ。大雑把に見れば同じもので、それをヨクボーイだと認識はできるのだが、細部が異なっている。


 具体的には、帽子を被っており、その右手には銃っぽいものが握られている、という点。しかし、この特徴はまるで……。


「警察官みたい……」


 自分自身、この姿になる前の本来の姿、晴崎はれさき幸雄ゆきおとしての職業がそうであったこともあり、すぐにピンときた。


「ははははっ! どうだい? 町を守るお巡りさんとやらも、欲を増幅させてやればこんなものだ! やはりこの世に秩序などいらない! 力を持つ者が自由に振る舞えればいいのだ!」


「そんなの、間違ってる! みんなルールの中で、誰かのことを思いやりながら生きるから、わたしたちは笑っていられるんだ!」


 戦いも佳境に入ったのか、ヨクボーイの攻撃がさらに勢いを増す。さきほどから銃から禍々しいエネルギー弾を放っていたが、その威力も連射速度も段違いだ。


 そして、どうやらルシフェリオのセリフからして、しずくの考察は当たっていたらしい。


「何をしたのかわからないが、あれは……警察官を侮辱している!」


 強い憤りを覚え、自然と握り込んだ拳に力が入る。自分の身体のこともそうだし、娘に怪物をけしかけていることも、そして警察官と平和への侮辱。


 ルシフェリオは、ことごとく一人の人間の地雷を踏み抜いていた。


 しずくが怒りに震えているまさにその時、ヨクボーイの放ったエネルギー弾の一発が、流れ弾として飛んできて、しずくの隠れる街路樹へ直撃したのだった。


「うわぁぁぁっ⁉︎」


 着弾の衝撃で木はへし折れ、そしてしずくも大きく吹っ飛ばされた。


 幸いなことに、打ちどころがよかったのか怪我はない。だが不運なことに、これでしずくの存在がバレてしまった。


「しずくちゃん⁉︎」


「へぇ……まだ逃げ出していない愚か者がいたとはね。やれ、ヨクボーイ!」


「ヨクボーーーイ!!」


 ルシフェリオが完全にしずくに目をつけ、ヨクボーイに攻撃命令を下す。ヨクボーイは雄叫びを上げ、銃口をしずくへ向ける。


 変身したあかりも助けようとはするが、しずくとの間にヨクボーイを挟んだ位置関係上、とても間に合いそうもない。その引き金は、容赦なく引かれたのだ。


「あぶない!」


 果たして凶弾は、しずくの体に当たることはなかった。


 いや、本当に当たる寸前のところまではいったのだ。ギリギリのところで、飛び出してきた誰かに救われた。


 庇うように飛びつき、地面に倒れ込みながらも闇のエネルギー弾を回避。しずくはしばらく、何が起きたのか理解することができず、声を発することもできなかった。


「ファイン! 今ですっ!」


 しずくを救った何者か……見慣れない格好の、白く輝くミディアムヘアを編み込んでハーフアップにした少女が叫ぶ。しかも少女は、背に真っ白な翼を有しているようだった。


 ファイン……というのは、状況的に変身したあかりの呼び名だろう。実際、あかりはその声に応え大きく飛び上がり、蹴りでヨクボーイの銃を弾き飛ばした。


「プリティア・エクスプロードファインフラーーーーーッシュ!!」


 武器を失い、蹴りの勢いでバランスを崩したヨクボーイに隙が生まれる。すかさずあかり……ファインは、以前見たものと同じ、浄化の必殺技を放ったのだ。


「ヨクボーーーイ…………」


「気分爽快! こころ、晴れ晴れ!」


 桃色の閃光に飲み込まれ、どこか満足そうに光となって消えゆくヨクボーイと、以前と同じ決めゼリフとポーズで戦いを締めくくるファイン。


 どうやらこれは毎回やるらしい。


「ふふ……それでこそ遊び甲斐があるってものだよ、プリティア……!」


 この捨てゼリフもお約束なのだろうか。また次がありそうな感じの言葉を残して、瞬間移動でこの場を去っていく。


 こうして、再び町に平穏が戻ってきたわけだが。


「あー、もう完全に授業始まっちゃってるよ! ミカ、あとはよろしく!」


「あっ……!」


 色々と聞きたいことがあったのだが、呼び止める暇もなく、ファインはさっさとこの場を後にしてしまった。本人が言うように、授業もあるので仕方ないと言えばそうなのだが。


 この場に残されたのは、しずくと、ミカと呼ばれた少女。そして、さっきは気付かなかったが、気を失い倒れた警官も一人。


「……ねぇ、いろいろと聞きたいことがあるんだけど」


「うっ……そりゃそうですよねぇ……あんなの見ちゃったら。あぁ、説明はしたいけど、なんて説明したらいいのか……」


 少ししずくの聞き方が強くなりすぎたのか、思った以上にミカはバツが悪そうに目を逸らした。本当にどうすべきか迷っているようで、文字通り頭を抱えてしまっている。


「と、とにかく今は! この方を保護し、適切な治療を施さなければ! あのっ……詳しくは後日! 必ず! 説明させていただきますので! どうか今日見たことは、他の人には内緒にしてもらえると……!」


「う……うん、わかった。誰にも言わないよ」


 その勢いと押しの強さに、思わず首を縦に振ってしまったが、時既に遅し。昨晩、香苗かなえに伝えてしまった後である。


 ただ、もちろん香苗以外の誰かには、元より言うつもりはなかった。それに、今日のことを内緒にするのであって、昨日以前のことは何も言われていない。だから、約束を破ったことにはならないはずだ。


「では、失礼しまぁす!」


 そして、その勢いのまま、ミカもこの場を走り去っていった。自分より体格のいい若い警察官を背負って。


 少なくとも、見た目はしずくやあかりとあまり変わらない年齢、そんな少女が、成人男性を背負って走る……かなりの身体能力、パワーがなければできないことだ。背中の翼に白い髪、あの怪物との戦いに関わっていることといい、普通の人間ではないことは明らかだ。


「……あ! 後日とか言ってたけど、連絡先も何も知らないじゃん!」


 勢いで誤魔化されたが、冷静に考えればわかることだった。待ち合わせも何も決めないまま走り去っていったおかげで、確実に再会する手段を失った。


 普通に詐欺に遭った気分である。……ただ、危ないところを救われたのも事実。不満はあれど、それ以上を望むのはあまりにも身勝手というもの。


 兎角、今はもうごちゃごちゃ考えるのはやめることにした。朝から走った上、戦いにも巻き込まれる(正確には自ら首を突っ込んだのだが)わで、やけに疲れたからだ。


「……帰って休も」


 たった一人、平日の午前に帰路につくしずくの足取りは、先ほどまでここにいた人物の誰よりも重いものだった。

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娘と俺がプリティウォーリア!? 遊佐慎二 @yusashinji

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