通らぬわがまま ~魅惑の髪留め

 とにかく、圧力の矛先がジーナに向くと可哀想だ。ディジーに対して嫌がらせされても困るが、その辺りは俺がどうにかできるはず。


「ハナ、ジーナを家まで送ってやってくれ」

「は、はい!」


 突き刺さるような視線を感じながら、無事に送り出すことができた。ここからはいくら拗れても貴族同士のトラブルだ。最も、俺は怒るつもりはないが。


「……もういいか? 俺もそろそろ帰りたいんだ」

「いいわけないでしょう! まったく、この手は使いたくなかったのだけど」


 聞き分けのない俺に対して何か手があるのか? 注意深く観察していると、相手は頭についた髪留めに触れ、そっとそれを撫でた。この時、俺ははっきりと理解する。こいつも遺物を持っている。それも中々厄介な代物だ。


「いい? わたくしの言う事をよく聞くのよ。


 妖しく髪留めが輝いている。イブリースの声はすっと心に入り込んでくるようで、先程とは声色が変わったようにも感じられる。とまあ、ディジーだけならばついつい本を手渡ししてしまいそうになるだろうが、残念ながら俺には通用しない。


「いい髪留めだな。けど、その力は格下の相手にしか通用しないんだぜ。意思が弱かったり、魂の未熟な相手、弱みを握ったやつ……俺はどれだと思ったんだ?」

「……あなた、この力のことを知っているうえに、そこまで平然としているなんて、生意気! さっきからへらへらと!」

「理性的と言ってくれ。人間同士の揉め事なんて、感情的になるだけ損だぜ?」

「こいつ……!」


 魅惑の髪留めをこういう奴が持っていると、わがままに育ってしまうのも仕方ないか。相手を魅了するなんて力、ろくな使い方をされなかった記憶があるが、この時代では貴族のわがままを通すだけの道具。まあ、その方が平和でいい。


「護衛たち! あの本を取り上げなさい!」


 ……ねぇ、ちょっとまずいんじゃないの? ぞろぞろ怖い目の人が出てくるし、これって力ずくで雑誌を取り上げようとしてるってことよね。


 なるほど、わりとしょっちゅう魅了する力は使っているらしいな。遺物を使えるだけ魂が強いということだが、ディジーの言う通りこの状況はよくない。荒事に発展するまで数秒だろう。

 護衛とはいえたかが人間が相手、生かして対処するのは面倒だが、加減すれば気絶させるぐらいはできるだろうか。……って何を考えてるんだ俺は!? 今の身体は貴族の令嬢、人の時代に殺人なんてもってのほか。そして今は借り物の身体、傷1つつけるわけにはいかない。


 ぞくり、と冷や汗が出る。俺の困り顔に、イブリースもご機嫌のようだ。他人に助けを求めるにも、貴族に逆らうのは難しいだろう。俺の頭だといいアイデアが出るかわからない。ディジーにも意見を聞かなければ……!


 大丈夫よ、私はあなたのこと信じてるから。あなたが一番良いと思った行動をとって。


 えらく信用されたもんだ。しょうがない、できるだけトラブルにならない手段を取ろう。手を汚さないように、さっき買ったこれを使うか。


 飛び込んでくる男をひらりとかわし、次々に本を取り上げようとする護衛たちを短くステップを踏んて避けていく。5年間入っているだけあって、この身体は思い通りに動いた。このまま逃げ帰ってしまってもいいのだが、それでは逆恨みされる可能性があるので、念のためデンバーハンドを使ってあの髪留めを借りよう。


 デンバーハンドの先端をイブリースの背後に向けて発射し、壁の突起をしっかりと掴む。このまま思い切り巻き戻すと……


「飛んだ!?」


 護衛たち、いい反応をするじゃないか。びゅんと風を切り宙に舞う。そのまま壁へ到着する前に、先端の手の部分をこちらに戻す。地面に落ちるまでの時間に狙いを定め、後頭部の髪留めへもう一度射出する。がっしりと髪留めを掴んだ。

 要するにこの道具はすごく伸び縮みする腕と手のようなもので、わりかし器用に使うことができる。着地の衝撃に耐え、取り上げた髪留めをさすりながら、目を見開く伯爵令嬢さんに向けてをする。


「“悪いが、今日会ったことはなかったことにしてくれないか。この雑誌も別のところで買ってくれ”」

「ひ、ひゃいっ」


「お嬢様に何を!」

「“あんたらも、俺に会ったことは内緒にしておくんだな”」

「ぐっ……!」


 全員に聞こえるよう、かなり大きな声で喋る。魅惑の髪留めの力を使って、どうにか全員落ち着かせることができた。まったく恐ろしいぐらいの効き目だな。俺が使っているのもあるが、よほど魂が強い生物でない限り、命令を受け入れてしまう。政治に介入するなり有力者の色恋に利用するなり物騒な使われ方をした遺物だが、こうも平和な用事で使用されるとは。

 さすがに盗んでいくわけにはいかないので、そっとあった場所に戻すべく、イブリースの目の前に立つ。若干顔が赤いが、少々効き目が強すぎたかもしれないな。きゃんきゃん騒がれると思ったが、ぼーっと俺を見るっきりなにもしてこない。


「じゃあな。他の本屋で見つかることを祈ってるよ」


 一方的に別れを告げ、駆け足でジーナの花屋まで向かっていく。怪我もなし、「恋のガーベラ」も無事、悪くない結果だ。しかしまあ疲れたし、散歩は終えて家に帰るとしよう。ハナも迎えにいかないと。


 さほど距離が離れていないので、駆け足ですぐに花屋へと戻ってくることができた。少し離れた場所からでも店先にいるジーナとハナの姿が見え、こちらに気づくと手を振ってくれた。


「なんとか終わったぞ。雑誌も無事だ」

「お嬢様、ご無事でよかったです! ハナは心配で心配で、すぐ近くで見ておりました。喧嘩になりそうな時はいけないと思いましたが、まさかディジー様があんな動きをするなんて。身代わりになろうとしていましたが杞憂でしたわね」

「……見てたのか? えっ、じゃあ俺より先にここにいるのはどうやって?」

「頑張って走りましたわ!」


 ふんす、と鼻息が聞こえるようだ。ジーナを送ってくれと頼んだのに、ハナだけ残ってどうするんだ、と伝えると、弁解するようにジーナが説明してくれた。


「あのあと心配で見てたんだけど、帰ってないのがバレちゃったらよくないかな〜なんて言ったら、ハナさんが張り切っちゃって」

「ジーナさんをおんぶして走りました!」


 そこまで体力があるのなら助けを頼んだ方が良かったんじゃないか? まあ、いざという時は守ろうとしてくれたと解釈しておこう。どうやって鍛え上げたのかは知らないが、メイドの体力に驚かされる。みんなこうなのか。いや、ハナが特別なのかもしれない。そう考えていると、ジーナが不思議そうに話しかけてきた。


「ねえ、ディジー様はどうしてあたしのこと守ってくれたの? 自分で言うのもアレだけど、あたしって押し売りみたいなことしちゃったし、庶民だし」


 理由ねえ。一々説明するのも難しいが、感じたままに意見を述べよう。彼女の首飾りを指差し、こう話した。


「あんたはそれを大事にしてたからな。立場なんてどうだっていいし、私利私欲のために動くのも嫌いじゃない」

「なんか変なの。じゃあ、あの伯爵令嬢の人も好きなの?」

「好きってわけでもないさ。でも、人間らしくていいんじゃないか。わがままなだけだ、害を与えない限り放っといたらいい」

「ふーん。ディジーお嬢様はどうなのさ?」


 こいつ、俺の言う事が信じられないのか。ずっと貴族に対して不敬というか、舐めたような態度を取っているのは心配になる。第一、そんなに都合良く入れ替われるわけじゃ――


「ジーナのことはかわいい友達だと思ってるわよ。あなたの芯の通った性格は素敵よね。でも、イブリース伯爵令嬢はダメ。遺物を使ってわがままを通そうとしてくるし、高飛車なのも合わないわ」

「さっすが、お嬢様の方はわかってるね。あたしもおんなじ意見だよ。ほんと、令嬢様はみんなディジーお嬢様みたいだったらよかったのに」


 ああもう、どことなく俺に対して失礼だよな。身元がわからないからってそんな態度をとっていいと考えているなら大間違いだぞ。俺の存在を見抜く慧眼は素晴らしいが、もう少し敬ってほしいものだ。


「じゃあお別れの前に、とっておきを占ってあげる。まあ結果を話すだけなんだけど。一応お嬢様向けね」

「はあ、金は出さないぞ」

「ずっと変な感じだったんだ。お嬢様の中の魂は、人間でも動物でも、植物でもない独特な雰囲気をしてる。花たちはよく知らないみたいだけど、私にはわかったよ」

「ほう。それは楽しみだ」


「あなたの正体はね――古代生物のおばけ! きっとそうよ!」


 ……正解はやりたくないが、適当にそうだと頷いておくのだった。

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