取り合いになるほどに ~魅惑の髪留め

「買えちゃったな」

「買えちゃいましたわね。それも格安で」

「種類はなかったが、まさかこいつが買えるとは思わなかった。デンバーハンドはガラクタ扱いするには勿体ない代物だぞ」


 骨董品屋で遺物を探す俺達だったが、壺や食器などの陶芸品、芸術品ばかりで目的のものは全く見つからなかった。そこで、店員に直接尋ねたところ、1つだけ遺物を発見できた。

 埃だらけで劣悪な保管状態だったようだが、遺物であるなら全く問題ない。相応しい使用者がいれば、力はそのうち戻って来る。


「どう? あたしの占い、役に立ったでしょ?」

「ああ。ディジーの役に立つかは知らんが、持ち主のいない遺物を1つ見つけることができた。ありがとうな」

「へぇ〜、そんなに大切なんだ。あたしにはそう見えないけど」

「あんたの首飾りもそうだが、見た目だけで価値を計れるほど単純な品じゃない。本当の価値を知るには、それなりの知識が必要ってわけだ……今じゃ誰も覚えてないだろうが」


 デンバーハンドを握って、状態を確認する。筒状の本体の下部に、手を握る部分がついている。先端には手を模したからくりがついていて、これを射出できるわけだ。一見古ぼけてはいるが、思い通りに動く。


 ……何に使えるのそれ? 流石にお金の無駄遣いは見過ごせないわ。


 無駄なんかじゃないぞ。そりゃあ、身体を取り戻すには直接影響はないだろうが、色々と便利なんだよ。


 何1つ良いところが伝わってこないんだけど!? もう、具体的な効果とか、そういうのはないわけ? まさか覚えてないのに遺物ってだけで買っちゃったの?


 全部覚えてるよ。でもな、持ち主がいないってのは、寂しいじゃないか。遺物ってのはすなわち遺された物なんだよ。それだったら、誰かが使っていた方がいい。

 ディジーの説得は骨が折れそうなので、後回しにしておく。掴む、飛びつく、引き寄せるといったことが色々とできるのだが、確かに貴族の生活で何の役に立つのかはすぐ説明できそうにない。しかしまあ、今は俺の身体でもあるわけで、多少は俺のわがままを聞いてもらってもいいんじゃないか。


「ねえディジー様、今日はなんでこの町に来たの? お散歩?」

「散歩だ。俺の身体も外に出る体力がないだろうし、本格的に回るんじゃなくて軽く見るぐらいで帰るつもりだったが、どうしてまた?」

「ううん、それでいいと思う。あ、これは占いじゃなくてアドバイスね」


 ジーナがそう言うと、彼女はこう続けた。


「あたしも本屋によって帰ろうかな。ちょうどお小遣いも貰ったし、今日は“月刊恋のガーベラ”の発売日だもの」

「本屋ねぇ。恋愛もの以外の暇つぶしでも探しに――ちょっと! 今すぐ本屋に急ぐわよ!――なんだ急に、びっくりするからやめろって言ってるだろ」


 お出かけに浮かれて忘れてたけど、恋のガーベラの発売日だなんてすっかり忘れてたわ。今ならまだ置いてるかもしれないし、急いでいきましょ。いつもは買い出しの日についでで買ってもらうしかなかったけど、直接買えばすぐ読めるわ。


 その騒ぎよう、恋愛話が集まった雑誌か。仕方ない、半身の楽しみを逃すわけにはいかないから、急いで向かうとする。ハナとジーナに事情を軽く説明して、駆け足で本屋へと向かった。


 全速力で走ったわけではないが、流石に結構走ったので息が切れる。それらしい雑誌は……おっと、あと二冊しか残ってないじゃないか。急いで買わないと間に合わないな。あとひと踏ん張りと気合を入れて、分厚い雑誌二冊を拾い上げるようにして手に取る。ディジーの分とジーナの分、ちゃんと確保できたな。

 汗を軽く拭いながら、さっさと会計を済ませてしまう。ジーナもハナも、何か言いたげな風にこちらを見ているが、間違いでもあったのだろうか。


「急いで買っちまったが、お目当てのはこれで合ってるか? 表紙からしてこれなはずだが」

「いやいや、間違えてないよ。そうじゃなくて、残り二冊なのを見てからの動きが機敏すぎてびっくりしちゃった。はいこれ、あたしの分のお金」

「もう長いことディジー様に仕えておりますが、これほど素早く動くお嬢様は、初めて見ましたわ。しゅばば、と音がしていたようですもの」


 あ、あなたねぇ。私の身体なんだから、あまり無理に使わないでよね。これ、今日の夜には絶対筋肉痛になってるわよ。


 お前ら3人揃いも揃って今更何を言い出すんだ。少ないから急いで買った、それだけじゃないか。これぐらい人間なら誰だってできる動きだろ。5年も過ごせば、身体の使い方だって覚えるさ。

 本を抱えながら店の前で談笑していると、突然かん高い声が響く。ついぎょっとしながら声の方向を見ると、煌びやかな服装の女性が騒いでいた。


「ない……ない! ないじゃないっ! ちょっと! わたくしの分はどこにあるのっ!」

「お言葉ですがお嬢様、売り切れてしまっているようにございます」


 その瞬間、脳裏に一瞬嫌な予感がした俺は、全員へ静かにその場から離れるよう提案する。勘がいいのかジーナはこくりと頷き、足音を立てずそっと立ち去ろうとした。


「そこのあなたたち!」


 だめだった。最後の願いを込めて、ゆっくり後ろを振り向いてみたが、思い切りこちらへ指を突き立てているではないか。


「その手に持った本、1つ譲ってくださらない? 書店限定恋のガーベラ特装版、わたくしと〜っても楽しみにしておりましたの。わざわざ直接出向くぐらいには」

「それは……残念だったな。俺が買った分で最後だったみたいだ。俺たちもこれが読みたいし、悪いが他をあたってくれ」

「嫌よ」

「え?」

「このイブリース・エクサドーラ伯爵令嬢の言うことが聞けないの? わたくしが、譲って欲しいと言ってるのよ」


 おいおいおい、人の話が聞けないのかこいつは。わがままお嬢様の典型例みたいなこといいやがって。確か伯爵ってのは……俺より1つ偉い爵位だったか。上から数えて3つ目。逆らうと家同士のトラブルに……いやいや、雑誌一冊でそこまでなるか?


 いい、ディジー。絶対に渡しちゃダメよ。私は今日帰ってすぐこれを読むんだから。


 おっとこっちはこっちで気が強いな。ジーナの分を差し出すなんてありえないし、ディジーにはいい思いをさせてやりたい。何より本人が譲るなと言ってるんだから、ここはどうにか穏便に断ろう。


「こっちも色々事情があってな、そちらに譲るわけにはいかないんだよ。頼む、この通りだ」

「頭を下げたって無駄よ。あなた、貴族でしょう。わたくしに対しての礼儀がいささか足りていないのではなくて?」

「……俺はディジー。ベリーロンド家の子爵令嬢だ。礼儀ってのは、その、この口調のことだろ? これも深い理由があってだな」

「ふうん、ベリーロンドの。なら、なおさらわかっているでしょう? その本をこちらに渡して」


 くそっ、こっちはディジーの身体を借りて頭を下げたってのに聞きやしない。渡せばトラブルにはならない、けど、ディジーが楽しみにしていた本だ。譲ることはできない。

 ああもう、この身体じゃなければ人間1人どうにでもできるというのに、貴族社会は面倒くさいな。


「何度も言わせないで。早く」

「それはできない」

「あら、家がどうなってもいいのかしら?」

「雑誌1つの取り合いで家にまで嫌がらせなんかしたら、すぐに知れ渡るんじゃないか。俺と違って買える手段はいくらでもあったはずだ、言っちゃ悪いが、恨まれても困る」


 ぴくり、と相手の目元が動いたのを見た。すぐに反論が出なかったのを見るに、脅し文句は口だけだと考えて良さそうだ。やつの苛立ちは最高潮に達しそうなので、できればすぐこの場を離れたい。衝動が理性を超えるラインがあるとすれば、ここだ。


「もういいわ、あなたじゃなくて。そこの庶民、その本を寄越しなさい」

「うっ、えーっと、その……これは……」


 突然標的になったことに混乱しているのか、ジーナはうまく反応できなかった。俺はもう面倒な奴だと思われたのか、興味は逸れたらしい。確かに、一般人のジーナは立場が弱いし、実家や親が脅しのネタになるだろう。


「おい」

「何? あなたにはもう用はないの。お父様に言いつけてやるんだから」

「俺の専属花占い師と話したいなら、俺を通してもらえるか」


 ディジーと同じ考えだったと信じたい。俺はジーナとイブリースの間に割り込んだ。

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