花の声を聞いて ~霊花の首飾り
水と花の混じった独特なにおいが、ひどく新鮮に思えた。過去にかいだことがあれば驚きはないと思うが、俺にとっては初めての経験なのかもしれない。色とりどりの花弁は人々にとって心の支えになっているのだろうか。なんとも洒落たことだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
緑のエプロンをつけた店員がすぐにやってきて、機嫌を伺うように声をかけてくる。俺の服装は派手ではないが、連れの服装から平民ではないと感じ取ったのだろう。別に文句をつけに来たわけじゃないから、そうかしこまらなくてほしいんだが。俺があれこれ注文をつける前に、ハナが要件を伝えてくれた。おすすめは聞かず、自分で選ぶとわかったら、距離をとってこちらの様子を見ている。やはり店に貴族が居るのは気が気でないのだろう。
「なあハナ、貴族が店で買い物をする時はいつもこうなのか?」
「日用品の買い出しは使用人が済ませることが多いですし、不思議に思われても仕方ないかもしれません。しかし、ここは綺麗で品ぞろえも良いですから、貴族の方が来てもおかしくないと思います。それにしても、警戒しすぎのように見えますわね」
ハナから見てもそうらしい。居心地は良さげだが、こう居座っても迷惑になりそうだ。早めに選んで店を出ようとすると、店の奥から誰かがやってきた。もうひとりの店員だろうか。
「……来たね、貴族らしからぬ人。ふたつの魂を持ついびつな存在。みんなの噂していた通り、あたしに会いにきたのは分かってるから」
なんか変な子供が来た。いや、貴族に対しての態度じゃないのはまあ別にいいが、言葉を聞いてすぐにわかる。こいつは話を聞かないタイプのやつだ。……ただ、俺の身体がどうなっているのか気づいていることが気にかかる。ただの危ない娘じゃないことを祈ろう。
「はじめまして、だよな。悪いが別にあんたに会いに来たわけじゃなくて、ただ花を買いに――」
「大丈夫よ。誰だって言えない事情はあるよね、ディジー・ベリーロンド。あたしならきっと力になれるから」
ほら見ろ、聞いてもいないのにずけずけと喋ってくる。その様子を見ていた最初の店員が、血相を変えてこちらに向かってきた。
「ジーナ! 貴族の方に対してそういうことをするのはやめなさい! すみません、娘が変なことを言って……」
「変なことじゃないよ、パパ。さっきの貴族はわかってくれなかったけど、この人は別だから。みんなそう言ってる」
不思議な女の子ですわね、とこちらに微笑むハナ。不思議という言葉で済ませてしまっていいのかと返したくなるが、今は別にいい。ジーナと呼ばれた少女は、てくてくと俺の前までやって来る。おっと、なるほど。近くに来てくれたおかげで、ひとつ発見があった。彼女は特徴的な首飾りを付けていると思ったが、これは遺物だな。
「ジーナって言ったな。もしかしてだけど、あんた
遺物がその本質を見せるには、魂の強さが必要だ。この子にその資格があるかはともかく、一応そう尋ねてみた。すると、ジーナの表情はぱあっと明るくなり、飛び跳ねるようにして父親に話す。
「やっぱり! パパ、この人はわかってくれるの! なかなかやるわね、ディジーさん」
「娘が言ってることは……本当なんですか?」
「そりゃあ本当だろう。別に子どもの嘘ってわけじゃない。その首飾りのおかげで話を聞けるんだ」
「私がつけても何もなかったのですが、娘はそう言うんですよ。それでいつも不思議なことを言っていて」
「誰も信じないだろうし、店員さんも不思議に思うだろうが、あの娘が持ってる首飾りはそういうものなんだ。大事にするんだな」
いきなり遺物のことを言っても通じないだろうし、ひとまず首飾りにそういう力があるということに留めた。
さっきからジーナという娘がにこにことこちらを伺って、話すタイミングを図っている。厄介ごとに巻き込まれそうな予感がした。
「あたしは花占いのジーナ。こっちはあたしのパパよ。あなたのことはみんなが噂してたの」
「俺はディジー·ベリーロンド。それと使用人のハナだ。俺の名前もこの店の商品から聞いたのか?」
「それは新聞で調べたよ。お花たちは噂しか知らないから」
「以外とその辺りはしっかりしてるんだな……」
恐らく俺の療養が終わったニュースを知ったのだろう。まだまだ子どものような見た目だが、結構しっかりした印象を受ける。
かわいらしくていいじゃない、私は気に入ったわ。せっかくだしあなたも占ってもらったら? 私達のこと、悪く見られてるわけじゃなさそうだし。
あのなあ、そうは言ってもあまり深くは関わらない方がいいぞ。会話から察するに、今日だけで何かしらトラブルを起こしてる。一応俺だって子爵令嬢だぞ? 子どもとはいえ、この態度をよく思わないやつもいるんじゃないか。
「あたしね、今貴族の方にキャンペーンをお知らせしてるの。その名もジーナの花占いプラン! あたしの占いとお花の割引を、月々お得にお求めできる。どう? いい感じじゃない?」
「ジーナ、やめなさい! すみません、この子にはよく言っておきますので」
「でも……! パパ、もっとお花が売れたほうがいいでしょ!?」
まったく、ませているというかなんというか。押し売りみたいなことをしなくとも、店は十分儲かっているように見えるけどな。そう見ていると、ぐっと身体が勝手に動いて、ジーナの前で少し屈んだ。
「落ち着いて、ジーナちゃん。お父さんにはきっとお父さんの考えがあるし、あなたのことも思ってくれてるわ。でも、ジーナちゃんもきっと考えあってのことよね」
「そうなの! あたしはお花屋さんがもっと繁盛して、みんながお花を買ってくれたらいいなって思ってるのに、パパは違うみたい」
「違うわけじゃないんだ、ジーナ。ただ、物事には段階というものがあってだな」
ジーナは自分なりに店を支えていきたいことは確かだが、親と噛み合わないうえにどこか空回りしているのだろう。俺は外に出てないからわからなかったが、ディジーはこういう子どもの力になろうとするタイプなようだ。いつもより親身に話を聞いている。
「ハナ、なんとかできないかしら」
「うーん、お助けしたい気持ちは山々なのですが、ハナに出来ることは……お花を買うことぐらいしか思い浮かびませんわ」
そうだぞ、ディジー。いちいち店の問題に首を突っ込んでどうする? というか店どころか家族の問題じゃないか、俺らがどうこうできるもんなのか?
あなたはわかってないようね。こういう人助けが回り回って家のためになるのよ。私のひぃひぃおばあちゃんは庶民の出だったけど、色々な人を助けた記録が残っていて――
あんたの心意気を疑ってるわけじゃなくてアイデアを出せって言ってるんだ、実家大好き令嬢さんよ。その手の話題は5年間みっちり聞いてきたんだから、外に出た時ぐらい別の話をしてくれ……
あら失礼、それをこれから考えようと思っていたの。もちろんあなたも一緒に考えるのよ? 私と一緒なんだから。
「そのー、なんだ。うちで使う花をこの店で買う、とかはだめなのか? あるだろ、こう、パーティとかでさ。俺は出たことないけど」
「旦那様にお聞きしないといけませんわね。しかし、私たちの一存で決められるものかどうか」
「それも嬉しいけど、あたしにもっといいアイデアがあるよ!」
「……えらく元気になったな。どういう内容なんだ?」
「あたしをベリーロンド家の専属花占い師として雇うのよ! あたしを独り占めできちゃうから、きっと他の家より良いことがあると思うけどなー?」
「あのなあ、お前みたいな子どもを働かせるのは多分、何かしら問題があるんだよ。そういうのはもう少し大きくなって、親と相談してだな……」
「じゃあディジー様の専属は? この契約書にサインしてあたしを雇おうよ〜」
ジーナはどこからともなく一枚の紙とペンを取り出した。用意が良すぎる、親は止めているが、これじゃ押し売りか何かじゃないか。おいディジー、子ども相手だからって油断するんじゃないぞ。勝手に、おい、身体を勝手に動かしてサインするんじゃない!
いいじゃない! この子がきっと一生懸命考えたのよ。このお金もきっと家族やお店のため。力になってあげましょうよ。
「やった!! それじゃ、これからはあなたの専属花占い師ね。占い1回につき値段は……これぐらい!」
「あら、結構なお値段ですわね」
「契約書の通り、あたしと会ったら絶対に一度は占うからね。やった〜、これでお小遣いアップ〜!」
「おい待て、まさか最初っからそれ目当てで、貴族をカモにしようって思ってたんじゃないだろうな」
「なんのことかさっぱりね。でもでも、契約しちゃったんだから、きっちりお金はいただくよ。ね、ディジー様?」
私、もしかして騙されちゃった……?
ああ、そのまさかだろうな。ほんと、詐欺とかに気をつけろよ。というかハナも止めてくれ。関心してる場合じゃないんだぞ。
はあ、と項垂れるようにして下を向く。すると、喜びの波動を受けて、淡く輝く指輪が目に入るのだった。
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