不思議な遺物 ~ベリーロンドの指輪

「実を言うと……この指輪を使ってディジーに身体を返して、本来の身体のところへ行きたかったんだ。そもそも、こいつの身体を借りるつもりなんてなかったし、ちょっと助けたら出ていくつもりだったんだが、5年もかかっちまった。俺は自分のことを全然覚えていないし、これで納得してもらうつもりはないが、話せる限りのことをこれから伝えさせてもらう」

「この5年、全く素性を明かさずただ元に戻る手段を探し続けていたのは、そういうことだったのか。みんな、聞いてみよう」


 父さんがそういうと、家族全員が大広間に置かれたテーブルに集まり、みな緊張した面持ちのまま座った。使用人は誰もいないが、後で軽く説明しておけば理解してくれるはず。多分。


「この指輪は魂の力を強めたり集めたりできる、と呼ばれる道具だ。誰か、これに心当たりは?」

「いや、聞いたこともないな」

「僕もないな。騎士学校でもそんな言葉は聞かない」


 私も全く無いわ。魂の力だなんて、おとぎ話みたいな表現ね。お父様とお兄様がわからないなら、きっと我が家で知ってる人はいないんじゃないかしら。


 だろうな。一気に全部説明するとわからなくなるから、順番に、簡単に説明していくぞ。


「いつかの昔、人間と対立する魔族という種族がいたんだが……激しい戦いの末に絶滅した。それらの生き物を使って作られた特殊な道具が、遺物と呼ばれているんだ」

「魔族? 空想の物語に出てくるようなものかい?」

「兄さんがその認識ってことは、気の遠くなるような時間が経ったみたいだな。きっと当時を記した文献も残ってるかどうか、ってところだろう。遺物には世界を揺るがすものから家事のお供まで色々あるが、共通して魂が強くないと使えないんだ」


「そんな便利なものがあるならみんな知ってるはずだと思ったけれど、君の言う通りなのであれば、昔と比べて僕達人間の魂が弱くなってしまった……ということかな。だからごく一部の人にしか伝わっていないとか」

「やっぱり鋭いな、兄さん。大半は捨てられたり埋葬されているだろうけど、ごく一部はどこかで受け継がれているかも……といった具合だ。ついてこれてるか?」


 兄さんは受け答えができるぐらいには理解しているが、それ以外はまちまちといった感じだった。いきなりどっと新しいことを喋ってもしょうがないだろうし、この辺にしておくか。


 待ちなさい、一番大切なことがわかってないわ。あなたは誰? 一体それだけのことを知っているなんて何者なの?


 まあ、それは気になるよな。全部言うから、大人しく聞いとけよ。


「俺の正体は遠い過去からやってきた魂だ。身体と記憶を捨て、遺物が世界にどれだけ影響を与えているかを監視するために今の時代にやってきた。覚えているのは全ての遺物の記憶と使命ぐらい。名前も忘れたんだ」

「隠しているのではなく、覚えていないだけだったのか。いや、疑ってしまったが、それが嘘という可能性もあると」

「時間を渡るのにはそれなりの代償がいるもんなんだぜ、父さん。しかも一方通行だ。まあ、しばらくこの身体の世話になりそうだから、ディジーのやりたいように過ごすつもりではある。俺が離れたら、この身体は持たないしな」


 5年間変な動きをしてこなかったから、ある程度は信頼してるけど、正直まだ疑われるのも無理もないわね。


 そうだろうな。まあ、俺は別にどう思われようが構わないが。

 顔をしかめる父さんに、口を手で覆う兄さん。考えてるときのクセだな。難しい話や説明を続けるつもりはないし、一番知りたいであろうことをさっさと話すとするか。


「当然一番知りたいのは、どうやったらディジーが元に戻るのか、だろ? 簡単だ、この指輪を直せばすぐ元通り。いつもの生活に戻れるはず」

「どうすれば直せる? まさか……」

「俺のことを悪魔か悪霊かと思われるのは心外だな、父さん。そんな取引なんてしないさ、ただちょっと時間はかかる。人や生き物が喜んだり、幸せを感じたときに出てくるを集める必要があるんだ。それをたくさん受けた指輪は力を取り戻すはず」

「人助け、善行を重ねるというわけか」

「その通り。もちろんちょっとやそっとじゃ駄目だし、ズルはできない。けど、喜びの波動をたくさん受けた魂は、より強くなる。他の遺物も応えてくれるようになるし、ベリーロンド家のためにもなるんじゃないか」

「ふむ……」


 俺はたった5年しかこの家で過ごしてないし、子爵とやらが社会でどれだけの立場なのかはいまいち把握していない。5年間ずっと身体を戻すことに全力を尽くしてきたからな。

 ただまあ、これは悪い話じゃない。末娘という立場が弱いのは把握しているつもりだが、ディジーの家のためになりたいという想いは本物だ。彼女の意志を尊重すれば、必ずいい結果が訪れるだろう。俺の使命はいつだってこなせるし、現状優先度が高いのはこっちの問題だ。


 大病を患ったとして、ここ5年間外に出ることはなかったわよね。私の身体が乗っ取られたということを隠蔽するためでもあったけど、これ以上家にいても仕方がないのなら、外に出る時が来たのかしら。


「私はいいと思うな。ディジーは人のため、家のためになることは喜んでできる強い子だもの。もう一人のディジーがそういうのなら、頑張ってみてもいいんじゃないかな」

「僕も賛成だ。これ以上家で療養していても意味が薄いとわかった以上、次の段階に進む必要があるんだろう? 手探りで身体を取り戻すわけじゃないんだから、いつか必ずディジーは戻ってくるさ」


 姉さんと兄さんがそう言うと、両親の2人もそれに賛同した。つまり、これからはディジーが身体を取り戻すために、色々と行動を起こしていく必要が出てくる。意外なのは、家族全員が「あなたならできる」と思っているところだろうか。ディジーに向ける信頼というか、愛情と自信を言葉で感じ取れる。


 みんな……私、頑張るわ。絶対に身体を取り戻してみせる。あなたも協力してくれるのよね、不思議な魂さん?


 最初からそのつもりだっての。


「あら、あなたももう家族みたいなものよ、もう一人のディジー。あなたらしく言うなら、俺は関係ない、なんて思っているかもしれないけど、5年間娘のために頑張ってくれたことは誰もが知ってるわ。色んなお勉強や調べ物、家の事も手伝ってくれたものね」


「……母さん、ありがとう。自分たちを家族と思って過ごしてくれって言ってくれたのは、母さんだったか。この5年間をこうして過ごせたのも、あんたたち家族のおかげだ」


 まあ! あなたがそんなことを言うなんて、本当に珍しいというか、意外というか。……あら? 指輪が少し光っているように見えるのだけど……?


 俺の人差し指についた指輪が淡く光ると、すぐに元の状態に戻った。これは、喜びの波動を受けた時の反応……まさか、俺が出したのか? 家族だと認めてもらえて幸せだと感じたということだろうか。はあ、こうして目に見えるのは恥ずかしいな。


「……こうして喜びの波動を受けると、指輪が少しずつ力を取り戻す。最後にはきっと、ディジーは元に戻るはず。それまでの間だが……よろしく頼む」

「あはは、照れてるの? 俺っ娘ディジーがそんな顔してるの、初めて見たかも!」

「やめてくれ姉さん、俺だって恥ずかしいと思うことはあるんだぞ」


 うふふ、いいものが見れたわね。じゃあこれからは、もっとあなたにも頑張ってもらうから。今後ともよろしくね、ディジー!

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