野郎令嬢は子爵令嬢
根っ子
2人のディジー 〜ベリーロンドの指輪
10歳の時、私は多分死んでしまった。でも、不思議なことに、魂みたいなものはそこに残っていた。だから、はっきり覚えている。自分の身体が言うことを聞かなくなった時を。
「……なんだあんたら、ひどい顔だな。まて、なんだこの声は? まるで子どもみたいじゃないか」
自分が勝手に喋り始めた、その衝撃を。
子爵家ベリーロンドの末娘、ディジーこと私が原因不明の病に倒れたのは、10歳の時だった。大病なんて患ったことがなかったのに、ばたりと倒れるようにして動けなくなってしまったのだ。お医者様も全く見当がつかないみたいで、寝たきりのままあっという間に息を引き取った……はずだったんだけど。
「まさか人間の身体に入るなんて思いもしなかった……が、ある意味ラッキーだったかもな。俺が入らないとこいつの身体は持たなかっただろうし」
「ディジー、なのか?」
私は「俺」なんて言わない! と言いたかったけど、口はぴくりとも動かない。お父様が震えながら話しているけど、私の気持ちを伝えることは、どうやってもできなかった。
それから5年後。早すぎるって? 俺だってあっという間だったんだから仕方ない。俺が身体に宿ってからすぐ、俺がやることなすこと全部に意見してきたのを覚えている。あれを覚えろこれを覚えろ、そんなこと私はしないだの、こんなのは常識だのなんだのとまあうるさいこと。右も左もわからなかった俺は、見事にベリーロンド家の娘に育てられたってわけだ。
自分の名前も覚えてないし、文字通りもう一人のディジーとして日々を過ごしてきた。
まあ! ディジー、私は「俺」なんて言わないってずっと言ってるでしょう。あなたのことはまだまだ娘だなんて呼べないわ。いつもいつも私に頼ってばかりで、ずっと世話がかかるんだから。あなたなんてせいぜい……
友達ね。
友達だろ。
こういうところは察しがいいのに、どうして物覚えは悪いのかしら。
あのなぁ、俺だって人の身体借りて必死に頑張ってるんだぞ? ある程度考えはわかってきたが、頭の中が直接繋がってるわけじゃないんだ。考えが筒抜けみたいなものではあるけどさ。
とはいえだ、今動いてるのは俺なんだから、あまり騒ぎすぎるんじゃないぞ。話してる間に時間が止まってるわけじゃないんだから。
「ディジー、考え事かい? 話があるんだけどいいかな」
「ああ、兄さんか。悪い、ディジーと喋ってたから気づかなかった」
「そうか。2人とも元気そうでよかった」
ディジーの兄、長男のリダンが声をかけてくる。2人とも、と言っている通り、元のディジーに加えて俺にも理解がある。懐の広い、できた長男とはこのことだな。
「それで、話ってのは?」
「見つかったってさ、例の指輪」
「……なんだって!? 今どこに!?」
「お父様に預けてる。ちょうど家族全員いるから、言われた通りにできるよ」
指輪? お兄様の用事ってこのことだったのね。あなたがずっと探していたのは知っているけど、それほど驚くことなのかしら。
それはもう驚くに決まってる。いいか、あの指輪が本物なら、ディジーの魂は元に戻る。つまり、お前の身体を取り戻せるってわけだ。早く言いなさいよとか、言うなよ。
見つけるのに5年かかったが、ようやくこの身体ともおさらばか。
俺はリダン兄さんについていき、家族全員の待つ大広間に向かった。部屋からは緊張感が感じられ、両親の2人と姉さんが心配そうにこちらを見つめている。
「頼むぞディジー、お前の言う通り魂の指輪を見つけ出した。これで娘は帰ってくるのだな」
「安心しろ、これは間違いなく本物だ。いまから付けるぞ」
感動の再会ってやつだ。古ぼけた指輪を指に通した瞬間、視界がぐるりと歪んでいき、耐えられなくなった俺は目を瞑った。ふらつく頭を抑えようと手を挙げたかったが、身体は言うことを聞かない。どうやら成功したみたいだな。
真っ暗になっていた視界を開くと、そこにはお父様とお母様、それにお兄様とお姉様が心配そうに見つめていた。いつもよりほんの少し距離が近く感じられて、懐かしい絨毯や部屋の匂いが涙腺を刺激する。
「あ、ああ……。私、私は……」
「ディジー? ディジーなんだな!? よかった、やっと、やっと……!」
「お父様ぁーっ!!」
飛び込むようにして抱きついた私は、お父様の温かさを体いっぱいに感じた。すぐにお姉様も混ざってきて、力強くぎゅっと抱きしめられる。もみくちゃになる私達を優しく見つめるお母様とお兄様を見て、ああ、私は帰って来たんだと実感した。
しばらくの間そうやって過ごした後、体調はどうか、怖くなかったかと質問をたくさん受ける。
「私はずっとみんなを見ていたの。でも、触れることも感じることもできず、ただ私の身体から見守ることしかできなくて、ずっと寂しかったわ。彼は大丈夫だと言ってくれたけど、やっぱり不安で……」
「もう大丈夫、もう大丈夫だ。2人目のディジーが言うことが本当ならば、この指輪の力で魂を引き出せる。これからも一緒に暮らせるんだ」
「そうね……そうよね。ありがとう、お父様」
優しく手を握ってくれたお父様。その手をぎゅっと握り返すと、今度はお姉様が嬉しそうに声をかけてきた。
「姿は全然変わらないのに、10歳のディジーがそのまま成長したみたいに見えてすごいね! ふふ、懐かしいなぁ」
「クラリアお姉様、私はずっとそのままよ! でも、言葉遣いと態度はひどかったわよね」
「そう? 私は俺っていうディジーもかわいくて良かったと思うけどなー?」
「も、もう! そんなの私じゃありませんっ」
お姉様がからかうように笑うと、つられて家族みんなに笑顔の花が咲いた。この5年間、辛いこともたくさんあったけれど、ようやく自分の身体を取り戻せて本当に良かった。
「今思えば、乱暴な印象もあったもう一人の私だけど、私の身体や家族にひどい扱いをすることは一度もなかったわ。今になって思うと、悪い人じゃなかったのかも」
「そうだね。彼の正体や過去は謎のままだったけれど、僕達家族を思ってくれた気持ちに、嘘はなかったんじゃないかな」
「……そうね。彼なりに頑張っていたのかもしれないわ。本当に、自分の過去を何も話さない人だったけれど。お兄様がそういうのなら、そうなんだと思うわ」
乗り移られた最初は、彼の事を悪魔か何かだとばかり思っていたけれど、蓋を開けてみると口調が粗暴なだけで、行動は全くそれらしくなかった。
この指輪を付けてから、彼の言葉は何も聞こえない。私の声をした私じゃない何かは、どこに行ってしまったのだろう。こんなことになるのなら、別れの言葉を伝えておくべきだったかもしれない。
「さて、これからはベリーロンド家のために頑張るわ! 今までできなかったことをついに成せる時が来たのね。末娘の私でも、きっとみんなのためになれる。そう信じて――」
「ディジー? 大丈夫かい!?」
突然意識が飛んでいきそうになり、ふらふらと立っていられなくなる。お兄様が支えてくれたから床に倒れなかったけど、一体なんだったのかしら。別に気分は悪くないからこのまま……あら? 身体が動かない?
「参ったな、まだ完全じゃなかったのか。経年劣化ってやつか? 想定外というわけでもないが、かなり困ったことになったぞ」
「……ディジー? ディジーはどうした?」
「あー、悪い。指輪は本物だったんだが、力が足りてなかったみたいで――ちょっと私! どういうことなのよ!――こんな感じに、不完全な対処になってしまったわけだな」
「ディジーが喋っている間に……もう一人が喋っているのか?」
そういうことだ、と父さんに伝えておく。前みたいに全く干渉できないほど魂が弱まっているわけじゃないから、ちょっと喋るくらいはできるんだが、最後まではもたなかったみたいだな。
ちょっと説明しなさい! せっかく元通りになれたと思ったのにこんなことってないわよ!
それに関しては本当に……悪いと思ってるよ。とにかく何があったか教えてやるから、またちょっと身体を借りるぞ。
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