異物は吐き出せない

@PenmotuTora1009

第1話

胸の辺りに…異物を感じる事がある

異物は度々胸の中に現れては、いつも俺をちょっっと嫌な気持ちにさせる

異物が胸を圧迫するせいで、深く呼吸しないと、酸素が足りなくなる

胸の異物を伝って、心臓の鼓動が嫌でも聞こえてくる

異物が大きくなると、それを吐こうとしてるのか、吐き気がしてくる

でも、その異物が、そんな程度で身体から出てくる訳がない

自分はその異物の正体も知ってるし、どうしてその異物が産まれたのかも知っている

でも、異物が産まれた原因を解決しようと、一度生まれた異物は、身体からは消えてはくれない

異物を消す、唯一の方法…それは、身体の中を、別の物で満たす事だ

漫画を読む、ゲームをやる…友人と話す

自分の心を、別の何かで満たす事で初めて、異物はその姿を消す

文学のある読者の皆様なら、この『異物』が何か、もう分かっただろう

俺は、この異物に悩まされて続けている

俺の心に度々現れ、俺の心臓を圧迫してくる…異物

親に怒られた…勉強をサボった…何か大事なことを忘れてしまった

そんな時、異物は待ってましたと言わんばかりに自分の胸の中に現れ、膨らみ、苦しめてくる

酷いと吐き気がする為、急いでその異物を取らなくてはならない

困難と真正面から向き合っても…親から許されても…忘れたけどどうでも良いや、と諦めても

異物はいつまでも居座り続ける

俺の胸が…『楽』で満たされるまで

その度…楽を感じて、異物が消えた快感で少しの喜びを感じる度に…思う

自分は…なんて情けないんだろう

こんなの只の逃避だ、それは俺が一番分かってる

でも…逃げないと辛いんだ

ちょっと苦しいだけ…でも、そのちょっとが…まるで毒の様に、俺の心を壊していく

勉強から少し逃げて…この異物が現れて、勉強に向き合おうと思う度、俺はまずマンガを読み始める

親に怒鳴られ、反省した後する事は…ゲームの電源を入れる事

でも実際のところ、そこまで酷い状態な訳じゃない

ゲームも漫画も、一度クスッと笑えさえすれば、すぐに嫌な事、異物の原因を排除する事に取り組める

自分の中では、そこまで迷惑では無いし…自分の生活を崩壊させるレベルでは無い

ただ…クスッと笑った後に訪れる…激しい自己嫌悪と…後悔

度々思う…と言うより、理解する

俺は…他者より弱いんだと

そんな事をする奴は、俺の周囲で見た事がない

きっと普通の人なら、異物を無くさなくても、自分のやるべき事に戻れるんだろう

そう思う度に、毎回逃げてる自分が情けなくな

だってそうだろう…他人より多く、逃げてるんだ…情けなくもなる

こんな腑抜けにも、一応あの戦闘狂の、武士の血が流れてるんだから

でも…やっぱり頭だと、これくらい大丈夫だろという考えが浮かんでくる

正直、どっちが本当の俺なのか…ちょっと分からなくなっている


どうして、ここまで己を卑下してしまうのか…実の所、心当たりがある

昔、俺はヒーローに…主人公に憧れた

俺だけじゃない、数多くの人々が、きっと勇者に憧れ…現実と言う名の裏ボスに負ける

別にそれは悪い事じゃない、それが普通なんだ

誰しもが夢を見て…現実を知り、大人になる

俺だって、勇者に憧れたお陰で、今の自分がいるから、別に悪かったとは思ってない

ただ…俺にとっては、主人公と言う存在は、自分が影だと思う程、眩し過ぎる

主人公は逃げない…諦めない

めげる事はあっても、目を晒す事は無い

少なくとも、俺の憧れたヒーローは…そんな奴だった

普通の人なら、自分はこんなに高潔にはなれないや、で終わる

でも…俺の場合…

この人と俺は…一体全体、どれだけかけ離れているんだ…と、醜い俺と…とにかく比較してしまう

アニメの存在と比較なんて出来る筈無いのに、架空の存在と比較したところでどうなる

そう思っても…心の中では、どうしてもあの人を見上げてしまう

見上げて…苦しんで…また異物に気がつく

そんな事の繰り返しだ、主人公になろう、なんて夢、持つのすらおこがましい

けど身の程知らずの俺は、無理だと分かっていながら、未だにその勇者の隣に立つ事を夢見ている

その思いがより一層、俺の自己嫌悪を高める

その願いが故に、俺の本心がよく分からなくなるのだろう

高潔な存在とまではいかなくても…せめて、自分で自分を誇れる程度には…

そう思ってても…身体は正直で、気付けば楽に逃げている

それでも諦めない俺は…相当な頑固者なのかもしれないなと…最近は思う様になった




最近、親に反抗する事が増えてきた

言い返せない事も分かってる…相手が正しいことも、己を思って言ってくれてるのも分かってる

でも…親に怒鳴られると、胸の異物が、急に膨らむのを感じたが最後、何も考えずに口が動くのだ

あんなに吐き出したくても吐き出せなかった異物が、流れるように口から、言葉として流れ出る

その度に、更なる後悔に身を焼かれそうになる

申し訳なくて…気持ち悪くて…情け無くて…

きっと俺は、これから一生、この異物に悩まされるんだろう

もしかしたら、将来はもっと酷くなってるかもしれない

今は胸の中で止まっているが…もし、外に影響がでたら

上記の様に、言葉が止められなかったら?

異物のせいで、本当に息が出来なくなったら?

異物が、心臓を止めてしまうかも?

そう考えると、あり得ないとわかってても少し怖い

でも残念ながら、この異物は…きっと消えない、消えてはくれない

楽に潰された後も、今か今かと、その時を待ち続けるだろう…俺の命が果てるまで、俺の心を蝕み…害をなし続けるのだろう

どんなに逃げても…これからだけは、逃げられないと、本能が叫んでいる

…でも正直、もう覚悟は出来た

この胸の異物を、一生抱える覚悟はできている

せっかく親が産んでくれたのだ…金をかけてくれたのだ

友との楽しい時間が、まだ沢山待っている

やりたい事、なしたい事がまだ沢山ある

こんな程度の事で、人生からも逃げる気は毛頭無い

他人より弱くても…他人と同じ事が出来ない訳じゃない

どんなに辛くても…俺はこの異物と戦い続けてやる

それが…弱虫で、無才で、情けない…俺の覚悟



あぁ…過去の事を思い出したら、また胸の辺りに、異物の気配がする…

全く…なんで過去の事を少し思い出した程度で、こんなすぐに出てくるんだコイツは…

自分が情け無くなりつつも、俺は大きく息を吸い込む

…肺が大きくなって、異物が胸に押し付けられる

…丸くて…大きくて…

とんでもなく邪魔な…俺の同居人だ…
















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