3
部族の中でのシルファの役目は、巫子である。
巫子の一番の役目は、神へ部族の者達のために豊かな恵みと平穏を願い、祈ることだ。
だがそれ以外にも役目はある。
「シルファ、いるか?」
セアドと川で出会った日から、何日か経ったこの日、シルファが住居の外で、魚を石で作った道具でさばいていると、反対側の方から、名を呼ばれた。
「スレイ?」
その声の主の名を呼ぶと、「ああ、そっちにいたのか」と、部族の男が現れた。
シルファやヤヌスよりも、さらに先に生まれた者である彼は、三人の子の父親でもあった。
「薬草を取りにきたんだ」
「もしかして、熱冷ましの?」
「ああ。この間、ネーヤの体が熱を持った時に使い切ってな。もしよかったら、分けて欲しいんだが」
「いいよ。もっと早く言ってくれても良かったのに」
そう言って、シルファは立ち上がった。
「まあ、湖畔の部族との狩りとかで、忙しそうにしていたからな、お前も」
「そんなのは気にしないで。薬草集めは、巫子の役目だよ」
シルファはそう言うと、住居の中に入った。
巫子のもう一つの役目が、自然の中にある薬草を集めることだった。
神に仕える者として、部族の者達のために癒しを施すのだ。
シルファは天井からつるしている何種類かの薬草の中から、熱を冷ます効能がある薬草を外した。それを持って外に出ると、部族の男が、魚をさばくためにシルファが使っていた石を手に持って、しげしげと見ていた。
「お待たせ、スレイ」
そう声をかけると、
「いいな、これ」
と、部族の男は、感心したように言った。
「これ、お前が作ったのか?」
「あ、うん」
「魚もきれいにさばけているしな。たいしたもんだ」
「スレイも必要なら、作るよ?」
「それもいいが、作り方を教えてくれ。道具を作っている奴らに作ってもらえば、もっとたくさん作れる」
シルファ達の部族は、狩りをするのは一応男達の役目ではあるが、ジャスのように年老いた者や、あまり狩りが得意でない者達が、器などの生活に必要な道具や、狩りの道具を作る役目を担っていた。
湖畔の部族との狩りで使った道具も、作ったのは彼らだ。
「お前は今までの巫子の中でも、一番優れているのかもしれんな。さすが、風の神の加護を受けた者だ」
そんな言葉を、シルファは微かな笑みで受け止めた。
幼い頃。
風の神の加護を受けた者でありながら、身体能力に恵まれなかったシルファは、部族の者達に、「男のくせに」とよく言われた。
だが亡き父は、『自分のできることを、得意なことを伸ばせ』と繰り返し、シルファに言って聞かせた。
そして、父の恋人でもあったヤヌスの父は、『お前達が大きくなった頃には、男とか女とか関係なく、それぞれが得意なことを生かして助け合いながらやっていく、そんな部族にしておくからな』と、常々言っていた。
それが、自分やシルフィを支えてきたのだ。
そして今、ヤヌスの父が言っていたように、部族では男女関係なく自分の得意なことを生かして、それぞれが助け合って生活してく体勢ができあがってきている。
だがそれでも。
自分達のやることには、「神の加護を受けた者」という言葉が付くのだ。
「それよりも、スレイ。はい、これ」
湧き上がってくる苦い
「おお、すまんな」
笑顔で薬草を受け取った部族の男は、礼を言った。
「そう言えば、シルフィはどうした? いないようだが」
「今日は、ちょっと森に狩りに行くって出て行ったよ」
狩りは、毎日大掛かりなものを行うわけではない。ちょっとした獲物を捕まえるなら、一人で行くこともよくあった。
それに、先日獲れた
「そうか。俺も、魚を獲りに行かないとな」
「今来てくれて良かったよ。僕もこの魚をさばいたら、出かけるつもりだったから」
「お、そうか」
「今度からは、遠慮せずに言ってよ」
わかった、と部族の男は頷くと、薬草を片手に戻って行った。
それを見送ると、シルファは再び座り込んで、魚をさばき始めた。
とりあえず、さっき感じたものは、頭から追い出すことにした。
★
陽が中天に来た頃、シルファは川沿いを川上の方へと歩いていた。
しばらくすると、生えていた木々がぱかっとなくなり、生えているのは草ばかりになった。
ちょうど森が途切れたのだ。
父達が幼い頃は、まだ森は広かったと言う。
大火が起こった後、木が育たず、こんなふうに草だけが生えている場所が多くなっていた。
ただこの場所には、小さいが水が湧き出る泉があるのだ。
近くには洞窟もあるので、父に成人する前に教えてもらって以来、シルファはよく来るようになっていた。
父も昔はよくこの辺に来ていて、母と出会ったのもそのせいらしい。
シルファが泉の方へ歩いていると、遠くの方から、メェーメェーと鳴き声が聞こえてきた。
鳴き声がする方を見ると、一匹の
「
シルファが名を呼ぶと、うれしそうにメエーと鳴いて、走って近寄って来た。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
シルファがそう聞くと、白い体をシルファにすり寄せて来る。
「子ども」という意味の名を持つこの
だが、出会った時は子どもだったのだ。
ケガをして母親ともはぐれていたジュジュを、偶然泉に来ていたシルファが見つけ、手当てをして洞窟まで運んでやったのだ。
ジュジュのケガが完治するまで、毎日シルファは洞窟に通い、えさである草を刈って与えた。
運よく肉食の動物にも見つからず、ジュジュは元気になった。
それが今から二回前のこの季節で、以来、ジュジュはシルファの姿を泉の近くで見かけると、近寄って来るようになったのだ。
「お前、水飲みに来たのか?」
ジュジュの頭をかいてやりながらそう聞くと、メェーという返事があった。
「そうか。これから、暑くなるからね。でも、あまり気軽に人間に近づかないようにしないと。場合によっては、狩られてしまうぞ」
「風の巫子殿は、動物ともしゃべれるのか?」
だが、しかし。ここで、自分とは違う声が聞こえて。
「はいっ⁉」
シルファは思わず、おもいっきり飛び上がってしまった。
そして、次の瞬間。
ざっぱーんと、本当にざっぱーんと、泉の中に落ちてしまう。
「だいじょうぶかっ!?」
さすがに、これには相手も驚いたらしい。
焦ったように、シルファに声をかけてきた。
だが幸い、泉の深さはそんなにない。
シルファは、すぐにざばっと立ち上がった。
「すまないな。驚かせたか」
立ち上がったシルファを見つめているのは、黄金の瞳だった。
その瞳は、あいもかわらず、シルファを、真っ直ぐに見つめてくる。
メエエーと、その隣にいるジュジュも、心配そうにシルファを見て鳴いた。
「だいじょうぶだよ、ジュジュ」
手を伸ばし、ジュジュの頭を撫でながら言った。
「……俺には、なしか」
だがぼそりと呟かれた言葉に「えっ?」と思って、湖畔の部族の男―セアドを、シルファは見た。
「一応、俺も心配したんだが」
「あ、あ、そうですねっ。すいません!」
ずぶぬれのまま、シルファはそう言って謝った。
しかし、彼が急に声をかけてきたから、シルファは驚いて泉に落ちたのだ。
謝る必要があるのかな、とも思ったのだが、何と言うか謝らないといけないような雰囲気なのだ。
メエーと、ジュジュがそんなシルファの気持ちを代弁するように鳴いた。
「ジュジュ、お前はもうお行き。狩り人に見つかったらいけないから」
だがこのシルファの言葉には、嫌そうにメエーと鳴く。
「そうだな、行った方がいい」
そのジュジュの隣にいたセアドも、そう言った。
その時、遠くの方から、子
「あれは、子が親を呼んでいる時の鳴き声だ。行ってやった方がいいぞ」
そう言ったセアドを、ジュジュはじっと見つめていたが、「早く行っておあげ」というシルファの言葉を聞いて、決めたようだった。
メエーと一声鳴くと、子
「もう、子どもではないようだが」
「あ、ケガをしていたのを見つけた時は、子どもだったから……」
そうして。
とたんに、シルファは気付いたのだ。
このセアドと、この場で、二人っきりになってしまったという事実に。
ジュジュを先に行かせたのは、狩り人でもあるこの男がいるということは、他にも狩り人がいるかもしれない、と思ってのことだった。
その後のことまでは、自分はまったく考えていなかったのだ。
正直、ど、どうすればっと、思った。
どうも、自分とこの男は相性がよろしくないようなのだ。
「早く上がったら、どうだ」
と、その時だった。あいかわらず表情を変えず、淡々とした口調で、セアドが言った。
「体を冷やすぞ」
「そ、そうですね」
シルファはセアドの言葉に頷きつつも、固まってしまっていた。
何をしても、何らかのヘマを、この男の前ではしそうな気がしてならなかったのだ。
俯いて、泉から出てこないシルファをどう思ったのか、セアドはしばらく黙っていたが、やがて、ざばざばと泉の中に入ってきた。
そうして、シルファの手を取ると、そのままざばざばと戻って、シルファを泉から引っ張りあげた。
「あ、あのっ……」
焦ってシルファが声をかけようとすると。
「こっちに洞窟があるだろう?」
そう、男は答えた。
「あ、はい」
シルファは驚いて、セアドにわかるように洞窟の方向を指で示す。
「洞窟で脱いで、服を乾かした方が良いだろう。行くぞ」
「あ、あの……」
セアドの言っていることは、もっともなことで。シルファのことを気遣っているのはわかるのだが、洞窟の中は、あまり見られたくなかった。
「すごいな、これは……」
けれど。
洞窟の中に入ったセアドは、感心したように呟いた。
実は洞窟の中には、シルファが置いた色々な物があるのだ。
それは、使えそうな木の枝だったり、形の良い石だったり、粘りのある土を水と混ぜて平にして乾かした板に、季節ごとの日の動きや、見つけた植物の絵を描いたりしているのだ。
これは、覚えるだけでは心もとないこともあるから、粘土板に刻んでいるのだ。
「これは、全部お前が集めたものだな?」
「あ、はい」
所狭しと置かれた物達を見て、笑顔になった。
「相変わらず、好奇心が強いな」
そして、嬉しそうにそう言われた。
その言葉に。シルファは、え?となった。
セアドは、どうやらこの洞窟のことは知っているようだった。
でも、この洞窟のことを知っているのは、森の部族でもシルファとシルフィぐらいしかいない。
それなのに、湖畔の部族のセアドは知っていて。まるで、シルファのことを前から知っているような―。
「これは、何のために集めているんだ?」
けれど。そこまで考え込んだシルファの思考は、入口の近くに置いた、白い部分がある石を見て、尋ねて来たセアドの言葉に、断ち切られた。
「あ、それは白い部分が舐めると舌がひりひりするんだですが、砕いて肉を漬けると、長持ちするようになるんです」
「なるほど……」
シルファの説明に、セアドは感心したように頷いた。
「すごいな」
その後には、当然のように「さすが風の神の巫子だな」という言葉が出てくると思っていた。
けれど。
「どうして、そんなことが思いつけたんだ」
と、セアドはそんなふうに言葉を続けた。
それは。
今までにない反応だった。
「えっと……」
だから。
すぐに言葉を返すことができなかった。
それでも、言葉を返そうとしたが、くしゃんと、くしゃみをしてしまう。
それを見たセアドは、シルファに近づいて、いきなりシルファが腰に巻いている草のつるを外したのだ。
「えっ?」
シルファがはっとした時には、衣の下の部分が手で握られていて、
「手を上げろ」
と言われてしまった。
「えっ? えっ?」
「いいから、上げろ」
強い口調でそう言われて、シルファは思わず手を上げてしまった。
セアドは、手早くシルファが着ていた衣を脱がせてしまった。
そうして、ばさっばさっと、濡れた衣の水を軽く飛ばすと、そのままそれを洞窟の入口近くの岩肌にの広げて置いた。
その間、まる裸にされたシルファは、まさにどうしよう、状態だった。
いや、もちろんセアドに他意がないことはわかっている。自分が女だったのならば問題ありかもしれないが、巫子とは言え、まかりなりにも男なのである。
だが、しかし。
そんな至極真っ当なことを頭で考えているにも関わらず、何故か、動けないシルファだった。
「……いつも、そうだな」
と、その時だった。
ふいに、セアドがそんなことを言った。
「え……?」
驚いて顔を上げると、顎を手で取られた。
「何故、俺を見ない?」
黄金の瞳が、切なげに細められている。
「え?」
シルファが、そう問い返した瞬間だった。
自分の体が、洞窟の壁に押し付けられた。
冷たい岩肌の感触に反して、唇に熱い
最初、シルファにはそれが何なのかわからなかった。
しかし、自分の唇を開いた瞬間、内側に入ってきたものは、自分の舌を絡めとり、逃げることを許さなかった。
目を開けることもできず、息をするのもままならない。
「ん……ん……」
息苦しさを感じ始めた頃、ようやく唇が離される。
だが、それも一瞬のことだった。
またしても、シルファの唇はセアドのそれに塞がれたのだ。
その行為の意味するところは、知らないわけではなかった。
父達が、物陰に隠れてやっていたのを見たこともある。
わからないのは、その行為の意味ではなく、何故この男が自分にするのか、だ。
そうして。
どうしてその行為を、自分は素直に受け入れているのか。
「……逃げないのか?」
息も絶え絶えになった頃、唇を離し、その低音の声で、セアドは問うようにシルファの耳元に囁いた。
セアドの言う通りであった。シルファが逃げようと思うのであれば、風と「同化」することも、双子の姉に助けを求めることも、できるのだ。
否。
たとえそこまでしなくても、こうやって自分に触れてくる男の手を拒絶することなら、今すぐにでもできる。
だがそれを、自分はしようとは思わないのだ。それは、何故なのか。
「!?」
だがその答えを出す前に、シルファの思考は途切れた。
シルファの体の線をなぞっていた男の手が、片方の胸の飾りに触れたのだ。
それは最初、ひっかくように触れて来た。
とたんに、シルファの体が、びくりと動く。
だんだんと強く押さえられ、もみこまれるように動かされる。
「やっ……やっ……」
そのうち、その動きも速くなり、シルファの体の震えもじょじょに止まらなくなっていく。
「やっ……な……に……?」
男の片手に肩を抱かれ、支えられた体の下半身がだんだん熱くなっていくのがわかる。
「あっ…ああっ……!」
今まで、出したことのないような声が出た。そして、次の瞬間。
「やあんっ」
反対側の胸の飾りに、口付けられる。手の動きとは違い、先端をくわえられて、
舌先で軽く触れられた。
そうして次に、赤子が乳を吸うように、ちゅぱちゅぱと吸われる。
「やあ!? やあ……! なに、これ、な、ああああ!?」
それは、シルファをさらに混乱させた。感じたことのない何かが、体中を駆け巡る。
弄る手と。吸う唇と。
違う刺激を同時にそれぞれの胸の飾りに与えられ、もう何が何だかわからなくなる。
「あっ……あっ……ああっ!」
自分が、どんな状態なのか。どんな声を上げているのか。
「やっ……やっ、やっ、あぁ、や、やあああっ……!」
ただ、体の熱が、一気に自分の体の外へと開放されたことは、確かなことだった。
★
パチッと、という音が聞こえた。
うっすらと目を開けると、炎と同じ色をした長い髪が、風で揺らめいているのが見えた。
火の前に立ったセアドは、何かを手に持っているらしく、それを火に当てているようだった。
シルファが、ぼんやりとその後ろ姿を見つめていると、視線に気付いたのか、セアドが振り返った。
「目が覚めたのか」
そうして、そう言いながら、シルファの衣を片手に近寄ってくる。
無意識のうちに起き上がろうとしたシルファの体に、男はふわりと衣をかけた。
その時初めて、シルファは自分が一糸まとわぬ姿でいることに気付いた。それと同時に、この男にされたことを思い出す。そして、自分がさらした醜態も。
上半身を起こしたシルファは、かあっと顔を赤らめて、衣を握りしめたまま俯いてしまった。
「……いつも、ここに来るのか?」
そんなシルファの髪を、男は一筋掴みながら聞いた。
「ここ……?」
「洞窟に、色々おいてあったからな。火を起こすために、少し木の枝をもらったぞ」
それは、何かの道具を作ろうと、シルファが少しずつ森から運んだものだった。
下を見ると、柔らかい草地だった。どうやら洞窟近くのこの草地に、セアドが運んで寝かせてくれたらしい。
「俺に会いたくないのならば、しばらくここには来るな」
片膝を地面につけ、視線をシルファに合わせたセアドは、そう言った。
「え……?」
「お前に会えば、俺はまた同じことをする」
一筋取られた髪に、口付けをされた。シルファは大きく目を見開く。
「それが嫌なら、ここにはしばらく来るな」
そう言うと、セアドは立ち上がり、シルファに背を向けた。
「あっ」
とっさに呼び止めようとしたが、男は振り返ることはせずに、火の方へと歩いて行ってしまった。そうして、火の始末をして。持っていた弓を持つと、そのまま森の方へと歩いて行った。
そう。一度も、シルファの方を見ないまま。
★
それなのに。
そう、それなのに。
「あっ……あっ……」
次の日。
男は、洞窟にいるシルファを見たとたん、その手を伸ばし、求めてきた。
話す間もなく、唇を塞がれ、洞窟の岩肌に体を押し付けられる。
舌を執拗に吸われ、絡められて、頭が真っ白になった。
「あっ……ああっ!」
そうして唇を重ねている間にも、シルファは、知らない刺激を、男から与えられ続けた。
シルファの両肩に手をかけ、岩肌にその体を押し付けていたセアドは、足を曲げて、膝でシルファの一番弱くて敏感な部分を、刺激していた。
「や、やめ……」
唇が離れ、シルファは、自分を攻め立てる男の腕に、すがりつきながら言った。
だが、その行為は続けられる。
「警告は、した」
そしてその言葉と共に、強く刺激が与えられた。
「やあっ!」
「それなのに、お前はここに来た―何故だ?」
問うように、言われる言葉。
何故、ここに来たのか。
それは、知りたかったからだ。
何故この男が、このような行為をするのか。
そして何故、自分はこの男のされるがまま、その行為を受け入れてしまったのか。
前の日。
セアドが自分の方を振り返らずに、森の方に歩いて行ってしまったのを見て、その背中を見送ることしかできなかった自分が、とても哀しかった。
そして、陽が落ちる前に住居に戻り、自分が戻るのを待っていたシルフィと共に、火を起こして、食事をした。
それは、父が生きていた頃から、そして父が亡くなった後も、やってきたことだった。
自分は、一人ではない。
それは、わかっている。
共に生まれ、宿命も分かち合った双子の姉も、「人」として接してくれる、家族同然の人達も傍にいる。
それなのに。
「寂しい」と、「哀しい」と感じる自分がいるのだ。
どこかに一人ぼっちで残されたような感覚がある。
それは、何故なのか。
行かないで、と。
そう叫びたい自分がいた。
だから、シルファはまた来たのだ。
この男に触れられるかも知れない、と思うことよりも、もう、自分の方に振り向いてくれないのかもしれない、と思う方がつらかった。
でも、それは何故なのか。
「あああっ!」
まとまらない
そうして、またしてもセアドが唇を重ねてくる。
シルファは、もう、何がなんだかわからなかった。
ただ、気付いたら、立っていたはずの自分は、岩肌に背を預け、洞窟の地面の上に座り込んでいた。
そうして、まとっていたはずの衣も、いつの間にか脱がされていた。
熱くなった体に、ひんやりとした岩肌の感触がある。
だが、それも男に胸の飾りにしゃぶりつかれた瞬間、吹き飛んだ。
「やっ……あっ……ああ!」
ちゃぷちゃぷと前の日と同じように、赤子のごとく吸われ、シルファは体を振るわせた。
「どうして欲しい?」
そしてセアドは、耳元で、そんなことを囁いた。
「な…に……?」
目を開けると、黄金の瞳を細めて、自分を見ている。
「知らないのか?」
「なに……」を、と言う言葉は、続かなかった。
ぐいっと、セアドは座り込んだシルファの両足を持って、大きく広げたのだ。
そうして、そのまま熱を持ち立ち上がったものを、口に銜えた。
「やあああんっ!」
それは、とても生温かく、濡れた感触だった。
今まで感じたこともない強烈な何かが、体中を駆け巡っていく。
「あっ、あっ、ああっ!」
ぴちゃぴちゃと吸われている音が、はっきりと聞こえる。
そうして、その音が続けば続くほど、体の熱が、銜えられた部分に集まってくるのだ。
「もうっ……あっ、もう……!」
何が「もう」なのか、言っているシルファにもわからなかった。
だが、男が強く唇で刺激を与えた瞬間、シルファの感じていた熱は、放出された。
「あっあっあ!」
体が、びくりびくりと反り、動きが止まらない。
だがそれでも、セアドはシルファのそこから唇を離さない。
それは、熱の放出が収まってからも、そうだった。
ちゅぱちゅぱと唇で刺激を与えられ、舌先でなぞられて、またしても体中の熱が、そこに集まってくる。
「あっ……いやっ、いやっ、また……」
来る。
きてしまう。
自分の知らない何かが。
だけど、とても強烈な何かが。
だがそれも、もう少しで解放されると思った瞬間。
今度は、ぐいっと、それは塞き止められた。
「!?」
そうして、今度は有り得ない場所に、濡れた感触を感じた。
「やっ、やああん!」
ちゅぱちゅぱと、自分でもめったに触らない場所に、舌が這わされたのだ。
最初、それは軽く入口を舐めているだけだったが、舌を尖らせて、シルファの内側にも入ってきた。
「あっ、あっ、あああ……!」
自身を含まれた時とはまた違った感覚が、シルファを刺激する。
それと同時に、根元を抑えられた部分が、どっくんとなったことがわかった。
「あっ、あ……もう、もう……」
解放されない熱は、新たなる熱を加えられ、シルファの体を焼いていく。
止めてくれと言いたいのに、言葉が出ない。
逆に、さらにそこを強く舌で刺激されてしまった。
「ああぁん!……あっ、あっ、ああっ!」
その責め方は、容赦がなかった。
シルファはもう、男のすることを受け入れ、喘ぎ続けるしかない。
「……名前を呼べ」
どのくらい喘がされたのか。
もう何もかも真っ白になった頃、耳元にそう囁かれた。
「セアド、と。そうすれば、お前が欲しいモノを与えてやる」
「セ……アド……?」
考える力がもう残っていないシルファは、ただ、セアドの言った言葉を繰り返した。
「―もう一度だ」
「セ……アド……ああっ!? ああ、あっあああ……!」
気が付いた時は、またしても、生温かく湿った感触を、敏感な熱を持った部分に感じた。
根元を握り閉めていた手が離され、唇で強く吸われ、それは解放された。
そして、その瞬間、またしてもシルファは意識を失った。
★
チャプンと、水音がした。
それから、背中にチャプンチャプンと、水がかけられていることを感じた。
うっすらと目を開けると、泉の水面に浮かぶ、炎と同じ色の髪が、男の肩越しに見えた。
ぼんやりとした意識のまま、身じろぎすると、
「動くな」
と、耳元で、低音の声に言われた。
「セア……ド?」
おずおずと名を呼ぶと、
「何だ?」
あいもかわらず淡々とした口調で、セアドがそう聞いてきた。
「何を……しているんですか?」
「背中を洗っている」
そして、あいもかわらずの、短い返事をする男である。
あのまま、求められて体を開かれたのだ。
多分、自分の背中は汚れてしまったのだろう。
体もだるかったので、シルファは男にされるがまま、背中を清められた。
チャプンという水の音と、男が自分の背を撫でる動きを感じながら、シルファは問うた。
「どうして……あんなことしたんですか?」
「あんなこと?」
対する男の返事は、淡々としていた。
「……あんなこと、です」
本来ならば、恋人同士や夫婦となった者同士がする行為だ。
だが、自分とこの男では、そのどちらも当てはまらない。
「じゃあ、俺も聞くが」
そう言って、シルファの背をなぞっていた手が止まった。
「お前は、何故、ここに来た?」
「それは……」
それは、「寂しい」と思ったからだ。
昨日。セアドが自分から離れていく背中を見送って、心の底から「寂しい」と、シルファは思った。
だから。ここに来た。
何をされるかも、わかっていて。
でも。
それを、どう言葉にすれば良いのか、シルファにはわからなかった。
「やあっ!?」
と、その時だった。
何かが、シルファの内側に入り込んできた。そのまま、内側で動き出す。
「あっ、あっ、あっ」
細いそれは、シルファの内側を、行ったり来たりしている。
感じたことのない異物感に、シルファはセアドの肩を、とっさにつかんだ。
「俺に、こんなことをされるのが嫌なら、来るなと言ったのに」
とたんに、強く刺激されたところがあった。
「やぁああん!」
その瞬間、濡れた声が出た。
それは、先ほどまで感じていた異物感を、吹き飛ばす程強烈だった。
「どうして、お前は来たんだ?」
そうセアドは聞いてきたが、執拗にその部分を刺激されているシルファは、それどころではない。
「あっ、あっ、あああ!」
男の問いの意味も理解できず、答えることもできず、男の腕の中で、ただ喘ぐしかなかった。
チャブンチャブンと、シルファの体が動くたびに、泉の水面が揺らめく。
そのうち、その部分を刺激するのとは別に、他にも自分の内側で動くものが入り込んでくる。
これも、とても細いものだった。
「や、や、な、やあああ!」
解放したはずの熱が、またしても体の中心に集まってくる。
水につかっているはずの下半身が、熱くなってくる。
「気持ちいいか?」
シルファを惑乱させる男が、熱を持った声でそう言った。
「あっ、あっ、ああっ……!」
だが、何を言われているのか理解できないシルファは、ただ、首を振るしかない。
「俺の、名を呼べ。欲しいモノをやる」
セアド、だ。耳元で、男は囁いた。
「セ、セ、アド……ああ、セ、セアド……!」
無意識の内に、シルファは男の名を呼び、その首に手を伸ばし、強くすがりついた。
セアドはそんなシルファのあごを片手で取り、上を受けさせて、唇を重ねて来た。
「あっ……ん、ん、ん……」
舌が絡み、強く吸われる。
その間もシルファの内側に入り込んだ、セアドの二本の指は、シルファが一番敏感に感じる場所を同時に刺激してくる。
「んっ、んっ、んっんっんっ……!」
上の内側を刺激する舌と。下の内側を刺激する指と。
前の日よりも、さらに強い快楽が、シルファを惑乱させる。
「あ、あ、あ!」
唇が離れても、また重ねられて、舌を絡められた。
その舌も、逃げることは許されなかった。
「んっ、んっ、んん、んんんんん!」
そして、解放された時のシルファの喘ぎは、男の唇の中にすべて飲み込まれてしまう。
それでも、セアドは、シルファの内側を蹂躙する指の動きを止めなかった。
「あ、あ、あああ……!」
果てのない快楽の波に、シルファはただ、男の腕の中で、喘ぎ続けるしかない。
「―もう、逃げられないのに」
だから。
そんなシルファを見つめながら、セアドが呟いたことには、気付かなかった。
★★★
ぐったりとした体は、思った以上に軽かった。
「あの……」
抱き上げられた本人は、何か言いたげにしていたが、かまいはしなかった。
持っていた弓を肩にかけ、力が抜けて歩けない体を抱き上げ、歩いた。
さんざん喘がせたせいか、行為を終えた時、シルファはぐったりとしていた。
改めて体を清めて、しばらく寝かせていたが、体が乾いた頃になっても、動きが緩慢で歩くのもやっとのようだったので、セアドは彼を抱き上げて、集落の近くまで送ることにしたのだ。
抱き上げようとした時、シルファは、「いいですからっ」と焦っていたが、セアドにしてみれば、全然良くなかった。
本人はまったくわかっていないが、今、彼はとても、いや、かなり危うい雰囲気を纏っている。
それは、セアドが思っていた以上だった。
幼い頃は、あんなにあどけなかったと言うのに。
前の日に、セアドにあの行為をしたのは、思い余ってのことだった。
本当は、
だが、あまりにもぎこちない態度で接してくるシルファを見て、何とも言えない苛立ちを感じてしまった。
ヤヌスやシルフィと共にいる時は、あの穏やかな笑顔を見せるくせに、自分を前にすると、とたんにぎこちなくなる。
別れていた時間が長く、しかも最後に会った時、シルファもシルフィもまだ幼かったから、自分達のことを覚えていないのは無理もない。
それに、再会した時、自分のことを覚えていないシルファに苛立ち、彼を傷つけるようなことを言ってしまったから、避けられても、それはある意味仕方がないのかもしれない。
だが、思い出の場所であのような態度をとられるのは、さすがにつらかった。
成長したシルファ達を見て、自分はとてもうれしかったのに。……ずっと、待っていたのだ。再び、彼に会うことを。
だから。
今までの思いが爆発した。
どうせ、ヤヌスと体を重ねているだろうから、という思いもあった。
しかし、前の日に、軽い前戯をしてわかったのは、シルファが恐ろしいほど、この手のことにはうとい、ということだった。
体の反応は、セアドが驚くほど感じやすかった。
前の飾りを刺激しただけで、感じていた。
だが、それが「快感」だと言うことを、シルファはわかっていなかったのだ。
本当は、あの時にもあれ以上のことはしたかったのだが、意識を失ったシルファにさすがに無理なことはできず、自分の欲望を抑え込んだのだ。
それに、もうこれでシルファとは会えないだろうという、そんなことを、苦い後悔と共に思っていた。
だが、シルファはまたしても、あの洞窟に来ていた。
自分が、あんなことをしたのにもかかわず、である。ルファを見た瞬間、もうセアドは自分を抑えることはできなかった。
もし、本当にヤヌスと体を重ねているのであれば、その体の記憶を塗り替えるつもりで、シルファを抱いた。
シルファの体は、おそろしいほど感じやすく、そしておそろしいほど、覚えが良かった。
前の日にと同じように唇を重ねて、舌を絡ませることで感じた快感を、体はすぐに思い出したのだろう。
それだけで、シルファの体は感じ始めていた。
さらに、体の中心を少し刺激しただけで、己をなくすほど、快感に奔走されていた。
だがそれでも、本人はその快感の解放の仕方も、また、それが「快感」だということも、わかっていなかったのだ。
そこから考えられることは、一つしかなかった。
ならば、と。意識を失ったシルファを泉に運びながら、セアドは思ったのだ。
もう、自分はあの頃の少年ではない。
共にいたいと思った者と引き裂かれ、大人しく従うしかなかった、あの時とは違う。
欲しい者は、欲しいと。
手を伸ばし、逃げられぬようにすることは、できるはずだった。
それが、どんな卑怯な手段であろうとも。
シルファが快感に弱い体を持っているのならば、そこから陥落させていけばいいのだ。
セアドは、部族の女性と、体を重ねたことはあったが、シルファほど感じやすい体を持った人間は、初めてだった。
だから。
その手始めに、内側で感じることを、覚えさせた。
体や体の中心を刺激するよりも、はるかに強い快感を、シルファはこれで覚えたはずだった。
ならば、次に教えることは。
「あの……もう、歩けますから」
と、その時だった。
シルファがおずおずと言った感じで、話しかけてきた。
「しゃべるな」
それに対し、セアドは短く答える。
「でも……」
居心地が悪そうに、体が動かされる。
それ以上何か言いそうな唇を、セアドはシルファを抱き上げたまま、塞いだ。
そうして、すぐに内側に舌を入れて、逃げようとする舌を絡ませる。
「ん、ん、んんんっ……」
覚えの良い体は、すぐさま快感を拾い出した。
さらに舌を使って、内側を刺激すると、シルファは、快感に意識が支配されてくる。その時を見計らって、セアドは唇を離した。
本音を言えば、これ以上のことをしたいのだが、さすがにそれは止めた。
シルファの部族の人間が通るかもしれないし、何よりも、シルファの体のことを考えれば、これ以上無理強いはできなかった。
顔を朱色に染めて、自分の腕の中で喘いでいるシルファを見ながら、己の欲望を我慢するのは、正直つらくはあったが……かなり、己の忍耐力が必要ではあったが、仕方なかった。
それに、これ以上の快感を与えられなかったシルファの体は、今度は、「飢え」を覚え始めるだろう。
それこそが、次の自分の狙いでもあるのだから、ちょうどいい。
そんなことを考えながら、セアドが自分を宥めていると、ちょうどシルファの集落近くの場所に来た。
木々の間からは、水の流れる音が聞こえてくる。
「着いたぞ」
唇を自分の手で多い、顔を朱色に染めたままのシルファに、セアドはそう声をかけた。
「歩けるか?」
「だ、だいじょうぶです」
シルファがあわてて自分の腕から降りようとするので、セアドはそのままシルファを立たせる。そして、彼から手を離すと、
「気をつけて帰れ」
そう、耳元に囁いた。もちろん、これもわざとだ。
ゆっくりと離れて歩き出そうとすると、「あ、あのっ」と、シルファが声をかけてきた。
それこそ、顔を朱色に染めて。こんな表情は、本当にあの頃と変わらない。
「また、な」
シルファの髪を一筋取り、軽く口付けると、セアドは彼に背を向けた。できることならば、シルファを抱きしめ、己の熱情を彼の内側へと叩き込みたかった。でも、それはまだできないのだ。感じやすい体を持っているとはいえ、シルファの体は、まだ快感に慣れきっていない。
「―たらしだなあ、あんた」
シルファのもの言いたげな視線を背に感じながらも、自分の集落へと川沿いを歩いていたセアドは、しばらく経ってから、そんなふうに後ろから声をかけられた。
「何時から、いた?」
炎の色をした髪を翻し、振り向きながらセアドは言った。
「お前さん達が唇を重ねている時からなんだが。気付いていなかったのか?」
ひょうひょうとした口調で、森の部族の長は言った。
父親とよく似た顔立ちをしている彼は、瞳と髪の色も、父親と同じだった。
「それで?」
セアドは、森の部族の長を見つめ返しながら言った。
「それでっ?てなあ……」
土と同じ色の髪をがしがしと掻きながら、あきれたような顔で、彼は自分を見る。
「そこまで堂々とするってことは、本気ってことか?」
そして、どこかさぐるように言った。
「何が、言いたい?」
「もし、単なる興味本位ならば、あいつに手を出すのは止めてもらいたい」
だが、そう告げてくる森の部族の長の土色の瞳は、決して笑っていなかった。
「何を根拠に、その言葉を言う?」
「我が部族の巫子と双子である姉の戦士は、傍にいなくても、会話ができる」
「そうだな」
頷いたセアドに、森の部族の長は、意外そうな顔をした。
そんな彼に、「それで?」と先を視線で促す。
「その戦士が言った。呼びかけても、返事がなかったと」
「……なるほど」
それが前の日のことか、さきほどのことかはわからないが、どちらにしろ、自分と体を重ねていた時のシルファには、シルフィの呼びかけは聞こえなかっただろう。
それぐらい、快感に翻弄されていた。
「今まで、こんなことはなかったらしいからな。それで一応、俺が様子を見ることにしたんだ」
「ずっと付けていたのか?」
「集落の近くで張っていただけだ。何もなければ、それで良かったからな」
しかし、自分とシルファは共に現れて、口付けを重ねているのを見て。
「あいつは、確かに俺達の部族の巫子でもあるが、その前に、俺の弟みたいなもんなんだ。あいつの容姿や生まれの言われで、興味本位で手を出すならば、止めてもらいたい」
その瞬間、セアドが感じたのは、純然たる怒りだった。
この男が、その言葉を自分に言うのか、と。
「俺達から、あいつらを奪った男の息子に、そんな言葉は言われたくないな」
「何!?」
「あいつらの父親が……シーファがお前の父親を選んだから、俺達はあいつらに会えなくなったんだ」
セアドの言葉に、森の部族の長は、大きく目を見張った。
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