3
部族の中でのシルファの役目は、巫子である。
巫子の一番の役目は、神へ部族の者達のために豊かな恵みと平穏を願い、祈ることだ。
だがそれ以外にも役目はある。
「シルファ、いるか?」
セアドと川で出会った日から、何日か経ったこの日、シルファが住居の外で、魚を石で作った道具でさばいていると、反対側の方から、名を呼ばれた。
「スレイ?」
その声の主の名を呼ぶと、「ああ、そっちにいたのか」と、部族の男が現れた。
シルファやヤヌスよりも、さらに先に生まれた者である彼は、三人の子の父親でもあった。
「薬草を取りにきたんだ」
「もしかして、熱冷ましの?」
「ああ。この間、ネーヤの体が熱を持った時に使い切ってな。もしよかったら、分けて欲しいんだが」
「いいよ。もっと早く言ってくれても良かったのに」
そう言って、シルファは立ち上がった。
「まあ、湖畔の部族との狩りとかで、忙しそうにしていたからな、お前も」
「そんなのは気にしないで。薬草集めは、巫子の役目だよ」
シルファはそう言うと、住居の中に入った。
巫子のもう一つの役目が、自然の中にある薬草を集めることだった。
神に仕える者として、部族の者達のために癒しを施すのだ。
シルファは天井からつるしている何種類かの薬草の中から、熱を冷ます効能がある薬草を外した。それを持って外に出ると、部族の男が、魚をさばくためにシルファが使っていた石を手に持って、しげしげと見ていた。
「お待たせ、スレイ」
そう声をかけると、
「いいな、これ」
と、部族の男は、感心したように言った。
「これ、お前が作ったのか?」
「あ、うん」
「魚もきれいにさばけているしな。たいしたもんだ」
「スレイも必要なら、作るよ?」
「それもいいが、作り方を教えてくれ。道具を作っている奴らに作ってもらえば、もっとたくさん作れる」
シルファ達の部族は、狩りをするのは一応男達の役目ではあるが、ジャスのように年老いた者や、あまり狩りが得意でない者達が、器などの生活に必要な道具や、狩りの道具を作る役目を担っていた。
湖畔の部族との狩りで使った道具も、作ったのは彼らだ。
「お前は今までの巫子の中でも、一番優れているのかもしれんな。さすが、風の神の加護を受けた者だ」
そんな言葉を、シルファは微かな笑みで受け止めた。
幼い頃。
風の神の加護を受けた者でありながら、身体能力に恵まれなかったシルファは、部族の者達に、「男のくせに」とよく言われた。
だが亡き父は、『自分のできることを、得意なことを伸ばせ』と繰り返し、シルファに言って聞かせた。
そして、父の恋人でもあったヤヌスの父は、『お前達が大きくなった頃には、男とか女とか関係なく、それぞれが得意なことを生かして助け合いながらやっていく、そんな部族にしておくからな』と、常々言っていた。
それが、自分やシルフィを支えてきたのだ。
そして今、ヤヌスの父が言っていたように、部族では男女関係なく自分の得意なことを生かして、それぞれが助け合って生活してく体勢ができあがってきている。
だがそれでも。
自分達のやることには、「神の加護を受けた者」という言葉が付くのだ。
「それよりも、スレイ。はい、これ」
湧き上がってくる苦い
「おお、すまんな」
笑顔で薬草を受け取った部族の男は、礼を言った。
「そう言えば、シルフィはどうした? いないようだが」
「今日は、ちょっと森に狩りに行くって出て行ったよ」
狩りは、毎日大掛かりなものを行うわけではない。ちょっとした獲物を捕まえるなら、一人で行くこともよくあった。
それに、先日獲れた
「そうか。俺も、魚を獲りに行かないとな」
「今来てくれて良かったよ。僕もこの魚をさばいたら、出かけるつもりだったから」
「お、そうか」
「今度からは、遠慮せずに言ってよ」
わかった、と部族の男は頷くと、薬草を片手に戻って行った。
それを見送ると、シルファは再び座り込んで、魚をさばき始めた。
とりあえず、さっき感じたものは、頭から追い出すことにした。
★
陽が中天に来た頃、シルファは川沿いを川上の方へと歩いていた。
しばらくすると、生えていた木々がぱかっとなくなり、生えているのは草ばかりになった。
ちょうど森が途切れたのだ。
父達が幼い頃は、まだ森は広かったと言う。大火が起こった後、木が育たず、こんなふうに草だけが生えている場所が多くなっていた。
ただこの場所には、小さいが水が湧き出る泉があるのだ。
近くには洞窟もあるので、父に成人する前に教えてもらって以来、シルファはよく来るようになっていた。
父も昔はよくこの辺に来ていて、母と出会ったのもそのせいらしい。
シルファが泉の方へ歩いていると、遠くの方から、メェーメェーと鳴き声が聞こえてきた。鳴き声がする方を見ると、一匹の
「ジュジュ《子ども》?」
シルファが名を呼ぶと、うれしそうにメエーと鳴いて、走って近寄って来た。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
シルファがそう聞くと、白い体をシルファにすり寄せて来る。
「子ども」という意味の名を持つこの
だが、出会った時は子どもだったのだ。
ケガをして母親ともはぐれていたジュジュを、偶然泉に来ていたシルファが見つけ、手当てをして洞窟まで運んでやったのだ。
ジュジュのケガが完治するまで、毎日シルファは洞窟に通い、えさである草を刈って与えた。運よく肉食の動物にも見つからず、ジュジュは元気になった。
それが今から二回前のこの季節で、以来、ジュジュはシルファの姿を泉の近くで見かけると、近寄って来るようになったのだ。
「お前、水飲みに来たのか?」
ジュジュの頭をかいてやりながらそう聞くと、メェーという返事があった。
「そうか。これから、暑くなるからね。でも、あまり気軽に人間に近づかないようにしないと。場合によっては、狩られてしまうぞ」
「風の巫子殿は、動物ともしゃべれるのか?」
だが、しかし。ここで、自分とは違う声が聞こえて。
「はいっ!?」
シルファは思わず、おもいっきり飛び上がってしまった。
そして、次の瞬間。
ざっぱーんと、本当にざっぱーんと、泉の中に落ちてしまう。
「だいじょうぶかっ!?」
さすがに、これには相手も驚いたらしい。
焦ったように、シルファに声をかけてきた。
だが幸い、泉の深さはそんなにない。
シルファは、すぐにざばっと立ち上がった。
「すまないな。驚かせたか」
立ち上がったシルファを見つめているのは、黄金の瞳だった。
その瞳は、あいもかわらず、シルファを、真っ直ぐに見つめてくる。
メエエーと、その隣にいるジュジュも、心配そうにシルファを見て鳴いた。
「だいじょうぶだよ、ジュジュ」
手を伸ばし、ジュジュの頭を撫でながら言った。
「……俺には、なしか」
だがぼそりと呟かれた言葉に「えっ?」と思って、湖畔の部族の男―セアドを、シルファは見た。
「一応、俺も心配したんだが」
「あ、あ、そうですねっ。すいません!」
ずぶぬれのまま、シルファはそう言って謝った。
しかし、彼が急に声をかけてきたから、シルファは驚いて泉に落ちたのだ。
謝る必要があるのかな、とも思ったのだが、何と言うか謝らないといけないような雰囲気なのだ。
メエーと、ジュジュがそんなシルファの気持ちを代弁するように鳴いた。
「ジュジュ、お前はもうお行き。狩り人に見つかったらいけないから」
だがこのシルファの言葉には、嫌そうにメエーと鳴く。
「そうだな、行った方がいい」
そのジュジュの隣にいたセアドも、そう言った。
その時、遠くの方から、
「あれは、子が親を呼んでいる時の鳴き声だ。行ってやった方がいいぞ」
そう言ったセアドを、ジュジュはじっと見つめていたが、「早く行っておあげ」というシルファの言葉を聞いて、決めたようだった。メエーと一声鳴くと、
「もう、子どもではないようだが」
「あ、ケガをしていたのを見つけた時は、子どもだったから……」
そうして。
とたんに、シルファは気付いたのだ。
このセアドと、この場で、二人っきりになってしまったという事実に。
ジュジュを先に行かせたのは、狩り人でもあるこの男がいるということは、他にも狩り人がいるかもしれない、と思ってのことだった。
その後のことまでは、自分はまったく考えていなかったのだ。
正直、ど、どうすればっと、思った。
どうも、自分とこの男は相性がよろしくないようなのだ。
「早く上がったら、どうだ」
と、その時だった。あいかわらず表情を変えず、淡々とした口調で、セアドが言った。
「体を冷やすぞ」
「そ、そうですね」
シルファはセアドの言葉に頷きつつも、固まってしまっていた。
何をしても、何らかのヘマを、この男の前ではしそうな気がしてならなかったのだ。
俯いて、泉から出てこないシルファをどう思ったのか、セアドはしばらく黙っていたが、やがて、ざばざばと泉の中に入ってきた。
そうして、いきなりシルファが腰に巻いている草のつるを外したのだ。
「えっ?」
シルファがはっとした時には、衣の下の部分が手で握られていて、
「手を上げろ」
と言われてしまった。
「えっ? えっ?」
「いいから、上げろ」
強い口調でそう言われて、シルファは思わず手を上げてしまった。
セアドは、手早くシルファが着ていた衣を脱がせてしまった。
そうして、ばさっばさっと、濡れた衣の水を軽く飛ばすと、そのままそれを泉のふちの草むらに広げて置いた。
その間、まる裸にされたシルファは、まさにどうしよう、状態だった。
いや、もちろんセアドに他意がないことはわかっている。
自分が女だったのならば問題ありかもしれないが、巫子とは言え、まかりなりにも男なのである。
だが、しかし。
そんな至極真っ当なことを頭で考えているにも関わらず、何故か、動けないシルファだった。
「……いつも、そうだな」
と、その時だった。
ふいに、セアドがそんなことを言った。
「え……?」
驚いて顔を上げると、顎を手で取られた。
「何故、俺を見ない?」
黄金の瞳が、切なげに細められている。
「え?」
シルファが、そう問い返した瞬間だった。
ばっしゃっーんと、男の体ごと、自分がまたしても泉に倒れこんだことがわかった。
だが、今度は動けなかった。
冷たい水の感触に反して、唇に熱い
最初、シルファにはそれが何なのかわからなかった。
しかし、自分の唇を開いた瞬間、内側に入ってきたものは、自分の舌を絡めとり、逃げることを許さなかった。
目を開けることもできず、息をするのもままならない。
「ん……ん……」
息苦しさを感じ始めた頃、ようやく唇が離される。
だが、それも一瞬のことだった。
またしても、シルファの唇はセアドのそれに塞がれたのだ。
その行為の意味するところは、知らないわけではなかった。
父達が、物陰に隠れてやっていたのを見たこともある。
わからないのは、その行為の意味ではなく、何故この男が自分にするのか、だ。
そうして。
どうしてその行為を、自分は素直に受け入れているのか。
「……逃げないのか?」
息も絶え絶えになった頃、唇を離し、シルファの体を上半身だけ泉の水から抱き上げた男は、その低音の声で、問うように耳元に囁いた。
セアドの言う通りであった。
シルファが逃げようと思うのであれば、風と「同化」することも、双子の姉に助けを求めることも、できるのだ。
否。たとえそこまでしなくても、こうやって自分に触れてくる男の手を拒絶することなら、今すぐにでもできる。
だがそれを、自分はしようとは思わないのだ。
それは、何故なのか。
「!?」
だがその答えを出す前に、シルファの思考は途切れた。
シルファの体の線をなぞっていた男の手が、片方の胸の飾りに触れたのだ。
それは最初、ひっかくように触れて来た。
とたんに、シルファの体が、びくりと動く。
だんだんと強く押さえられ、もみこまれるように動かされる。
「やっ……やっ……」
そのうち、その動きも速くなり、シルファの体の震えもじょじょに止まらなくなっていく。
「やっ……な……に……?」
男の片手に肩を抱かれ、支えられた体の下半身は、泉の中に沈んでいる。
それなのに、その下半身がだんだん熱くなっていくのだ。
「あっ…ああっ……!」
今まで、出したことのないような声が出た。
そして、次の瞬間。
「やあんっ」
反対側の胸の飾りに、口付けられる。
手の動きとは違い、先端をくわえられて、舌先で軽く触れられた。
そうして次に、赤子が乳を吸うように、ちゅぱちゅぱと吸われる。
「やあ!? やあ……! なに、これ、な、ああああ!?」
それは、シルファをさらに混乱させた。
感じたことのない何かが、体中を駆け巡る。
弄る手と。吸う唇と。
違う刺激を同時にそれぞれの胸の飾りに与えられ、もう何が何だかわからなくなる。
「あっ……あっ……ああっ!」
自分が、どんな状態なのか。
どんな声を上げているのか。
「やっ……やっ、やっ、あぁ、や、やあああっ……!」
ただ、体の熱が、一気に自分の体の外へと開放されたことは、確かなことだった。
★
パチッと、という音が聞こえた。
うっすらと目を開けると、炎と同じ色をした長い髪が、風で揺らめいているのが見えた。
火の前に立ったセアドは、何かを手に持っているらしく、それを火に当てているようだった。
シルファが、ぼんやりとその後ろ姿を見つめていると、視線に気付いたのか、セアドが振り返った。
「目が覚めたのか」
そうして、そう言いながら、シルファの衣を片手に近寄ってくる。
無意識のうちに起き上がろうとしたシルファの体に、男はふわりと衣をかけた。
その時初めて、シルファは自分が一糸まとわぬ姿でいることに気付いた。それと同時に、この男にされたことを思い出す。そして、自分がさらした醜態も。
上半身を起こしたシルファは、かあっと顔を赤らめて、衣を握りしめたまま俯いてしまった。
「……いつも、ここに来るのか?」
そんなシルファの髪を、男は一筋掴みながら聞いた。
「ここ……?」
「洞窟に、色々おいてあったからな。火を起こすために、少し木の枝をもらったぞ」
それは、何かの道具を作ろうと、シルファが少しずつ森から運んだものだった。
下を見ると、柔らかい草地だった。どうやら洞窟近くのこの草地に、セアドが運んで寝かせてくれたらしい。
「俺に会いたくないのならば、しばらくここには来るな」
片膝を地面につけ、視線をシルファに合わせたセアドは、そう言った。
「え……?」
「お前に会えば、俺はまた同じことをする」
一筋取られた髪に、口付けをされた。シルファは大きく目を見開く。
「それが嫌なら、ここにはしばらく来るな」
そう言うと、セアドは立ち上がり、シルファに背を向けた。
「あっ」
とっさに呼び止めようとしたが、男は振り返ることはせずに、火の方へと歩いて行ってしまった。そうして、火の始末をして。持っていた弓を持つと、そのまま森の方へと歩いて行った。
そう。一度も、シルファの方を見ないまま。
★
それなのに。
そう、それなのに。
「あっ……あっ……」
次の日、男は、洞窟にいるシルファを見たとたん、その手を伸ばし、求めてきた。
話す間もなく、唇を塞がれ、洞窟の岩肌に体を押し付けられる。
舌を執拗に吸われ、絡められて、頭が真っ白になった。
「あっ……ああっ!」
そうして唇を重ねている間にも、シルファは、知らない刺激を、男から与えられ続けた。
シルファの両肩に手をかけ、岩肌にその体を押し付けていたセアドは、足を曲げて、膝でシルファの一番弱くて敏感な部分を、刺激していた。
「や、やめ……」
唇が離れ、シルファは、自分を攻め立てる男の腕に、すがりつきながら言った。
だが、その行為は続けられる。
「警告は、した」
そしてその言葉と共に、強く刺激が与えられた。
「やあっ!」
「それなのに、お前はここに来た―何故だ?」
問うように、言われる言葉。
何故、ここに来たのか。
それは、知りたかったからだ。
何故この男が、このような行為をするのか。
そして何故、自分はこの男のされるがままに、その行為を受け入れてしまったのか。
前の日。
セアドが自分の方を振り返らずに、森の方に歩いて行ってしまったのを見て、その背中を見送ることしかできなかった自分が、とても哀しかった。
そして、陽が落ちる前に住居に戻り、自分が戻るのを待っていたシルフィと共に、火を起こして、食事をした。
それは、父が生きていた頃から、そして父が亡くなった後も、やってきたことだった。
自分は、一人ではない。
それは、わかっている。
共に生まれ、宿命も分かち合った双子の姉も、「人」として接してくれる、家族同然の人達も傍にいる。
それなのに。
「寂しい」と、「哀しい」と感じる自分がいるのだ。
それは、何故なのか。
だから、シルファはまた来たのだ。
この男に触れられるかも知れない、と思うことよりも、もう、自分の方に振り向いてくれないのかもしれない、と思う方がつらかった。
でも、それは何故なのか。
「あああっ!」
まとまらない考え《こたえ》は、男が連続で与えてくる刺激に乱され、さらに拡散した。
そうして、またしてもセアドが唇を重ねてくる。
シルファは、もう何がなんだかわからなかった。
ただ、気付いたら、立っていたはずの自分は、岩肌に背を預け、洞窟の地面の上に座り込んでいた。
そうして、まとっていたはずの衣も、いつの間にか脱がされていた。
熱くなった体に、ひんやりとした岩肌の感触がある。だが、それも男に胸の飾りにしゃぶりつかれた瞬間、吹き飛んだ。
「やっ……あっ……ああ!」
ちゃぷちゃぷと前の日と同じように、赤子のごとく吸われ、シルファは体を振るわせた。
「どうして欲しい?」
そしてセアドは、耳元で、そんなことを囁いた。
「な…に……?」
目を開けると、黄金の瞳を細めて、自分を見ている。
「知らないのか?」
「なに……」を、と言う言葉は、続かなかった。
ぐいっと、セアドは座り込んだシルファの両足を持って、大きく広げたのだ。
そうして、そのまま熱を持ち立ち上がったものを、口に銜えた。
「やあああんっ!」
それは、とても生温かく、濡れた感触だった。
今まで感じたこともない強烈な何かが、体中を駆け巡っていく。
「あっ、あっ、ああっ!」
ぴちゃぴちゃと吸われている音が、はっきりと聞こえる。
そうして、その音が続けば続くほど、体の熱が、銜えられた部分に集まってくるのだ。
「もうっ……あっ、もう……!」
何が「もう」なのか、言っているシルファにもわからなかった。
だが、男が強く唇で刺激を与えた瞬間、シルファの感じていた熱は、放出された。
「あっあっあ!」
体が、びくりびくりと反り、動きが止まらない。
だがそれでも、セアドはシルファのそこから唇を離さない。
それは、熱の放出が収まってからも、そうだった。
ちゅぱちゅぱと唇で刺激を与えられ、舌先でなぞられて、またしても体中の熱が、そこに集まってくる。
「あっ……いやっ、いやっ、また……」
来る。きてしまう。
自分の知らない何かが。
だけど、とても強烈な何かが。
だがそれも、もう少しで解放されると思った瞬間。
今度は、ぐいっと、それは塞き止められた。
「!?」
そうして、今度は有り得ない場所に、濡れた感触を感じた。
「やっ、やああん!」
ちゅぱちゅぱと、自分でもめったに触らない場所に、舌が這わされたのだ。
最初、それは軽く入口を舐めているだけだったが、舌を尖らせて、シルファの内側にも入ってきた。
「あっ、あっ、あああ……!」
自身を含まれた時とはまた違った感覚が、シルファを刺激する。
それと同時に、根元を抑えられた部分が、どっくんとなったことがわかった。
「あっ、あ……もう、もう……」
解放されない熱は、新たなる熱を加えられ、シルファの体を焼いていく。
止めてくれと言いたいのに、言葉が出ない。
逆に、さらにそこを強く舌で刺激されてしまった。
「ああぁん!……あっ、あっ、ああっ!」
その責め方は、容赦がなかった。
シルファはもう、男のすることを受け入れ、喘ぎ続けるしかない。
「……名前を呼べ」
どのくらい喘がされたのか。
もう何もかも真っ白になった頃、耳元にそう囁かれた。
「セアド、と。そうすれば、お前が欲しいモノを与えてやる」
「セ……アド……?」
考える力がもう残っていないシルファは、ただ、セアドの言った言葉を繰り返した。
「―もう一度だ」
「セ……アド……ああっ!? ああ、あっあああ……!」
気が付いた時は、またしても、生温かく湿った感触を、敏感な熱を持った部分に感じた。
根元を握り閉めていた手が離され、唇で強く吸われ、それは解放された。
そして、その瞬間、またしてもシルファは意識を失った。
★
チャプンと、水音がした。それから、背中にチャプンチャプンと、水がかけられていることを感じた。
うっすらと目を開けると、泉の水面に浮かぶ、炎と同じ色の髪が、男の肩越しに見えた。
ぼんやりとした意識のまま、身じろぎすると、
「動くな」
と、耳元で、低音の声に言われた。
「セア……ド?」
おずおずと名を呼ぶと、
「何だ?」
あいもかわらず淡々とした口調で、セアドがそう聞いてきた。
「何を……しているんですか?」
「背中を洗っている」
そして、あいもかわらずの、短い返事をする男である。
あのまま、求められて体を開かれたのだ。
多分、自分の背中は汚れてしまったのだろう。
体もだるかったので、シルファは男にされるがまま、背中を清められた。
チャプンという水の音と、男が自分の背を撫でる動きを感じながら、シルファは問うた。
「どうして……あんなことしたんですか?」
「あんなこと?」
対する男の返事は、淡々としていた。
「……あんなこと、です」
本来ならば、恋人同士や夫婦となった者同士がする行為だ。
だが、自分とこの男では、そのどちらも当てはまらない。
「じゃあ、俺も聞くが」
そう言って、シルファの背をなぞっていた手が止まった。
「お前は、何故、ここに来た?」
「やあっ!?」
そうして問いかけの言葉と同時に、何かが、シルファの内側に入り込んできた。
そのまま、内側で動き出す。
「あっ、あっ、あっ」
細いそれは、シルファの内側を、行ったり来たりしている。
感じたことのない異物感に、シルファはセアドの肩を、とっさにつかんだ。
「俺に、こんなことをされるのが嫌なら、来るなと言ったのに」
とたんに、強く刺激されたところがあった。
「やぁああん!」
その瞬間、濡れた声が出た。
それは、先ほどまで感じていた異物感を、吹き飛ばす程強烈だった。
「どうして、お前は来たんだ?」
そうセアドは聞いてきたが、執拗にその部分を刺激されているシルファは、それどころではない。
「あっ、あっ、あああ!」
男の問いの意味も理解できず、答えることもできず、男の腕の中で、ただ喘ぐしかなかった。
チャブンチャブンと、シルファの体が動くたびに、泉の水面が揺らめく。
そのうち、その部分を刺激するのとは別に、他にも自分の内側で動くものが入り込んでくる。これも、とても細いものだった。
「や、や、な、やあああ!」
解放したはずの熱が、またしても体の中心に集まってくる。水につかっているはずの下半身が、熱くなってくる。
「気持ちいいか?」
シルファを惑乱させる男が、熱を持った声でそう言った。
「あっ、あっ、ああっ……!」
だが、何を言われているのか理解できないシルファは、ただ、首を振るしかない。
「俺の、名を呼べ。欲しいモノをやる」
セアド、だ。耳元で、男は囁いた。
「セ、セ、アド……ああ、セ、セアド……!」
無意識の内に、シルファは男の名を呼び、その首に手を伸ばし、強くすがりついた。
セアドはそんなシルファのあごを片手で取り、上を受けさせて、唇を重ねて来た。
「あっ……ん、ん、ん……」
舌が絡み、強く吸われる。その間もシルファの内側に入り込んだ、セアドの二本の指は、シルファが一番敏感に感じる場所を同時に刺激してくる。
「んっ、んっ、んっんっんっ……!」
上の内側を刺激する舌と。下の内側を刺激する指と。
前の日よりも、さらに強い快楽が、シルファを惑乱させる。
「あ、あ、あ!」
唇が離れても、また重ねられて、舌を絡められた。
その舌も、逃げることは許されなかった。
「んっ、んっ、んん、んんんんん!」
そして、解放された時のシルファの喘ぎは、男の唇の中にすべて飲み込まれてしまう。
それでも、セアドは、シルファの内側を蹂躙する指の動きを止めなかった。
「あ、あ、あああ……!」
果てのない快楽の波に、シルファはただ、男の腕の中で、喘ぎ続けるしかない。
「―もう、逃げられないのに」
★★★
ぐったりとした体は、思った以上に軽かった。
「あの……」
抱き上げられた本人は、何か言いたげにしていたが、かまいはしなかった。
持っていた弓を肩にかけ、力が抜けて歩けない体を抱き上げ、歩いた。
さんざん喘がせたせいか、行為を終えた時、シルファはぐったりとしていた。
改めて体を清めて、しばらく寝かせていたが、体が乾いた頃になっても、動きが緩慢で歩くのもやっとのようだったので、セアドは彼を抱き上げて、集落の近くまで送ることにしたのだ。
抱き上げようとした時、シルファは、「いいですからっ」と焦っていたが、セアドにしてみれば、全然良くなかった。
本人はまったくわかっていないが、今、彼はとても、いや、かなり危うい雰囲気を纏っている。
それは、セアドが思っていた以上だった。
幼い頃は、あんなにあどけなかったと言うのに。
前の日に、セアドにあの行為をしたのは、思い余ってのことだった。
本当は、
だが、あまりにもぎこちない態度で接してくるシルファを見て、何とも言えない苛立ちを感じてしまった。
ヤヌスやシルフィと共にいる時は、あの穏やかな笑顔を見せるくせに、自分を前にすると、とたんにぎこちなくなる。
別れていた時間が長く、しかも最後に会った時、シルファもシルフィもまだ幼かったから、自分達のことを覚えていないのは無理もない。
それに、再会した時、自分のことを覚えていないシルファに苛立ち、彼を傷つけるようなことを言ってしまったから、避けられても、それはある意味仕方がないのかもしれない。
だが、思い出の場所であのような態度をとられるのは、さすがにつらかった。
成長したシルファ達を見て、自分はとてもうれしかったのに。……ずっと、待っていたのだ。再び、彼に会うことを。
だから。
今までの思いが爆発した。
どうせ、ヤヌスと体を重ねているだろうから、という思いもあった。
しかし、前の日に、軽い前戯をしてわかったのは、シルファが恐ろしいほど、この手のことにはうとい、ということだった。
体の反応は、セアドが驚くほど感じやすかった。
前の飾りを刺激しただけで、感じていた。
だが、それが「快感」だと言うことを、シルファはわかっていなかったのだ。
本当は、あの時にもあれ以上のことはしたかったのだが、意識を失ったシルファにさすがに無理なことはできず、自分の欲望を抑え込んだのだ。
それに、もうこれでシルファとは会えないだろうという、そんなことを、苦い後悔と共に思っていた。
だが、シルファはまたしても、あの洞窟に来ていた。
自分が、あんなことをしたのにもかかわず、である。ルファを見た瞬間、もうセアドは自分を抑えることはできなかった。
もし、本当にヤヌスと体を重ねているのであれば、その体の記憶を塗り替えるつもりで、シルファを抱いた。
シルファの体は、おそろしいほど感じやすく、そしておそろしいほど、覚えが良かった。
前の日にと同じように唇を重ねて、舌を絡ませることで感じた快感を、体はすぐに思い出したのだろう。
それだけで、シルファの体は感じ始めていた。
さらに、体の中心を少し刺激しただけで、己をなくすほど、快感に奔走されていた。
だがそれでも、本人はその快感の解放の仕方も、また、それが「快感」だということも、わかっていなかったのだ。
そこから考えられることは、一つしかなかった。
ならば、と。意識を失ったシルファを泉に運びながら、セアドは思ったのだ。
もう、自分はあの頃の少年ではない。
共にいたいと思った者と引き裂かれ、大人しく従うしかなかった、あの時とは違う。
欲しい者は、欲しいと。
手を伸ばし、逃げられぬようにすることは、できるはずだった。
それが、どんな卑怯な手段であろうとも。
シルファが快感に弱い体を持っているのならば、そこから陥落させていけばいいのだ。
セアドは、部族の女性と、体を重ねたことはあったが、シルファほど感じやすい体を持った人間は、初めてだった。
だから。
その手始めに、内側で感じることを、覚えさせた。
体や体の中心を刺激するよりも、はるかに強い快感を、シルファはこれで覚えたはずだった。
ならば、次に教えることは。
「あの……もう、歩けますから」
と、その時だった。
シルファがおずおずと言った感じで、話しかけてきた。
「しゃべるな」
それに対し、セアドは短く答える。
「でも……」
居心地が悪そうに、体が動かされる。
それ以上何か言いそうな唇を、セアドはシルファを抱き上げたまま、塞いだ。
そうして、すぐに内側に舌を入れて、逃げようとする舌を絡ませる。
「ん、ん、んんんっ……」
覚えの良い体は、すぐさま快感を拾い出した。
さらに舌を使って、内側を刺激すると、シルファは、快感に意識が支配されてくる。その時を見計らって、セアドは唇を離した。
本音を言えば、これ以上のことをしたいのだが、さすがにそれは止めた。
シルファの部族の人間が通るかもしれないし、何よりも、シルファの体のことを考えれば、これ以上無理強いはできなかった。
顔を朱色に染めて、自分の腕の中で喘いでいるシルファを見ながら、己の欲望を我慢するのは、正直つらくはあったが……かなり、己の忍耐力が必要ではあったが、仕方なかった。
それに、これ以上の快感を与えられなかったシルファの体は、今度は、「飢え」を覚え始めるだろう。
それこそが、次の自分の狙いでもあるのだから、ちょうどいい。
そんなことを考えながら、セアドが自分を宥めていると、ちょうどシルファの集落近くの場所に来た。
木々の間からは、水の流れる音が聞こえてくる。
「着いたぞ」
唇を自分の手で多い、顔を朱色に染めたままのシルファに、セアドはそう声をかけた。
「歩けるか?」
「だ、だいじょうぶです」
シルファがあわてて自分の腕から降りようとするので、セアドはそのままシルファを立たせる。そして、彼から手を離すと、
「気をつけて帰れ」
そう、耳元に囁いた。もちろん、これもわざとだ。
ゆっくりと離れて歩き出そうとすると、「あ、あのっ」と、シルファが声をかけてきた。
それこそ、顔を朱色に染めて。こんな表情は、本当にあの頃と変わらない。
「また、な」
シルファの髪を一筋取り、軽く口付けると、セアドは彼に背を向けた。できることならば、シルファを抱きしめ、己の熱情を彼の内側へと叩き込みたかった。でも、それはまだできないのだ。感じやすい体を持っているとはいえ、シルファの体は、まだ快感に慣れきっていない。
「―たらしだなあ、あんた」
シルファのもの言いたげな視線を背に感じながらも、自分の集落へと川沿いを歩いていたセアドは、しばらく経ってから、そんなふうに後ろから声をかけられた。
「何時から、いた?」
炎の色をした髪を翻し、振り向きながらセアドは言った。
「お前さん達が唇を重ねている時からなんだが。気付いていなかったのか?」
ひょうひょうとした口調で、森の部族の長は言った。
父親とよく似た顔立ちをしている彼は、瞳と髪の色も、父親と同じだった。
「それで?」
セアドは、森の部族の長を見つめ返しながら言った。
「それでっ?てなあ……」
土と同じ色の髪をがしがしと掻きながら、あきれたような顔で、彼は自分を見る。
「そこまで堂々とするってことは、本気ってことか?」
そして、どこかさぐるように言った。
「何が、言いたい?」
「もし、単なる興味本位ならば、あいつに手を出すのは止めてもらいたい」
だが、そう告げてくる森の部族の長の土色の瞳は、決して笑っていなかった。
「何を根拠に、その言葉を言う?」
「我が部族の巫子と双子である姉の戦士は、傍にいなくても、会話ができる」
「そうだな」
頷いたセアドに、森の部族の長は、意外そうな顔をした。
そんな彼に、「それで?」と先を視線で促す。
「その戦士が言った。呼びかけても、返事がなかったと」
「……なるほど」
それが前の日のことか、さきほどのことかはわからないが、どちらにしろ、自分と体を重ねていた時のシルファには、シルフィの呼びかけは聞こえなかっただろう。
それぐらい、快感に翻弄されていた。
「今まで、こんなことはなかったらしいからな。それで一応、俺が様子を見ることにしたんだ」
「ずっと付けていたのか?」
「集落の近くで張っていただけだ。何もなければ、それで良かったからな」
しかし、自分とシルファは共に現れて、口付けを重ねているのを見て。
「あいつは、確かに俺達の部族の巫子でもあるが、その前に、俺の弟みたいなもんなんだ。あいつの容姿や生まれの言われで、興味本位で手を出すならば、止めてもらいたい」
その瞬間、セアドが感じたのは、純然たる怒りだった。
この男が、その言葉を自分に言うのか、と。
「俺達から、あいつらを奪った男の息子に、そんな言葉は言われたくないな」
「何!?」
「あいつらの父親が……シーファがお前の父親を選んだから、俺達はあいつらに会えなくなったんだ」
セアドの言葉に、森の部族の長は、大きく目を見張った。
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