唇が、体をすべって行くのがわかった。

 まるで、自分の体の形を確かめるように、唇は体中のあちらこちらをなぞって行く

(……何?)

 ぼんやりとした意識で、シルファは呟いた。

 その瞬間、体がびくりっとなる。

(あ、やあ!?)

 体の一番敏感な部分に、濡れた感触がしたのだ。

 自分の足が、大きく開くのがわかった。

 誰かが足首を持って、動かしたのだ。

(なっ!? やっ、あっあ……!)

 今まで、一度も出したことのないような声が出た。

 何をされているのかは、わからない。

 だが体の中心に感じる、生暖かく湿った感触ものは、確実にシルファが知らないものを呼び覚ましていく。

(な、何、ああっっ)

 そうして、予断なく、それは続けられた。

 温かく濡れた感触は、離れない。

 何度も何度も、刺激を与えてくる。

 熱いものが、体中を駆け巡る。

 だがそれは吐き出されずに、体の中心から新たに生み出される熱さと重なり、またシルファの体を駆け巡る。何がどうなっているのか、わからなかった。

 ただ、自分の体に重なる誰かが、刺激を与えているのことだはわかった。

(あっ、あっ、あ!)

 それが、誰なのか。

 問いかけようとした瞬間、シルファは熱いものが放出されたことを感じた。

                 ★

 目が覚めた時、夜明け少し前だった。

 この季節特有の、清々しい空気に溢れている。―が。

 枯れ草を敷き詰めた寝床から起き上がったシルファは、頭を抱えた。

 爽やかな夜明け前に、まったくふさわしくない感触が、足の内側にあるのだ。

 着ていた獣の皮で作った衣も濡れている。

 シルファは、羞恥のあまりそのまま倒れこみたくなった。

 確かに、「成人の儀」を迎える直前に、兆候はあった。

『これで、お前も大人だな』

 笑って、ヤヌスにもそう言われた。

 だがそれから以後は、こんなことは一度としてなかったのに。

『恥ずかしいことじゃない。男として、当たり前のことだ』

 そうも言っていた、幼馴染の言葉を思い出す。

 巫子とは言え、自分は男だ。

 ヤヌスに言わせれば、その手の欲はほとんど薄いらしいが、体はきちんと動いている、ということなのだろう。

 だが、しかし。

 このままにしておくには、問題がある。

 そう思いながら、自分の寝床から少し離れた場所で眠る、双子の姉を横目で見た。

『だが、堂々としておけってことじゃないぞ。男同士ならともかく、女相手なら』

「……隠しておけって言ってたな、ヤヌス」

 まあ、あまり見られたくない姿だ。

 それは、陰の日を迎えた期間、隠屋いんやに行くのを、シルフィがシルファに見送られるのを嫌うのと同じ理由だろう。

 シルファは、シルフィが眠っているのを確認すると、来ていた衣で濡れたところを軽く拭き、立ち上がった。そうして、住居を出る前に、今は亡き父親が使っていた衣を手に取った。

 外に出ると、夜明け前特有のひんやりした風の感触がほおを撫でた。

 火照った体には、ちょうどいい冷たさだ。

 集落の広場とは反対側の方に歩くと、木々の間から微かな水音が聞こえてくる。集落の近くに、小さい川があるのだ。

 どの集落も、基本的に水辺の近くに作られている。

 だから普段、あの湖の水を使うことはあまりない。

 だが雨の恵みがない年は、小さい川の水は干上がる。

 そうすると、あの湖まで水を汲みに行くことになるのだ。

 父がまだ幼い頃、豊かに木々が茂っていた頃は、雨が降らない日が続いても、川がすぐ干上がることはなかったらしい。 

 しかし大火が起こり、森の木々が育たなくなった今、この小さな川だけでは、生活は―生きることはできない。

 シルファは、石がごつごつある場所に降りると、水が来ているぎりぎりのところまで慎重に進んだ。

 そしてそこから少し離れた大きめの岩の上に、持ってきた父が生前着ていた衣と、体を簡単に拭くために持ってきた枯れ草で編んだ敷布を置いた。

 獣の皮で作った衣は、水に濡れると縮んだりしわになったりして痛んでしまう。

 しかし、体液を拭った部分は汚れているので、水で軽く流す必要があった。

 シルファは着ていた衣を脱ぐと、そのまま衣が濡れないように気をつけながら、流れている水の中に座り込んだ。

 今はまだ、雪解けの水が流れているこの川は、座り込むと、下半身がちょうど沈み込むぐらいのかさがある。

 だが、これから暑い季節になり、雨が降らない日が続けば、たちまち干上がってしまうのだ。

 その時のためにも、湖畔の部族との協力は必要なのだ。

 ふと、そこまで考えた時だった。

 シルファの脳裏に、炎の色をした髪を持つ男の姿が浮かんだ。

 それと同時に今朝見た夢を思い出す。敏感な場所を刺激する、濡れた感触。

 そこから生み出される感覚と、自分のあげる声。

「よう、シルファ」

 はっとなった瞬間、持っていた衣が手から離れて、川の流れに乗っていく。

「あっ!」

「何をしているんだ、お前は」

 声をかけてきたのは、ヤヌスだった。

 突然現れたように思える幼馴染は、川の中央に立っていて、釣りの道具を持っていない反対側の手で、流れている衣を拾い上げてくれた。

「ありがとう、ヤヌス」

「こんな朝早くから、水浴びか?」

 ざばざばと水飛沫を上げながら、ヤヌスはシルファの方に近づいてきた。

「う、うん。ちょっと体が汚れたから」

 ほれ、と差し出された衣を、立ち上がりながら受け取り、シルファは川から上がった。

「なんだ、もう上がるのか?」

「う、うん。ほ、ほら、濡れた衣も乾かさないといけないしね」

「着替えは、あるのか?」

「う、うん」

 濡れた衣を岩の上に置き、シルファは敷布で簡単に体を拭うと、それを身に付けるために広げた。

「……何、お前それ着るつもりなのか!?」

 しかし、ヤヌスはけげんそうに聞いてきた。

「あ、あ、うん。おかしい?」

 シルファが着替えに持ってきたのは、男性用の腰巻だった。

 部族の男達は、皆これを着ている。

「いや……まあ、なんだ。とりあえず、着方が違うぞ」

「えっ!?」

「貸してみろ。やってやる」

 そうして、ヤヌスが腰巻をシルファから取り上げ、腰の巻いてくれる。

「しかし、今日はこんな朝っぱらから水浴びしているわ、落ち着きはないわ、どうしたんだ?」

 聡い幼馴染は、腰巻を巻きながら聞いてきた。

「ちょっとね……」

 シルファにしてみれば、それ以外に言いようがない。

 男と女が体を重ねて、子ができることは知っている。

 たまに、同じ性を持つ者でも、それが行われることも知っている。

 父と、ヤヌスの父がそうだった。

 だが、シルファ自身は、自分でもその方面の欲は、本当にほとんどないと思っていたのだ。

 それなのに、今朝見た夢は。

「―何をしているんだ?」

 と、その時だった。

 低い男の声が聞こえた。

 えっ?と思って顔を上げると、炎の色をした髪が視界に入る。

「はいっ!?」

 思わず、へんな声が出たのも、そのまま後ずさったのも、驚いたせいだと、シルファは思いたかった。

「シルファ……」

 屈んで腰巻を巻いてくれていた幼馴染も、困惑気味だ。

 そんな中、唯一自分達に声をかけてきた男達だけが、平静だった。

「何を……しているんだ?」

 その視線はなぜか、シルファの方を真っ直ぐに向いている。

 凝視している、と言ってもいいかもしれない。

「えっ??」

 どこか怒っているようにも見える男の視線を受け止めて、シルファは困惑した。

 何故に男は、このような強い視線を、自分に向けてくるのか。

「見ての通りだよ」

 だが、ヤヌスが男に、そう言葉をかけた。

 とたんに、男の視線は、ヤヌスに向けられる。

「腰巻を巻いていたんだ」

 だがその視線を受け流し、ヤヌスは言った。そしてなあ、とシルファにも同意を求める。

「あ、うん」

 その言葉に、シルファはあわてて頷いた。

 だがとたんに、男の視線の強さが増したような気がした。

 何故に、男はこんな視線を自分に向けて来るのか。

 何故に、自分はこんなにあわてているのか。

 わけがわからず、頭も真っ白状態で。

 おもわず、顔を下に向けてしまう。

 だが、実は。この時の行為のせいで、とんでもない勘違いをされてしまうのだが、この時のシルファに、それがわかるはずもなかった。

「ところでお前さんは、何でこんな所にいるんだ?」

 ヤヌスの言葉に、シルファもそう言えば、と思った。

 湖畔の部族の者が、こんな森の奥近くの場所に来るのは、珍しい。だが、男は短く、一言。

「迷ったんだ」

と、言った。

「……なるほど」

 これには、ヤヌスも頷くしかないようだった。

「じゃあ、案内してやれよ、シルファ」

 そして、とんでもないことを言ってきた。

「ヤ、ヤヌス???」

「どのみち、お前をその格好では集落の方に戻せないからな。お前が行っている間に、これは乾かしておくから」

 そう言って、ヤヌスは濡れた衣を指で示した。

「体も乾かしついでに、行って来い」

 シルファの複雑な胸中など知ってか知らずか、そんなことをヤヌスは言った。

 どうして通常の男の格好で集落に戻れないのかとか、なんでこの男を案内するのが自分なのかとか、言いたいことはあった。

 だが、しかし。

 「頼めるか」

 全然すまなそうな態度ではなく、そのくせ、あの強い視線を自分に向けて来る男に、どういうわけか、抗えなくて。

 シルファは、頷くしかなかった。

                 ★

 無言である。前を歩く自分の後を、男が歩いているのは気配でわかる。

 しかし、無言。

 ちょろちょろと川が流れる音と、時々鳥の鳴き声が聞こえて、普段ならば、とても気持ちが良いと思える辺りの風景も、今のシルファには満喫する余裕などなかった。

 男は、一緒に歩き始めた時から、一言もしゃべらなかった。

 なのに、あの強い視線だけは、シルファの背中に向けてくるのだ。

 落ち着かない。

 今のシルファの気持ちは、まさにそれだった。

 そのせいか、自然、足もいつもより速くなりがちだ。

 と、その時だった。

 川原の石の一つに足をとられ、すべりそうになった。

「わっ!?」

 転ぶ、と思った瞬間、ふわりと抱きとめられていた。

「だいじょうぶか?」

 耳元で、低い声が囁かれる。

「あ、ああ、はい」

 男らしい腕と、広い胸。

 シルファは、自分の体が、男の体にすっぽりと包まれていることに気付いた。

 男の体は温かく、その温かさを感じた途端、自分の体が熱を持ったことをシルファは感じた。

「す、すいませんっ」

「あまり無理はするな。つらいんだろう?」

「い、いえっ。だいじょうぶです!」

 シルファは、あわてて男から離れようとした。

「慌てるな。また転ぶぞ」

 だが男の強い腕に阻まれて、それはできなかった。

 男は、シルファを抱きしめたまま立たせると、そこでようやく腕を離した。

 何故か。不意に、何故かその瞬間に。

 シルファは、「寂しい」と思った。

「あ、ありがとうございます」

 だけど、何故そんな思いを抱くのかわからず、シルファは言葉に詰まりながらも、礼を言った。

「……いつも、こんな夜明け前に水浴びをしているのか?」

 男は、腕をシルファの体から離したものの、耳元近くでそう囁やいて来る。

「い、いえ。今日はたまたまです」

 その瞬間。どくっと体の奥の「」が、熱を持ったことをシルファは感じた。

「……なるほど」

 男は小さく呟くと、ようやくシルファから離れたようだった。

 背中に感じる男の気配が、少し離れる。

 だが、シルファの奥底にある「何か」は、男の気配を求めていた。

「あ、あなたもこんな夜明け前に狩りを?」

 何故か。

 眩暈のようなものを感じて、シルファはそれを誤魔化す様に、セアドに問い返す。

「まあ、そんなところだ」

 だが、それは短い言葉だった。

 そこで、会話は終わるかと、シルファは思った。

「長殿とは、親しいのか?」

「えっ?」

 だが男にそんなことを聞かれ、シルファは振り返った。

「お前の部族の長は、ヤヌス殿だろう?」

「え、ええ……」

「とても親しいように見えたが」

「ええと、まあ、小さい頃から一緒に育ったので」

 それを言うなら、部族の者達が全員そうなのだが、ヤヌスと自分達の場合、父同士の関係もあって、ほとんど兄弟みたいなものだった。

 妻を亡くした、小さい頃から共に育った二人が、何時頃からそのような関係になったのかシルファにはわからないが、ヤヌスの父がシルファ達の住居に来る時は、シルファとシルフィがヤヌスの住居へと行っていたし、その逆もよくあった。

 しかし、その辺のことを、この男に告げるわけにもいかない。

「それだけか?」

 何故か、男は念を押すように聞いてくる。

 他に自分とヤヌスの関係で、言うことができることと言えば。

「ええと、同じ乳を飲んで育った姉の、夫です」

 この場合、姉とはシルフィのことではなく、ミルのことである。

「……そうか」

 そして、男は黙り込んだ。

 それなのに、視線は真っ直ぐに自分に向けられてくる。

(熱い)

 その視線を受けて、シルファはそう思った。

 熱いものが、体中を駆け巡る。だがそれは吐き出されずに、体の中心から新たに生み出される熱さと重なり、またシルファの体を駆け巡る。

「い、行きましょうか」

 体の火照りを感じて、何故そうなるのかわからなくて、何か本当にいたたまれなくなって、シルファはそう言って、歩き出そうとした。

 と、その時である。

(シルファ、どこにいるの⁉)

 頭の中に、双子の姉の言葉が響いた。

「シルフィ?」

(朝起きたらいないんだもの。どこにいるの?)

「川の方にいるよ。もうしばらくしたら、戻るから」

(なんで川の方なんかに……いいわ、迎えに行くから)

「え? いいよって、シルフィ?」

 しかしもう双子の姉の言葉は、シルファの脳裏に響いていなかった。

 川原でヤヌスに会って、そのままこちらに来ることは、目に見えている。

「あの勇ましい戦士殿が来るのか?」

 ふいにそう声をかけられ、シルファは、はっと我に返った。

 改めて男の方を振り返ると、男はあいも変わらず、自分をじっと見ていた。

 ここにはいないはずのシルフィと「話して」いるところを見ても、あまり驚いた様子もない。

「あ、はい」

「……なるほど」

 またしても、男はそう呟いた。

 どうやらこの言葉は、男の口癖らしい。

「ここまででいい」

「えっ?」

 その言葉とともに、どさりと何かを手渡される。

「礼だ」 

 それは、小魚が数匹縛り付けられている、木の枝だった。

 男はこれをずっと持っていたようだったが、シルファはあまり男を見ていないので、気付いていなかった。呆然としているシルファの横を通り過ぎ、男は川下の方へと歩いて行く。

「あ、あのっ」

 シルファは、男を呼び止めた。

「ありがとう」 

 そして、ぺこりと頭を下げると、黄金の瞳が微かに細められた。

「俺の名は、セアドだ」

 ふいに、男はそう言った。

「え?」

「それから」

 きょとんとなったシルファに構わず、男は―セアドは、言葉を続けた。

「長殿の言う通り、その格好でうろつかない方がいいな。―シルファ」

 そして最後に、名を呼ばれた。シルファ、と。

 そのことに大きく目を見開いた時には、すでにセアドは炎の色をした髪を翻し、歩き出していた。

 長い髪が、風になびいて行く様を、シルファは見えなくなるまで、見送っていた。


 

                 ★

「―で?」

 何故に今、この双子の姉の視線が、いたたまれなく感じるのか。

「シ、シルフィ……?」

「なんで自分を悪く言う相手を案内して、挙句の果てに、貢がれているのよ」

 さあ吐け、一つ残らず吐きやがれ、という勢いで、シルフィはシルファに迫ってくる。

 セアドを見送った後。元の川原に戻ってきたシルファを待っていたのは、火を起こして、衣を乾かしていたヤヌスだけではなかった。どうやら話をヤヌスから聞いたらしく、シルファの顔を見たとたん、シルフィは、先ほどの言葉とともに、ずいずいとせまってきたのである。

「いや、単に礼だと思うぞ、俺は」

 一応、ヤヌスがそう言ってくれるが、それは逆効果だった。

 シルフィはくるりと振り返ると、

「ミルにさんざん貢いだ奴が、何言っているのよ!」

 ぎっと、シルファの衣を火に向けて、乾かしているヤヌスを睨みつけながら言った。

「いや、ミルは女だし」

「父さんを恋人にした男の息子が、何言っているのよ!」

「まあ、どれもそうなんだがなあ……」

 確かに、前の長であるヤヌスの父と、前の巫子であるシルファとシルフィの父は、恋仲であった。

 だが、しかし。

「それは考えすぎだよ、シルフィ」

 さすがに、シルフィの考えが先走り過ぎている。

「シルファ!」

「確かに、父さん達はそうだったけどさ。じゃあ、シルフィは、ミルと恋に落ちる自分が想像できる?」

「―はっ?」

 とたんに、シルフィの顔が、魂が抜けたようなものになった。

「……シルファ……そのたとえは、ちょっと夫である俺には、避けて欲しいものが……」

 逆に夫であるヤヌスの方が想像したらしく、衣を持ったまま、額を手で押さえている。

「ありえないことを考えて、どーするのよっ」

 そんなヤヌスに、シルフィが突っ込んだ。

「そう。ありえないことを考えても、仕方ないだろう? シルフィ」

 その時を逃さず、にっこりと笑って、シルファは言った。

 「シルファ……」

 毒気を抜かれたように、シルフィはシルファを見る。

「まあ……あの男は、湖畔の部族では、次期長だと言われているような男だ。決して、シルフィが考えているような男じゃないぞ」

「シルファを悪く言ったのに?」

 それでも、ぎろりっとヤヌスを睨みつけながら、シルフィは言った。

「まあ……何だな、それは……思うところがあったんじゃないかと……」

 だが、その点については、ヤヌスは口を濁した。

「思うところ?」

 これには、シルファもきょとんとなった。

 ヤヌスは何と言ったらいいのかと、少し考えているようだった。

「あまり気にするな。今のところ、狩りを一緒にする時以外は、会うこともないんだからな」

 だがやはり、肝心なことは何も言わず、そんなことを言って、話を終わらせようとする。

 どこか言いにくそうにしている表情を見て、シルファも、そうだねと頷いた。

「シルファ……」

 シルフィは納得できないという顔をしていたが、実際ヤヌスの言う通りなのだ。

 今のところ、湖畔の部族の者達と接するのは、狩りの時だけだ。

 その狩りも、毎回一緒にするわけではないので、そう頻繁に会うこともない。

「それよりも、そろそろ戻ろう。世が明けるよ」

「その前に、これを着ろよ」

 そうヤヌスに言われて、乾かしていた衣を手渡された。

「えっ? でも、このままでも別に」

 いいよ、とシルファは続けようとしたが、

「着てね、シルファ」

「頼むから、着てくれ」

 両隣から、同時に言われてしまった。

「えーと……」

「着て」

「着ろ」

 次に、ほとんど殺気とも言えるような気迫で、同時に言われて。

 シルファは、大人しく衣を着るしかなかった。


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