ア・テンポ
それから、3年の月日が流れました。
あの星空を目の当たりにした翌日から、僕はご主人の家の家守をしたり、コンサートのスケジュール調整をしたりなど、ご主人の生活のお手伝いをして過ごしました。
僕が思っていたよりご主人は多忙で、今朝も、マンションの最上階のベランダから飛び去っていきました。「飛行機の予約を取らなくていいから、楽でしょ?」とか呑気なことを言って、いつも飛んでいってしまうのですが──僕としては、アルべ様が「希少な竜はハンターに狙われる」とお話ししてくれたことが非常に気掛かりで、いつも心配です。……それでもお仕事なので、仕方のないことだと、毎日、自分に言い聞かせています。
そんな僕は、自分の生活を安定させてからギルディア行政長官 エドワード様にこれまでのことを報告をしました。
家を追い出されたこと、河田家という名のある執事であることを諦めたことを説明すると、長官様は「とにかく、お疲れ」と労ってくださいました。
長官様には、ご主人のことは話せていません。
そして、ご主人にも長官様のこと、あとはアルべ様達のことは話していません。
話してしまうと、多分拗れると思います。……双方には申し訳ないですが、双方とも僕は大好きなので、喧嘩やトラブルになるようなことは、どうしても避けたいのです。
きっと、いつかそれがバレてしまうとしても、彼らならば許してくれるのだろうと。
たった今隣に座っている長官様の横顔を見ながら、僕は信じています。
「ん?どうした?河田君、オレに何か隠し事があるなら、先に言っておけよ?」
「い、いえ!何でもありませんよ!そ、そんな感じで新しいご主人様のもと、僕は元気に生活をしています!えへ、えへへへ……!」
「……ふうん、まあ、元気ならそれでいいんだ。と、河田君に頼まれていたものだが、これ。あと、"二人"からの手紙も」
「おお〜!写真、手紙!見せて、見せてください!」
「……わかったから。列車の中では静かにするってマナーを教えてくれたのはどこの誰でしたかねえ」
「え、えへへ……僕でした!」
長官様は、「まったく、家のしがらみから抜けたと思ったら破天荒に磨きがかかったな」と、嫌味っぽく言いますが、そんな嫌味は今の僕には届きません。
ところで、今僕は、長官様と一緒に列車──東京と大阪をつなぐ新幹線の中にいます。
もちろん、目的は日本に住むギルディア王家との接触、つまり僕は河田という家名を失いつつも、他のツテを使って王家接触することができ、この度、長官様と共にその一家のご当主様とお会いする機会を得たのです。
その"ツテ"というのが……まあ、僕のご主人、須藤様のツテなのです。
先のとおり、ご主人には僕が長官様などギルディアに関わっていることをお話ししてはいません。
僕がご主人に仕えることを決めた夜、ご主人が僕にお話ししてくれたように、彼はシエント帝国軍の軍医です。極悪非道の諜報員という噂が全くの誤解であるにしたって、シエント帝国はかつてギルディア王国と敵対関係にあったわけですから、僕がギルディアに関わっていることをご主人が知ってしまうと、たとえご主人にその意思が無くっても上司の指示によっては、僕自身や僕を経由して内情調査をしなければならなくなったりするでしょう。
それは、僕が望みません。
ご主人にも、そういうことをしてほしくありません。
現在、そしてこれからもシエント帝国とギルディア王国の関係修復のために、長官様が動いているのですから、両国のことは長官様を信じて、応援したいのです。
さて、話が少し逸れましたが、僕はご主人にお願いをして日本のギルディア王家に話を通してもらったわけではなく、奇跡が──日本のギルディア王家の執事さんからご主人へ、コンサートチケットを入手したい旨の連絡があり、その連絡を家守兼マネージャーの僕が受けた、ということなのです。
僕はこれを好機とみて、チケットの手配をした後で改めて"別件"という形で執事さんへお話しをし、長官様がご当主様にお会いしたいと言う意思まで伝えさせてもらったところ──数日して、オーケーが出た、といったところなのです。
一度は長官様のお願いには答えられないと断った後だったのですが、了承してもらってから長官様に連絡をし、今に至ると言うわけです。
僕がギルディアを離れて3年になりますが、長官様に持って来ていただいた写真の中で、僕は遠く離れた地に居る、僕を助けてくれた恩人であり友人とそのご家族に再会を果たしました。
本当は、直接お会いしたいのですけれど……家守という大切な仕事があるのでこの地を離れることができません。
けれど、アルべ様も、マリア様も。
そしてご結婚なされたお二人の間に生まれたお子様も、本当に、本当に幸せそうで安心しました。
いや、お二人に迷惑をかけていた僕が安心した、なんて言うのも上から目線かもしれないですけれど、たった短い間でも、ただの臨時の職員でも、ギルディア王家の人間としてお二人のサポートをしていた身としては、感慨深いものです。
「わあ、結婚式のマリア様!お綺麗ですね!……ふふ、アルべ様、照れてるなあ。あの、長官様!お二人の結婚式はどーんと盛大にやったんですよね!?国を挙げての、一大イベントにッ!」
「だから、声がでかいっての。……オレもそうしてやりたいのは山々だが、あれから例の組織──『アザレア』もウンともスンとも言わなくて。ある意味不気味すぎるから、控えめにした」
「──それに、グルワールさんの方がなあ。頼りになんなくて。結婚式をあげたいって相談を受けたのマリアさん一人からだったんだよ。どうしたいって聞いても、どうしよう……って言うだけで全く頼りにならなくて。こっちだってわかんねえっつうの。生涯を陛下に捧げた独身男舐めんなって感じだ」
「……あはは、普通に想像できてしまいますけど。まあ、アルべ様は戦う時はすっごくオニ強いですからね!」
「ん、それはどういう意味でオレに言ってんだ?」
「そういうギャップがあっても素敵だっていう話と、長官様はそんなアルべ様のかっこいい姿を見たことがないだろうなあっていう、一種の自慢で──」
ゴンと、ゲンコツをいただきました。
この感じが、また懐かしくなってしまいます。
「グルワールさんが戦う姿をオレが見る時は国一番の危機だから。オレがあの人のそういう姿を見ることが無い方が良いんだ」
「確かに。それもそうですね!」
「……河田君。どんな仕事してんのか知らないが、なんか変わった?」
「へ!?そ、そんなことないですよ!!別に、お、お仕えしてる人も悪い人じゃなくて、むしろ良い人ですから!!」
「ふうん?……ま、その方が良いよ。自信の無さってのはミスに繋がるから。たとえ、どんな身の上であっても、それこそ馬鹿みたいに走って突き進む方が失敗しない」
「なるほど……亡き陛下の格言、ですか?」
「いんや、オレの経験。さて、オレは少し寝る。最近寝てないから多分自分じゃ起きれない。着いたら起こしてくれ」
そう言うと、長官様は市販の使い捨てのホットアイマスクをペタッと両目に貼って、その後、3秒で寝てしまいました。
言うまでもなく、相当、お疲れのようです。
思わず、口から「お疲れさまです」と言葉が漏れ出てしまうほど。僕なんかが長官様をねぎらう言葉をかけるなんて烏滸がましいとは思うのですが……。
「河田君も、ありがとな」
寝言と紛うほど、自然に。
僕にとっては不自然に。
長官様は、軽く手を上げて答えてくださいました。
最初は怒られてばっかりで怖くって、しかし執事としては憧れを抱いていたこの方に、たくさん話し、感謝までされてしまうなんて。とても嬉しく思いました。
失敗ばかりの人生でしたが、この先──
何となくですが、うまく行きそうな予感がしています。
ああ、写真の中で微笑むアルベ様たちへ。
遠いところから恐縮ですが、僕はなんとかうまくやっています。それもひとえに、貴方様たちが僕を助けてくださったから。
このさきも、あなた様達に。
いっぱいの幸福があらんことを。
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