後編

アジタート



 家に着いたのは、13時頃でした。

 お金がないので歩いて、数時間かけてようやく辿り着いた家には兄様と父様がいました。


 玄関では出迎えてくれた兄様に「その絆創膏はどうした」と心配され、続いて父様の元へ行くと、問答無用で重い平手を受けました。


 勝手な家出の後、身分を偽ってギルディア王家に仕え、迷惑をかけたことを叱られました。

 それから、昨日のうちにすぐに戻らなかったことを尋ねられました。兄様が言葉に詰まる僕に代わって電車の遅れのことを話してくれましたが、「昨日公共交通機関の大幅な遅れは発生していない」と、父様はピシャリと兄様の言葉を遮りました。

 さすがは父様。主人に仕え、1日のスケジュールを管理する者ですから、とりわけ電車の遅延情報にはお詳しいのです。


 ──お前は、実の兄にまで嘘をついたのか。

 どうしようもないやつだな。


 そう咎められて、涙が出ました。

 決して、そういうつもりではないのです。

 皆を騙したい訳じゃなくて、僕がただ単に弱虫だから、少し逃げたいって思ってしまったから……いや、結局は自業自得なのです。


 そのあとは、予定通り。

 父様に全てをお話ししました。


 話を聞いている父様の顔がみるみるうちに赤くなり、突然立ち上がったかと思うと、どこかに電話をかけ始めました。


 電話の相手は、もちろん須藤様です。

 父様は「馬鹿娘を連れてすぐに謝罪にお伺いしたい」と話していましたが、そこは須藤様に断られたようです。

 コンサートのリハーサルがあるからこの後は対応できないとのことでした。そのついでに、父様お仕えのご主人様の座席を用意したともお話ししていたらしく、父様は電話の前で何度も何度も頭を下げていました。



 ──須藤様には、コンサート終了後の22時に謝罪へ向かう。会場はわかるな?その汚い身なりを整えて、時間までに参上しろ。


 ──お前のことは一生許さん。

 今日の謝罪を終えたら、明日中に荷物をまとめてこの家から出て行け。二度と、河田の執事を名乗るな。



 電話を切った後、父様は僕に向かってそう言い、まもなく僕の元を去りました。きっと、須藤様のコンサートチケットの確保ができたことで、ご主人様の元へ向かわれたのでしょう。



 ──ナツメ、そんなに大変なことになってるんだったら、僕や兄さんに話して欲しかったよ。俺たち、兄妹だろ。



 父様が去った後、兄様が言いました。

 その通りです。兄様達に、僕の気持ちの全部をお話しできていれば、こうはならなかったかもしれないのです。

 でも、もう取り返しのつかないことになりました。

 長官様には、河田家のツテが使えなくなったことをお伝えしなければなりませんし、アルべ様には夢を諦めることになったと伝えなくてはなりません。


 結局──

 僕は父様と戦うことすらできませんでした。


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