9もっと

「もっと強くならないと。」

 何者かが竹刀を持って一生懸命振っている。

「ん。今日のはやけに美味いなぁ。」

 皿の上にのっている肉が輝いている。

「喜んでいただけて光栄です。」

 相変わらず使いは気味の悪い笑みを浮かべている。

 食夜は肉にナイフを刺した。

 ――――――――――

「っ……!」

 ビッと言う音と共に、食夜の頬に血が垂れる。

「誰だか知らないが、襲ってくる奴は容赦せぬ。」

 素早く近付き竹刀を振り落とした。普通の竹刀ではない。

 速い……。

「お強い方でしたか。」

 にやっと笑う。夕方時の光でさらに怪しさが増す。使いは、風であおられているカーテンのように、ひらひらと避ける。

 どうしましょう……。脚を先に折るか?いや、それでもこの速さならくらってしまう。しかし、首を狙うと……あぁ。こうしている内に、主人はのんびりとしているのだろう。羨ましい。もうやめたい。

 使いの目がを一瞬緩む。その時を待ってたのかと言う程に目の前に竹刀が来る。

 今だ……!

「やめて。」

「!」

 竹刀の奴が振りかざしかけた手を止める。

 目の前にいる使いは黙って泣いている。上目遣いで。まるで悪い事をした子供のようだ。

「……ぅ、……あ。」

 目先の奴の顔面に、はてなが食い込まれている。

「そんな命が惜しいか。だが残念だ。我は油断はしないんでな。」

 ゴッ

 やば……。

 避けようとしたが、もう遅かった。頭をやられた。その場に倒れ込む。

「……ぅ。」

「やったか。さてと。」

 竹刀の奴が後ろを振り向く。半襦袢(はんじゅばん)かなびく。油断。その瞬間、

 ばきっ

「やれやれ、あまりこの様な真似は、したくなかったんですが。一件落着です。」

 ぱっぱっと手についた砂を払う。使いは倒れたフリをしていたのだ。小さなため息をつく。

「擦れ傷程度ですが、一応手当をしなければなりませんねぇ。」

 傷の付いた手を太陽にかざす。指の間から光が漏れる。使いの目が揺れる。


「これくらいでしょうか。」

 使いは社の階段に座っている。側に、傷薬と包帯が置かれている。

「結構傷がついてしまいました。あの程度の者なのに、腕が落ちたかもしれませんねぇ。主人の使いとして失格です。」

    少しの間が空く。使いの表情が暗くなる。夕方の太陽さえ忘れるぐらい。

――――――――――――――

 「ん。もっと喰いたいなぁ。次も美味い奴を期待してるぞ。」

 席を立ち、使いに手の平を向ける。

「はい。ご期待に備えられる様、しっかりと務めさせて頂きます。」

 使いが丁寧にお辞儀した。

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