後続話 小さな不穏
地上に戻ってきた僕は、すぐに八尺たちと合流した。
降下中に気づいたのだが、魔恩が進行していたと思われる場所は、大地が
魔恩が基地の手前まで来ていないところを見ると、おそらく天災のアンフィリタスが、魔恩を一掃したんだろう。
雷撃を操ったり地面を穿ったりと、いったいどんな奇跡なんだ?。
まぁ、なによりみんなが無事で良かった。
「異世界人か?」
ふと、生暖かい温風と共に、獣染みたガラガラ声が聞こえてきた。
振り返った先にいたのは、天災のアンフィリタスだ。
このドラゴンマスターもまた、僕の後ろから地上へと降りてきた。
ここだけの話、おの巨体で背後を取られるとメチャクチャ怖いぜぃ。
とりあえず目があったし、僕のことを言ってるんだろう。
「そうです。…あっ、さっきは助けていただき、ありがとうございました」
「……………」
一応、お礼をしたけど、彼はジッと僕を見たままなにも喋らない。
それと、もう一人の異世界人。
戦いで役に立てず、しょんぼりとしている叶多先輩のことも、その鋭い眼光で直視している。
よく見ると、アンフィリタスの瞳が、さっきまで黄金色だったのに、今は七色に輝いていている。
魔眼の類いだろうか。
凄くカッコイイ…。
僕も欲しいな、魔眼…。
他の隊員……というか精霊たちは、神霊の御前であるせいか、緊張で身を強ばらせている。
あの八尺ですら、額に冷や汗が出ている。
まぁ相手は恐れ多くも、自分たちの神が直々に創造した神の子だ。
無理もないだろう。
ところで、いつまでこのドラゴンマスターは僕と叶多先輩のことをジロジロ見ているんだ?。
まさか、食べる気かですか?。
どーぞ、叶多先輩を美味しく召し上がって下さい。
「なんだ…その
「はい?」
ようやく口を開いたアンフィリタスさん。
その巨体で何を言うかと思えば、ホントに何を言ってんの?。
たしかこの世界の
「何故ひとつの肉体に、
言っている意味が、よく分からない。
叶多先輩の魂が歪なのは、きっとアンフィリタスの言った通りなんだろう。
それは認めるよ。
でも、僕の魂が
認めん!僕の魂はきっと、僕の見た目通り神々しいに決まってるでしょうが!。
というか、魂がふたつってなに…?
「どいて~」
すると、背後が少し騒がしくなり、振り返ってちると、人込みを掻き分けながら空色の髪をした少女が現れた。
「私も見たーい」
「あっ、テス」
さすがはテスさん。
周り精霊たちが萎縮しているなかで、好奇心だけで前に出るのなんて、あなただけですよ。
「うわー、本物だー、すごーい!初めてみたー」
アンフィリタスを、近くで
そんな彼女に対して、アンフィリタスは意外な反応を見せた。
「は…う………」
ボソリと何かを呟いたけど、あまりにもか
さらには、アンフィリタスの瞳には、
まるで、親愛している人に再開したかのような…そんな瞳だ。
「どうしたの?」
そんなアンフィリタスを、テスは心配そうに見つめる。
するとアンフィリタスは、翼を大きく揺らめかせた。
「あわわわわ」
その羽ばたきで生じた旋風が、立ち尽くす者たちを軽々と薙いでいく。
テスも倒れそうになったが、僕が後ろから支えて持ち堪えた。。
そして気づけば、アンフィリタスは空高く舞い上がり、遥か彼方へと飛び去っていた。
「テス。アンフィリタスと知り合いなの?」
「ううん。今日初めて見た!カッコよかった!」
素直だなー、この子。
にしても、アンフィリタスの言っていたことが気になる。
魂がふたつある…とかなんとか。
それにアンフィリタスのテスを見る目が、凄く悲しそうだったけど、なんだったのだろうか。
なにはともあれ、一時はどうなることかと思ったけど、アンフィリタスの登場で全てが無事に片付いた。
もうこれ、僕…要らなかったんじゃない?…と思うくらいである。
それにしても、今日は予想以上に疲れたな。
両腕もプルプルと悲鳴を上げていることだし、速く帰ってゆっくり休みたい。
基地も傷ひとつないようだし、このまま通常通り運行するだろう。
「帰ろっか」
僕はテスに視線を合わせ、にっこりと微笑んだ。
テスもそれに「うんっ」と笑顔で返すのだった。
ー
それから八尺たちと共に、基地の駐車エリアへと訪れた。
出発には、しばらく時間がかかるだろうとも思っていたのだけれど、ポニテさんがすぐに浮龍車を手配してくれた。
ありがたい。
これならすぐに出発できそうだ。
お世話になったポニテさんにもお礼を言って、立ち去ろうとした時、彼女はプンスカと自己紹介をしてくれた。
僕がずっとポニテさん呼びしてたのが我慢の限界に達したのだろう。
ちなみに、ポニテさんの名前はリフルナというそうだ。
意外と可愛らしい名前だ。
ー
それから、僕たち四人は浮龍車に乗り込み、村へとまっすぐ帰還した。
道中、魔恩の襲撃も一切なく、安全な空の旅ができた。
揺り篭のように、ユラユラと揺れる浮龍車の中は、乗り心地がとてもいい。
その浮龍車の中は、今までのことが嘘のように静かだ。
まぁ、いろいろあったからね。
聖都の街並みを観光したり。
魔恩に襲われたり。
神霊に出会ったり。
本当にいろいよあった。
「これじゃ、ボディーガードできないじゃないか」
スヤスヤと眠る三人を横目に、僕は窓の外を眺めながら、クスッと笑ってしまった。
ー
それから一時間ほどで、僕たちは村に到着した。
年期のある古家。
ジャリっとした荒廃した大地。
そして村の中央には、村の看板ともいえるアクアルシルの花が咲き誇っている。
うん。やっぱり住み慣れた家が落ち着く。
住めば都ってやつだな。
八尺は僕が以前、
正直、結界がまだ残っていることにも驚いたのだけれど、どうやら八尺は、エンバーさんに言われて結界の軽い調査に来たらしい。
こんな時まで仕事とは、大変だね~。
叶多先輩に関しては、村の中心にポツンと聳える、小さな花畑を興味深そうに見つめていた。
そんな彼を見ていたテスは、この場所の過去の情景を、フフンと自慢げに語り初めた。
これは…長くなるぞ…。
巻き込まれないように、ネスワーと遊んどこ…。
ー
気がつけば黄昏時。
時間は、あっという間に過ぎていく。
「じゃあの」
「元気でな…」
しばらくすると、二人は別れを告げ、浮龍車に乗り込み帰っていった。
テスの御自慢トークに拘束されていた叶多先輩は、ゲッソリとしてたけど大丈夫かな?。
「バイバーイ!」
「またねー」
空の彼方へと小さくなった浮龍車を、僕たちは大きく手を振って見送った。
短い時間とはいえ、彼らには凄く世話になったな。
別れの時が来ると、なんとも感慨深い。
さらばだ、二人とも…。
地獄の訓練…頑張ってね。
先輩…。
「フフッ」
テスが不意に微笑んだ。
「どうしたの?急に?」
「なんかね、こんなに楽しかったの、いつぶりだろうと思って」
彼女は笑みを絶やさないまま、夕日に向かってゆっくりと歩みだす。
基本、村に一人ぼっちで生活していたテスにとって、聖都で誰かと一緒に遊び回ることが、このうえなく楽しい出来事だったのだろう。
「カグヤはどお?楽しかった?」
そんなの決まってる。
「チョー楽しかった!」
「よかった!」
僕の即答に、テスは満足そうに振り返る。
すると彼女は、さっきまでとは打って変わり、
「私ね、カグヤが
「フッフッフっ、これも僕の巧みな交渉術の成果ですぜー」
まぁ、交渉と呼べるようなことは一切していなけれど、ここはあえて僕の株を上げておこう。
交渉術に長けた僕という構図…カッコイイでしょ。
それより、テスが言ったことは、間違ってると思うんだ。
そこだけは訂正したい。
「テス。ここになにもない…なんてのは間違ってるよ。この村にはコッケイがいる。テスもいる。君の根源だってあるじゃないか。ここでの生活はたしかに不便かもしれないけど、楽しいこともいっぱいある。それにここには…僕もいるよ」
そう。
なにもない…なんてことはない。
家とかもボロボロになってるけど、手入れすれば綺麗に長く使える。
コッケイのバカ鳥。
僕に対してはやたら凶暴で、卵を取るのも一苦労。
アクアルシルの花畑。
ステラ村の中心で、不浄に
これまでテスがたった一人で、花を枯らさないように頑張り続けたからだ。
探せば、もっとたくさんあるんだよ。
それでも…テスがなにもないと感じるなら、この村に彩をつけ加えよう。
なんでもいい。
二人で…。
「僕は、受けた恩義を百倍にして返す男。
なんの恩も返さずに、とんずらこく恩知らずじゃーない。
えっとねー、ざっと百年近くは、ここにいるつもりだよ」
おどけながら口にすると、テスは目をまん丸にみひらいて聞き返す。
「ずっと一緒にいてくれる…の?」
「うん」
すると、テスは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ最後まで、ずっと…私の隣にいてね」
カメラを持っていたならば、僕は無意識にシャッターを押して、この瞬間をカメラに収めていただろう。
夕日を背に、彼女の見せた今日一番の笑顔は、幻想的でいて、神秘的でいて、とても輝いて見えたのだ。
そんな彼女の姿に、しばらく見とれてしまっていた。
すると気がつけば、僕は知らず識らずの内に口にしていた。
「うん。約束する」
なんだろう。
あ互いに、プロポーズをしたみたいなってしまった。
テスは自覚がないようだけれど、僕は今さらながら、恥ずかしくなってしまった。
まぁこの村で、テスとイチャイチャする人生も悪くない。
その後、僕たちは何事もなく、お互いの家の中に戻っていった。
ー
その日の夜。
テスに呼ばれ、僕はいつも通りに晩御飯を食べにいった。
その食卓には、たくさんの干魚が並べられていた事は、言うまでもない。
ーー*ーー
自称、正義の味方。
黒滅エンバーの隊長室。
扉の向かいの壁面には、
それは、小さな希望を抱き締めた少女のシルエットから、新たに伸びた光の腕が、空に輝く大きな希望を掴み取ろうとしている…といったデザインの隊旗だった。
エンバーいわく。
『誰しもが、その手の内に抱えていける物には限界がある。
ならば我々、
そんな想いが込めらていた。
そして、ミシェルナ・ルーランという正体を、今日も機械鎧の内に隠し、どっしりと椅子に座りながら、彼女は一枚の書類と睨み合う。
「クソッ…」
エンバーは苛立たしげに小さくぼやいた。
彼女は己の無力感に打ちひしがれながら、拳をギュっと握りしめると、持っていた書類にはシワができてしまう。
兜の奥底から、ギシギシと悔しさによる歯ぎしり音が聞こえてきた。
その元凶は、彼女が手にしている書類の内容だった。
『氏名 テス
種族 精霊
生年月日 4月18日
出身 ステラ村
根源 アクアルシルの花畑
(患者の根源は、8年前の
病名
症状の発祥 7年前
(8年前の色欲の襲撃により、魔恩の傷を受けたことが、主な要因だと思われる)
ステージ4
余命…… 』
これは一人の少年にとって、いずれ直面する、悲しい運命の小さな予兆。
竹取霞紅蓮夜の選んだ、宿命の道である。
しかし、当の本人は、このことをまだ知らない。
彼がテスの全てを知るのは、まだ少し、先の話である。
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