罅割れた青年
懐かしき地 ソーネル樹海
清々しい青空のもと。
僕は運動がてら、村の外で虫退治をしている。
虫といっても、ただの虫じゃない。
黒い体毛に覆われた蜘蛛型の魔恩で、巨体の割にやたらすばしっこい面倒なヤツだ。
たしか本に名前が乗っていた気がする。
名前はネルラル…だったかな?。
お尻から
まぁ、近づかなければどうということはない。
しかし、僕にとっては身震いするような害虫に変わりないのだ。
「キシェェェエエエエ」
「あ~コラコラ、結界を引っ掻いたらダメだってば…」
ザシュンッ!
星屑の容易な一閃によって、魔恩は呆気なく塵に帰った。
「安らかに眠れ」
結界内という安全圏から、僕はそれをしゃがんで見届ける。
「それにしても、この結界の
ー
1ヶ月ほど前。
テスに使わせてもらった
神霊。
神聖のエディンエイデンの恩寵が内包されたオーブで、その神の子の奇跡を行使したわけなのだが…。
ステラ村を丸々と包み込んだ奇跡の結界は、今も尚、変わらぬ眩しさで健在している。
正直、結界は数日で消滅するものと思っていたから、今もその力を絶やしていないことにびっくりしている。
たまに様子を見にくるエンバーさんも、驚いていていたほどだ。
まぁ結界のお陰で、僕たちはより安全な日々が送れているわけだが、そんな平穏に魔恩が度々水を差して来る。
村に侵入しようと、魔恩はガジガジと結界を引っ掻いてくるのだ。
結界の強度がどれほどのものなのか分からないから、念のために、こうやって魔恩を退治しているというわけだ。
「は~終わった終わった」
魔恩退治は終了だ。
遠くからも近づいて来る様子もない。
本日のクエストクリアだ。
う~ん。
それにしても最近、魔恩が増えた気がする。
数こそ多くはないけど、こう頻繁に来訪されるとね。
終焉個体。
「お前もお疲れさんな」
魔恩がいなくなったことで、役目を終えた星屑に労いの言葉を送りつつ、その存在を解除する。
ポケットから取り出した物を、再びポケットに突っ込む。
そんな簡単なイメージで、僕の異能は簡単に消すことができる。
しかし、今日の星屑はちょっと違っていた。
「あれ?」
普段なら、すぐにフワリと消えてしまう。
しかし、何故か星屑はカタカタと震え、その存在を維持している。
なにやら抵抗しているように見えなくもない。
「おっかしいな~、どうしたんだろ?
戻れ…!」
もう一度、星屑に手をかざして異能の解除を実行した。
すると、いつも通り。
星屑は黒く輝く粒子となって、フワリとその場に消え去った。
「なんだったんだろ…
僕、疲れてるのかな?」
い~や。
きっと無意識の内に、考え事をして集中力を切らしたんだろう。
欲求不満?。
うん、きっとそーだ。
美少女との共同生活の中で、自分でも気づかない内に、僕の中の、男のリビドーが溜まっていたに違いない。
あとでヌいておくか。
「カグヤ~、終わった~」
「うん。ちょうど終わったとこ」
後ろからやって来たテス。
見てみると、その懐にはたくさんのオーブを抱えている。
たぶん応援に来てくれたんだろう。
それにしても、テスが抱えてるオーブって、全部
市販じゃ扱ってないうえに、普通のオーブより何十倍もの値段がするって聞く。
全部でおいくら万クオーツするんだろ?。
「そっか~、せっかく増援にきたのにな~」
「まぁまぁ、
彼女の腕から、今にも
「ありがとう。それにしても最近、魔恩の数が増えたよね~。嫌だな~」
どうやらテスも、僕と同じことを感じていたらしい。
目に見える変化ほど、信頼におけるものはない。
僕の目と、テスの目。
それが同じものを捉え、同じ変化を感じとっている。
あれ?これって僕とテスの思いが通じ合っているってこと!?
相思相愛じゃん!
っと。
いかんいかん、そうやってすぐ妄想して、脳内ピンク色に染めるのは僕の悪い癖だ。
とりあえず、魔恩の数が増えている。
これは確実な事実だ。
「そうだね。魔恩の件は、あとでエンバーさんに伝えておくよ」
これでも、僕は
ほうれんそうは大事。
エンバーさんにも情報共有を、しっかりしておこう。
ー
その日の夕方。
以前貰った
鉛筆のような形状をした八角形の精密機器なのだか、今思うと、これを使うのは初めてだ。
一応、テスから操作方法は教わっている。
まず、
すると、端末の一面に数字と文字が立体映像のように浮かび上がった。
上部には八桁の数字。
そして、下部には通信先の名前が表示がされている。
数字も名前も、ダイヤルのようにスクロールし、調節することができる。
とりあえず名前をスクロールしてみる。
名前は『白百合八尺』と表示され、八桁の数字が一斉に切り替わった。
次にその逆を試してみる。
すると、数字を一桁スクロールするだけで、名前が非表示になってしまった。
たぶん、登録している人しか名前が表示されない使用なんだろう。
うん。使い方はマスターした。
操作感が違うだけで、ほとんどスマホと一緒だ。
このままエンバーさんに連絡しよう。
名前表示をスクロールして、『エンバー……』の名を持ってくる。
数字表記が切り替わったことを確認してから、
スマホのように耳に押し当て、しばらくの待機音の後に、聞き覚えのある声が耳に届いた。
『あ~、もしもし。誰っスか?』
ん?。
エンバーさんの声じゃない。
どういうことだろう。
もしかして、いま手が離せないのかな?。
それにこの声…叶多先輩じゃないか。
不思議に思い、ほんの一瞬だけ端末の名前表示をもう一度確認することにした。
「…………」
よ~く見てみると、そこには『エンバーの犬①』という、ふざけた表示がされている。
どうやら僕は間違い電話をしてしまったようだ。
それにしても、『エンバーの犬①』って、叶多先輩…このこと知ってるのだろうか…。
というかマルイチってなに?。
もしかして、僕ってマルニじゃないよね?。
『なんだ?間違い電話か?』
再び耳に当てると、まだ向こうは端末に喋りかけている。
うん。切ろう。
「フシャーーーーッ!」
『うわっなんだ!』
なんとなく威嚇をして、何事なかったかのように通話を切った。
通話を切るのは開始するときと逆で、上から下になぞるだけだ。
それにしても、叶多先輩。
あっちで一体どういう扱いされてるんだ?。
ちょっと不憫に思えてきた…。
よし。
気を取り直して、もう一度エンバーさんに連絡だ。
今度は間違えないように、『エンバー』の名前を何度も確認した。
「エンバー、エンバー、よし!」
そして…。
「発信!」
気分が弾むようなシャンシャンとした待機音が、頭の中をすり抜ける。
それを聴きながら、しばらく待った。
『こちら、
その声は落ち着いた様子で、自身の素性を淡々と名乗る。
中性的でいて、相変わらずのこもった声。
きっと今も、あの機械装甲を纏っているのだろう。
今度は間違えてない。
お目当てのエンバーさんだ。
「あっ、エンバーさん。こんにちは。いや、もうこんばんはか」
『ああ、霞紅夜君か。どうしたんだい?』
かくかくしかじか。
ステラ村で現在発生している魔恩の増加について、僕は彼に相談した。
『うむ、君たちの状況は理解した。それにしても、魔恩の増加か…』
端末の向こう側で、エンバーさんは怪訝そうに考え込んでいる。
すると、なにかを
『わかった。少しスケジュールを変更して、すぐに魔恩の件に当たろう』
「えっ、いいんですか?それにスケジュールって…エンバーさん多忙なんですよね。無理していただかなくても」
『いや、スケジュールというのは私のではなく。霞紅夜君のスケジュールだ』
「僕のスケジュールですか?」
頭の上に疑問符を浮かべて、僕はコテッと首を傾げた。
『実はね。こちらの仕事も落ち着いてきたから、前に言っていた霞紅夜君の感応力を図る測定テストを、スケジュールに入れていたんだ』
「ああ~。
そういえば、エンバーさんは以前言っていた。
僕は
市販のオーブは内包されているのが、人工の恩寵であるせいか、普通に使用することができる。
ただ、
というのも、
いま思えば、最初に使用した
もし、それ意外の奇跡を行使していたら、その場でデッドエンドになっていたかもしれない。
そう考えるとゾッとする。
果たして、テスのガチャ運が強いのか…。
僕の悪運が強いのか…。
『ああ。とりあえず、その件は忘れてくれて問題ない。魔恩の件だが、こちらで調査隊を編成して、後日そちらに向かわせるよ』
「ありがとうございます!」
さすがエンバーさん。
即決で事態の収拾にあたってくれるとは…。
ありがたやーありがたやー。
でも、安心するにはまだ早い。
原因究明するまで油断は大敵だ。
それまでは、しっかり身を引き閉めないとね。
『それから霞紅夜君には、その調査隊と合流して事の解明に当たってほしい』
「僕もですか?」
『そうだ。今後のためにも、キミには
そういえば、僕って第三部隊の一員だったな。
それらしいことを、全くと言っていいほどしてないから、チラチラとその事実が、記憶の隅に追いやられちゃうんだよね。
いけない、いけない。
しっかりするんだ、僕。
「わっかりました!任せて下さい!」
気を持ち直して、ドンと
『ああ、期待しているよ……。
ところで、テス君の様子はどうだい?元気にしているかい?』
「テスですか?」
唐突にテスの話題になった。
目の前にエンバーさんがいるわけではないのでなんとも言えないが、彼の声色はテスの事を案じているようだ。
まぁ、当のご本人様ときたら、そんな心配が杞憂に思えるくらい、いつもエネルギッシュビンビンだ。
今日だって、花畑の水やりにはしゃぎすぎて、よく転んでいたっけな。
ちょっとはじっとすることを覚えてほしいくらいだ。
「テスなら、びっくりするくらい元気ですよ」
『そうか、それならよかった…。
それでは、またなにかあれば連絡してくれ。それじゃ』
「はい、ありがとうございました。それじゃ、また」
それを最後に、通話はプツンと切れた。
それにしても、
学校にいたときに、何度かチーム戦はやったことあるけれど、容姿のせいか男子たちに若干ハブられ気味だったからな~。
女子たちはチヤホヤしてくれたけど。
まぁ、本格的な組織訓練は今回が初めてというわけではない。
でも、知らない人たちとうまくやれるだろうか。
そう思うと緊張してきた。
大丈夫。
まだ、数日先の話だ。
落ち着け、僕。
とりあえず、この件はテスにも伝えておこう。
もしかしたら、数日、村を離れることになるかもしれない。
ちょうど晩御飯の時間だし、テスの家に行こっかな。
ーー*ーー
テスの家の中。
僕とテスは椅子に座り、真剣な表情で食卓に向かい合う。
食卓の上に並ぶのは、
テスは魚料理がとても上手だ。
というのもテス自身、いつもおんなじ魚料理に飽きてることもあり、ムニエルや煮物、照り焼きなど、飽きを感じさせないための工夫がされている。
もうひとつは、ルーイジと呼ばれる紫色のグッチャリとした野菜盛り。
僕らの世界で言うところの、ポテトサラダに近い。
念のために言っておくけと、ル○ージじゃない。
ルーイジだ。
緑の配管工おじさんではない。
ちなみに、ルーイジはこの世界のジャガイモ的ポジションにある、マイナーな野菜だ。
そして最後に、ベーコンを挟んだ焼きたてのパン。
その料理を口に運びながら、エンバーさんとした話をテスにも伝えた。
「えー、カグヤいなくなっちゃうのー?」
「うん、詳細はまだ聞いてないけど、状況次第で村を空けるかも知れない」
「むーっ」
これでもか!と、口の中へと食べ物を放り込んでいくテス。
頬をプックリと膨らませた彼女は、なにやらご立腹な様子だ。
その姿は、もはやハムスターと変わりない。
食べ物で頬を膨らませるか、怒って頬を膨らませるのかどっちかにしてくれないだろうか。
それに全く怖くない。
むしろ可愛い。
そのほっぺ…両手で掴んでモキュモキュしたいな。
「私も行きたい!」
「ええ~。まっ、まぁ、まだどうなるか分からないし、調査隊の人たちにも相談しないとね」
「むーっ」
彼女の無茶に悩んだ僕は、数日後に来るであろう調査隊に、即効で匙を投げた。
調査隊さん、ごめんなさい。
たぶんこの子、めちゃくちゃダダこねると思うので、覚悟しておいてください。
ー
それから、いつも通りの生活を過ごし、調査隊がやって来たのは、二日後のことだ。
ー
突如として、空から音もなく現れた一隻の飛空艇。
空飛ぶ戦艦と言っても過言ではない。
外観はパッと見、青白いのだが、機体の後方から先端にかけて、金色の
よく見てみるとその模様は、なにかしらの植物の
「うわ、やっべ!すげー!こういうのアニメとかゲームでしか見たことないよ!」
THEファンタジーの光景に、僕のテンションは爆上がり。
聖都に
それに、
僕もクオーツを貯めて、自分だけの飛空艇がいつか欲しいな。
しばらくして、飛空艇は村の離れにゆっくりと着陸し、サイドの分厚い装甲がガコンと開くと、横幅の広い階段を形成した。
パッセンジャーステップというやつだろう。
するとそこから、見覚えのあるケモ耳女性が、白衣をヒラヒラと靡かせ、
強調されたダイナマイトボディに、艶かしいガーターベルト。
キャトンさんだ。
僕とテスは、彼女の元に駆け寄り挨拶をした
「こんにちは、キャトンさん」
「あ~、キャトンさんこんにちは~」
長い髪を指でサッとかき上げ、キャトンさんはニコッと微笑む。
「久しぶりね二人とも。元気にしてた?」
「うん。元気だよ~」
「はい、お陰さまで。ところで、エンバーさん言っていた調査隊というのは、キャトンさんのことですか?」
「ええそうよ。ほかにも、あの飛空艇の中に小隊規模の調査員が乗ってるわ」
見てみると、飛空艇の窓越しに数名の人影がチラチラと作業をしているのがわかる。
それにしても、まさか魔恩の調査に、こんな大きな飛空艇を出てくるとは思わなかった。
てっきり浮龍車か、陸路を走る乗り物で来ると思っていた。
でもよくよく考えたら、この世界の乗り物って、空飛ぶ乗り物の方が多いい気がする。
どうしてだろう?。
「どーだ霞紅夜。すげーだろ」
低く、たくましい声に呼ばれ、僕は声のする方へ、スッと顔を向けた。
「叶多先輩!」
声の主は、ジャケットを纏った好青年。
叶多先輩だ。
クックックッと、自慢気な笑みを浮かべた叶多先輩は、飛空艇からコツコツと降りてくる。
「どうしたんですか?今日は非番ですか?」
「ちげーよ!俺も調査隊のメンバーに選ばれたんだよ」
「へー」
「ちょっとは興味もてよ!」
僕の塩対応に、叶多先輩はシクシクと寂れていく。
まぁ、キャトンさんが来た時点で、なんとなく叶多先輩もいる予感はしていた。
彼がいるということは……。
「先輩。もしかして八尺も来てるの?」
「ああ、八尺ならあそこにいるぞ」
叶多先輩の呼び指す方に視線を向ける。
そこには飛空艇の窓から、鬼火のような角をチラチラと覗かせる八尺の姿があった。
気になるなら降りてくればいいのにと思ったのだが、どうやら八尺は、相変わらずキャトンさんが苦手らしい。
彼女を恐れて、降りてこられないようだ。
「叶多先輩!それにしてもこの飛空艇、めっちゃカッコいいですね」
「おっ、やっぱりおまえなら分かるか思ったぜ!」
そう言って僕と叶多先輩は、目の前の立派な飛空艇を、首が痛くなるまで見上げた。
「一応武器とかも積んでるらしいけど、それより俺は、この船の構造とかデザインが気に入ってるんだよな~。
空を切る鋭い船首。
そこの窓から見下ろす景色は、マジで絶景だったぜ!」
「いいな~」
「いいな~」
隣にいるテスまでもが、羨ましそうに飛空艇を見上げている。
するとテスは、キャトンさんに向き直ると、姿勢を低くして上目遣いを始めた。
「ねぇキャトンさん。私もカグヤと一緒に調査行きたい。ダメ?」
「ダ~メッ」
キャトンさんは、大人の魅力を振り撒きながら、テスのお願いをヒラリと
テスは負けじと、諦めずに何度もお願いするが、キャトンさんの返答は変わらない。
「あのね、テスちゃん。私たちは遊びに行くわけじゃないのよ。それを分かってるの?」
「わ、分かってるよ~」
目が泳いでいる。
分かってなかったなこりゃ。
「で、でもカグヤも行くなら私も行きたい。一人ぼっちでお留守番はイヤ!」
諦めの悪いテスに、キャトンさんは大きな溜め息を吐く。
どうしようか。
僕もテスを連れていって上げたいのは山々なのだが、これから行われるのは魔恩の調査だ。
ピクニックではない。
向こうでは、何が起こるか分からない上に、危険を伴う可能性がある。
僕から口添えはしてあげられない。
するとテスは、むーっと頬を膨らませると、突如として固い地面に仰向けで寝転んだ。
まさかこのまま、連れてってくれるまでこの体制でいる気か?と、思った矢先。
彼女は両手両足をジタバタさせて、ワンワンと
「ヤダヤダ。私も連れてってくれなきゃイヤだ~。
行きたい行きたい行きたい行きたい
行きた~い!」
きっとこれが、テスの最終手段なのだろう。
いい年した子が何をやっているんだか。
キャトンさんたちまで呆然としている。
「行きたい行きた~い!」
そんなにジタバタしたら、ワンピースのスカートの中が見えちゃうよー。
と思い、チラッと覗き込んだのだが、さすがは絶対領域。
スカートの奥どころか、生足すら拝むことができなかった。
この世の全てがそこにあるのに…。
やるな、ワンピース。
「行きたいよ~」
段々と、テスの瞳がウルウルと滲む。
すると、それを眺めていたキャトンさんは、またも大きな溜め息をつくと、小さくぼやきだした。
「は~。隊長の言ってた通りになったわねー……。
わかったわ」
「えっ、いいの?」
思わぬ了承に、テスの顔はニパッと明るくなった。
「ただし、いくつかの条件があるけど、それを
「呑む呑む!だから私も連れてって!」
テスはヒョコッと起き上がり、さっきまでの様子が嘘のように、コロッとしている。
さては、さっきの泣き落としは嘘泣きだったな。
女の子の武器って恐ろしや。
「よろしい、そうと決まったら二人とも、出発の支度を済ませてきなさい」
「はーい」
キャトンさんがそう言うと、テスは大喜びで家へと駆け出していた。
僕は驚きながら、キャトンさんに問いかける。
「よかったんですか?キャトンさん」
「ええ。今回は戦闘任務ではないし。
それに……」
彼女は物悲しそうな表情をしながら、テスの後ろ姿を見つめている。
「隊長が言っていたの。
あの子がせがんできたら、霞紅夜君と一緒に連れてってあげなさいって」
うん。みんなテスに甘過ぎませんか?。
まぁ、テスも喜んでいるようだし、良かった良かった。
もしも向こうで非常事態が起こったら、僕が全力で彼女を守ればいい。
この命に変えても守って見せる。
ー
それから僕たちは身支度を済ませ、飛空艇へと乗り込んだ。
船内は思いの外広く、一面がガラス張りになっている船首は、一帯を幅広く見渡せる。
しばらくすると、飛空艇はゆっくりと離陸を開始した。
エンジン音も無く物静かなのが不思議だったが、話に聞くと、この飛空艇は複数のオーブを同時併用しているらしい。
音が静かなのはそのせいだ。
唯一物音がするものといえば、飛空艇の後方で回っている、四つの推進プロペラぐらいだろう。
「そういえば僕たちって、どこに向かっているんです?」
僕の質問に、叶多先輩が答えた。
「お前らの村から少し南西の位置に、不浄濃度が少し濃くなってる地域があるらしい。村にやってくる魔恩ってやつも、そこからやって来てると推測されてるそうだぞ」
「えっ、聖都から遠くの土地の状況って分かるんですか?」
「完璧じゃねぇけどな。特殊なソナーを一定間隔で大陸に飛ばして、空にある衛星がソナーを観測することで、地上の状況を把握してるんだと。」
なるほど。
ちょっと性能は違うけど、観測衛星に似ているな。
ー
しばらく飛空艇は、流れるように空を進み続けた。
それと同時に、地上の景色も代わる代わる過ぎ去っていく。
ふと気づけば、なにやら見覚えのあるある景色がそこにはあった。
枯れ果ててはいるが、生命の残滓が辛うじて残っている、殺伐とした樹海の跡地。
そこは僕が召喚された時に、最初に目の前の映った場所だった。
「キャトンさん…ここって?」
「ここは、ソーネル樹海。以前、
まさかこの樹海も、終焉の餌食にあっていたなんて…。
改めて思ったけど、土地へのダメージが尋常ではない。
一体どうしたらこんな真似ができるんだろう。
終焉個体。
次の復活で、また一段と強力な存在になると聞いている。
前回でこれなら、次はどうなってしまうんだろう。
そう考えると、僕の胸は恐怖心でおののいてしまった。
まぁ、いま考えても仕方ない。
いまは魔恩の増加の件に集中しよう。
僕にとっての始まりの地。
僕はそこに、再び舞い戻ったのだ。
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