神霊 天災のアンフィリタス

 緊急警報。

 コードブラックにより、僕たちも加勢すべく、隊員が集まりつつある基地の西門にしもんへと、大急ぎで出動しゅつどうした。


 「お主たち!状況を教えてくれ!」


 八尺の言葉に、数人の隊員が振り返る。

 すると右肩に腕章をつけた、リーダーらしき女性が前に出た。


 「白百合しらゆりさん!何故こんなところに!」

 「偶々たまたま用があって通りかかったんじゃ。それより状況を教えてくれ、儂らも加勢する」

 「は、はいです!」


 真面目そうなポニーテールの隊員。

 彼女の話によると、西の方角から100体ほどの魔恩の群れが、この基地に向かって進行しているそうだ。

 その群れが基地に到着するまで、およそ30分。


 魔恩討伐にあたっての作戦はこうだ。

 遠距離攻撃の奇跡を得意とした精霊、そして感応力の高い魂流石マフナオーブの使用者を前衛に、魔恩が迫り次第、攻撃を開始。

 遠距離攻撃で魔恩の数を最低限まで減らした後、後衛の近距離戦闘を得意とすると隊員たちと交代スイッチ

 そこからは、命を落とす可能性のある本格的な戦闘だ。

 この作戦は、初手で前衛が魔恩をどれだけ落とせるかが肝になる。

 

 ただ……。

 今の現状には、もうひとつの不安要素があるらしい。

 というのも、この基地には、すでにもうひとつの魔恩の群れが襲来していると言うのだ。

 これには、僕も八尺も驚愕した。


 「えっ!もう来てるの!?」

 「どういうこどじゃ!?」

 「はい。皆さん、上をご覧ください」


 彼女が指差した先を、僕たちは顔を上げて注視する。


 日が差すことのない顔色の悪い空。

 今にも雨が降りだしそうだが、特段変わった様子はない…。

 強いて言うなら、点々としている妙に黒い影が少し気になるくらいかな…?。


 「チッ、ミスドンか。面倒じゃのう」


 苛立たしげな八尺の言葉で、ふいに僕の頭に、輪っかの甘~いお菓子が浮かび上がった。

 うん。

 これは絶対に違う。


 「ミスドンって?」


 僕の疑問にポニーテールさんが、空を警戒したまま答える。


 「ミスドンは飛行型の魔恩の一種です。

  ヤツらは臆病で、滅多に人を襲いませんが、戦禍混乱の最中や、困窮した地などでで、孤立して弱った者から優先して襲って来るんです」


 なるほど、魔恩界のハイエナということか。

 たしかに厄介だ。

 というか魔恩にも種類によって名前が決まってるんだね。

 てっきり、魔恩で統一されてると思ってた。


 「あの黒い点みたいなのがミスドンかー」


 僕は目を細めて、空にいるという厄介者を凝視する。


 今はまだ、ミスドンが襲って来る様子はない。

 でも、これから始まる魔恩との戦いので、アイツらが横槍をいれてくる事は間違いないだろう。

 そうなれば、確実に悪戦苦闘を強いられる。

 

 「どうするの?地上の魔恩は、ここの施設と隊員たちでどうにか出来るとしても、ミスドンが一番厄介じゃない?」

 「そうですね。本来なら別働隊を組んで、すぐにでも撃退したいところですが…。」

 「出来ないんですか?。ここって跳躍施設もあるんですよね?応援とか呼べないんですか?」


 ポニテさんは、苦虫を噛み潰したように頭を抱えている。

 そんな僕の疑問に答えてくれたのは、意外にもフフンと鼻をならして、ドヤ顔をしていたテスさんでした。


 「跳躍設備は、まだまだ開発途中で大規模の跳躍は現状厳しいの。一応、聖都には大規模な大跳躍施設があるんだけど、それは起動に時間がかかるし、もし大跳躍で大部隊が来てくれたとしても、戦闘が終わったずっと後になると思う。それとミスドンだけど、アイツら臆病過ぎて敵から刺激を受けると煙幕を吹き出すの。だからミスドンを倒す時は一撃で締めないといけないんだよ!」

 

 イカの親戚か何かかな?。


 「それに、大人数で撃退しようとしてもダメ。ミスドンは、それでもビックリして煙幕を出しちゃう。しかも視界が悪くなったら上空で孤立して、あっという間に、ミスドンにとって格好の餌食になっちゃうだよ。分かった?カグヤ!」

 「なるほど。ミスドンってかなり厄介だね。っていうか!あなた本当にテスさん?ちょっと賢すぎない?」

 「なんだと!どういう意味だカグヤ!。私はいつだって賢いでしょうが!」

 「ひゃあーー!」


 逆上したテスに、僕は頭をクシャクシャにされ、自慢の鶴髪が逆撫でしてしまった。

 そんな僕らを、八尺は呆れ顔をしながら諭す。


 「お主ら、真面目にやってもらえるかのぅ。結構まずい状況なんじゃが」


 僕は両手で髪を溶かながら、空を見上げて考える。


 「う~ん。再確認するけど…地上の魔恩に関しては、なんとか出来るってことでいいのかな?ポニテさん」

 「ポニテさん!?……ええ、そうですね。地上の魔恩に関しては、私たちで対処出来る想定です。人数的にも、こちらがだいぶ優勢ですからね。ただ、ミスドンの邪魔が入れば、確実に負傷者が出るでしょう、最悪の場合は……」


 彼女は最後の言葉を濁した。

 最悪の場合…それは死者が出るということだろう。


 「ふーむ」


 現状、ミスドンが一番の厄介者だ。

 ちょっと刺激したら煙幕。

 大人数でビビらせても煙幕。

 しかも煙幕内なら、ミスドンさんは気が大きくなるタイプらしい。

 これ単騎で相手しないとダメくない?。


 強くて…。

 空が飛べて…。

 それでいて、見映えのいい美味しそうな美少年なんて…。


 「あっ!」


 思案していると、思いの外、簡単に答えが出た。

 

 いや、いるじゃないか適任者!。

 いまの全てに該当する取って置きの人物が!。

 

 「八尺!ポニテさん!。ミスドン……僕ならなんとか出来るかも知れない」

 「でもどうするんじゃ?お主…奇跡も起こせんのじゃろ」

 「えっ?あなた異世界人きゃくじんなんですよね?それなのに、奇跡起こせないんですか?」

 「ぐぬっ!」


 役に立とうとしている僕のハートに、二人はブスブスと言葉の槍を突き刺してくる。


 そうだよ。

 奇跡起こせないよっ。

 悪いかっ!。

 僕だってなぁ、影でこっそり、奇跡を起こせるようになるよう努力してるんだぞ…。

 でも、それでも出来ないんだから、仕方ないじゃないか…。


 「よしよし、カグヤ泣かないで…」


 えぐられたメンタルに、テスの優しさが凄く浸みる。


 「ヒック……ありがとう、テス。

  まぁ、みんな聞いてよ」


 僕は考えついた案を、彼らに丁寧に説明した。


 まずポニテさんには、僕が手に持っている異能の力を教えた。

 作戦を伝えるのはそこからだ。


 まず、ミスドンは僕一人で対処するということ。

 大人数の討伐はミスドンの性格からして、時間はかからないだろうけどリスクの方が大きい。

 煙幕でも吐かれたらかえって危険だ。

 少人数は絶対条件。

 一人なら確実だろう。

 

 僕の異能でミスドンがいる空域まで飛翔し、自分自信を活き餌にしながら、近づいてきたミスドンを仕留める。

 以前、蠍型の魔恩と戦っているし、弱点は通常の生物と基本一緒だ。

 頭か胸部…弱点らしい箇所を潰せば、煙幕を吐く前に終わらせられる。

 僕の星屑の速さなら、問題なくいけるはずだ。


 「ふむ…」


 八尺はしばらく考えた後、視線を僕に向けた。


 「お主、一人でいけるのか?」

 「いけるか!じゃなくて、やらなきゃ!でしょ!。それに僕、元の世界じゃ、魔獣討伐の成績上位だし、大丈夫だよ」

 

 すると八尺は、僕の言葉にキッと笑い返した。


 「それなら、任せるかのう」

 「でしたら、これを着用してください」


 ポニテさんは僕に近づくと、僕の左耳に、なにやら小型機器らしいものを装着した。


 「これは…通信機ですか?」


 ポニテさんは、コクりと頷く。


 「はい。すでに稼働状態なので、現状に変化があれば逐一報告してください」

 「あっ、ホントだ!」


 彼女の肉声と機械音声が、重複して聞こえてきた。

 よく見るとポニテさんの左耳にも同じ通信機が取り付けられている。


 「白百合さんもどうぞ」

 「うむ」


 八尺も手渡された通信機を左耳に取り付ける。

 すると、僕の隣にいたテスが、期待に満ちた瞳でポニテさんを見つめている。

 どうやらテスも通信機が欲しいようだ。

 

 「えーっと……」


 ポニテさん。

 すごく困った顔をしてる。

 彼女はどうしようかと悩んでいると、テスの子供のようなワクワクした眼差しに折れてしまい、スッと通信機を手渡した。


 「ど、どーぞ…」

 「わーい!」

  

 テスは通信機をおもちゃだと思っているのだろうか?。

 ポニテさんも甘すぎませんか?


 「では、上は霞紅夜に任せる」

 「カグヤ!気をて着けてね」

 「五分運を!」


 僕はコクリと頷き、すでに顕現させていた異能を両手で掴み、空に向けて掲げた。


 「じゃあ、行ってきます!」


 星屑の能力。

 念動力によって、僕は勢い良く、空高く舞い上がった。

 

 ーー*ーー


 ミスドンを討伐すべく、上空へと飛び去った少年を見上げながら、ポニーテールの精霊は、ついつい思った事を口に漏らす。


 「あれが、奇跡とは異なる異界の力。

  ………なんていうか、地味ですね」

 「地味じゃのう…」

 「地味だけど、カグヤはカッコいいよ!」


 『あのっ、聞こえてるんですけど…。あとテスはありがとう!』


 オンになった通信機から少年の寂々とした声が漏れたが、テス以外、誰も反応を返さない。

 何故なら彼らもまた、数分後に到着する魔恩の群れに対峙しなければならない。

 無駄話している余裕は彼らにも無い。


 「よし、儂らも後衛で準備するかのう。テスよ、儂から離れるなよ」

 「りょ、了解でさぁ!」


 テスは右手をビシッと額に当て、トコトコと八尺の後をついていく。


 そうして、各々が己の役目を果たすために、自身にとって適切な持ち場についた。

 八尺は後衛へ。

 霞紅夜は空へ。

 そして、叶多にいたっては、近距離から中距離の攻撃しかできないにも関わらず、遠距離攻撃をして後退予定の前衛で、形だけの堂々たる勇姿を晒していた。

 ちなみに、叶多は作戦の内容を知らない。

 その場のノリと、最前線という自分が活躍できそうな場所に、とりあえずすっ飛んで来た次第である。


 「来たな」


 叶多の視界にそれは映る。

 おおよそ800メートルの距離。

 森の茂みの中から、魔恩の群れが植物をジュッと腐食させながら、ゾロゾロと姿を現したのだ。

 蠍や狼、そして蛇に蜘蛛型の魔恩。

 どの魔恩も叶多より、一回りも二回りも大きい。

 そんな黒い濁流を前に、叶多は全身を震え上がらせる。

 それは恐怖からの震えではない。

 かつて屈辱を受けた怪物に、ようやく強くなった自分を試せるという、感情の昂りによる武者震いだった。


 「………やってやる」


 ここでまた間抜けな姿を見せて、八尺やキャトンに馬鹿にされるわけにはいかない。

 そう思いながら、叶多は両手に異能を顕現させる。


 「前衛は奇跡を構えろ!私が合図をしたら一斉に放つんだ!」


 ポニーテールの精霊。

 リフルナの合図で、前衛たちは奇跡の射出する準備を始めた。


 まずは祈る。

 自信の想念を高め、奇跡を強力なものとするためのウォーミングアップだ。

 そして、ある者は電撃を溜め、ある者は氷塊を生成し、ある者は土塊を圧縮する。


 ドシンッ!ドシンッ!ドシンッ!


 魔恩の群れが近づくにつれ、脚音が大きくなり、大地を走る振動が徐々に足元へと伝わる。

 迫り来る怪物を前に、誰もが息を呑んだ。

 そして魔恩と前衛の距離が200メートルに到達。

 全ての隊員の奇跡を把握しているリフルナは、一部の精霊の奇跡が射程内に入ったこと目視で認識する。

 その瞬間、彼女は腹の底から声を出した。


 「前衛ーー!放てーー!」


 彼女の言葉と同時に、前衛は一斉に奇跡を射出した。

 赤、白、青、茶、黄。

 様々な軌跡を描きながら、放たれた奇跡は魔恩へと走る。

 

 こうして、魔恩との対決は幕を開けた。

 

 しかし、彼らは思いもしなかっただろう。

 これから現れる異端児イレギュラーの乱入によって、戦局が大きく傾く事を、今の彼らは、まだ知る由もない。


 ーー*ーー


 僕は星屑を両手で掴み、絶賛、空の彼方へと昇っている。


 無限の彼方へ、さぁ行くぞ!だ。


 ふと地上を見下ろすと、黒く蠢く集合体に向かってカラフルな光が走り、そして爆ぜた。

 どうやら地上では、魔恩に対する遠距離攻撃がすでに開始されている。

 

 「やば!急がないと!」


 振り落とされないよう星屑の柄を、さらに力強く握りしめ、飛翔速度を加速させる。

 肌を撫でる感覚が、段々と冷たくなってきた気がする。

 現状、なんとか星屑を握りしめてはいるが、握力も弱くなってきている。

 しかも、上昇中に何度も手を滑らせてしまい、真っ逆さまに落ちている。

 その度に異能を解除、手元に再顕現させては上昇を繰り返しているのだ。

 そのせいで結構なタイムロスをしてしまっている。

 

 『霞紅夜よ。聞こえておるか?地上は戦闘を開始した』

 『あっ…カグ…』

 

 通信機から聞こえる八尺の声に、僕は地上をチラ見する。


 「うん、見えてる。大丈夫?」


 『まだ、前衛の攻撃が続いている。儂ら後衛の出番はもう少し後じゃ。それよりお主の状況はどうじゃ?』

 『おー…………』


 「こっちはもうちょっとで、ミスドンのテリトリーに入るよ」


 『了解した。わかっていると思うが、ミスドンを全て討伐する必要はない。お主は上空で、そのままミスドンの注意を引着付けていればそれで良い』

 『聞……るー……?』


 「分かってる。まぁ今後のためにも、なるべく多く倒しておくよ!」


 僕も自分の役割をちゃんと理解している。

 八尺もそれを分かってか、それ以降、何も言ってくる事はなかった。

 それにしても、八尺との通信に、テスの声が途切れ途切れで入ってきたな。

 声のトーン的に、あの子多分、通信機で遊んでるよ。うん。

 仕方ない、ちょっとだけ付き合ってあげよう。


 「もっしー?テスー?」

 

 『………カグ………?。カグヤ!。やっと繋がった!そっちはどーう?』


 「うん、こっちはすっごく寒いよ」


 『こっちはね~。すっごくあったかいよ!』


 なんだろコレ……。

 他所の天気を中継している、下手なお天気キャスターになった気分だ。

 それにテスの声を聞いたら、なんかホッコリしてきた。

 不安も一切ない。

 

 「アハハハ。地上に戻ったら、あったかいご飯食べたいよ」


 『分かった!じゃあ、今晩のご飯は、カグヤの大好きな温かい干魚にするね』


 えっ?僕、干魚そんなに好きじゃない…。

 たしかに村では、小腹がいたときにかじっていたけど、あれは空腹を紛らわす為だ。

 決して好物というわけじゃない。

 強いて言うなら、僕は肉の方が好きだけど…。

 まぁいいや。

 今晩の主食が干魚だけになるわけないよね。


 「分かった。楽しみにしてるよ。それよりテス。これから少しの間、テスと通信が難しくなる。こちらは、お客さんがお見栄みたいだからね」


 僕は上昇を止め、周囲の様子を伺った。


 「カァァァアアアア」


 同じく、翼を持った怪鳥たちが、僕という活き餌を吟味している。

 怪鳥というよりは、恐竜かな?。

 パッと見、プテラノドンと似た容姿をしている。

 違うところといったら、頭部から突き出た、2本の筒状の丸い角だろう。


 「カアアアァァォァ」


 ミスドンたちは、漆黒の大きな翼を羽ばたかせ、鋭い嘴をカチカチと鳴らしては、僕の周囲を旋回している。

 数はおおよそ30体くらい。

 翼を広げたら優に3~5メートルを越える巨体だが、あまり驚異に感じない。

 なにしろ全身が、肉好きの悪い細身だ。

 デカい図体なら、かえって自由に飛ぶ回ることができないのだろう。

 あの細身なら星屑で一刀両断だ。


 『頑張ってね!』


 僕を勇気付けるテスの声が、通信機から囁かれる。

 その言葉に、自然と笑みが溢れた。

 

 「よし。それじゃ…行こう、星屑!」


 星屑を手放し、僕はそのまま重力に身を任せる。

 その瞬間、ミスドンは翼を折り畳むと、鏃の如き凶器となって、一直線に僕へと迫る。


 「お~にさ~んこ~ちらっとっ!」


 星屑は上から下へと、同じ落下速度で、僕の周囲に螺旋状の軌道を描きながら落ちていく。

 

 「カァァァ」


 鋭いくちばしで大口を開けて、ミスドンは意地汚く僕へと近づく。

 だが星屑の一閃は容赦なく、迫り来るミスドンの細首に刃を突き立てた。


 「打ち取った!」


 その刹那。

 後に続く計6体のミスドンも、瞬く間に首チョンパ。

 怪鳥は断末魔も上げることなく絶命し、地上へと急降下していく。

 その切り口からは、魔恩の恩寵と思われる黒いもやが溢れ、その体は、地上に落ちる前に灰塵かいじんした。


 「もういいかな?」


 残りのミスドンとの間に距離ができた。

 最初の数体が前に出たせいで、出遅れたミスドンたちだ。


 「星屑!」


 猶予ができた間に手元へと星屑を戻し、僕は再び上空へと直行する。


 「はー、手が冷たい!」


 地上へミスドンを向かわせるわけにはいかない。

 僕はこのまま活き餌として、ミスドンの注意を引きつつ、今のパターンで攻撃を続けよう。

 見た目通りの鳥頭なら、アイツらは学習もせずに同じ手段が通じるはずだ。


 そう考えていた時だ。


 「なに……あれ?」


 僕と同じくらいの標高。

 距離は遠すぎてわからない。

 たが、遠すぎてわからないにも関わらず、僕にはが見えてしまった。


 巨大な何かが…近づいている?。

 速い…すごく速い。

 もし新手の魔恩だとしたら、戦局が大きく変わってしまう。

 地上の人たちに伝えないと!。


 「八尺!ポニテさん!緊急事態!。

  魔恩かどうかは分からないけど、馬鹿デカイ何かがこっちに向かって全速力で近づいて来てる!」


 『なんじゃと!』

 『本当ですか?』

 『なになにー?』


 愕然としている二人に混ざって、場の空気にそぐわない、テスの面白そうな声が入った。

 彼女の様子からすると、まだ前衛の遠距離攻撃か続いているのだろう。

 でなきゃテスから、余裕そうな声が漏れるわけない。

 ひとまず、地上の現状については安心だ。


 「カアアアア!」


 おっといけない。

 未だに僕は、お尻を狙われている危機的状況だった。

 とりあえず今は、目の前の事に集中しよう。


 そうして僕は、上昇するのを一旦停止し、再び重力に身を任せた。


 「行けっ!星屑っ!」 


 僕のすぐ後ろを飛行していた数体のミスドンを、ほんの僅かな時間でスパスパと捌いていく。

 首の無いミスドンと並行しながら、僕は真っ逆さまに落ちていった。

 すると、息絶えたお隣さんは、ボオッと黒く淀んだ塵となって消滅。

 それを横目で確認した僕は、星屑を手元にシュタッと戻して、緩やかに上昇を再開した。

  

 ふっ、それにしても汚い花火だったぜ…。

 いや、ホントに汚なかったな。うん。

 魔恩ってたしか不浄の気を体から放ってるんだっけか?。

 澱んで見えのも、それの影響かな…。

 それにしても、スカイダイビングって結構楽しいかも!。

 決めた!

 たまにはこうやって遊ぶことにしよう。


 「ひゃっはー!」


 唐突ながら、僕は新たな趣味に目覚めたようだ。

 空へ昇るのではなく、落下する方が好き。

 遥か上空から、重力に身を任せるあの感覚。

 ひんやりとした空気が勢いよく僕を包み込み、世界が僕を必要としている…僕を取り戻そうとしているんだと思うと、ちょっとだけ優越感を感じられたからだ。


 「行くよ。星屑」


 今度はさっきよりも高みを目指した。

 全身にのし掛かる重力の本流に抗いながら、速度を上げ、気高く舞い上がる。

 空気もまた一段と冷たくなり、ズキズキと肌を刺してくる。

 目もシバシバしてきた。

 ゴーグルを持ってくれば良かったと、今更ながら後悔したが、まぁいいやと、考えるのを止めた。

 

 「カアアァァァァ」

 「アアアアアアア」

 「カアアアカアアア」

 

 未知の感覚に胸の高鳴らせていると、煩わしい鳴き声で、ミスドンたちが水を差す。

 どうやら生存している全てのミスドンが僕に食いつこうと躍起になっている。

 えっと数は…20体くらい?

 高度は?…大丈夫。

 基地があんなにも小さく見えるから、それだけ落下し続けられる。

 その間に、このフェーズで全てのミスドンの首を取る!。

 正体不明の存在も近付いてきてるから、急がなければ。

 さぁ、楽しい時間はもうおしまいだ。


 刹那。

 僕は星屑をスッと手放し、ミスドンの待ち受ける巣窟へと深く潜り込む。

 スリル満点。

 最後のスカイダイビングの始まりだ。


 「敵影ターゲット標的固定ロックオン


 これは僕の本気。

 

 右手の人差し指と中指で、銃口を定めるように、近くの怪鳥に標準を合わせる。

 その近くいる怪鳥にも目視で捕捉。

 次も捕捉。その次も。さらに次も捕捉した。

 それを繰り返して、全て怪鳥を辿り、自分にしか見えない一本の軌跡を構築した。

 あとはその軌跡に沿って、星屑をぶちかます。


 「星屑スターダスト射出ファイヤ!」

 

 その言葉と同時。

 空から放たれた一筋の刃が、落雷の如き神速で僕を追い抜いた。


 「1体ワン撃破ダウン


 一体目のミスドンの首が飛んだ。

 そいつは胴が離れたことを気付かぬままに、口をパクパクとさせてながら瞬く間に落ちていく。

 だが、休んでいる暇はない。

 お客様たちは列を成しているんだ。

 次のおもてなしをしなくては…。

 

 ザッシュンッ!

 

 続け様にもう一体の首が飛ぶ。

 星屑は、僕の思い描いた軌跡を辿り、新たに優美な軌跡を残していく。

 その一閃に迷いはない。

 なにしろこの躬行きゅうこうは、今までやってきたことと同じこと。

 この世界に来たときも。

 来る前もずっとやってきた。

 僕にとっては、なんら変わらないルーティーン作業だ。


 シュッカッ!


 さらに一体、星屑の錆になった。

 しかし、星屑の閃光は止まることを知らない。

 

 「5体ファイブ6体シックス7体セブン8体エイト9体ナイン10体テン11体イレブン撃破ダウン!」


 切る。斬る。る。る。る。kill。


 星屑の絶え間ない斬撃で、空を舞う黒いシルエットが、瞬く間に数を減らしていく。

 すると、撃破数が半分に差しかかったところで、ミスドンの様子が一変した。


 「うわキモっ!」


 なにやら頭部をガクガクと震わせ、面白おかしな挙動を始めた。

 

 何これ…威嚇?

 それにしたって、今更じゃないか?

 まぁあれだ、敵さんの悪あがきだろう。

 今更ミスドンが何をしようと、どうしたってもう遅い。


 「星屑スターダスト…って、うそお!」


 すかさず星屑で敵を捕えようとした。


 その時。


 ミスドンの筒状の角から、大量の黒い靄がモクモクと噴出しだした。

 これは、話に聞いていたミスドンの煙幕とやらだろう。

 僕は瞬く間に煙幕に呑まれ、周囲の状況が分からなくなってしまった。


 「やばいやばいやばいやばい!くっさっ!」


 なにも見えない。

 あと臭い。

 これじゃ、ミスドンの様子が分からない。

 ミスドンからこっちが見えていない…なんてことはないよね。

 自分も黒煙で見えなくなる…なんて、馬鹿な生物はいないだろう。

 サーモグラフィ。

 あるいは別の方法で、きっと僕が見えているはずだ。

 

 うん。撤退だ。


 戦略的にも明らかに不利な状況。

 僕は異能を一旦解き、再度手元に顕現させて急降下を開始。

 それと同時に、地上のいる八尺に撤退の報告をする。


 「もしもし?やさ…」

 『霞紅夜!撤退しろ!』


 空の状況を把握していたのだろうか。

 八尺との通信が被ってしまった。

 

 「あっ、うん。丁度撤退報告するところだったんだ」


 『そんことより急げ!早急に戻ってこい!』


 なにやら八尺の声色から、青ざめるような焦りを感じだ。

 そんな彼の様子に不安になった僕は、冷や汗を滴しながら、通信機に呼び掛ける。


 「八尺、空の状況が分かってるの?そっちはどういう状況?。テスは無事なの?」


 『地上は無事じゃ!そんなことよりお主の方が危ない状況なのじゃぞ!なりふり構わず全速力で地上に戻れ!消し炭になるぞ!』


 「それって……」


 『天災が来るよ!カグヤ!急いで!』


 通信機の向こうから、テスまでもが慌てた様子で、帰還を促してきた。

 

 天災?。

 不穏な言葉だ。

 なにかは分からないけど、これは急いだ方がよさそうだ。


 僕は降下速度を上げて、全速力で空を突っ切っる。

 

 「カァァァアアアア」


 後方からミスドンの鳴き声が聞こえる。

 黒煙で様子は分からないけれど、僕を逃がすまいと、死に物狂いで追って来ているんだろう。

 でもさようなら。

 逃げるが勝ちよってやつだ。


 「やった抜けた!」


 真っ暗闇だった視界に突如、光が灯り、彩りがつく。

 ミスドンの黒煙から抜けたのだ。


 「ん?今なんか…」


 黒煙を抜けた瞬間。

 巨大な何かと、すれ違った気がする。

 気のせいかな?。

 

 と思った矢先。


 「ガオオオオオオオオ!」


 空を揺さぶるほどの雄叫びが、黒煙内から轟いた。

 ミスドンの鳴き声じゃない。

 明らかに別存在の咆哮だ。


 ふと気になり、僕がさっきまでいた、上空の黒煙へと視線を向ける。


 「あーこれまずい、急いだ方が良さそう」


 気がつけば、黒煙はまるで積乱雲のように変わり果てていた。

 黒煙の中からは、雷光がバリバリとほとばしり、あらゆるものを寄せ付けない、圧倒的な存在感を放っている。

 速く離れないと、感電死してしまいそうだ。

 

 『カグヤ!危ない!』


 通信機の奥から、テスの絶叫にも近い声が響いた。

 その時。


 バチバチバチバチ


 上空に控える黒煙が、また一段と強く瞬く。

 そして……。


 ヴァシャアアアアアアア!


 目に焼き付くほどの強烈な光が、黒々とした空を飲み込んだ。

 その衝撃は凄まじく、一瞬にして黒煙は霧散し、空を降下する僕をハエ叩きのように打ちつける。


 「とわぅ!」


 星屑から手が離れ、クルクルと空を落下する。


 「あーーーれーーー!ほーーしーーくーーずーー!」


 不安定になりながらも、僕は星屑を手元に呼び戻し、ゆっくりと安定させなが、飛翔速度を落とした。

 そして、何が起こったのか分からなかった僕は、そのまま降下しつつ、空を警視した。


 そこには、プラズマのような紫色のバチバチとした光が脈打ち、新たな太陽のように、晴れ渡る大空に君臨していた。


 黒煙を消し飛ばしたのも、きっとあれに違いない。

 魔恩の姿も消えている。

 爆発に巻き込まれたのだろう。

 

 「ガオオオオオオオオー!」

 「えっなに?」


 またも、清々しい青い空に、雄々しい咆哮が轟いた。

 すると、紫色の太陽は、徐々にチリチリと消え去っり、中から大きな巨体をした、とんでもねーものが現れた。


 「黄金のドラゴン!?」


 巨大な胴体に逞しいたくましい四本の足。

 その巨体を空に持ち上げている、果てしない大きさの翼。

 野太くもしなやかな長い尾に、ずっしりとし首の先には6本の角を生やした凶悪な頭部がある。

 一言で表すなら、THEドラゴン。


 だが、そのドラゴンの肌は普通じゃない。

 普通、ゲームとかで見るドラゴンと言ったら、うろこを纏っているはずなのだが、このドラゴンは全く違う形容し難い肌をしている。

 

 ドラゴンは、大地を纏っていた。

 嵐を纏っていた。

 炎を纏っていた。

 稲妻を纏っていた。

 ひょうを纏っていた。

 波を纏っていた。


 そう、表現する事しかできなかった。

 黒くないし…魔恩じゃないよね?。


 『カグヤや無事?返事して!』

 『霞紅夜!返事をするのじゃ!』


 通信機から、テスと八尺の心配する声が聞こえていた。

 僕はそれに返事をした。


 「あっ、こっちは大丈夫。もうちょっとしたら地上につくよ」


 『良かったー。今の爆発でこんがり焼けちゃたかと思ったよ』


 テスは安堵しながら、冗談を交えた。

 うん、一歩遅かったら、マジでそうなってたと思う。


 「それにしても、あの空のドラゴンはなに?」


 『ドラゴン?』

 『カグヤ?ドラゴンってなに?』


 「えっ?」


 どうやらこの世界、ドラゴンという言葉が伝わらないようだ。


 「いや、あれだよ、あれ!。いま魔恩を蹴散らした、空を飛んでる巨大な生物!」


 すると、鼻を高くしているであろう、テスの自慢するような声が耳に響いた。


 『えー?カグヤ知らないのー?神霊だよ。し、ん、れ、い!」


 ちょっと腹立つ…。


 神霊。

 たしかノインさんから聞いたような気がする。

 たしか精霊の神、ノトスが創造したとされる神の子だ。


 『あれは神霊、天災のアンフィリタスじゃ』


 テスの話に追記するように八尺が喋りだした。


 「アンフィリタス…」


 僕が知ってるのは、神聖のエディンエイデンだけだ。

 なんか神霊って中二心を煽る、カッコイイ名前をしてるんだね。


 「あれが天災のアンフィリタス」


 初めてお目に掛かる神霊。

 まさに竜神という言葉が相応しい姿だ。

 だが、協力な助っ人が現れた事は、すごく心強いのだが…。

 なんか良いとこ取りされた感が、否めないなー。

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