襲撃

 ムニャムニャと、重たい体をノッソリと起こしたテスは、開口一番。


 「ん~、臭い!。なんか変な臭いがする!」


 すでに起床していた僕は、ギクリと彼女の方へと振り返る。


 「お、おはよう。テス」

 「おはよう。ねぇ、カグヤ。このにおい、何処どこから漂ってるか分かる?」


 テスはそう言うと、鼻をスンスンと引き着かせて、犬のように周辺を嗅ぎ回る。

 そんな彼女の行動に、僕は冷や汗が止まらなくなった。

 というのも昨晩。

 ノインさんの甘言にたぶらかされ、いろいろ期待していたものだから、僕の溜まりに溜まった欲求が爆発寸前にまで達していたんだ。

 そして、ダメだと分かっていながらも、僕は辛抱溜まらずに、自慰行為に手を染めてしまったわけだ。

 純真無垢な少女が隣で眠っているという背徳感。

 そして、僕をもてあそんだんだノインさんを、妄想の中で、ひいこら言わせてやりましたぜぇ。


 ……ふぅ……。


 焦らされた反動だろうか…。

 メチャクチャ気持ちよかったです。


 しかし、テスが嗅ぎ回ってるこの現状。

 どうやって誤魔化そうか。

 ここは嘘と真実を交えながら、なに食わぬ顔をしよう。

 変に誤魔化すと、墓穴を掘るかも知れない。


 「テス、臭いの元。たぶんゴミ箱からだよ」

 「どれどれ」


 なんでにおうって言いながらぎに行くのさ。

 臭いフェチなの?。


 「ホントだ、臭い!。ゴミ?……ゴミだ!コレ生ゴミの臭いだよ!」

 「ゴミ箱……ですから……」


 そんな、ゴミゴミ言わないで……。

 僕……泣いちゃう……。


 「なんのゴミだろ?」


 テスはそう言って、ゴミ箱の奥に君臨している、湿ったティッシュの塊に手を伸ばそうとした。


 「ちょ!、なにやってるの!。バッチいからダメ!。そんなのいいから、早く支度しよっ!、今日は八尺と叶多先輩も一緒に遊んで、村まで見送ってくれることになったから!」

 「ホント!わ~い」


 すると彼女は跳び跳ねて、少ない荷物を大急ぎでまとめ始めた。


 あっぶねー!。

 なに考えてんのあの娘!。

 まさかゴミ箱に手を突っ込もうとするなんて…。

 好奇心旺盛にも程があるだろ!。


 ー


 支度を済ませ、みんなと朝食をとった後。

 僕とテス、そして八尺と叶多先輩は聖都の広間へと乗り出した。

 そういえば、ノインさんの姿が見当たらない。

 そう思って、八尺に聞いてみたんだけど、どうやら昨晩、あのままエンバーさんと帰ったらしい。


 なんだよ、なにも言わずに去っていくなんて寂しいじゃないか。

 まぁ、賢者タイムの僕は、彼女に合わせる顔がありません。

 罪悪感が凄いです。

 もう二度としません。

 多分!。


 「そういえば霞紅夜よ。お主、浄化部隊エイシスくみしたそうじゃな」

 「えっ……?」

 「マジっ!」


 驚いたテスと叶多先輩が、真ん丸に開いた瞳を同時に僕に向ける。


 「う、うん。本当だよ」


 僕がそう言った瞬間、テスの明るい表情は、瞬く間に陰りを見せた。


 「はっはっはっ、じゃあお前も、これからは地獄の訓練が……」

 「あっ、僕はこれまで通りの生活を送ることになってるので、訓練には参加しませんし、ここには残らないですよ」

 「なんで!俺と大愚が違いすぎねえか!?」

 

 叶多先輩が嘆いている中。

 テスは安堵した様子で、下を向いたまま小さく囁いた。


 「そう、よかった」


 もしかしてテスは、僕が浄化部隊エイシスに所属したから、ここに残ると思ったのかな?。

 しまった。

 こういうのは、事前に言っておくべきだった。

 テスを不安にさせるなんて……。

 これは僕の失態だ。


 「テス、言うのが遅くなってごめんね」

 「ううん。カグヤにはカグヤの考えがあるんだし、私は気にしてないよ」


 彼女はそう言ってくれたけど、なんだかぎこちない気がする。

 これは後で、彼女が喜ぶような埋め合わせをしなければいけないな。


 ー


 その後も、残った時間で聖都の街並みを、片っ端から見て回り、気がつけばお昼を優に越えていた。

 名残惜しいけど、僕とテスは村に帰らなければならない。

 エンバーさんは多忙らしく、見送りには来れないそうだ。

 エンバーさんと行動を共にしている、ノインさんも同様。

 最後にお礼くらい言いたかったんだけど、多忙なら仕方ないね。

 さすがは、浄化部隊エイシスの隊長さんの一人。

 こんな僕らの為に、時間を割いて頂き、誠にありがとうございました。

 ところで、ノインさんは結局、なにをしてる人なの?。

 メイドってことでいいのかな?。


 「おい霞紅夜、お主なにをしている!。次の跳躍に遅れるぞ」

 「ごめん八尺。いま行くよ」


 八坂と叶多先輩は、僕たちの村までボディガードをしてくれるそうだ。

 一名を除いて、なんと心強い。


 ちなみに、村に帰還する方法は、来たときとは逆の手順を踏むだけ。

 今回は、異なる施設を経由するらしいけど、特に違いは無いそうだ。


 現在、僕たちは聖都の跳躍施設に訪れ、跳躍の順番を、いまかいまかと待っている。

 

 『第13前哨基地へ跳躍するお客様、第6番跳躍ポータルにお進みください』


 「儂らの番じゃな。よし、お前たち、着いてこい」


 正直、アナウンスがなにを言っているのかほとんど分からない。

 ので、ここで一番聖都に詳しい八尺の指示に従い、アヒルの子供のように、彼の後ろをトコトコと追いかけた。

 そして、たどり着いた跳躍ポータル。

 ここも、聖都に跳躍するときと似たような施設になっている。

 

 「へぇ、跳躍設備って野外にあるんだな。意外と広いし、なんてこたぁないな」


 はは~ん。

 さては叶多先輩……跳躍初めてだな~。


 「叶多先輩!跳躍するとき、絶対に動いちゃダメですよ。体が裂けちゃいますからね!」

 「え?マジで!」

 「そうだよ叶多!せっかく友達になれたのに、一人だけ真っ赤な水溜まりになるなんて、私嫌だからね!」

 「なにそれ怖い!」


 さすがは、テス。

 人の怖がらせ方を分かってらっしゃる。

 というかテスって、意外と人を怖がらせるの好きだよね。


 それから叶多先輩は、跳躍ポータルの中心でピクリとも動かなくなった。

 そんな彼を、八尺は呆れ顔で見ていた。

 

 「なにをやっておるんじゃ叶多は……すまーんっ!跳躍を開始してくれ」


 八尺は手を振りながら、職員に合図を送ると、一人の職員が「了解」と手を振り返し、跳躍設備のレバー引いた。


 ガコン!


 その瞬間。

 地面から射した強烈な光が、僕たちを包み込んだ。


 ーー*ーー


 光は収束し、見覚えのある景色が僕の視界に写り込む。

 たしかここは、聖都に跳躍する際に訪れた、前哨基地の跳躍施設。

 どうやら無事、跳躍が完了したようだ。


 「叶多先輩!血が!」

 「嘘!」

 「出てません!」

 「霞紅夜テメぇ、マジでいい加減にしろ!」

 「イタタタタタ!痛い!アイアンクローやめて!ごめんなさい!あっ、ちょ、待って!奇跡はずるい!やめ、あばばぼぼびぼば!」


 アイアンクローからの電撃という二連撃をもろに受け、焼け焦げた匂いを漂わせながら、僕はその場にドスンと膝を着いた。


 「あははは、カグヤまっ黒焦げー!」

 「すごいヒリビリする。雷に打たれるって、こんな感じなのかな……」


 これも、人をからかい過ぎた天罰か……。

 甘んじてアイアンクローは受け入れたけど、電撃はオーバーキル過ぎない?。


 「ん…?」


 ここでふと、空を見ていた僕は、とある違和感を感じた。

 

 「空が……暗い…」


 雨でも降るのかな?。

 でもあの雲…なんかおかしいような…。

 

 「おい…八尺。なんか変じゃねぇか?。

  それともこれが、ここの普通か?」


 どうやら叶多先輩も、空の違和感に気づいたようだ。

 八尺もまた空を見上げ、その不自然さから、自身の刀に手を伸ばす。


 その瞬間。

 頭に響くサイレン音が、絶え間なく施設に轟いた。


 「えっ!なに!?」


 『緊急警報!緊急警報!

  コードブラック!

  総員、直ちに戦闘配備に着け!。

  繰り返す。

  コードブラック!。

  総員、直ちに戦闘配備に着け!』


 う~ん。

 なにやら嫌な予感。


 「ねぇ八尺…コードブラックってなに?」


 僕は不安を押し殺しながら、八尺に向き直って尋ねた。

 そんな彼の表情からは、いつもの余裕が一切感じられない。


 「コードブラック…。今ここに、魔恩の群れが近付いている」

 「なんだって!」


 つまり、今からここは戦地になる。

 しかし、ここは浄化部隊エイシスの基地のひとつだだ。

 たとえ前哨基地と言っても、こうなることは想定されているはずだ。

 それに、部隊の人たちは、ほとんどが精霊だと聞く。

 つまり、一人一人が奇跡の力を行使出来るわけだ。

 これで安心!一件落着!。

 だからって僕は、なにもしないわけにもいかない。


 「どうすんだよ八尺!」

 「無論、戦う」

 「嘘だろ!」

 「当然じゃろ!儂らも浄化部隊エイシスの隊員じゃ!。偶々たまたまとはいえ加勢するぞ。それに叶多…新米はやる気満々だぞ」

 「ん?僕?」


 右手に星屑を携えた僕を見て、愕然とする叶多先輩。


 「ひょっとして、叶多先輩…戦闘初めて?」

 「言ってやるな霞紅夜よ。そ奴はこう見えて、この世界に来た時は、魔恩に勇敢に立ち向かっておったぞ。なぁ、叶多」


 なにやら八尺はニヤニヤとしながら、叶多先輩をやけに立てている。

 対して叶多先輩は、顔を真っ赤にして、誤魔化すように槍を振り回している。


 「と、当然だ、今回もやってやるぜ!うおおおおお!」


 そう言うと彼は、我先にと駆けて出した。


 「で?八尺。実際はどうだったの?」

 「魔恩を前に腰を抜かして、懸命に槍を放り回しておったわ」

 

 あー、それは恥ずかしい。

 叶多先輩は、その黒歴史を知られたくなかったのね。

 

 「お主は平気なのか?」

 「うん。むしろ怪物退治は得意まであるかな。ほら、僕の世界には異能があるって言ったでしょ。それって人間意外の生物も覚醒するから、魔獣化した生物との戦闘は日常茶飯事だったんだよ」

 「なんじゃ。異能を扱うのは人間にとどまらんのか!?。面白い世界じゃのう」

 

 すると、鼻息を荒くしたテスが、僕と八尺の間に割って入ってきた。


 「ねぇ、カグヤ!私どうすればいい?。

  ここは水もあんまりないし、オーブも持って来てないから、わたし役立たずだ!」

 

 はい。

 正直でよろしい。


 「うん。テスは僕か八尺の後ろで、邪魔にならないように隠れてて」

 「わかった」

 「八尺もそれでいい?」

 「ああ、構わぬ。ここは見晴らしの良い野外施設が多いいからのぅ。どこかに隠れるより。近くにいた方が守りやすい」


 やるべきことは決まった。

 後は、魔恩の群れが、どの規模になるか見ておきたい。

 敵情の把握は、戦いの基本。

 早い段階で知れるかどうかで、戦況は大きく変わってくる。


 「よし。僕たちも、叶多先輩を追いかけよう!」

 

 そうして僕たちは急遽、村への帰還を後回しにして、基地の加勢をすることとなった。 

 

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