勧誘

 「いやすまない。待たせたね」

 「いえ、大丈夫です」


 灰紫色の機械装甲を纏った人物。

 エンバーさんが客室に姿を見せると、ちゃぶ台を挟んだ、僕の向かいにある座布団の上に、スッと腰を下ろす。


 左右に傾くことのない、筋の通った美しい正座だ。

 そして、何故か彼の後ろには、ノインさんもいる。

 それに、なにやら空気が重い。

 これはきっと、とんでもない話を持ってきたに違いない。

 

 「だが断るっ!」

 「いや…私はまだなにも言っていないんだが…」

 「すいません…。緊張しすぎて、一度は言ってみたいセリフランキング、第8位を口走っていました……。それでエンバーさん、お話というのは……?」


 エンバーさんは一呼吸置くと、ちゃぶ台の上に一枚の書類を差し出した。

 え~とっ、なになに…。

 浄化部隊エイシス所属手続き?


 「うむ…霞紅夜君、単刀直入に言おう。キミ…浄化部隊エイシスに所属しないか?」

 「だが、やっぱり断る!」


 エンバーさんの言葉に、僕は即答で返事をする。


 これって、浄化部隊エイシスの勧誘!?。

 冗談じゃない!。

 学校でも馬鹿みたいに、異能を行使した戦闘訓練をやらされたのに、別の世界に来てまで戦闘なんてやりたくない!。

 ああやだ!。

 思い出したくもない悪夢が蘇っちゃう!。

 僕の学年の訓練を担当していた、あのブロンドのドS鬼畜美人教官!。

 僕が訓練で息も絶え絶えに苦しんでる姿を見ては、いつも恍惚としてた表情を浮かべてたのを、いまでも覚えている。

 エムっけがある僕でも、さすがにあの頃に戻りたくない!。


 それに、もし入隊なんてしてみろ。

 『やった~後輩だー』とか、『ひっひっひっ、あの時の恨み…死ね!』とか!。

 あの馬鹿二人に、ぼろ雑巾のようにこき使われるに決まってる。

 っていうか、絶対そうなる!。


 それに僕は……。


 「霞紅夜君。理由を聞いても?」


 鎧越しに、僕はエンバーさんと視線を合わせ、堂々と言い放つ。

 

 「テスをまた、一人ぼっちにしたくありません!」


 すると、背後に控えていたノインさんがクスッと微笑み、エンバーさんは大きく咳払いをした。


 「ああ、すまない。私の説明不足だ。キミはこれまで通り、テス君と一緒に生活してくれて構わない」

 「ん?どういうことです?」


 組織に所属するということは、実質的に社会人になるのと動議…。

 だと…僕は思っている。

 なのに、浄化部隊エイシス所属しても、働かなくていいと…そういうことでオケ?

 

 「簡単に言うと、霞紅夜君のような異能という未知の力を持った強力な人材を、いまのうちに浄化部隊エイシスで囲っておきたいんだ。現状、叶多君と違って、霞紅夜君はどこにも所属していない野良の異世界人だ」

 「あの、野良だとなにか問題が?」

 「これはもしもの話なのだが、キミが問題を起こした…あるいは問題に巻き込まれた際に、他国が絡んで来るとなると、聖都に属している私たちは、状況によって君を助けることができない」


 なるほど。

 広大な異界の大地で生活をしているとはいえ、僕は所詮、異世界人。

 聖都の住人ではないのだ。

 もし他国間の争いに僕が撒き込まれても、聖都が助けに来ることは難しいということだ。

 もし仮に、エンバーさんが助けに来てくれたとしよう。

 浄化部隊エイシスに所属する彼が、他国間のいざこざに介入してしまうとなると、それは新たな問題が生じることとなる。

 つまり、浄化部隊に所属さえしていれば、聖都という国が、僕の後ろ盾になってくれる。

 いざという時に、聖都が守ってくれるというわけだ。


 テスと生活を共にしている僕としては、彼女にまで危険が及ぶようなリスクは避けたい。

 ここはテスのために、素直に浄化部隊に所属すべきか…。

 

 「それともうひとつ理由がある。霞紅夜君が先日、暴発させてしまったというオーブの件だ」

 「あの大きな結界を張ったオーブのことですか?」


 エンバーさんはコクリと頷く。

 

 「あのオーブは訳あって、希少な上に、とてつもなく高価なものなのだが……その話は一旦置いておこう。重要なのは、キミがオーブを使用して、大規模の奇跡を行使した、ということだ」


 ん?、じゃあオーブの恩寵が溢れたのは正常なの?。

 それにしては、テスがオーブを使った時と、僕が使った時とでは、だいぶオーブの反応が違ってたけど……。


 「おそらく霞紅夜君は、オーブとの感応力がとてつもなく高い」

 「感応力?」


 すると、エンバーさんの背後に控えていたノインさんが、ちゃぶ台の上に二枚の布地を敷き、さらにその上に、二種類のオーブを置いた。

 ひとつは、市販で売られているオーブだ。

 外装には、そのオーブの品名と効果が記載されているのと同時に、オシャレな模様の塗装が施されている。

 対して内側には、無色透明な恩寵が、炎のように揺らめいている。

 たしか、市販で売られている恩寵は、全てが人工物だという話だ。


 そして、もうひとつあるのはキラキラと煌めく黄色いオーブ。

 正確には、黄色く見えるのは中の恩寵で、外装は透明な水晶体だ。

 これは多分、村で使用した結界を張るオーブと全く同じもの。

 つまり、精霊の恩寵を閉じ込めているオーブだ。


 ていうかこの黄色いオーブ。コレ……お高いんでしょ?。

 そんなものを、ポンポンと人前に出していいの?。


 ノインさんは、手の平でオーブをひとつずつ指し示し、僕にもわかりやすく説明していく。


 「霞紅夜様から見て、左手にあるのが市販のオーブ。右手にあるのが魔恩などの戦闘で扱っている特別なオーブです。こちらは、市販のオーブと区別するために、使えば一度で壊れてしまうことから、結晶弾バレッドなどと呼ばれる事もありますが、基本的には魂流石マフナオーブと呼ばれるほうが多いいですね」

 「へ~~」


 厨二感をくすぐられる別称だ。

 特に結晶弾バレッドという響き…。

 氷結結晶弾バレッド。獄炎結晶弾バレッド。雷鳴結晶弾バレッド…………。いろんな呼び名があるんだろう。

 ……カッコいいじゃない……。


 「あれ?」

 

 ここでふと、あるとこに気づいた。

 

 「以前使った時は気づかなかったけど、この結晶弾バレッド。文字が刻まれてますね。えっと、『神聖のエディンエイデン』?」

 

 品名…ではない…。

 これは…恩寵の持ち主の名前か?。


 「これは、恩寵を提供してくださった精霊の名前ですの。魂流石マフナオーブには奇跡の詳細と一緒に、恩寵の持ち主の名前も刻まれているんです。しかも!、この恩寵の持ち主は、ただの精霊ではございません。この世に僅かにしか残っていない、精霊の上位存在。神霊の一柱の恩寵なのです!」

 「神霊?」


 精霊の上位存在?。

 この世界にはそんなのもいるのか。

 まぁ異世界には、亜人の長命種もいるんだし、この程度で驚く僕じゃない。 


 「神霊とは、いまはき、私たち精霊の神…『ノトス』によって、この世の事象、概念、万象を根源に創造された、心を持った被造物。簡単に言うと、神の子です」

 「神?、えっ?、この世界、神様がいたんですか!?」


 かみ……神!……ゴッド!。

 オーマイゴッド!。

 僕の世界にも、確かに神話は残ってる。

 ゼウス。オーディン。クテュルフ神話。

 だけど、その神々が、ちゃんと実在したかなんて分からない。

 いわば空想の産物だ。

 しかし、ノインさんの話からして、ノトスと呼ばれる神の子……神霊とやらは、今も生きているだろう。

 すなわち、神霊は生ける伝説。

 神霊、一体何歳なんだろう。


 「話が脱線してしまいましたが、魂流石マフナオーブは、恩寵の持ち主の意思が、残留しています」

 「思願のようなものですか?」

 「いいえ、これは想念になりますね。恩寵は魂の雫のようなもので、微弱ですが恩寵の抽出した当時の、思念が残るんですの」

 「じゃあ、僕の想念と魂流石マフナオーブに残留していた想念が、共鳴リンクしたってことですか?」

 「そうなりますね。ただ……」


 すると、これまで黙っていたエンバーさんが、ちゃぶ台の上に置かれた魂流石マフナオーブを手にとると、訝しげに口を開く。


 「さっきも言ったが、霞紅夜君と魂流石マフナオーブの感応力が高すぎるんだ。テス君も、感応力はかなり高いほうなのだが、霞紅夜君の感応力は、それを優に越えている。もし他の魂流石マフナオーブでも、同じ出力で奇跡を行使できるのなら、キミの存在は浄化部隊エイシスにとって、とても重要な人材になる。キミが浄化部隊エイシスに所属したら、やってもらいたいことはみっつだけだ。ひとつは、ステラ村で魔恩の活動に活発化が見られれば、すぐに報告する事。次に、その活発化が見られた際、その時の状況によって、魔恩の調査と討伐をしてもらいたい。この時は我々も人員を送るので、どっしり構えていてくれ。最後にキミの魂流石マフナオーブの感応力がどれくらいなものか、他のオーブでもテストさせて欲しいんだ」


 関係ないけど、テスの村ってステラ村って言うんだ。

 初めて知ったよ…。

 

 そんな事より、エンバーさんの話だ。

 彼の話を簡単にまとめると、実質的には、僕がやるべき事はふたつだ。

 ひとつ目は、ステラ村周辺のパトロールだけど、あそこは魔恩を見かけるのなんて稀だし、たとえ来たとしてもテスは魔恩の迎撃には慣れっ子だ。

 それに、僕も魔恩を倒したことがある。

 異常時の調査なんて滅多なことがないと、しないだろう。


 もうひとつは、魂流石マフナオーブの感応力を測るテスト。

 人前でオーブを行使するだけの、簡単な測定になると思う。


 「どうだろう、霞紅夜君。この話は一度持ち帰って、後日返答してもらっても構わないが」

 「いえ、もう答えは出ました」


 テスとの生活では、ほぼ役立たずな僕だけど、でもここで、僕が仕事をして僅かながら生活費を稼げれば、多少はテスの力になれるかもしれない。


 あれっ?。

 これって新婚の夫婦みたいじゃない?。

 なんか燃えてきた。


 「僕、浄化部隊エイシスに所属します!」

 「おっ、おう。そうか。急にやる気を出してくれたね…」

 「でしたら霞紅夜様。こちらにサインを」


 ノインさんに渡されたペンを受け取り、僕は躊躇なく書類に署名した。

 

 ふっふっふっ。

 これで僕も、魔恩から世界を守護する、正義の守り人の一人。

 これから名をあげて、ビッグになってやりますぜぇ。

 

 「ふふっ、よかったですわね。エンバー様。これで、プランBを使う必要もありません」

 「またか……」

 「ん?、ノインさん。プランBとは?」


 彼女は不適な笑みを浮かべて、小さな数枚の紙切れを僕に手渡した。


 「なにこれ…レシート?」

 

 ノインさんから受け取ったのは、僕が日中に買い漁った、書物の領収書だ。

 それだけじゃない。

 昼食に食べた高級料理店の領収書もあれば、山程買ったオーブの領収書もある。

 他にも、今後の生活必需品、私服などを、購入した際の領収書も出てきた。

 そして、『28万クオーツ』と記載された、これらを合計した請求書が、山積みになった領収書の下から、ひょっこりと顔を出した。


 「あの…これ…まさか…」

 「はい、もし断られたりしたら、これまでの支払い代金を盾に、強引に勧誘するつもりでした。叶多様の時のように……」


 テヘッと、ノインさんは悪びれる様子もなく、自信の悪行を下呂していく。

 ていうか、叶多先輩……。

 まんまとこの悪徳勧誘に嵌まったんだ…。

 

 はっ!。

 じゃあ、体で払って貰うっていうのは、浄化部隊エイシスに入って労働して、返して貰うってことだったのか!。

 チクショウ!。

 てっきり、そのまんまの意味だと思ってたのに!。

 僕の男の子をもてあそんだんだね!。

 許さん!後でおぼえてろ!。

 妄想の中でドエロいことしてやるからな!。


 「ノイン…またお前は…」

 「ふふっ。これは、もしもの時の保険です。あっ、すでにこちらで支払っておりますので、霞紅夜様はお気になさらず」


 ひょっとしてノインさんって、結構腹黒なのか?。

 僕、疑心暗鬼になりそう…。

 これじゃあ僕が、浄化部隊エイシスに入る事が、決まっていたみたいじゃないか。

 僕はノインさんの手の平で、ムーンウォークさせられてたなんて。


 「さて、私たちは、ここらでおいとましよう。霞紅夜君たちも今日は疲れただろう。後はゆっくり休むといい」

 「エンバーさん。今日はいろいろありがとうございました」

 「なに、大したことはしていないよ。明日も短い時間だか、聖都を楽しんでくれ」


 エンバーさんはそう言うと、客間から出てっていった。

 それに続いて、ノインさんも彼の後ろをついていく。

 すると、シエさんが入れ替りで客間に姿を現した。


 「うわっ!ビックリした!」


 シエさん。

 気配を感じさせないし、音すら立てないから、いきなり出てくるとビックリするんだよな。


 「霞紅夜様。就寝の準備が出来ました。今日はこのまま、お休みになられますか?」


 そうだなあ。

 今日はいろいろあったし、エンバーさんのプレッシャー面接で、ドッと疲れた気がする。

 

 「そうですね。今日はもう休みます」


 シえさんは「承知しました」とうなずくと、僕をとある一室に案内した。

 そこには、ふたつの布団が敷かれていて、

 その内のひとつには、既にテスが幸せそうな顔をして熟睡していた。

 ずっとそうなのだが、彼女は丈の長いワンピースを好んで愛用している。

 その姿は似合っているし、正直言って可愛いとも思う。

 ただその格好、寝苦しくないのだろうか?。

 まぁ、本人が気にしてないのなら、大丈夫なんだろう。

 

 「ご満悦ですな~」


 テスの緩みきった寝顔を覗き込みながら、僕はフッと笑みを溢す。


 「霞紅夜様。眠っている女性の顔を覗き込むのは、如何いかがなものかと…。それに寝込みを襲うのは絶対ダメですよ」

 「僕って、そんなに信用がないですか?」

 「はい。襲うのは、八尺坊っちゃんだけにしてくださいね。グフフ」

 

 この人、腐ってやがる!。

 それに、お風呂の一件は、別に僕が八尺を襲ったわけじゃない。

 僕の対抗心に火が着いてしまった結果の僕の暴走だ。

 決して、男に欲情したとか、やましい気持ちは一切ない。

 って、おい待て!。

 さっき八尺と話してた時もそうだったけど。

 口振りからしてシエさん、お風呂の一件を知ってる?。

 まさか……覗いてたのか?。


 「では、ゆっくりお休みになられてください……」


 そう言うと、シエさんは部屋から出ていった。

 去り際に、「グヘヘ、今日は良いものが見られました。脳内永久保存ですね。コレは……」って言っていたけど、ナニを永久保存したんだろうか。


 僕はとこに着き、1日を振り返る。


 精霊の国。

 聖都クランティリア。

 

 浄化部隊エイシス

 第三部隊サードアームズ

 八尺に叶多先輩。

 キャトンお姉様にノインさん。

 いろんなものを見たし、いろんな人たちに出会った。

 でもきっと、こんなものは始まりに過ぎないんだろう。

 だって世界は、僕の想像が及ばないほどに、大きかったのだから…。

 

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