一日の終わりに

 「あっ、カグヤ………!。

  ………ごめんなさい…。人違いでした!」

 「いや、あってますよ。テスさん」


 背後からテスに呼びかけられ、振り返ってみると、そこには彼女の他に、ノインさんの姿もあった。

 二人は髪はつややかで、肌は薄っすら紅潮している。

 どうやら二人とも、お風呂上がりのようだ。

 なんかお風呂上がりの女の人って、いつにも増した独特な色気があるよね。

 ムフフ。


 「ねぇ、カグヤ。なんで顔がボコボコになってるの」

 「虫刺され…ではないですよね」


 テスとノインさんは心配そうな表情で、真っ赤に腫れ上がった僕の顔を覗き込んだ。


 「あっ、これ?。気にしないで。男と男のプライドをかけた決闘に、無惨にも敗北しただけだよ。名誉の負傷ってやつさ」

 「なにそれ」


 すると新たに、居間の方から二人の人物が歩いてきた。

 

 「なにがプライドをかけた決闘じゃ。勝手に挑んで、お主が勝手に負けたんじゃろ。しかも儂に…儂にあんなことを…いま思い出してもむしゃくしゃするわ!」


 現れたのは八尺と、顔をボコボコに腫らした叶多先輩。

 あの後怒り狂った八尺に、僕はボコボコにされたわけなのだが、その怒りは叶多先輩にも飛び火して、日頃の鬱憤を容赦なくぶつけられたのだ。


 「ごめんごめん。ついつい八尺に対して変な対抗心が芽生えちゃって、もうしないから許して」


 しかし、八尺の顔は、尚も真っ赤だ。

 ただ、彼の表情は怒りに満ちてた表情…というわけではなく、それよりは羞恥に悶えているような表情だ。

 

 「カグヤ…。その子に何したの?」

 「えっとねー」

 「言わんでいい!」


 テスは不思議そうな表情で問いかけたのだけれど、それに答えようとした僕を、顔を真っ赤にした八尺が、体を大きくして制止した。

 まぁ、知られたく無いよね。

 隙を突かれて、男の大事な恥部を気持ちよくされて、僕たちの前で勃起させちゃったなんて。

 

 「霞紅夜。お前、元の世界にいた時、すごく残念な奴って言われてただろ」

 「なぜわかったんですか!?」


 叶多先輩は可哀想なものを見るような眼差しで僕を一瞥した後、大きな溜息を吐いて八尺の頭にポンと手を置いた。

 

 「八尺、もういいだろー。早く飯にしようぜ。馬鹿どものせいでクタクタだ」

 

 ガルルと牙を向きながら、八尺は叶多先輩に向き直る。

 そして周囲を見渡した八尺は、冷静さを取り戻し、シュンと大人しくなった。


 「霞紅夜よ。今日受けた屈辱は一生忘れん。覚えておけよ」

 「安心してよ、八尺の勃起はちゃんと目に焼き付けたから」

 「ちがーう!。覚えておけよとは、そういう意味ではない!」


 あれ?。覚えておけよって言われたから、素直に覚えてるよって教えたのに違うのか?。


 するとここで、予想外の人物が、八尺と僕の間に割って入ってきた。


 「ちょ、八尺さんが勃起したってどういうことですか!?。そ、その話、詳しく教えてください!!!」

 

 よだれを垂らしながら、ズイっと顔を近づけてくるノインさん。

 そこに、さっきまでの凛々しかった彼女の面影はなく、興奮を抑えきれずに目の前の獲物に野獣の眼光を向ける、肉食獣の姿へと変わり果てていた。

 

 ノインさん。

 あなた美少年もいけるんですね…。

 分かります。


 ー


 終始キョトンとしていたテスが、興奮状態のノインさんを宥める。

 それからは、この屋敷の使用人。

 シエさんに、ダイニングへと通された。


 僕、テス、ノインさん、八尺、叶多先輩。

 五人に占拠されても余裕のある、和式の広い空間の中で、僕たちのは食卓を囲み、座布団の上に腰を下ろす。


 しばらくすると、部屋のふすまがガラリと開く。

 そこには美しい所作で、お辞儀をするシエさんが控えていた。


 「八尺やさか坊っちゃん。お食事をお持ちしました」

 「わかった、運んでくれ」


 シエさんの後ろにも、二人の使用人が控えていたようで、彼女たちは豪華な食事を、次から次へと運んでくる。

 ていうか、もうこれ旅館の対応じゃん!。

 

 「わ~、美味しそう~!」

 「…………」


 それを見ていたテスは目を輝かせてヨダレを垂らす。

 それに対して、叶多先輩は深刻そうな表情で、八尺をチラチラと見ている。

 まるで、『待て』を命令された犬のようだ。

 

 「なんだ叶多、さっきから儂を見て……。あ~~、そうじゃった、そうじゃった。貴様は賭けに負けたからパンしか食えんのじゃたな~~。あ~、弱いって可哀想じゃの~」


 馬鹿にしたような顔で、八尺は目の前の居候を容赦なく煽る。


 そういえば、そんな賭けしてたな~、この二人…。


 すると叶多先輩は、上目うわめづかいで、家主に媚びへつらいだした。


 「八尺様。頼む!。こんな時くらい、俺も普通に食っていいだろ?。もう、かれこれパンしか食ってねーよ…。魚や肉が、どんな味だったかも覚えてねぇ…」

 「ふんっ、知らんわ」

 「ちょ、頼むよ。お前らがこんないいもん食ってるなかで、一人だけパンかじってろと?。さすがにこの状況で、生殺しはさすがに辛いって…」

 「知らん」

 「おま!俺のこの顔見てなんとも思わねーのか!可哀想だとおもわねーのか!!」


 自身の腫れた顔を指差しながら、段々と、大人の威厳がなくなっていく叶多先輩。

 八尺にバッサリ打ち捨てられても、彼はめげすに懇願を続け、終いには瞳を涙で潤ませ、情に訴えかける始末。

 プライドすら捨て去った叶多先輩、なんと哀れな…。

 すると、そんな二人の会話に、一人の天使が舞い降りた。


 「そっちの大きな人は、お料理食べないの?」

 「ん?」

 「テスちゃん?」 

 

 そしてテスは、さも自分しか知らない事実を自慢でもするかのように、フンスと鼻を鳴らす。


 「知らないの?。ご飯はねっ、みんなで食べると、もっと美味しくなるんだよ!」


 純真無垢な彼女の笑顔に、強情だった八尺も臆してしまう。

 しかし、八尺にも第三部隊サードアームズの先輩としての面目があるのだ。

 この程度で屈する八尺さんでは……。


 「あ~、わかったわかった。好きにせい」

 「マジで!いいの!やったーー!!」


 チョロすぎやしませんかい?。八尺さん…。


 唖然とする僕を横目に、拳を高く掲げて大喜びする叶多先輩の姿は、さながら首輪が外れて、自由の身になったワン子のようだ。

 八尺の急な心変わりに、僕は耳打ちで彼に問いかけた。

 

 「どうしたの?急に。もしかして勃起の件で脅されてる?だとしたら、ごめんね…」

 「違うわ!。…今日は客人も来てるから、こういう時くらいは許してやっても良いと思っとだけじゃ…。というか貴様!。いい加減その話を蒸し返すのはやめろ!」


 プンスカと顔を真っ赤にした八尺を、僕はどーどーと宥める。


 な~んだ…。

 テスの笑顔に即堕ちしたわけじゃ無いのか…。

 

 それから、シエさんたちは料理を並べ終え、部屋から音も無く去っていった。

 忍者かな?。


 「それでは頂こうかのう」

 「おっしゃー」

 

 八尺の言葉で、待ってましたと言わんばかりに、叶多先輩は両手を合わせる。

 僕もそれに釣られて合掌した。


 「いただきまーす!」

 「いただきます。……ん?」


 一方、精霊陣は両手を握りしめて、瞳をスッと閉じる。

 テスがいつも食事前にやっているお祈り。

 精霊たちの、食べ物への感謝の現れだ。


 ふっ…。

 グーとパー。

 僕たちの勝ちだね!。


 そんなアホ見たいなことを、心中でほざいていると、祈りを終えたテスたちは、一斉に手元あるフォークを手に取った。

 意外にも、精霊陣である八尺は、お箸を扱っている。

 きっと八尺のお母さんの教えだろう。


 日本と同じ箸文化が、異世界にもあることに、僕はちょっとした感動を覚えた。

 僕は自前の手作り箸を手に取って、目の前の料理へと手を伸ばす。


 「やば!うまい!」

 「く~~、久しぶりの肉だ!サイコー!!」 


 この世界の料理は、僕のいた世界の料理と全く似ている。

 でも、似ているというのは見た目だけで、味はそうじゃない。

 というのも、僕の世界にある食材は、この世界で見かけたことは無い。

 その逆も然り。


 この世界で、独自の進化を遂げた生命ゆえに、魚であっても、僕の知る魚の味とは、食感や風味が僅かに異なるのだ。

 まぁ、美味しいことに変わりはないのだけれど。


 それから僕たちは、料理を口に運んでは、他愛ない会話に花を咲かせた。

 テスも、本日初対面の八尺や叶多先輩と打ち解けて、今ではワイワイと楽しんでいる。

 元々テスは、嘘をついてまで僕を村に止めようとするような、生粋のさびしんガールだ。

 こういった賑やかな集まりに、焦がれるものがあるんだろう。


 「そういや霞紅夜って、やっぱあの有名な異能技研高校に通ってたのか?」

 

 不意に叶多先輩に訪ねられ、僕は平然と言葉を返した。


 「そうです。よく分かりましたね。まぁ、僕があの有名高校に通えたのは運が良かっただけですけどね。家が近かったていうのと、完全顕現型の異能を扱えたのと、美少年だったことが重なって、その高校から直々にお声がかかったんです。

 「いや、美少年関係ないだろ……」


 すると、僕と叶多先輩の会話を、興味深そうに聞いていた八尺とノインさんが、僕たちのキャッチボールに加わった。


 「高校とは知識を得る場所じゃろ、霞紅夜の通っていた高校とやらは、そんなに特別な場所じゃたのか?」

 「うん。異能技研高校っていうのは、僕たち、異能者のための学校であると同時に、異能の性質や性能、種類を調べるためのおっきな研究施設でもあるんだ」

 「私も叶多様の異能を見たことがあるので存じているのですが、そもそも異能とはなんなのですか?」


 根本的な疑問がノインさんから僕たちに向けられる。

 

 「叶多先輩!異能って何ですか!?」

 「えっ、俺にぶん投げるの?。俺に言われてもな……。ひとつの生命がひとつだけもつ、神秘の力…としか」

 

 叶多先輩は頭を抱えながら、精一杯の回答をする。

 しかし、これは正しい回答と言えるだろう。

 僕もノインさんの質問に答えるなら、似たような回答しかできない。

 

 「なんじゃ貴様ら。自分が行使している力が、なんなのかも分からずに使っておったのか?」

 「そう言われてもな~。俺たちも異能がどういった力なのか、よく分かってねーんだよ。なぁ、霞紅夜」

 「そうですね。高校でも異能がなんなのかは、仮説くらいしかたてられていないんだよ。肉体と精神の進化に伴い、魂がそれに追い付こうとした結果の覚醒とか。世界に穴が開いて、未知の因子が入ってきた、とかかな。

  そもそも、最初の異能者が現れたのが8年前。6人の強力な異能者が、各国で同時に覚醒して、異能暴発スキルバーストを起こしたんです。あっ、異能暴発スキルバーストっていうのは、初めて異能に覚醒した際、力を制御できずに起こす異能の暴走の事です!」

 「それから4年くらい経って、新たに俺たち見たいな異能者が次々と増え始めたんだよ。まぁ、異能者って一括りにしてるけど、最初の6人と後に覚醒した俺たちとじゃ、天と地ほどの差があるけどな」

 「簡単に説明すると、異能の歴史が浅すぎて、僕たちにも分からないってことなんだよ」

 「そうなのですね。でも未知の力って、ロマンがありますわ」


 実際問題、異能の真相に関する情報はゼロ。

 噂や都市伝説は、至る所に飛び交っていたけど、どれも信憑性の無い煙話ばかり…。

 異能は調べれば調べるほど、謎が深まっていくパンドラの箱なのだ。


 「そういえば、異能で思い出したけど、僕と叶多先輩の他にもう一人、同郷の異世界人がいるんだよね?。その人はどんな人なの?」

 

 すると、叶多先輩は口いっぱいに頬張っていた肉を、ゴクリと飲み込んで顔を僕に向けた。


 「あ~、瑞戯みずぎちゃんのことか?。そういや霞紅夜はまだ会ってなかったんだな。どっかの学生服着てたし、年はお前と近いんじゃねーの?。あいつ無愛想で友達いなさそうだから、どっかで見かけることがあれば仲良くしてやってくれ」


 水着ちゃん?。

 なんだろう………。

 その名前を聞くと、すごく興奮する。


 「まぁ、時間はいっぱいあることですし、近いうちに会えると思いますよ」

 「ノインさんも、その子のこと知ってるんですか?」

 「ええ。今は確か、聖都の大図書館に、有無を言わさず引きこもっているとか、なんとか…」


 何してるんだよ同郷…。


 それにしても、さっきからテスが大人しいと思ったら、この子、座ったまま寝てる!。

 お腹満杯になって、満足そうな顔してやがるぜ。


 「あらあらテス。おねむですか?。お布団敷いてあげますので、もうちょっと我慢してください」

 「んも~~~~」


 んも~ってなんだよ……。

 牛になった夢でも見てるのかな?。


 「おお、もうこんな時間か。たらふく食った事じゃし。お開きにしようかの」

 「そうだな。明日からまた地獄が待ってるし…」


 叶多先輩は、また極貧生活に戻ると思うと、一瞬で目が虚ろになった。


 「早く強くなればいい話じゃろうに……。そうじゃ霞紅夜。お主はこれから客間に来い」

 「ん?何かあるの?」

 「隊長がお主に話があるそうじゃ。そろそろ来る頃じゃから、先に行って待っておれ」

 「エンバーさんが?」


 すると、叶多先輩は立ち上がって、僕の肩をポンっと叩いた。

 彼の僕に向ける眼差しには、なぜだか哀れみの感情が宿っている。

 まるで、これから僕に起こる出来事を知っているかのような様子だった。


 「ちょ、叶多先輩。エンバーさんの話の内容…知ってるんですか?」

 「………」

 「何か言ってよ!怖くなるじゃん!」


 叶多先輩は無言のまま、僕たちに背を向けて室外へと歩いていく。

 そうして、スタンッと閉められた襖の奥へと、彼は消えてしまった。

 去り際に先輩は、右手の親を突き出して、グッドラックのサインを送っていたようだけど、なんだったんだろうか?。


 「客間はシエに案内させる。シエよ霞紅夜を案内してやれ」

 「かしこまりました。八尺勃っちゃん。グフフ」

 「なんじゃ!今なんか悪意があったぞ!」

 「気のせいですよ、グフフフフ。では、参りましょう、霞紅夜様」


 彼女に招かれるまま、僕は彼女の後を着いて行く。


 「あっ、そうだ八尺」

 「ん、なんじゃ?」

 「今日は泊めてくれてありがとう」


 すると、八尺は鼻をフンッと鳴らした。


 「気にするな、隊長の頼みがなければ、お主のようなヘンタイを家にあげることなどしない。礼を言うなら隊長に言っておけ」

 「うん。わかった」


 そうして僕は、ダイニングを後にする。

 これからエンバーさんが、僕に折り入って話があるという。

 どういった話だろう?…と、胸を緊張で強張らせ、僕は客間に向かうのであった。

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