僕の聖剣、君の妖刀

 聖都に片隅に一軒だけある、和を強調した優雅なお屋敷。

 日本人である僕にとっては、なんら違和感もない、懐かしさすら感じる古風な屋敷だ。

 その屋敷の中にある、自然と調和のとれた大浴場で、僕は今、感謝の思いを噛み締めていた。

 視界を遮るモクモクとした白い湯気が、この場所の暖かさを証言している。

 ザバーッという音がすると思えば、大浴場のキャパを超えて、溢れ出たお湯が滝のように排水口へと流れていた。

 

 大浴場といえば、男同士の裸の付き合い。 

 如何なる者もその空間では、衣服を取っ払い、開放的にならなければならない。

 僕はピチピチの柔肌を晒し、同じく全裸で隣に佇む、鬼の美少年に語りかけた。


 「やばっ!露天風呂を独占してるみたいだよ。これ十分金取れるって!」

 「なんじゃ、払ってくれるのか?」

 「お金ないから体でいい?」

 「いらんわ!」


 八尺の言葉に、僕は冗談で返す。


 そんな僕たちの会話を、脱衣所から出てきた叶多先輩が豪快に遮った。


 「どうだ、霞紅夜。スゲーだろ、八尺んの大浴場」

 「なぜ居候のおまえが、得意げな顔をしておるんじゃ?」

 

 この大浴場は、八尺の家の中にある、この世界では数少ない、稀少な露天風呂だ。

 といっても、屋敷事態の正確な持ち主は八尺のお母さん。

 白百合灯華さんのもので、本人不在の間は、息子である八尺と、その使用人がこの広い屋敷を管理している。

 そして、この屋敷のペット兼、居候である荻追叶多は、一人で生活できるだけの資金を貯め終えるまでの間、ここに住まわせてもらっているそうだ。


 ザバーーン!


 しばらくして、全身を洗い終えた叶多先輩は、我先にと風呂に浸かり、ご満悦な表情を浮かべながらボソリと一日の愚痴を呟く。


 「あ~~~、誰かさんに酷使された後の、この至福の時間は格別だな~」

 「ほう…。その誰かさんとは、どこの誰のことじゃ?」


 その言葉は八尺にきちんと聞こえていたようで、彼は頭を泡立てたまま射殺すような眼差しを叶多に向ける。

 その視線に怯んだ叶多は、ブクブクと隠れるようにお風呂の底へと沈んでいった。


 「ふんっ、臆病者め」


 それにしても八尺…男だというのに体つきがなんかエッチだ。

 さすがは僕と同じ美少年。

 女の子と見紛うほどの八尺の華奢な体のラインは、その目で男のシンボルを見て、ようやく彼が男だと認識できるほどだ。

 

 「………なんて凶悪な…」

 「なんじゃ?」


 八尺の股にぶら下がる一振りの刀。

 可愛い顔して、立派なものをお持ちだ……。

 僕の聖剣といい勝負…………。


 ここでふと、僕の対抗心に火がついた。


 「なんじゃ?背中でも流してくれるのか?」


 僕は八尺の背後に座り込んで、彼の無防備な背中を凝視する。

 やはり近くで見ると、想像以上に可憐な後ろ姿だ。

 男の僕でさえ、ゴクリと息を呑んでしまう。

 しかし、目的は八尺の背中を洗ってあげることじゃない。


 「えいっ」

 「あんっ!」


 僕は八尺の背後から手を回し、彼の刀を両手で握りしめた。

 すると、油断していた八尺の口から、悶絶したような甘い声が漏れた。


 「なっ、ちょ!きさまっ!…あっ…。なにをする。放さぬか!。あんっ…」

 

 体をくねらせながら、抵抗する八尺。

 すると、バシャンという水の跳ねる音がしたと思えば、叶多先輩の呆然としたような声が聞こえててくる。

 どうやら、風呂の底に身を隠していた叶多先輩が浮上してきたようだ。


 「おいおい何やってんだよ霞紅夜。BL展開なら俺のいないところでやってくれよ…」

 「いや違いますよ。僕の聖剣と八尺の刀…どちらが大きいか確認しようかと思って、いま八尺の刀を抜刀させようとしてるところです」

 「抜刀って…お前…」

 「叶多…見ておらずに…儂を助けろ。…あっ…」


 艶やかな声を漏らす八尺の色気にやられたのか、叶多先輩の声がなぜか聞こえなくなった。

 ふと視線を向けてみると、彼の姿はない。

 どうやらまた、風呂の中に潜ったようだ。

 僕はそのままいやらしい手つきで、抜刀作業を継続した。


 「あっ…ふっ、ふっ、やめっ…あんっ…。き…さま…いい加減にせんか!」

 

 その瞬間。

 八尺は尋常じゃないパワーで僕を振り払い、素早く振り返ると、強烈なボディブローを僕にお見舞いした。


 「ごふっ!」


 手加減なしの強烈な一撃。

 僕はそのままお風呂の中へと吹き飛ばされ、壮大な水飛沫をあげてゴールイン。


 しまった!。

 そういえば彼らは、闘気っていう身体能力を底上げする力を使えるんだった!。


 「なんだなんだ!」


 先客であった叶多先輩は異常事態に驚いて、地上へと這い出ていく。

 それに続いて、僕も慌てて地上に舞い戻った。


 「ごほっ、ごほっ。は~、びっくりした。………あっ、やばっ」


 そこには当然の如く、八尺が待ち構えていた。

 怒りながらも、彼の顔は羞恥で染まっており、やや内股で、少しずつ僕へと近づいてくる。

 すると叶多先輩は、衝撃のものを目の当たりにしたようで、八尺を下半身を指差しながら愕然としていた。


 「お、おい霞紅夜見てみろ。あれは刀なんて生優しいもんじゃねぇ!」


 僕は叶多先輩がナニを指差したかすぐに分かった。


 「うん。あれは刀なんかじゃない。妖刀だ!」


 八尺が内股になりながら、両手で必死に隠す男の象徴は、その両手には収まりきらず、『刀』は鞘から抜刀され、その凶悪な刀身を露わにしていた。

 その妖刀を刮目した僕は、ひとつの答えに辿り着く。


 僕の聖剣と君の妖刀。

 男のプライドをかけた戦いは決着がついてしまったのだ。

 

 僕は敗北を認められるいさぎよい男だ。

 悔しいけど、この勝敗はきっと次に活かせるだろう。

 僕は八尺の前に歩み寄り、涙ぐみながら、満足げの笑みを浮かべて彼に囁きかけた。

 

 「この勝負、僕の負けだよ」

 「やかましいわ、この変態どもー!」


 八尺は股間を隠したまま、美しい旋回を見せる。

 そして、八尺はそのまま僕たちに近づき、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


 「ぐえっ!」

 「がはっ、なぜ俺まで!」 


 星々が輝く絶景の月夜。

 真紅に染まった二つの花が、そうして夜空に咲き乱れたのであった。

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