聖都クランティリア
遥か上空。
イルカに酷似した二匹の生物が、翼も持たずに重力を無視し、次々と雲を追い越していく。
七色に輝く美しい背びれを、羽衣のように揺らめかせ、その生物は大きな
匣…といっても形状は、貴族が移動に使用するような、馬車のような外装をしている。
内装もまた同様。
広々とした空間には、向き合わせになったクッションのような座席があり、窓ガラスからはミニチュアとなった大地の全貌を眺められる。
そして、その馬車の中では、一人の女性が座席に寝そべり、
女性の見た目は20代前半。
ベリーショートの金髪の下から、柔らかな翡翠の瞳を覗かせている。
衣服はほとんど身につけておらず、その豊満な体は下着だけで隠されているだけで、防御力は皆無だ。
彼女以外に誰もいないからといって、開放的になった彼女がこんな格好になったという訳ではない。
そもそも、衣服を脱いだ痕跡は無く、これから切るである服すら、周囲には見たらない。
ということは、これが彼女の正装なのだ。
「キュイー」
「ん?どうした、ネスワー」
ネスワーと呼ばれた生物は、庇護欲をくすぐられる可愛らしい鳴き声で、車内にいる女性に何かを知らせようとしている。
女性はスラリとした腕に力を入れて、ゆっくりと起き上がると、座席に腰を下ろす。
そして現状確認のために、窓から外を見渡した。
その瞬間。
彼女を乗せた馬車(?)は、天空に
「今のは…。簡易聖域?」
全身を撫でる奇妙な感覚に、怪訝な表情を浮かべながら、女性は後方を振り返る。
すると女性は目を丸くして、そのエネルギーの規模に驚愕した。
「なんだこの馬鹿でかい聖域は!。聖都の聖域に及ばないにしろ、それにしたって巨大すぎる!」
彼女の視線の先。
ドーム状の光の滝が、大地に覆い被さるようにして、とある村を中心にして展開されていた。
「これは…まさかテス君に渡していたオーブの力か?」
雲と並走している女性の位置から、ようやくその結界の頂点が見える圧巻な大きさ。
彼女はは顎に手を当てて、思い当たる可能性を絞っていく。
そして、頭に思い浮かんだのは、つい最近、テスという少女が助けたという異世界人の少年だった。
「それとも…霞紅夜君の奇跡なのか?。まぁいい、今から彼らに会いに行くところだ。これが何なのかはその時にでも聞くとしよう。と、見えてきたな」
女性が見下ろす先には、廃村と見紛うほどの、みすぼらしい
唯一の美点は、村の中央で息をする植物の池。
天上から見下ろす女性から見ても、ポツポツと咲く青い花は、キラキラと光を弾いて輝いている。
そして、そこに住んでいるのは、たったの二人だけ。
ちょうど外に出ていた二人は、空から降りてくる馬車(?)に気づいた。
少年の方は不思議そうに空を見上げ、少女は雷が落ちたように慌てている。
それを見下ろしていた女性は、フッと微笑むと窓際から一歩下がった。
「私もそろそろ服を着よう」
そう言うと女性の周囲に、紫色に輝く、淡い粒子が漂いだす。
次第に粒子は収束していき、金属の装甲に配線の筋肉を構築。
そして機械の鎧があっという間に、彼女の全身を覆い尽くした。
彼女の本名はミシェルナ・ルーラン。
そして彼女は正体を隠し、もうひとつの顔で活動している。
弱きを助け強きを挫き、困った人には手を差し伸べる。
正義の味方…黒滅エンバー。
その人である。
ーー*ーー
テスが水やりをしている姿を、僕は微笑ましく眺めていた。
そんな午の刻のこと。
馬車のような乗り物が、僕たちの日常に飛来した。
テスは馬車(?)を見たとたん、何かを思い出したように、ワタワタと慌てている。
すると馬車(?)は、村のすぐ離れに緩やかに停車し、その中から機械鎧に身を包んだエンバーさんが現れた。
どうやら今日は、テスの所要で聖都に行かなければいけない大事な日だったらしい。
テスはそのことを忘れていたようで、大急ぎで身支度を開始した。
しかし、それは僕も一緒。
エンバーさんから、「君も聖都に遊びにこないか?」ということだったので、僕も大喜びで身支度を開始。
といっても、僕はこの世界で着替えと呼べるものがあまりないので、数分で準備を終えてしまった。
テスが身支度を終えるまでの待ち時間。
暇を持て余していた僕は、ネスワーと呼ばれるイルカにそっくりな生物と戯れていた。
「なんだお前!可愛いな!ここか?ここがええのんか!?」
ツルリとした肌触りに、僕の指を跳ね返す弾力。
触り心地、最高です。
「キュキュー」
「キューー!」
ネスワーたちも満更ではない御様子。
「ところで霞紅夜君。ちょっと聞いてもいいかな」
「はい。なんでしょうか?」
エンバーさんに呼びかけられ、僕はネスワーを撫でながら、後ろを振り返った。
「あの巨大な聖域は一体…。あれは君の奇跡かい?」
「ああ、あれはオーブの力ですよ。数日前に色々あって、テスに結界を張るオーブを練習がてら使わせてもらったんです。でもなんかオーブの挙動がおかしくなって、気づいたら大きな結界が張られてました。たぶん
「挙動がおかしくなった?」
「そうです。オーブの中の恩寵がブワーーって広がって、ジュって
「そうなのか…」
エンバーさんは頷いたけど、
でもね…面白いことに、僕の言った通りなのよ。これが…。
「ごめんなさーい。エンバーさん」
「テスおそーい」
「これで準備が整ったね。では行こうか」
テスも身支度を終え、エンバーさんに合流した後、僕たちは馬車に乗り込んだ。
ちなみにエンバーさんに聞いたのだが、この馬車の正式名称は
なんでもネスワーは、この世界の龍の一種だそうで、その龍種が引く車だから浮龍車なのだそう。
浮龍車が浮いているのは、内装にいくつものオーブが埋め込まれていて、そのオーブの力で、大きな質量を浮かせているそうだ。
「おおー!なんか不思議な感覚」
ネスワーは「キュイイイ!」っと雄叫びを上げて、フワリと浮龍車を牽引し、前進を開始。
次第に速度も増していき、高度もゆっくりと上昇していく。
そして気づけば僕たちは、上空の雲と並ぶほどの高所を、風の如く疾走していた。
「ところで、なんでこの浮龍車、北に向かってるんですか?。聖都って村から東にあるんですよね」
向かいの席に座っていたエンバーさんは、腕を組みながら僕の質問に答えた。
「ああ、いまから向かうのは北にある
「なるほど」
跳躍施設…。
以前、エンバーさん話していた異世界人を元の世界に帰すというプロジェクトの副産物みたいなものなんだろう。
確か、
他の世界に渡ることはまだ不可能らしいけど、もし、可能になったら、僕たちの世界以外に、どんな世界があるのか、ぜひ見てみたものだ。
それからしばらくして、僕たちは短い空の旅を終え、
僕が日本にいた頃、遠目からしかみたことはないけど、自衛隊の駐屯地に似ているような気がする。
ただ違うところといえば、乗り物だろうか。
僕が見慣れなれていないだけかもしれないけど、オーブが内臓されているタイヤがついてないバイクのような乗り物は、僕のいた世界のものよりハイテクに見える。
科学と魔法をひとつにしたような…そんな感じの乗り物だ。
僕も、こんど乗せてもらえないだろうか…。
「では二人とも、こっちだ」
エンバーさん連れられて、到着したのは
もちろん野外なので天井はない。
施設の中央には、床一面が円形の特殊なガラス張り構造になっていて、ガラスの先には特殊な機器とオーブらしいクリスタルが、一面に敷き詰められている。
「二人とも、跳躍ポータルの上へ」
僕とテスは、エンバーさんに促されるままに、ガラス張りになっている機器の上へとスタンバイした。
「ねぇ、これってほんとに大丈夫なの」
隣でニコニコとしているテスに、僕は小声で話しかける。
なにしろ異能ならともかく、人工による大規模
内心では好奇心より不安の方が、いまのところ
「だいじょーぶ、だいじょうーぶ。私も何回か跳んでるけど、こうして今も元気ピンピンだよ」
彼女は踊るように体を揺らし、元気な事を僕にアピールしている。
すると、なぜだか彼女は、悪巧しているような無邪気な表情を僕に向け、さっきの話に付け加えるようにケタケタと話し始めた。
「でもね…カグヤ…。昔はこれ、動物で実験してたんだって。そん頃の実験は失敗続き…その動物は、どうなったと思う?」
ゴクリと生唾を飲み込み、僕は恐る恐る問い返した。
「どうなったの…?」
すると彼女は恐怖心を煽るように、僕の耳元でねっとりと囁いた。
「グチャグチャに…なったんだって…」
「いやややややあああああああ!。なんで跳躍施設未経験の僕に、そんな恐ろしいこと言うんだよ!。動物愛護団体が黙っちゃいないぞ!」
「あははははは。カグヤおもしろーい!」
耳を塞いで恐怖に
真実なのか冗談なのか分からないけど、このタイミングでいうのは本当にたちが悪い。
すると、エンバーさんが呆れた様子で近づいて来て、僕を
「霞紅夜君、安心してくれ。昔の実験では、鉱物などの有機物を使用していたそうだよ。生き物は………まぁ、この話は置いておこう。それより準備はいいかい?跳躍開始だ」
ちょっと待って…。
「生き物は…」の後の
絶対タブーを犯しちゃってるでしょ!。
内心でビクビクしていると、エンバーさんはポータル外にいる職員たちに合図を送る。
すると職員たちは互いに、口頭による合図をおくりあい、着々とポータルを稼働準備を済ませていく。
「跳躍人数三名。ポータルを稼働」
ガシャン!。
ポータルの稼働と同時。
床一面に敷き詰められたいくつものオーブが、僕たちにスポットライトを当てるようにライトアップした。
「オーブ、正常に稼働。
時空制御装置も正常に稼働。
ポータル安定。
いつでも跳べます」
「エンバー隊長。跳躍先は、
「うむ、了解した」
報告を受けたエンバーさんは、片手を上げて承諾する。
「跳躍開始!」
ガコン!。
エンバーさんの宣言と同時。
一人の職員がレバー引く。
その瞬間。
地面から射した強烈な光が僕たちを包み込む。
それは巨大な柱となって、光の槍が空へと伸びた。
次第に隣にいた二人が見えなくなるほどに、光は激しさを増していき、僕は自分の姿すら、見えなくなってしまうのだった。
ーー*ーー
「うわあああああ!」
「カグヤ…何してるの?もう着いたよ?」
「あああ……えっ?」
テスの呼び声にハッと目を覚ますと、周囲の人々の
恥ずかしさのあまり、僕は紅潮した顔を、両手で覆って隠した。
しばらくはこの真っ赤な顔を、誰にも見せられそうになかったので、この状態で指の隙間から覗き、周囲の状況を見渡した。
僕たちがいるのは、さっきまでの施設とは、まったく異なる野外施設。
ポータルに似た円形の設備が、いくつも並んでいて、周辺には群衆が行き交っている。
ヴォオオオオン!。
そのひとつのポータルに、強烈な光の柱が落ちた。
光はやがて弱々しくなり、1本の線となってすらりと消える。
そして光が落ち場所には、平然な顔をした人々がいて、何事もなかったように大荷物を抱えて歩きだした。
さっき職員の人が言っていた、ポータルのゲートとは、ここの事なんだろう。
僕が今いるのが第三ゲートということは、隣接する設備が、第二、第四ゲートということだ。
見る限り、ゲートの数は第十ゲートまである。
「驚いたかい?霞紅夜君。
でも、驚くのはこれからだよ。
着いてきたまえ」
エンバーさんの後を着いていき、僕たちはゲートを後にした。
そうしてしばらく歩いた後、連れてこられたのは、周囲を全貌できる見晴らしの良い高台。
そこから見た景色に、僕は思わず息を呑んだ。
大理石に輝く、光沢を帯びた街並み。
入念に研磨されたであろう石造りの建造物たちは、互いに陽光を照りつけあい、世界をより一層輝かせている。
さらに驚くべきは、至るところに見える宝石だ。
看板や窓。扉に装飾。
その輝きは、あらゆる場所で目に入り、僕の常識を
そして驚いている僕に、エンバーさんは誇らしげに告げる。
「ようこそ、石と神秘と国……。
聖都クランティリアへ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます