ごめんなさいは必要ない

 水浴びをした後、半濡れ状態になりながら、異能で空を飛んで帰ってきた。

 高速で飛翔すれば、少しは体も乾くかなと思ったんだけど、まったくと言っていいほどに変化はない。

 それどころか、自分にかかった負担の方が大きいようだ。

 

 「あっ、これ…。明日筋肉痛だ…」


 星屑にずっとぶら下がっていたせいか、両腕がプルプルと悲鳴を上げてる。

 そんな腕を、交互にモミモミとマッサージしながら、自分の家にタオルを取りに行こうとした。

 その時。


 「カグヤ、はいこれ」

 「あっ、テス。待っててくれたんだ。タオルありがとう」


 家の前で待ってくれていた彼女が、スッと僕にタオルを手渡した。

 どうやら僕がタオルを持っていなかったことに気づいてくれていたみたいだ。

 エンバーさんがいないことを見ると、彼はもう聖都に帰還したのだろう。

 僕は受け取ったタオルを顔に押し当て、濡れた頭ををパサパサと乾かしていく。

 そうしていると、テスは何故か、深々と頭を下げていた。


 「カグヤ。ごめんなさい。私嘘ついてた」

 「えっ?あっ、うん、知ってる。備蓄の食料が尽きてなかったんでしょ。そのことに関しては、僕特に怒ってないんですけど…」

 「えっ!そうなの!なーんだ、私てっきり怒られるっかと思ったのに…。謝って損した」

 「おいおい」


 肩を落としてケロッとしている彼女に、僕は終始呆れ顔。

 

 「それとね、カグヤ。私……」

 「ん?」


 テスはスカートをギュッと握りしめて、なにかを言いたそうにうつむいている。


 「どったの?」


 なにやら神妙な様子だ。

 ひょっとして愛の告白か?。


 そんな淡い期待を胸に、テスの様子を伺っていると、彼女は首を横に振り、何事もなかったかのように微笑んだ。


 「ううん。やっぱりなんでもない」

 「ん?」


 本当になんだったのだろう?。


 ー


 それからの生活は最初とまったく変わらない日々だった。

 備蓄に余裕があるからといって、僕という穀潰しが増えてしまったのは、紛れもない事実。

 といっても食料調達の際、川辺ではテスの独壇場。

 彼女がたちまち奇跡を起こせば、ものの数秒で魚を捕り終えてしまう。

 このときの僕は空気も同然で、彼女が起こす神秘を、羨ましそうに眺めることしかできない。


 僕にできることといえば、テスの足になることくらいだ。

 だから僕なりに役に立とうと、いまでは凄腕のドライバーとなるために、日々、自作のソリを改良中だ。


 今のソリは安定性が悪い上に、走行中は尋常じゃないほど揺れるから、乗り心地は最悪。

 それに、テスは水を大量に持ち帰りたがっていた。

 きっと根源である花畑のためだろう。

 なんとかして、その要望も叶えてあげたい。

 

 暇を持て余していた僕は、廃家を漁って、使えそうな資材を集めていた。


 「ん?なんだろ、あれ」

 

 ふとした違和感に眉をひそめ、地平線の彼方に目を見やる。

 遠目でよくわからないが、なにやら遠方から、ユラユラと土煙らしいものが立ち昇っている。


 「おーい、テスー。テ~ス~ってば~」

 

 なんだろうと思いながら、気づけばテスの名を呼んでいた。

 すると家の中から、重たくなった目蓋まぶたを持ち上げて、テスがのそのそと現れた。


 「ん~、なーに~?」

 「あっ、ごめん。寝てた?。それよりテス。あれ何かわかる?」


 テスは目を擦りながら、僕が指差した先に視線を向ける。

 最初、ヌボーッとしていた彼女だったが、その瞳は段々と開いて、慌てて家の中に戻っていった。


 「え?なに?ちょっと!?」


 どういう状況なのかわからずに、しどろもどろしていると、家の扉がバァァンと開かれ、当然の如くテスが出てきた。

 なにやら彼女は、野球ボールくらいの大量の水晶玉を腕一杯に抱えている。

 しかも、その水晶玉は驚くほど奇妙で、赤、青、黄色、紫と何種類もある水晶玉の内側で、不思議なエネルギーが心臓のように脈打っている。

 するとテスは、水晶玉を抱えたまま颯爽さっそうと駆け出した。


 「だから説明して!なにが起こってるの!?」


 すると彼女は振り返り、顔を青くしながら口を開いた。


 「魔恩!。魔恩が来た!」

 「なんですと!」


 魔恩。

 命を脅かす不浄の怪物。

 そして、テスの根源を枯らし尽くした悪の権化。

 許すまじ!。


 「行こう…星屑」


 右手に星屑を顕現させ、魔恩のいる方向を警戒する。

 そんな状況の中。

 さっきから視界の隅で、ワタワタとしている少女に気を散らされ、思わず緊張の糸が切れてしまった。


 「ありゃ~、そんなに持つから~」

 

 テスの腕からボトボトと落ちる水晶玉。

 それを拾っては落とし、拾っては落としを延々と繰り返している。

 

 「はわっ!はわわ!急がなきゃ!」


 そんな感じで、テスが苦労して到着したのは、村で唯一、大地がまだ息をしている場所。

 村の中央。

 つまり、花畑のド真ん中だ。

 彼女は腕の中にある水晶玉の中から、黄色い水晶玉を手に取ると、じっとして動かなくなった。


 そして、僕が「それなに?」と聞こうとしたその瞬間。

 彼女が手に取った水晶玉は、パリパリパリと悲鳴を上げ、最後には勢いよく砕け散った。


 それと同時。

 まるで爆発でも起こったかのように、テスを中心に煌煌こうこうとした光が周囲に解きはなたれた。

 

 「どおお!まぶし!」


 その閃光はすさまじく。 

 驚いた僕が、身をかがめて小さくなってしまうほどだ。

 

 しばらくして、僕たちを飲み込んだ光は段々弱々しくなっていき、顔を上げると、ドーム状の光子の膜が村を守るように覆い尽くしていた。


 「プラネタリウムみたいだ」

 

 率直な感想がポロリと漏れる。

 太陽がまだ顔を出しているというのに、夜空から星々だけをコピーアンドペーストした、良いとこ取りの風景。

 これには僕も目を奪われてしまった。

 

 「これでよしっ、と」


 テスはゆっくりと立ち上がると、衣服に張り付いた結晶の残骸を両手で払い落としていく。

 そんな彼女に歩み寄り、僕は不思議そうに問いかけた。


 「テス。いまなにしたの?」

 「ん?奇跡だよ」

 「え?」


 どういうことだ?。

 テスの奇跡は水を操る力じゃなかったのか?。


 「そんなことより、こっちがさきさき。ついてきて」


 テスは慌てた様子で、ふたたび駆け出した。

 僕も彼女に後に続く。

 そうして辿り着いたのは、魔恩が迫り来る方向。

 よくわからない奇跡で発動させた、光の壁の眼前だ。


 「来るよ……」


 テスは緊張した様子で、真っ直ぐと敵を一瞥する。

 僕も彼女の視線を追い、ギュッと星屑を握りしめた。


 ズカズカズカズカ。


 大地を叩く振動が、地面を通して僕たちに伝わる。

 そして、僕が目を凝らしていると、土煙の中から魔恩の姿がチラリと顔を見せた。


 「あれは!」


 土煙から覗くのは、黒く澱んだ鋭利な外殻。

 僕はその姿に見覚えがあった。

 何故ならそいつらは、この世界に召喚されたとき、僕を歓迎してくれた漆黒の害虫。

 懐かしき3体の旧敵に、思わず全身に鳥肌が立った。

 

 「オエッ。あれ魔恩だったのかよ」

 「カグヤ、知ってるの?」

 「うん。この世界に来たときに戦闘になったんだ」

 

 それにしても、当時の僕は何故あんな気持ちの悪いものを食べようと思ったのだろう。

 極限状態だったとはいえ、見るからに腹を下しそうな容姿をしているのに。

 食べれなくて本当によかった。

 そんなことを思っていると、魔恩は目下10メートルに迫り、僕達との距離が一気に詰まる。

 そして…。


 ズシャーン。


 魔恩の巨大な図体が、光の壁に勢いよく衝突した。

 あまりにすさまじい衝撃が、無数の枝のようなひびを結界全体に刻み込んだ。

 上空からは結界の一部と思しき破片が、雪のように散って溶けていく。

 

 「カグヤ!。この結界、長くは持たないから、いまのうちに!」

 「そうだね、今のうちに僕が!」

 「これを使うから伏せて!」

 「え?」


 とうとう僕の出番か?と、思った矢先。

 僕が星屑を投剣するよりも早く。

 テスが魔恩に目掛けて、青い水晶玉を投げつけた。

 それはテスの手を離れ、結界をすり抜けると、魔恩にカツンと直撃。

 その瞬間。

 水晶玉が砕け散り、爆発したかと思えば、現出したのは無尽蔵の氷の刃。

 汚れを美で蹂躙した氷花が、一瞬にして魔恩を終わらせたのだ。


 「これは」

 

 水晶玉が直撃した魔恩は、地面と氷に挟まれてペシャンコ。

 その姿は見る影もなく、黒々とした体液のプールへと生まれ変わった。

 他2体については、氷の刃に貫かれ、全身が蜂の巣状態になっている。

 まだ息はあるようだが、全身を固定されているせいか、身動きひとつ取れていない。

 ギシギシと抵抗していた魔恩も次第に弱々しくなっていく。

 そして完全に力尽き、魔恩は全身が塵のように霧散した。


 「ふ~、やったぜー」


 テスは一仕事終え、やり遂げた感を出している。

 対して僕はというと、両膝から崩れ落ち、自分の情けなさに打ちひしがれていた。


 「ちょ、カグヤなんで泣いてるの?なんか気持ち悪い…」


 ようやくだ。

 ようやくテスの前で、僕のカッコいいところを見せられると思ったのに。

 彼女は慣れた様子で、淡々と魔恩を退治してしまった。

 たぶん、今までもこんな感じで魔恩と向き合っていたんだろう。

 結界内という安全圏からの、容赦のない攻撃。

 ゲームでいうところのハメ技だ。

 

 「僕も…僕にもなにかさせてください。このままじゃ、本当にただの穀潰しになってしまいます」


 涙ながらに訴える僕に、テスは若干引いている。

 彼女は小さく息を吐くと、膝を曲げて僕に目線を合わせた。

 

 「なに~、そんなこと気にしてるの?。別にいいのに。それに、カグヤはちゃんと役に立ってくれてるよ」

 

 テスは微笑みながら、捻くれた僕を励ましてくれた。

 しかし、不貞腐れてしまった今の僕を甘く見てはいけない。


 「たとえば?」

 「えっと…、あっ。カグヤのおかげで家と川の往復が早くなった!」

 「ほかには?」

 「えっとー…」

 

 テスは首を傾げ、しばらくの間、空を仰いだ。

 そして長い沈黙の後、ダラっとした汗が彼女の額から滝のようにあふれだしたた。


 「……………」


 うん、これを見れば分かる。

 僕の存在なんて所詮替えが効くんだ。

 だってさ…。

 僕がいなくても、馬車さえあれば全て解決しちゃうんだもん…。


 「うわーん、テスー!。僕にも何か役に立つことさせてよー!。このままじゃ、ぽっとでの新キャラに僕の存在価値が食われちゃうよー」


 僕は地面に寝そべり、ジタバタと子供のように駄々をこねる。

 そんな僕を、テスは呆れたように見下ろし、さっきよりも大きく深い溜め息を吐いた。


 「だから気にしなくていいのに…。

  そんなに役に立ちたいなら、コレ…やってみる?」


 そう言うとテスは、大量に持ってきた水晶玉をひとつ、地面に張り付いている僕に手渡した。

 

 「これなに?」

 「これはオーブ。私たち、精霊の恩寵を閉じ込めて、他の人たちも奇跡を起こせるようにできる特別な石なの。あっ!、ちなみに恩寵っていうのは、人間でいうところの血のことだよ」


 奇跡…。

 エンバーさんとの一件以降。

 ひとりでこっそり、奇跡を起こす訓練に励んでいる。

 いざというときに、テスを驚かせてやろうと思ったからだ。

 もちろん前に馬鹿にされたので、見返してやるっていう気持ちもある。

 だけど、これといった力はなにも発現せず、僕は若干の焦りを覚えていた。

 

 オーブ…。

 どういう原理かわからないけど、これが使いこなせれば、僕自信の奇跡を起こす、なにか切っ掛けになるかもしれない。

 そしたら今度こそ、テスの役に立てる。

 僕は淡い期待を胸に、彼女からオーブを受け取り、どっしりと立ち上がった。


 「そのオーブは最初に使ったものと同じ、結界を張る奇跡が起こせるの。

  また魔恩が来るかもしれないし、練習がてら使ってみよ。

  オーブの使い方は、奇跡を起こすときとほとんど一緒。

  ただ意識は自分じゃなく、オーブに向けるの。

  さぁ、やってみて」

 「わかった」


 テスにうながされるまま、僕はオーブを片手で握りしめ、その最奥にある恩寵を見つめる。


 僕に出来るかはわからない。

 それでもやるだけやってみよう。

 話はそれからだ。

 

 ありったけの思念を、僕はオーブに向けて装填する。


 役に立ちたい。

 力になりたい。

 この場所で…。

 たったひとりで頑張っているテスに、教えてあげたいんだ。

 まだ微力だけど僕もいる。

 僕がついてるってことを!。


 刹那。

 手の上の恩寵がグツグツと膨張を始め、オーブの外装を突き破り、そこからとめどなくあふれでた。

 恩寵は空気に触れた途端、炎のようにゆらめいている。

 熱なさは感じない。

 むしろひんやりとして気持ちい。


 「あれ?」


 おかしい…。

 さっきテスがオーブを使った時と全く異なる反応をしている。

 これ、どういうこと?。

 

 僕は困惑しながら、目でテスに語りかける。

 しかし、彼女も動揺した様子で、首を横に大きく振った。

 テスもこの現象がわからないようだ。


 「えっ?ちょっと!」


 すると、恩寵の炎は激しさを増し、僕やテスを優しく包み込んだ。


 「これは…」


 炎の海に沈められ、僕はどうすればいいかわからずに、ただ茫然と眺めていた。

 テスも同様に空を眺めている。

 そりゃそうだ。

 水の中の経験はあれど、無害な炎の中を平気でいられるだ。

 こんな不思議な経験、二度とないだろう。


 と、油断したのも束の間。

 

 「え?」


 一帯に拡散した恩寵は、一瞬で手の平へと収束する。

 すると、オーブは粉々に砕け、そこから爆ぜた閃光が一瞬で僕たちを飲み込んで、僕の視界に映る全ての色が、真っ白に染め尽くされたのであった。

  

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