異能と奇跡の唐突決闘

 どうしてこんなことになったのか…。


 「よし、では始めようか」


 そう言ってエンバーさんは僕の正面の少し離れた位置に立つと、片手を前に突き出し、戦闘の構えを取った。

 それと同時。

 僕も戦うために、手の内に異能を顕現させる。


 「行こう…星屑」

 「ふむ…その武器…。やはり君もとやらを使えるんだね」


 あれ?僕、異能の事言ったっけ?なんで知ってるんだ?

 

 不思議に思ったが、既に僕達は臨戦状態。

 今はその疑問を置いて、エンバーの先手を見逃さないように注視した。

 それはエンバーも同じようで、僕達は互いに睨みを合う。

 

 「二人とも頑張れー!」


 静寂と緊張に包まれた空気の中。

 離れで観戦していたテスのお気楽な応援が飛んできて、思わず僕の気が緩む。


 テスさん…あなたなんでそんなに楽しそうなの?


 だけど、エンバーさんはその一瞬の隙を見逃さなかった。


 「よそ見は、良くないよ!」


 エンバーさんは全身からスラスターを展開。

 ボオォっと噴出したジェットで加速し、一気に距離を詰める。

 そして、右腕を振り構え、ストレートの予備動作をした。


 来る!


 刹那。

 予測した通り、鑿岩機さくがんきのような強烈な右ストレートが眼前に迫る。

 これもスラスターで加速させ、風を切る勢いだ。

 が……。想定していた僕はバックステップでこれを回避。


 「よっと」


 しかし、まだエンバーさんの攻撃は止まらない。


 「行くよ!」


 エンバーさんはすかさず、二撃目のジャブを打つ。

 先程よりも速度は無い。

 恐らくエンバーさは右利き。

 左手は使い慣れていないのだろう。

 僕は咄嗟に両手を押し上げ、エンバーさんの左腕を上方へと逸らした。


 「あぶな!」 


 結構、ギリギリだった。

 思わず冷や汗が、僕の額を伝う。

 それも束の間、エンバーさんはガラ空きになった僕の脇腹に、スラスターで加速させた三撃目の蹴りを、容赦なく叩き込む。


 「星屑っ!」


 僕の呼び声に星屑が動く。


 キイィィーーーン。


 異能と奇跡。

 二つの甲高い衝突音が響いた。


 「ほう」


 念動力で動かした星屑を盾にし、三撃目を紙一重で防いだのだ。


 「今の蹴り…当たったら洒落にならないんですけ、どっ!」


 相手から距離を取らせるために、自分の周囲に星屑を高速旋回させ、円環の鋭い守りを構築した。

 エンバーさんは星屑の刃を警戒して、スラスターの推進力を使い、素早いバックステップでそれを回避した。


 「ああ、大丈夫だよ。もし当たりそうになったら、寸止めするつもりだったから」


 本当かよ…と正直思った。

 だって、エンバーさんの蹴りを星屑で受け止めた時、めっちゃすごい音したもん。

 でも、距離は取れた。距離さえ取れれば僕の独壇場どくだんじょうだ。


 僕の周囲を旋回する星屑は、既に最高速度に達している。

 旋風を巻き起こしながら空切り音を鳴り響かせる星屑。

 それを相手の様子を伺いながら、円盤投げのように射出した。


 「っ!早い!!」


 つばめの様に空を切って走る星屑を、エンバーさんは咄嗟に片手で弾く。

 エンバーさんは無防備になった僕へとかさずせまろうとしたのだが、後方から走る衝撃にエンバーは片膝を突いて蹲った。

 

 「っ?何が!?」


 エンバーさんは何が起きたか分からず、状況を整理している。


 「そのつるぎ…手元からある程度離れても自在に操れるのか。なるほど、とは性質が違うらしい」


 衝撃の正体に気づいたエンバーは、浮遊する星屑を眺めながら、何やら独り言のように呟いた。


 「申し訳ないですけど、エンバーさん。この戦い…勝たせてもらいます」


 僕はそい言って、再度星屑を射出した。

 

 僕の戦闘スタイルは近接戦になるとかなり弱い。

 何故なら防御や回避に気を取られて、星屑の操作が疎かになってしまうからだ。

 だけど、中距離や遠距離戦に置いて、僕は無類の強さを誇る。

 星屑による猛攻によって、敵を近付かせず、反撃を許さず、相手の動きを完封しながら圧倒的な勝利を掴む。

 これが僕の戦闘スタイルだ。

 

 打矢に弾丸、雨霰。

 僕の放った星屑の激しい猛攻により、エンバーは構える事も間々ならない。


 「ぐっ、かはっ」


 エンバーはこの状況を打開しようと、先ほどまでとは異なる動きを見せた。

 纏っている機械鎧が、ガシャン、ガシャンと音を立てて組み上がり、防御に特化した新たな装甲を構築し始めたのだ。


 「させませんよ」

 

 それに気づいた僕は、装甲が完成するよりも先に、星屑を飛ばして鎧の完成を妨害する。


 ガシャン。キーン。ガシャン。


 新たな装甲は完成する前にガタガタと崩れ、落ちた部品パーツは光の泡沫となって霧散していく。


 「なかなか…容赦がないね」

 「相手が何かをしようとしたら、実行する前に手段を潰す。自分が有利な状態を維持しつつ、相手が有利になる事は阻止する。これは戦いの基本でしょう!」

 「君は意外と、勝利に貪欲だな…。認めよう、私の負けだ」


 その言葉を聞き、耳を疑いながら、僕は星屑を収めた。

 

 「僕の…勝ち?」


 第三部隊の隊長に勝利した…。

 この事実をいまだに受け入れられなかったが、戦闘が終了したことに僕はホッと胸を撫で下ろす。


 「すごーい!カグヤ勝っちゃったー!」


 テスから称賛の言葉が贈られ、僕はようやく自身の勝利を自覚した。


 「へへ、すごいだろー、テス!」


 僕は勝利に喜びを噛み締め、自慢する様にテスに手を振るが、テスの意味不明な言葉に、僕の思考は停止した。


 「じゃあ、二回戦目も頑張ってね」


 ………はい?

 二回戦?何を言っているの?


 「カグヤ~、何してるの?構えて構えて!エンバーさんも準備初めてるよ!」

 「準備?何の?」

 

 僕は思考を放棄したまま、エンバーさんの方へと目を見やる。


 エーット…ナンデスカ?ソレ?


 カシャン、カシャンと音を立てて、エンバーは新たに2本の機械腕マニピュレーターを構築。

 そして、分厚い鎧は収縮していき、先ほどよりも細身な装甲に形態変化していた。

 全身からは薄暗いネオンの光を放ち、当初の機械鎧は全く異なるオーラを纏っていた。


 「まさか、私に本気を出させるとはね。

  さあ、第2ラウンドだ!」


 防御を捨て、スピードと柔軟性に重きを置いた機械鎧。

 エンバーさんは再び僕の前に立ち、臨戦体制を取った。

 僕は戸惑いながら、どうしようかと思い悩んでいると、テスが無邪気に笑いながら二回戦目の火蓋を切った。


 「ラウンド、ツー!ファイッ!」

 「どえ!本当にするの!」


 僕は慌てて星屑を手に、今一度エンバーに向けて刀剣した。

 エンバーさんは先ほどまでの動きとは遥かに違い、素早く、そして軽やかに星屑の猛攻を回避していく。


 「しくった…、焦って星屑を飛ばしたから速度が全然足りていない!」


 僕は、エンバーさんへの攻撃を継続しつつ、徐々に星屑の速度を上げていった。


 「やはり、驚くほどに早いね。だがっ!。

  『戦闘モード、予測演算』開始!」

 「何それ?」

 

 最高速度に達している筈の星屑の前では、流石にエンバーでも回避しきれないみたいだ。

 しかし、今のエンバーからは、先程までとは違って余裕が窺える。


 『敵勢力の行動パターンを解析。機械腕マニピュレーターによる自動迎撃を開始』

 

 「ん?何今の声?」


 星屑が、エンバーさんへと迫った瞬間。

 機械音声がしたと思ったら、彼が新しく構築した機械腕マニピュレーターが星屑を弾いた。

 そして、カァーーンという甲高い音が響き渡り、僕の思い描いた軌道とは異なる方向へと星屑は飛んでいった。

 

 「大丈夫。まだ軌道修正できる!」


 僕は透かさず、星屑の軌道を変え、再度エンバーへと目掛けて射出した。

 

 「見切ったっ!」


 しかし、またも星屑は弾かれ、軌道の修正を余儀なくされた。

 

 「だったら、これでどうだ!」


 僕は、エンバーに向けて星屑による凄まじい連続攻撃を仕掛けたが、エンバーさんもまた僕の猛攻に応戦する。


 「うおおおぉぉぉぉ!」

 「ハアアアァァァァl」


 カァーン…………カーン……カン…カンカンカンカンカンカン。

 

 何度も何度も何度も。

 甲高い音が、辺りに響いて耳に殘る。

 異能と奇跡が激しくぶつかり、眩い火花が咲き誇った。


 薙ぎ払い、打ち上げ、叩き落とす。まるで星屑の軌道を全て見切っているかのように、エンバーさんは僕の猛攻を4本の腕で凌いで見せた。


 ちなみにテスはというと、目の前で何が起こっているの分からず、ただひたすらボーッと眺めている。


 クソっ、なんで星屑の連撃に対応できんだよ!


 全ての攻撃が無力化され、勝利への決定打を愚考していると、その一瞬の隙に一気に形成が傾いた。


 「取った!」


 僕の思考が鈍った瞬間を狙い、エンバーさんが星屑の柄をガシッと掴み、動きを完全に封じたのだ。 


 「ウソーン!」

 「ふむ、やはりある程度の速度がないと対した力は出せないようだね」


 あっさりと星屑の弱点を見抜かれ、僕は目を大きく開いて動揺してしまった。

 なによりありえないのが、星屑を抑え込めるほどのその力だ。

 僕とテス、そしてソリを合わせた重量も、星屑は難なく運べるほどの念動出力を持っている。

 それを片手で完封するなんて尋常ではない力だ。


 「くっ、動けっ星屑!」


 万策尽きた僕は、がむしゃらに星屑を操作するがびくともしない。

 その刹那、エンバーさんは一気に距離を詰め、星屑を僕の首元に突き付けた。

 僕は戦意を引っ込め、両手をヒラヒラと上げて肩を落とした。


 「こ…降参です」

 「うむ。お互い、素晴らしい戦いが出来たな」

 「はい!それじゃこれで…」


 戦闘の終了に安堵していた束の間。

 エンバーさんは信じられな言葉を口にした。


 「よし!では、三回戦目と行こうじゃないか」


 僕は愕然としながら、恐る恐る口を開く。


 「あのさっきので終わりなんじゃ…」


 するとエンバーはハハハと笑って、勝敗を決定するためのルールを今頃になって説明した。


 「何を言っているんだ、霞紅夜君。まだ我々は一勝一敗。つまり次の勝負で真の勝敗が決まるのさ」


 格ゲーかよ!

 てか。ああ、そうか。

 エンバーさんは負けず嫌いというか。

 何というか…凄く面倒臭い人だ。


 「ラウンドスリー…ファイッ!」


 涙目になっている僕を他所に、三回戦の火蓋を切ったテス。

 その姿はまるで可純真無垢で可憐な悪魔そのものだ。


 「ちきしょー!やってやるよー!」


 その後、ヤケクソになった僕の悲痛な叫びが、彼方まで響き渡ったのであった。


 ーー*ーー


 「カグヤ~、大丈夫?」


 仰向けになった僕の頬をツンツンと突つきながら、テスが顔が覗き込む。


 「な~にが、大丈夫?っだこの悪魔め!地獄を見たわ!」


 結局、三回戦の勝敗は僕の敗けで終わった。

 エンバーさんは二回戦目の情報を元に、鎧をさらにアップデート。

 ものの数秒で星屑の動きを完封して見せた。

 おかげで、早々に白旗をあげざる終えなかったというわけだ。


 それにしても、エンバーさんの奇跡…。

 推測だけど、テクノロジーとかの一時的な具現化だろうか。

 さっきの戦闘で、打ち砕かれた装甲の一部が消失したことをかんがみるに、永続的な効果は無い。

 それでも、あの奇跡は強力だ。

 しかも、一度戦った相手なら、その相手に合わせて優位な状態に形を変えれる優れもの。

 その力の汎用性はかなり高い。

 機械鎧もエンバーさんが好んで使ってるだけで、実際は兵器を出力したりとかもできるんだと思う。

 電磁砲レールガンとか高出力剣エネルギーブレードとか…。

 そう考えると、男の夢ロマン溢れる力だな。

 めちゃくちゃカッコいい…。


 そんな考え事をしながら僕はゆっくりと立ち上がり、近くまで歩み寄ってきたエンバーさんに向き直った。

 彼の機械鎧は、最初に出会った時の状態に戻っていて、新品同然のようにピカピカになっている。


 「霞紅夜君。君、とても強いね。元の世界では何をしていたんだい?」

 「学生ですよ。異能者の力を研究するために新生された、ちょっと変わった学校ですけど。僕の飛剣みたいに、はっきりと実体化する異能は珍しいみたいで、元いた世界にも僕を入れて三人しかいないらしいですよ」

 「ふむ…、三人…か」


 エンバーさんは僕の言葉を聞き、何やら不思議そうに首を傾げた。


 「ふむ…。その三人なんだが、どういう訳か全員こっちの世界に来ているみたいだよ」

 「はい!?」


 僕は驚いて固まってしまった。


 「どういう因果か、他の二人は既に聖都で保護している。

  君と同様に異能の力を持っていてね。

  同時期ということもあって、みんな霞紅夜君と同じ世界の住人だろう。

  内一人は戦闘に特化した異能だったので、私の率いる第三部隊サードアームズに入隊させて鍛えている」

 「なるほど。だから異能の事知ってたんですね」

 「ああ。それにしても全員が同じタイプの異能なのか…興味深い。もしかしたら召喚自体、無差別に召喚されてるわけではなく、何かしらの法則があるのかもしれないね」


 確かにそうだ。

 たった三人しかいない完全発現型の異能を持った人間が、同時に異世界に来ているというのだから、偶然…という言葉で片付けられる訳がない。

 そういえば、会ったことないけど、その人達の異能って、一人が槍…だったかな?。

 多分、この人がエンバーさん部隊に入隊させられた可哀想な人だ。

 んで、もう一人が特殊な本を発現させられるって聞いたような。

 まあ、今考えても仕方ない。


 「ところで、霞紅夜君は、なんでさっきの戦いの時に奇跡を使わなかったんだい?」

 「え?僕って奇跡使えるんですか?てっきり異能と奇跡って似たような力だと思ってたんで、考えた事なかったんですけど」

 「私も前まではそう思っていたんだけどね。私の部隊に入隊させた異能者の青年が奇跡を起こして見せたんだ。

  異能と奇跡は異なる力であることは証明されているから、霞紅夜君も奇跡を起こせるはずだよ」


 マジかよスゲーじゃん!


 ワクワクと胸を高鳴らせていると、僕とエンバーさんの話を聞いていたテスが、興味津々に間に入ってきた。


 「カグヤの奇跡?。その剣が奇跡じゃなかったんだ。じゃあカグヤの奇跡ってどんなのなの?私みてみたい!」

 「うん、私も見てみたいな」


 確かに僕自身、凄く興味はある。


 「分かりました!出来るか分かんないけど、やってみます!」

 

 僕は、目を閉じて集中した。


 えっと確か、祈りや願い、なんでもいいから、とりあえず強い想いが必要なんだっけ?。

 心…思い…想い、それじゃあ、次はエンバーさんに勝つ!。


 想いは定めた。

 僕は胸に手を当てて、流れ星に祈るように願った。

 すると、想いをに呼応するように、激しい旋風が僕を中心に巻き起こった。

 

 いけるっ!。


 確信した僕は雄叫びを上げて、勢いよく手を振りかざした。


 「いっけぇぇーーー!」


 しかし、僕の意思に反して、旋風も収まり、シンとした虚しい静寂がしばらく続いた。


 あれ?。

 やだっ、凄い恥ずかしい!…。


 どうやらただのつむじ風だったようだ。

 

 「ショボ…」

 「ふむ」

 「いや、まだなにもしてないけど!?」


 ていうか、そんながっかりした目で見ないで…。

 本当に居たたまれなくなる。


 「もしかしたら、霞紅夜君の奇跡は世界に干渉できるたぐいの凄まじい権能かも知れないよ。そうなると、奇跡を起こすために、より強い想念が必要になるんだ。今後、諦めずに励みたまえ」

 「ぷぷぷ~。カグヤ~、エンバーさんに気を遣わせちゃって~。正直に言いなよー。今のそよ風が僕の奇跡だーって」


 ニヤニヤと小馬鹿にしてきたテスを、いつの日か絶対に見返してやると、僕は頬を真っ赤にしながら強く心に誓った。

 

 「ま、まあ僕、奇跡なんて使った事ないし~。異能の感覚に慣れすぎちゃって、上手く出来ないだけだし~」


 とりあえず、出来なかった言い訳を、テキトーに並べ上げて誤魔化した。


 「ぷぷぷぷぷー。意地張っちゃって~。まあ、難しいんだったら私も教えてあげるから、頑張ってね!」


 テスはそう言うと、一人で家の方へ楽しそうに駆けて行った。

 そんなテスを見ていたエンバーさんががボソリと呟いた。


 「今日のテス君はとても楽しそうだね。あんなにはしゃいでいる姿は初めて見た」

 「そうですか?僕も彼女との生活は日が浅いですけど、出会った時からずっとあんな感じだったと思いますよ」


 すると、エンバーは意外そうな反応を示した。


 「そうなのかい?。はは、そうかあの子が…。よかった」

 

 エンバーさんは安堵した様子でゆったりと肩を落とした。

 なにやら僕の知らないところで、テスの心境に変化があったのだろう。


 「ところで霞紅夜君は、これからどうするんだい?。これからもずっとここに?」

 「そうですね。とりあえずは僕が食べ尽くしてしまった備蓄分を、働いて返すまではここにいますよ」


 正直なところ、これから先どうしたいっていうのは考えていない。

 当初の目的地であった聖都での情報収集も、先程果たされてしまったようなものだ。

 いっそのことこの世界でぶらり旅でもしようか?。


 そんな事を考えていると、エンバーさんは顎に手をあて、不思議そうに首をかしげた。


 「備蓄分?食料なら私がいつも余分に持ってきているから、早々に尽きる事はないはずなのだが…」

 「え?そうなんですか!」


 驚きの事実に僕は耳を疑った。

 それなら、備蓄が尽きたというのはテスの嘘?。

 テスはなぜそんことを?。


 するとエンバーさん。

 おもむろに地面を見つめると、大きな溜息を吐いた。

 どうやら彼女がしたことに心当たりがあるらしい。

 

 「あの子はきっと、君に思ってほしかったんじゃないかな」

 「思う」

 「彼女は魔恩の襲撃以降、ずっとここで残された花を守っている。精霊にとって根源とは、自身の命と同等に大切なものなんだ」

 「命と同等ですか?」


 エンバーさんは荒廃した大地を見渡すと、僕に向き直って問いかけた。


 「霞紅夜君、さっき終焉個体の話を覚えているかい?」

 「はい、覚えてますよ。一度滅びても、いずれ復活する不滅の存在…ですよね」

 「ああ。でもそれは精霊も一緒なんだ」

 「え!それって、精霊も不死ってことですか!?」


 僕は前のめりになりながら、精霊の特性に驚いた。

 しかし、エンバーさんは首を横に振って、それをあっけらかんと否定した。


 「半分正解、半分不正解だね。精霊は死後、その魂は確かに根源へと帰る。そして、その精霊の根源に思願がふたたび募れば、またいずれ世界へと顕現まれることができる。ただしその精霊は赤子から全てをやり直すんだ」

 「赤子から…ですか?」

 

 エンバーさんはコクリとうなずく。


 「そうだ。記憶も失い、容姿や特徴も変わり、新しい存在としてせい謳歌おうかする」


 なるほど。

 てっきり生き返れるのかと思ったけど違うようだ。

 『生き返れる』ではなく、『生まれ変われる』ということらしい。

 

 「いわゆる、転生ってやつですね」

 「そのとおり。根源とは精霊にとって母なる存在であり、世界に魂を繋ぎ止めるための楔なんだよ」


 根源とは楔。

 精霊にとって命とおなじくらい大事なものだということがよくわかった。

 だからテスは、バケツを持ち出した時、あんなにウハウハだったのか…。

 ごめんね。大して水持って帰れなくて…。


 「思願さえ募れば全てのものが根源に成りうる。それが人目を引くような、美しいものなら尚更だ。

  ここもかつては、幻想的な美しさを誇っていた。しかしいまでは、人も寄りつかないような、荒れた土地に成り果ててしまっている」

 「テスの根源…ですね」

 「ああ」


 アクアルシルの花畑。

 テスいわく、数多の異名を欲しいままにしたという、それはもう絶景の場所だったそうだ。

 だけど、その花も家の前にわずかに残っているだけ。


 「彼女は一度、不浄のせいで根源を失いかけたんだ。ちょうどその頃だろう、私の彼女がでったのは」


 エンバーさんの表情は読めない。

 だけど彼がかたさまは、どこな昔を懐かしむような様子だった。


 「あの頃の彼女は、根源を失ったと思っていたんだろうね。『約束を…根源を守れなかった』って大きな声で泣いていたよ」

 「約束?」

 「約束については詳しくは私も知らないんだ。でもそれから私や他のみんなの助けもあって、なんとか根源は残すことができたんだ」


 約束というのが少し気になったが、エンバーさんが知らないのなら仕方がない。


 「しかし根源を残せたからといって、安心はできない」

 「思願ですか。誰も来ないんじゃ、思願も募らないですからね。だけらテスは嘘をついてまで、僕を引き止めたのか…」

 「だろうね。精霊にとって根源は一蓮托生だ。根源がみんなから忘れられれば、自分も忘れてしまったんじゃないかって不安だったんだろう」


 テスのかまってちゃんに、僕は呆れて思わず溜息を漏らした。

 べつに『一緒にいて!』って言われても、僕はここに残ったというのに。

 なんてまわりくどい子なんだろう。

 まぁ、女の子のそういうところは嫌いではないし、必要とされるのは素直にうれしい。

 

 テスの微笑ましさに、僕は思わず笑みをこぼした。

 すると、エンバーさんはあらたまった様子で、おもむろに喋りだした。


 「ところで霞紅夜君。もしよければなのだが、今後の方針が決まるまで、ここでしばらくテス君を守ってあげて欲しい」


 僕はキョトンとしながら少し考え込んだが、特に目的もないので軽返事で承諾した。


 「わかりました、いいですよ。急ぎでしないといけない事もありませんし」

 「本当かい?それはよかった。私も彼女の事が心配だったんだが、職務上、長期間ここに顔を見せられない事が多々あってね。君が彼女の元に居てくれると、とても心強いよ」


 うんうんと頷きながら安心した様子で、エンバーさんは続けて口を開く。


 「それと、申し訳無いんだが、少しテス君と二人きりにさせてもらっていいかな?彼女に確認したい事があるんだ」


 確認したい事?。

 まあ、昔からの知り合いみたいだし、二人だけでしたい話でもあるんだろ。


 「分かりました。じゃあ僕、少し汗掻いちゃったんで、近くの川で水浴びでもしてきます」

 「ありがとう。でも近くの川って、歩いて一時間は掛かるんじゃないのかい?」

 「ああ、それなら大丈夫です」


 僕は異能を発現させ、手にした星屑を両手で掴むと、フワッと地面から足が離れてた。


 「なるほど、色々と便利な異能なんだね」


 まあ、あなたの奇跡程じゃないですけどね…。


 僕は、星屑に掴まり、こうやって空中浮遊と高速移動を可能にしている。

 だけど、結局。星屑に掴まり続けるには、僕の腕力が必要な訳で、翌日に筋肉痛になってしまうから、この方法は滅多に使わない。


 「じゃあ、少しの間ここを離れます」

 「あっ、ちょっと待ってくれ」


 颯爽と飛びたったその時。

 エンバーさんに呼び止められ僕は、ヌルンとユータンして戻ってきた。


 「はい、なんですか?」

 「うわっ!、本当に器用だな、きみ…。それよりも、これを君に渡しておこうと思ってね」


 そういうと、エンバーさんは胸部の装甲から、コンパクトな一本の棒を取り出した。


 「なんですか?それ」

 「スティークと言って、この世界での連絡端末だよ。まぁ君の世界の連絡端末に比べれば、性能は劣るけどね」

 

 たぶん、エンバーさんのいっている連絡端末とはスマホのことだ。

 彼のところにも、僕と同じ世界の異世界人がいるということだし、僕の世界のことを、ある程度知っていても不思議ではない。

 僕は手渡されたスティークを受け取り、その外観をまじまじと観察した。


 見た目は鉛筆のような、八角形の精密機器。

 なのだが、細部にはクリスタルのような結晶が見え隠れしている。

 まるで科学と神秘を足した、ハイブリットな機械だ。

 そして、これはまったく関係ないのだが、この機器…すごく生暖かい。

 胸部から取り出したせいだろうか?。

 

 「いいんですか?。こんな高価そうなものをいただいてしまって…」

 「そこは気にしないでくれ。私の連絡先も入っているから、何か困ったことがあれば遠慮なく連絡してほしい」

 「わかりました。ありがとうございます」

 「それと、私はテス君と少し話したら、そのまま聖都へと帰るよ」

 「あっ、じゃあこれで今日はお別れですね」


 僕はあらためてお礼を言い、深々と頭を下げた。


 「今日はいろいろとありがとうございました」

 「こちらこそありがとう。また近いうちに顔を見せるから、その時はまたよろしくたのむ」

 「はい。ではまた」


 ……。

 よろしく頼むって…また戦おうって意味じゃないよね?。

 

 僕達は互いに別れを告げ、双方の目的地へと歩みを進める。

 そして僕は、汗臭くなった体を洗うために、川に向かって一目散に飛翔した。


 ーー**ーー


 コンコンコン。


 家の扉がノックされた瞬間。

 空色の髪をユラリと靡かせて、少女は音のした方へと目を見やる。


 「ん?どーぞ」 

 「やあ、テス君。少しいいかい?」


 扉を開け、入って来たのは、機械の鎧に身を包んだ浄化部隊エイシスの最先鋭。


 「エンバーさん。あれ?カグヤは?」

 「彼は、汗を掻いて気持ち悪くなったから水浴びに行くと言っていたよ」

 「あれ?でもタオルは持っていってないよ?」

 「…………うむ」


 この後の少年の惨状を容易に想像できた二人は、互いに顔を見合わせ、やれやれと苦笑した。

  

 「ところで、テス君。体調の方は問題ないかい」

 「うん、へーきだよ。元気元気」


 そういうと、テスは両腕にぷっくりとした力瘤を作って、健康であることをアピールしてみせた。


 「それならいいんだ。それよりもテス君。どうして彼に嘘なんかついたんだい?」

 「嘘?」

 「備蓄の食料が尽きたという話だよ」


 エンバーは真剣な面持ちで、彼女に問いかけた。

 すると、キラキラしていた彼女の瞳は、一気に陰りを見せた。


 「………それは。ごめんなさい。ただ、誰かにここの存在を忘れられるのが怖かったの。だって、このままじゃ私はっ…!」


 二人の間に重い沈黙が走る。

 すると、エンバーは俯きながら小さく息を吐いて、この短い静寂を破った。


 「霞紅夜君にね、これからどうしたいのか聞いたんだ」

 「え?」

 「ここに残ると言っていたよ」

 「…そう…」


 テスは一瞬、戸惑った様子を見せたが、その表情には喜びの籠った笑みがこぼれていた。

 

 「それとテス君、キミの体の事は、彼に伝えているのかい?」

 「…言ってない」

 「そうか…ならこれ以上、私からは何も言うまい。ああ、そうだ。薬はちゃんと毎日飲んでいるかい?」

 「うん。毎日飲んでる」

 「なら、問題無い。差し入れの中にも翌月分までの薬が入っている。霞紅夜君に知られたくないのなら今の内に隠しておきなさい」

 「わかった」


 テスは差し入れの入った荷物を漁り、粒状のカプセルが入った袋を取り出し、ワンピースのポケットの中に閉まった。

 そして、エンバーは改まった様子で、忠告するように少女に告げた。


 「テス君。彼がここで生活する以上、いつかはキミの抱える問題を知られる時が来る。絆が深まる前に、全てを伝えておくのもひとつの手だ。後になって全てを知った時、キミも彼も、きっと傷つく」

 「わかってる。いつかは伝えるつもりだよ」

 「そうか。では、私はこれでお暇おいとましよう。ああそれと、次回はお待ちかねの定期検診だから心しておきなさい」

 「うげっ」


 エンバーの言葉に、彼女は舌を突き出し、嫌そうな反応を見せた。


 「そんな顔しないで。せっかくだからその日。霞紅夜君も一緒に聖都の観光でもしたらどうだい?。

  彼はまだ、一度も聖都に訪れたの事が無いのだろう?」

 「え?カグヤも一緒に聖都に行っていいの!?」

 「ああ、構わないよ」

 「やったー!、エンバーさんが次に来るの楽しみにしてるね」


 テスは余程楽しみなのか、さっきまでの暗い表情を吹き飛ばし、瞳をキラキラと輝かせて楽しそうにしていた。


 「では、次は一週間後くらいになる。その時を楽しみにしていてくれ」

 「うん」

 

 ーー*一方その頃*ーー


 「ぶえっくしゅ」


 水浴びをした後。

 少年はようやくタオルを忘れたことに気づいてしまい。

 一人寂しく、羽織っていた服で体を乾かしていたのだった。

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