始まる異世界生活

自給自足と正義の味方

 テスは村で、コッケイっていう鳥類の雑食獣を3羽飼育している。

 僕の世界で言うところの鶏に酷似していて、そのコッケイの卵を頂戴して食料の足しにしているんだけど。

 流石に朝昼晩卵を産んでいるわけじゃい。

 足りない分は食料の備蓄に頼っていたんだが、

 ついこの間、僕がそれを物を食べ尽くしてしまったのだ。

  

 というわけで、今はマジで食料がない。

 テスはこういう時、どうしているのかというと。

 漁猟をして食べ物を補っているそうだ。

 つまり自給自足である。


 ー


 テスと生活を開始してから翌日のこと。

 早速、彼女のお手伝い。

 彼女の手となり足となり、全力で恩義に報いる所存だ。

 というわけで…。 


 「テス様!これから一時間歩くと聞いて、とっておきのものを用意しておきました」

 「なにそれ?いた?」


 キョトンとするテスを尻目に、僕が持ってきたのは、ロープをくくりつけた大きな木の板。

 廃家の中から丈夫そうな板を適当に見繕って改修したものだ。

 『なにに使うのそれ?』と小首を傾げるテスに、僕はフフンと鼻を鳴らして堂々と告げた。


 「ソリだよ。ソリ!」

 「?」


 なおも、わけがわからないと言った表情で、彼女は先ほどよりも深く首を傾げた。

 無理もない。

 こんなたいら傾斜けいしゃもない平原で、どうやってソリなんて乗るんだ?。

 そう思っていることだろう。

 だが僕は、こんな場所でもソリを乗りこなせる自信がある。

 何故なら僕には異能の力があるのだから…。


 「まぁ見てて…星屑!」

 

 そうして顕現けんげんさせた、黒くたなびく漆黒の星。

 するとテスは興味深そうに、僕の星屑へと目を向けた。


 「なにそれ?。ひょっとしてカグヤの奇跡?」

 「ん?奇跡?」


 なにやら彼女の口から、面白そうなワードが飛び出た。

 この世界特有の異能の呼び方なのだろうか。

 ちょっとした興味本位で、僕はその奇跡とやらについて尋ねることにした。


 「ねぇテス。奇跡って何?この世界の超能力か何か?」

 「えっとねぇ…奇跡っていうのは、私たち精霊だけが行使できる特別な力なの。奇跡は想いの力が必要でね。私達は想念そうねんって呼でるんだけど、この想念が強ければ強いほど奇跡の力は強くなるんだよ。まっ、私が後で見せてあげるよ」


 ふ~んと思いながら、ふと、あることに気づいた。


 「あれ?でも奇跡って、精霊だけが使えるんでしょ?。人間の僕が奇跡を使ったらおかしくない?」


 そうだ。

 彼女は言ったのだ。

 『奇跡は精霊だけが行使できる』と。

 それなのに、僕が神秘の力を行使したというのに、テスの反応はやたら薄い。

 『キャーすごーい』とか、『カグヤかっこいい』みたいな大袈裟なリアクションを期待してたんだけど…。

 帰ってきたのは『へー、そうなんだー』みたいな素っ気ない反応で、正直僕はがっかりしている。


 するとテスさん。

 ここにきて新たな新情報をリフトオフ。


 「ん?ああ、異世界人も奇跡を起こせるんだよ」

 「マジで!」


 想いの力で起こす神秘の力……奇跡…。

 かくいう僕も異世界人なわけで、異能とは違う第二の力がこの身にに宿っていると思うと、興奮を禁じえない。

 

 「あ~でも、すでに異能に覚醒してるからな~。奇跡が使えるとは限らないかー」


 すでに異能という力に覚醒しているからこそ、奇跡を行使できるという考えは早計かもしれない。

 たとえば、異能と奇跡は同質の力という可能性だ。

 世界が違うというだけで、力の呼び方がことなるだけ…ということもある。


 「へへ。でも異能と奇跡が使えたら、僕この世界で無双できちゃうかも」

 

 それでも、奇跡という未知の可能性を捨てきれず、僕は胸を高鳴らせていた。


 「ねぇねぇ。それで結局、その奇跡と板でどうするの?」


 すると、テスは怪訝そうに飛剣とソリを交互に指差した。


 「だからー。これは異能だってば……」


 どうやら彼女は、僕の異能を奇跡と認識しているようだ。

 彼女のリアクションが薄かったのも、彼女にとって奇跡がさほど珍しく無いからだろう。

 そんなことより、いま重要なのはこっちだ。


 「ちょっと待ってて。これをこうしてと…」

 

 ロープを括りつけた『なんちゃってソリ』を地面にバタンと置き、星屑とソリをロープで解けないようにつなぎとめる。

 

 「できた!」

 「え?それだけ!?」

 「ふっふっふー。僕のいっのっうっはっ、色々と便利なんだよー」


 説明するより実際に見せた方が早いだろうと思い、僕は分厚いソリの上で胡座あぐらをかいた。


 「見ててよー、それ!」


 念動力でフッと宙に浮かせた星屑を、少しずつ前へと前進させる。

 すると、たるんでいたロープはミシミシとり。

 僕を乗せたソリを引きずりながら、少しずつ速度を上げて走行していく。

 そう。

 これはいわば、犬ゾリならぬ剣ソリなのである。

 するとテスは感心したのか、嬉しそうな子犬のように、ピョンピョンと飛び跳ねた。

 

 「おおー、すごーい!」

 「でしょ!。これなら一時間もかからず、目的地に到着できるよ」


 彼女の喜ぶ姿を見て、またも自慢のドヤ顔をさらし、悦に浸る僕。

 するとテスは何を思ったのか、家の中に一旦戻り、また家から出てきたと思ったら、その手にはたくさんのバケツをかかえていた。

 

 「ねぇテス。これから魚を獲りにいくのにバケツが必要なのは分かるけど、バケツそんなにいる?」


 3…5…7…8…。

 テスが動くたびに、全部で8個の重ねられたバケツがガチャガチャと耳に響く。

 そんな耳障りな音も気にせずに、彼女は頬を紅潮させ、興奮した様子で坦々と語った。


 「えへへ。これならたくさん水を持って帰れるでしょ。飲料用に私生活用。それから花の水やり分!」

 「いや…。ごめんだけど、流石にこのソリが重さに耐えられないと思う。それ以前に水を入れたバケツは全部は乗り切らないんじゃないかな?」

 「なん…だって…」


 『見れば分かるだろ』と内心で思っていると、テスの手からバケツが滑り落ち、カシャーンと虚しい音が辺りに響き渡る。

 そして、ガクンと膝から崩れ落ち、陰湿なオーラが彼女から漂いだした。

 彼女の落ち込みようが尋常ではなかったので、なんとか励まそうと僕は仕方なくソリから降り、彼女に歩み寄ってコホンと咳払いをした。


 「あー。テスさん?。今日は無理だけど、今度は水もたくさん持って帰れるようにするから、今日のところは我慢してくだせい」

 「くっ、仕方ない。今日は我慢する」


 テスは口をへの字に曲げて悔しそうにしていたものの、なんとか僕の話を聞き入れてくれた。

 

 「まぁ、バケツは4個ぐらいなら持っていってもいいよ。全部に水を入れて持って帰れるか分からないけど、一応ね」

 「ホント!わーい」

 

 さっきまでの薄暗いオーラはどこへやら。

 テスの表情はパァっと明るくなり、僕を差し置いてソリの上に、いつの間にかスタンバイしていた。


 「カグヤー。はやくはやくー」

 「はやっ!…いま行くよー」


 それにしても彼女…。

 どんな感情を抱いているかすぐ顔に出るなぁ。

 表情がとても読みやすい。

 彼女にトランプで勝負を挑めば容易に勝てる自信がある。


 「ヨイショっと。危ないからしっかり掴まっててね」

 「わかった」


 ソリの上に座り込んだ僕の首に、彼女は後ろから手を回し、ギュッとしがみつく。

 

 「おお…」


 背中にのしかかるふたつのメロンに、思わず鼻息が荒くなる。

 いや、ただ大きなメロンというわけじゃない。

 これは…巨大なおもちだ。

 柔らかでありながら、僕の背中を押し返す強い弾力。

 この子…着痩せするタイプだわ。

 彼女の無自覚な暴力は、僕のような思春期男子には刺激が強すぎる。


 「ん?どうかした」

 「いえ…なんでもありません。行きましょう」


 平静をよそおいつつ、星屑に念じてソリを前へと進ませる。

 

 「出発進行ー」

 「おー」


 段々とソリの速度は増していき、原付バイクで走る時と同くらいの、心地よい風が全身を撫でていく。

 

 「あははは。すごーい!気持ちー!」


 初めての感覚にテスは大層ご満悦のようだ。

 対して僕はというと、悶々としたやり場のない感情をいだきながら、背中にのしかかる柔らかい感触を、しばらくのあいだ満喫まんきつしのだった。


 ー

 

 ほのぼのとしたお日様の元。

 彼女の家から西の歩いて一時間程の場所。

 若草が生い茂る綺麗な川辺の手前でソリから降りた。

 ただ、今回は僕の機転を効かせたアイデアのおかげで、思いのほか早い到着だ。


 「まことに…誠にありがとうございました!」


 僕は体をテスに向けて、洗礼された動きで頭を深々と下げた。


 「ん?なんでカグヤがお礼を言うの?」


 彼女はキョトンとした様子で、「変なの」と呟く。

 それでも僕は、彼女にお礼が言いたかったんだ。

 いい夢を、見させてくれてありがとうと…。

 背中に残った天使の包容の余韻に浸りながら、川辺に進んでいく彼女の後を追っていくと、ふと違和感を覚えた。

 川辺に近づくにつれて、若草が多く目立ってきたのはわかる。

 水は生命の源。

 そこに命が芽吹くのは至極当然のことだ。

 ただ僕が気になったのは、僕達が進んできた砂原との落差だ。

 

 「ねぇテス、川の近くは植物が生い茂ってるけど、ちょっとおかしくない?。僕達が進んできた道は、ずっと水気のない砂原すなはらだったのに」

 「それは、魔恩のせいだよ」

 「魔恩?」

 

 テスは振り返ると、どこか寂しそうに目を細めて、地平線まで続く広大な大地を見つめた。


 「魔恩はね、存在するだけで周囲のものを死に追いやる不浄を放っているの。昔はこの近くまでアクアルシルが咲いてたんだけど、その不浄のせいで、ここらへんは何処もこんな感じなの」

 「ふーん、そうなんだ」

 

 そして彼女は川辺に向き直り、ゆっくりと進んでいく。

 僕もテスについていくと、彼女は続けて口を開いた。


 「でもね、ここの川はちょっと特別なんだよ」

 「どの辺が特別なの?」

 「昨日も言ったでしょ。ここはこうなる前、聖域に守られていたって。聖域っていうのは奇跡とおんなじ魔恩の不浄を清める特別な力があるの」

 

 テスの言葉にふむふむとうなずく。

 ていうか奇跡って浄化の力もあったんだ。

 魔恩の不浄と精霊の浄化。

 彼女の話を聞いていると、精霊と魔恩はコインの表と裏のような存在に思えてくる。


 「色欲バルフリアとの戦いのせいで聖域は縮んじゃったけど、聖域の浄化の力は今も健在なの」


 彼女と会話をしながら進み、土と植物で線引きされた、命の境界をそっとまたぐ。

 そして、植物が生い茂る天然の絨毯じゅうたんへと、僕たちは足を踏み入れた。

 久しぶりの感触に感動を覚えながら、足元に茂る若草を見つめていると、彼女の会話に対する答えが頭の中にパッと浮かんだ。


 「なるほど、川上に聖域があるってことね。神聖な川だから周辺は生命に満ちてたのか」

 「なっ、なぜ分かった!」


 テスは驚いた様子で、ザッと一歩いっぽあとずさる。

 僕は含み笑いを浮かべて片手をひたいに伸ばし、厨二感あふれるポーズを取った。

 

 「ふっふっふっ。僕のIQ3万の僕の脳を持ってすれば、テスの会話から未来を推測することも可能なのだ!」

 「なっ、なんだってー!」


 少々しょうしょう大袈裟おおげさに言ったつもりだが、テスの反応も相当だ。

 最初はノリが良いだけだろうと思ったのだが、彼女は何やらブツブツと呟きながら愕然としている。


 「アイキュー…。アイキューって何?。未来が分かるってことは、カグヤはもしかして…預言者!」

 「違うよ…」


 ただのアホな子だった。


 それからすぐ、僕たちは川辺のまえに辿り着いた。


 「よし、到着。カグヤ!、私の奇跡をとくと見よー!」

 

 するとテスは意気揚々と僕の前に立ち、背中を向けると、祈るように手を組んだ。

 その瞬間…彼女を中心に、空気を伝う波紋がトクンと広がる。

 その後の光景は僕の想像を超えていて、思わずその場に尻餅をついてしまった。

 

 「川を…持ち上げた!」


 比喩でもなんでもない。

 言葉通り、彼女は一帯の川の水を、宙に浮かせたのだ。

 その光景はまさしく、空を流れる天野川。

 僕のいた世界でも、こんな大規模な力をふるえる者はほとんどいない。

 奇跡…。

 やっぱり異能とは異なる力なのか?。


 「どう?。カグヤ私スゴい?」

 「うん。スゴいよ!」


 テスは僕の反応を見て満足したらしく、フフンと鼻を鳴らすと、持ち上げた川をザバンと元に戻した。

 自然の摂理から外れたせいか、僕のいる場所まで水が押し寄せる。

 しばらくすると川は正常に運行を開始した。

 

 「よっと」


 テスは片手をクルッと捻ると、川の中から複数の水玉を宙に浮かせ、持ってきたバケツへとゴールイン。

 その中には、数匹の川魚が紛れていた。


 「よーし。今日の漁は終わりだよ」

 

 どうやら川を持ち上げたのは、自分の奇跡のスゴさをアピールしたかっただけのようだ。

 というか漁をすると聞いていたから、てっきり網とか使って魚を獲るものだと思っていた。

 張り切ってついてきたのに、僕の存在意義…なくない?。

 

 「帰ろっか。はい、これ持って」


 テスは置いていたバケツをふたつ手に取り、僕にズイッと手渡した。

 そして残りのバケツも手に取ると、彼女はソリの方へズシズシと進んでいく。


 「ふふふ~んふーん」

 

 いや…僕の存在意義はまだ残っている。

 ここでは置物おきもの同然どうぜんの僕だったけど、せめて彼女の足になるくらいは役に立たなければ…。


 遅れて彼女の後を追い、僕達はソリに乗り込んで、家へと帰還した。


 ーー*ーー


 お日様は地平線の向こうに沈み、大きな星々ほしぼしが、僕らを見下ろすように夜空に鎮座している。

 この世界の夜空は、雲が掛かっていない限り、元の世界より遥かに明るい。

 ただひとつ…。

 不気味な程に真っ黒な星。

 それを眺めていた僕は、何故だか気持ちの悪い不快感に苛まれていた。

 

 「………」


 この世で最も黎いくろい黒…ベンタブラックというのに近いかな?。

 まるで光をだけを飲み込み続けるブラックホールだ。

 というか、あれはほんとに星なのだろうか?

 なんだか気持ち悪いな…。


 そんな考えごとをしていると、テスの家の中から僕を呼ぶ声が聞こえた。


 「カグヤ~、ご飯できたよ~」

 「はーい、今行くー」


 どうやら晩御飯の支度したくが終わったようだ。

 彼女の家から魚の焼けた良い匂いが漂ってくる。

 

 ちなみに僕は彼女の家の隣にある、かろうじて使える家に住まわせてもらっている。

 テスからは、『一緒の家でいいじゃんか~』と駄々をこねられたが、流石に僕の理性が保たないので丁重にお断りした。

 それでもテスは食い下がってきて、じゃあせめてと食事は一緒にするようにしている。


 「お邪魔しまーす」

 「いらっしゃい。早く席について」


 テスの家の扉を開けると、既に彼女は席に座っていた。

 僕は向かいの席に座り、『いただきます』と手をあわせる。

 対してテスはというと、食事前の祈りの時間だ。

 

 「じゃあいただきます」


 テスは祈りを終えたようで、フォークを手に焼き魚へと手を伸ばし食べ始めた。

 僕は自作の箸を手に焼き魚を丁寧にほぐして口に運ぶ。

 

 「あっ!そういえば、そろそろだ」


 突然、雷が落ちたように、パッと何かを思い出したテスさん。

 どうしたのだろうと、僕は彼女に尋ねた。


 「何がそろそろなの?」

 「エンバーさんが来る」


 ここに来て初めて聞く名前。

 僕はそのエンバーさんとやらについて聞いてみることにした。


 「エンバーさん?。どんな人なの」

 「えっとね。エンバーさんはね聖都の浄化部隊、通称エイシスの隊長の一人なの」

 「浄化部隊エイシス?」

 「浄化部隊エイシスっていうのはね、魔恩退治のプロで魔恩を退治するのが仕事なの」


 浄化部隊エイシス

 魔恩は近づくものを死に追いやる不浄を放っていると聞く。

 そんな怪物たちが野放しとなれば、大地はたちまち死に絶えるだろう。

 それを阻止する為の組織がいるのは、なんら不思議ではない。


 「ふーん。でもそんな人がどうしてここに?」

 「エンバーさんはね、カグヤと同じ異世界人きゃくじんなの」

 「マジで!」

 「いつ頃この世界に来たかは知らない。

  でね。6年くらい前かな…エンバーさんが一度ここにやって来てから、私の事を助けてくれるようになったんだ。

  ほら、カグヤを助けた時に食べたパンとか、エンバーさんが届けてくれたモノなんだよ。

  頻繁に見に来てくれるから、そろそろだと思うんだけど」


 客人…つまり異世界人だ。

 テスとの生活ですっかり忘れていたけど当初の目的は聖都に行って異世界人に会う事だ。

 それが向こうから来てくれるというのなら、

 僕としてはすごく有難い。


「あっ」

 

 気づけば、僕は皿の上にあった食事を平らげていた。


 「ご馳走様」

 「はい、お皿は台所に置いといて。後でまとめて洗うから」

 「わかった」


 僕はテスに言われた通り、自分の食べたお皿を台所に置きに席を立った。


 「ダイドコ~ロ、ダイドコ~ロ、ダイド…んっ?何だ?なんか揺れて…」


 鼻歌混じりに持っていた皿を台所に置いた。

 その時だ。


 ガタガタガタガタ。


 置いた皿が振動を始め、机や椅子、そして床までもがが小刻みに震えだした。


 「え、やだ。地震?」


 突如の出来事にビビる僕を他所よそに、テスはキラキラと瞳を輝かせ舞い上がっていた。


 「カグヤ!噂をすればってやつだよ」

 「何が!今それどころじゃ…」

 「エンバーさんが来た!」


 彼女がそう言った瞬間、まるでサイレンが鳴り響いたかのような堂々した高笑いが村全体に響き渡った。


 「ハーッ、ハッハッハッハーッ」


 あまりの轟音に僕は耳を塞さいで蹲った。

 古家も悲鳴を上げるように軋み上がり、

 笑い声だけで倒壊してしまうんじゃないかと不安になる。

 しばらくして高笑いは聞こえなくなり、代わりにズガーンという衝突音が、衝撃と共に室内にいる僕にまで伝わってきた。

 これ…ヤバイんじゃね?っとテスと顔を見合せ、さすがに動揺した僕達は、慌てて家の外へと飛び出し、衝突音のした方向へと駆け出した。


 ー


 土煙が立ち昇っいる場所。

 走って数分程度の村の離れに僕達は到着した。


 「確かここら辺に落ちたと思うんだけど…」


 すると、ヴゥウォォォンという駆動音が怪しくうなる。

 それと同時。

 青黒とした光が、土煙の中に灯った。

 やがてその光は人のシルエットに変わり、土煙から堂々とその姿を現した。


 「もー、エンバーさん!家が壊れるかと思ったよ!」


 最初に口を開いたテスに、エンバーと呼ばれた存在は申し訳無さそうに頭を下げた。


 「面目ない!テス君。差し入れを大量に持って来たせいで、着地に失敗してしまった。おや?…君は見ない顔だね」


 えっ、ちょっと待って…。

 僕の想像してたのと全く違うんだけど!。

 てっきり、部隊の隊長って聞いてたから、異世界風な剣の鎧の大男だと勝手に思ってたのに。

 ロボット?、サイボーグ?。めちゃくちゃかっこいいだけど!。


 SF映画や戦隊ヒーローモノの特撮で見る、アーマードスーツを纏った人物…。

 全身を灰紫色かいししょくの機械鎧で武装していて表情どころか、男性か女性かも分からない。 

 金属と配線で構築された、筋肉を模した分厚い装甲は、全力で殴れば岩すらも粉砕できそうだ。

 そして背中にある翼のような推進エンジン。

 見るからに重そうな見た目なのに、当の本人は全く気にしていない。

 おそらくはその重量も、機械のアーマーが支える事を可能にしているんだろう。

 声も中性的でいて、性別の判断も難しい。

 なんと言うか、わざと分かりにくいように発声しているとも感じられた。

 そして、エンバーさんは僕の目の前にきて、堂々と名乗りをあげた。


 「初めまして、私は聖都の浄化部隊エイシス所属。第三部隊サードアームズの隊長にして悪しきを滅する正義の味方!黒滅エンバーだ!どうぞよろしく」

 

 エンバーさんはそう言うと、邪魔ったらしい機械翼を物理法則を無視して折りたたみ、背中へと収納した。


 おいっ、翼の質量どこ言ったんだよ!


 目を丸くしながら、心の中でツッコミを入れたが、すぐにその超常現象がどういうものか理解した。

 多分この機械の装甲自体がこの人の奇跡の力なんだろう。

 

 「あっ、こちらこそ初めまして。僕は竹取霞紅夜です。よろしくお願いします」

 「ふむ。元気があってよろしい!。ところで…君は異世界人きゃくじんかい?どうしてこんなところに?」


 エンバーさんの表情は読み取れないが、頭の中が疑問符ぎもんふだらけになっているのは分かった。

 すると、テスがハイハーイと言いながらあいだに入って、僕がここに住んでいる経緯けいいを説明した。


 「なるほど…倒れていた霞紅夜君をテス君が助けたと」

 「そーなの。それでね、目を覚ました霞紅夜は感涙かんるいむせび泣いて、『テス様!僕を下僕にしてください』って言ってね、私が主人様になったんだ!」


 おいコラ…変な事混えて話すな。


 エンバーさんに会えてテスは嬉しいようだけど、いつにも増してテンションが高い。

 あらぬ事実までエンバーさんに吹き込む彼女を、僕は呆然と眺めていた。


 「でねでね…」

 「ふむふむ…」


 しばらくの間、エンバーさんとテスは会話を楽しんでいたので、

 彼女達の間に水を刺すのは良くないだろうと、僕は気を利かして空気と同化していた。

 

 なんかテス…僕といる時より楽しそうだな~。

 そりゃあ、久しぶりに会えて嬉しいのは分かるけどさあ。

 なんだろう?なんか悔しい…。


 自分でも分からない感情に振り回されながらボーッとしていると、どうやらテス達の団欒だんらんは終わったらしい。


 「テス君。私は少し霞紅夜君と話があるので二人にさせて欲しい。代わりと言ってはなんだが、食材を大量に持って来たので受け取って欲しい」

 「わーい!ありがとう、エンバーさん。また後でね」


 そう言ってテスは、大量にある荷物を担ぎ、家の方へドスドスと歩いて行った。


 「さて、霞紅夜君。私に聞きたい事があるのだろう」


 おお!。察しの良い人だ。

 僕がこの世界について聞きたいことがある事を気づいていたらしい。

 とりあえず一番聞きたかった事を、一呼吸を置いてエンバーに確認した。


 「エンバーさん。単刀直入に聞きます。

  僕は…元いた世界に帰れますか?」

 「それは…………………」


 重く、冷たい沈黙が僕達の間を支配した。

 そしてエンバーさんは、躊躇ためらいながらも、僕に無慈悲な現実を突きつける。


 「もう二度と…元の世界には戻れないと思った方がいい」

 「そう……ですか…」


 どうしようもない事実に、僕は顔を伏せ肩を落とす。

 まぁ。その可能性が高い事は覚悟していた。

 それに、世界を渡る技術がそう簡単に実現しているのなら、僕は今頃、ケモ耳美少女の世界に飛び立っていたはずだし…。

 すると、項垂れている僕を励ますように、機械の手が僕の肩へと添えられた。

 

 「一応は|異世界人を元の世界に帰すためのプロジェクトは進んでいるんだ。

  時空を超え、遠くの土地に空間跳躍する技術はいまのところ完成しているのだけれど、

  この世界から別の世界へ跳躍する技術は、まだ実現できていない。

  もし出来たとしても、次の問題があってね。

  無限い等しい世界の中から、私達の元居た世界を対象にして見つけ出すのがとても困難なんだ」

 「無限に…等しい世界…?」


 唐突に告げられた事実に、僕は口を開けたまま、思考を放棄してしまう。


 「おや?。驚いているようだね、無理も無い。

 私も世界の広大さには驚かされたものだよ。

 ちなみに私は、君の世界とはことなった世界の住人だよ」


 どうやらエンバーさんは、この話を聞かされた当時の自分の姿を思い出していようだ。

 放心状態になっている僕を見て、表情を分からないが動作だけで笑っている事が読み取れる。


 「あの、それじゃあ。

  この世界に異世界人が召喚されるのって何か理由があるんですか?」

 「うむ、それは分からない。

  だが、君は魔恩についてどの程度は知っているんだい?」

 「ほとんど知らないです。知っていることといえば、魔恩が不浄で世界を死に追いやっている…ということくらいでしょうか」

 「なるほど」


 エンバーさんは頷くと、地面にしゃがみ、指先で簡単な砂絵を描き始めた。


 「…………」


 砂の凹凸で描かれた七種のイラスト。

 タコ?、戦車?、花?、妖精?。

 たぶんエンバーさんは、この世界にうとい僕でも、分かりやすいように描いてくれたんだろう。

 うん…きっとそうだ。

 でなきゃ、彼の描いたイラストがこんなに可愛いわけがない…。


 「魔恩には、あらゆる個体が存在する。

  その中でも特殊な7体の存在。

  色欲バルフリア暴食グレージ怠惰アジェント憤怒ギガイスラ嫉妬テウーチェ強欲アヴィーラ傲慢ジストロイ

 世界に終わりを招く究極の怪物。

 故に我々は終焉しゅうえん個体と呼んでいる」 

 

 やばい。

 イラストが可愛すぎて内容とのギャップがすごい。

 そういえば、色欲バルフリア

 確か8年前に聖都に向かって進撃してきたっていう奴だな。

 終焉個体なんていう肩書きも持っていたのか、コイツ…。

 タコと花を足したような、ウネウネしたイラストを眺め、僕はほっこりしながらも、とある疑問をエンバーさんに投げた。


 「でもエンバーさん。テスから聞いたんですけど、この色欲バルフリアとかいう魔恩。8年前に倒されたんじゃないんですか?」


 エンバーさんはコクリと頷いたが、彼の鎧から張り詰めた空気が立ち込める。


 「確かに8年前。色欲バルフリアは、我々浄化部隊エイシスが打ち倒した。

  だが終焉個体は一度倒されても、数年後には以前よりも強大な存在となって復活する」

 「え?、それって地質不死身じゃ無いですか!」

 「そうなんだ。で、異世界人が召喚され始めたのは、終焉個体がこの世界の者たちの手に負えなくなってきた頃かららしい」


 僕がこの世界に召喚された理由。

 なんとなく分かってきた。


 「じゃあ、この世界を守るために異世界人が召喚されているって事ですか?」

 「恐らくね…。これも推測の域でしかないが、可能性としてはかなり高い」

 

 異世界に召喚された理由…。

 思ったよりハードなことになりそうだ。

 倒してもいずれリスポーンするという不滅の怪物。

 これ下手すれば魔王を倒せって言われるより難しいじゃないの?…コレ。

 だって、復活するんじゃ終わりがないじゃん…。


 「どうだい、他に聞きたい事はあるかい?」


 聞きたい事…考えればまだたくさんあるのだろう。

 でも、今知りたいことは知れた。

 後になって知りたい事ができたら、追々調べればいいかな。

 それに僕はもう元の世界には帰れない。

 なら、この世界でどうやって生き抜いて行くかということに、考えを移行シフトしよう。


 「ありがとうございます、エンバーさん。今はもう知りたいことは特にありません」

 「そうか、私も頻繁にこちらに様子を伺いに来るので、聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてくれ」

 「分かりました」


 僕は爽やかな気持ちでエンバーに謝意を述べた。


 「あー、ところで霞紅夜君」

 「はい、なんでしょう?」


 エンバーさんは少し遠慮がちな様子だったが、何かを決心したように口を開いた。


 「もし良ければ私と一対一で、戦ってはくれないか?」

 「…………はい?」


 エンバーさんの言葉に、僕は呆然としていると、索漠さくばくとした静寂の中。

 テスがタイミング悪く帰って来た。

 状況が掴めずテスまでもが首を傾げ、どうしようもない奇妙な沈黙が、しばらく続いたのだった。 

 

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