異世界竹取物語…僕が約束を果たすまで…

色採鳥 奇麗

プロローグ

僕と少女と異世界と…

 僕の名前は竹取霞紅夜。16歳。

 世にも珍しいアルビノ体質の美少年だ。

 両親からは溺愛され、家族仲は頗るすこぶる良好。

 自覚は無いのだけれど両親や同級生からは奇行に走るのが玉に瑕たまにきず…と凄く残念そうに言われる。

 本当になんで何だろう?。

 だけど、そんなことが些細な事と思える程に、僕の容姿は眉目秀麗びもくしゅうれいなのだ。

 

 繊細せんさいでいてきぬのような真っ白な髪は、風が撫でるだけで周囲の人をき付ける。

 目の前で何回か車の追突事故があったけど、たぶん僕のせいじゃない筈だ。

 偶然、偶然…。

 そして緑柱石モルガナイトのように輝く瞳は、自分でも見入ってしまうほどに魅惑的だ。


 そんな僕の学校生活は、女子達から黄色い歓声を浴びる充実した毎日だ。

 たまに男子からは殺気のこもった視線を向けられるけど、気にしない、気にしない。

 日中は授業を真面目に受けて、休み時間はラノベを読む。

 お昼休みはお弁当を食べて、その後は机の上でスヤスヤと昼寝の時間だ。

 そんな順風満帆じゅんぷうまんぱんな一日が今日も過ぎ去っていく…。

 はずだったんだ。

 それなのに……。



 「なにこれ…嘘…でしょ、ここどこーー!?」



 さっきまで学校にいたはずなのに……。

 一体全体いったいぜんたいどういうことだ?。

 最後の記憶は確か、教室の自席でうたた寝して、机にキスしたところまでは覚えている。

 周囲には同級生もいたんだ。


 でも今。

 眼前に広がるのは、生気がカラッカラに枯れ果てた原生林。

 足を一歩踏み出すごとに、グシャリ、と荒廃こうはいした地面に足がしずむ。

 さらには、よどんだ空気が、ジュッと鼻腔にまとわりついて、気持ち悪のなんのって…。

 そして……。


 「おーい。誰も居ないのー?」

 

 さっきまで周囲にいた生徒も居なくなっている。

 ここにいるのは…僕だけのようだ。


 「………あーーー……」


 状況が飲み込めない。

 というわけで頭の中を整理しよう。

 

 こういった現象は僕のいた日本では珍しくはない。

 空間を跳躍ちょうやくする異能者。

 いわゆる空間転移テレポートというやつだ。

 その異能者によって、遠方に跳ばされた可能性がある。

 でもそんな事をすれば、美少年が教室から消えて大騒ぎになる。

 教師たちは僕たちの異能を把握しているし、犯人は簡単に割れるだろう。

 そいつは大目玉を食らうこと、間違い無いはずだ。

 だからこそ、さすがに教室内で空間転移テレポートを行使する馬鹿はいないと、僕は推測を改めた。

 

 だったら可能性はもうひとつ。

 幻術師マジシャンだ。 

 人の脳、もしくは精神に干渉して、幻覚、幻影を見せる異能者。

 幻術師マジシャンが僕の頭に干渉している可能性が高い。


 「あれ?。でも、僕の同級生に幻術師マジシャンなんていたっけ?。

 まあいいや…。」


 幻影の破り方は以前、授業で習っている。

 確か異能によって幻覚を見ている者の脳は、夢を見ている状態に近いんだと。

 もし本当に幻覚を見ているのなら、僕は今、現実と夢を同時に見ている状態なのだ。

 幻から逃れる手段は案外簡単で、僕の脳に『それは偽物だ』と認識させればいい。

 とりあえず視覚、触覚、聴覚、嗅覚、味覚の順で確認していこう。

 どれかひとつは、機能していないはずだ。

 視覚と嗅覚はすでに潰されているので、まずは触覚から確認。

 

 僕は地面い片膝かたひざをつき、土塊つちくれを手にとって感触をたしかめた。

 土塊をてのひらでコロコロと転がし、握り締めるとボスっと崩れた。

 幻を見せるだけの異能ならば、そう見えるだけで肌に触れる感触は一切しないはずなのだが…。


 「あれ~~…?」


 小首を傾げて。あっ、これ現実リアルだ!、と若干の焦りを覚える。

 手の中から溢れこぼれ落ちる土の感触。

 手元の残った砂のサラリとした質感は紛れもない本物だ。


 気を改めて次。

 聴覚。

 目に見えてる物体が幻なら、幻同士をぶつけても音が響くことはないはずだ。


 僕は地面に落ちていたふたつの石を拾い上げ、両手に握りしめて勢いよくぶつけた。

 すると…。


 クオォォォーーーーン。


 まるで木琴もっけんのように、透き通った音色が響いた。


 「うわ、凄く綺麗な音がなるじゃんこれ。やばっ!持って帰ろ…」


 そして最後の手段。味覚。

 幻でも味の再現までは不可能なはずだ。

 なぜならこれは、幻術を掛けた本人が、その情報を知らないと再現できないからだ。


 「これは幻。これは幻。これは幻。いざ……!」


 僕は躊躇ちゅうちょしつつも、覚悟を決め、小石程の大きさの土塊を口の中に放り込んだ。

 

 「お!おっ…。オエエエe『※ただいま映像が乱れております』」


 ー


 それから、しばらくが経過した。

 

 認めるしかない。

 異能の力でできる範疇はんちゅうを越えている。

 これは、紛れもない現実だ。


 遥か上空を見上げ、おもむろに大きな息を吐く。

 暗闇に鎮座するいくつもの星と見つめ合い、僕はある結論を出した。

 

 「うん…これあれだ。異世界召喚ってやつだ」


 僕の知っているラノベ情報によれば、僕は僕のままだからこれは転生ではなく召喚だ。

 召喚されたなら近くに召喚した人物が居るかもしれない。

 もし居なかったとしたら、この世界の何かしらの力に引っ張られてたという事になると思う。


 後者の場合は調べるにしてもかなり時間が掛かる。

 とりあえず人を探すべく、行き先も分からぬまま、運を頼りにテキトー歩き出した。


 「人がいない世界じゃなきゃいいけど…」


 一抹の不安をかかえつつ、見たことのないホラー映画みた景色を楽しみながら前へと進んだ。


 ー

 

 歩く。歩く。ひたすらに歩く。


 「あー、足痛い…」


 かつてはきっと、生命に満ち溢れた美しい原生林だったのだろう。

 だが今は、ズシズシと腐食ふしょくした地面が、じんわりと体力を奪っていく。

 運が悪い時にはバスンッと崩れ、片足をパクッと飲み込んでしまうほどだ。

 まるで一帯が天然のトラップと化している。

 まあ、落とし穴程度ていどならまだ許せるんだ

 落ちたならのぼればいいだけだし。

 

 グシャンッ! 


 「うわっ!」


 腐蝕ふしょくした気根きこんを踏み抜いた僕は、ひざまで地面に飲み込まれ、げんなりしながら地面に這い上がろうした。

 その時……。


 「……………」


 モゾモゾとした感触が足に纏わりつき、ゾッとしながら足元に視線を向ける。 

 すると、『やあ』と言わんばかりに、大量のひっつき虫と目があった。


 「ぎゃああああ!ムシ!ムシーー!!!」

 

 パニックになった僕は足をバタつかせ、なんとか地面に這い上がり、張り付く虫をパタパタと払い落としていく。


 「オエッ……」


 あまりの気色悪さに吐き気をもよおすほどだ。


 「はぁ、はぁ。もう嫌!」


 死せる原生林を歩き続ける事、約6時間。

 食料無し、水無し、虫はたくさん。

 町も無ければ、人も居ない。

 希に腐食した根っこの中にいる幼虫を見つけては、ゴクリと喉を鳴らす。

 もしもの時は…と最悪なパターンを想像してしまったのだ。

 若干、極限状態に陥っている気がしなくはない。

 喉も乾いたし、さっきからお腹はグ~と泣きわめいている。

 泣きたいのはこっちだというのに。


 「お腹空いた……ん?」


 お腹を擦りながら涙目で途方に暮れていた時。


 バリバリ、グシャンと、乾いた朽木が潰れていく音が聞こえてきた。


 それが何かが移動している物音だとすぐにさとった。

 途中で天然のトラップに落ちた音も聞こえたが、それでもその足音は腐食した地面を躊躇ためらいなく踏み抜いて、前進を続けている。

 しかもひとつふたつじゃない。

 まるで集団で移動しているかのような地ならし音がゆっくりと近づいて来ている。

 もしかしたら人かもしれない…。

 だけど油断は禁物。

 この世界の人たちの全員が良心的とは限らないからね。


 僕は物陰に隠れて様子を見しながらやり過ごす事にした。

 接触せっしょくするかどうかは相手の様子を見てから判断しても遅くはない。


 バキンッ。


 そして、それは僕の目の前に現れた。


 「ヒィ~、キッショ!…」


 僕の身長の2倍以上はある巨体が、殺伐さつばつとした荒れ地に影を落とす。

 それを見た瞬間、まるで北極海に飛び込んだかのように、僕の背筋が凍りついた。

 

 一言で説明するとさそりだ。

 しかし、僕が知る蠍とは掛け離れた、禍々まがまがしい姿をしている。

 切断という用途ではなく、圧殺できるように発達したような分厚いはさみ

 刺されれば一溜ひとたまりも無い、鋭くて長い槍の如き針尾はりお

 脚のひとつひとつが、長剣のような鋭利な凶器になっていて、もはや全身を武装した歩く戦車だ。


 それが10体近くの群れで進行して来ているのだ。

 しかも、僕の居る方向に向かって…。


 「やだ、こっち来るじゃん…」


 蠍の群れは僕の存在にまだ気づいていない。

 だけど、このまま行けば確実に鉢合わせる。

 人間だったら対話できると思っていたんだが、あれは無理だな。うん。

 それにここは遮蔽物が少ないから逃げようとしても高確率で気づかれる。


 もしもの時は…。


 そう考えていた時だ…。

 その『もしも』の時はすぐにやって来た。


 どうやら1体の蠍が僕の存在に気づいたらしく、木屑と土を撒き散らしながら、まっすぐと猪突猛進を開始した。

 それに続くように残りの蠍達も、鋭い脚を地面に突き立てて走り出した。

 さながら、黒い装甲車で行われるド派手なカーチェイスだ。


 対して僕はというと、虫に対する恐怖心はある。

 だけど焦りは一切無い。

 普通なら逃げ出してもおかしくはない状況だけれど僕は違う。

 なにせ僕は、ああいう怪物に対しては滅法強い。

 なぜなら僕のいた世界には、異能という力があるのだから…。


 「よ~し、じゃあ久しぶりに行こう…」


 そう言って僕が右手を前にかざす。

 刹那……。

 夜空を凝縮したような闇が、右手をズルッと飲み込んだ。


 「星屑ほしくずっ!」


 そして闇の中から勢いよく右手を引き抜く。

 すると闇は爆ぜるように消え去り、右手にひとつの星が顕現まれた。

 その星は、優雅な模様が刻まれた菱形ひしがたの飛剣。

 イメージするならトランプのダイヤだ。

 僕は飛剣の中心のをギュッと握りしめ、臨戦態勢に入る。


 「いらっしゃいませーっ!」


 腰を低くし、左足をドスンと前へ。

 そして右手に掴んだ飛剣を、身をひねりながらスポーツ選手顔負けの勢いで投剣とうけんした。


 バシュンッ!。

 

 僕の手を離れた飛剣は、人間の腕力ではありえない速度で飛翔。

 次第にその速度は音速を超え、流星の如く空を切る。


 「まずは1体…」


 カシュンッ……。

 飛剣は蠍の鎧を諸共せず、毒々しい体液をぶち撒けながら、蠍の脳天、胴、尾を貫いていく。

 飛剣の餌食になった蠍は、ズゴゴゴゴと急ブレーキが掛かったように、地面に汚い軌跡を残して停止する。

 即死だ。

 おそらく蠍自身にも何が起きたか理解できなかっただろう。

 死んでもなお、脚をヒクヒクと痙攣させている。

 

 「次…」


 冷静に次の駆除対象を一瞥。


 飛剣は僕の意思が反映されているので、自由自在に操ることができる。

 それを利用して、僕は瞬時に攻戦できる態勢を整える。

 

 ヒュン…ヒュンヒュンヒュンヒュンと。

 短剣は空切り音を反響させながら僕の周囲を高速旋回。

 これで、いつでも射出可能だ。


 これが僕のいた世界で目覚めた、僕だけの異能いのう…。

 星屑ほしくずだ。

 そして、僕の世界に三人しかいない特別な異能のひとつだ。

 ちなみに命名したのは僕。

 僕の世界では、自分の異能に名付けをするのが流行はやっていて。

 最初は『流星りゅうせい』にしようと思ったんだけど…ほら、星って五芒星ごぼうせいの印象が強いじゃん?。

 僕の飛剣は菱形で不完全な星の欠片っていう印象を受けたから『星屑』にしたの。

 

 「さて、準備運動はここまでと」


 仲間の屍を超えて蠍たちは進行を継続する。

 どうやらあの蠍…同胞が殺されたと言うのに動揺するような素振りが無い所を見ると、仲間意識もなければ知性もないらしい。

 まあ、虫だからな。

 

 僕の前方から濁流だくりゅうのように迫る蠍達。

 前端の蠍がリーチの長い針尾を僕へと穿つ。

 しかし、その攻撃は届かない。


 「あら残念」


 針尾が本来あるべき場所から消失していたからだ。

 蠍は困惑した様子だが、頭上から降って来た星屑に脳天を貫かれ、思考することも許されない。


 簡単に説明すると、僕が危ないと思ったから、全ての蠍の尾を切っておいたのだ。

 一瞬、刹那、ものの数秒…。

 『星屑』は複雑な軌道を描き、ボトボトと針尾とおさらばだ。

 トカゲ尻尾切りのように、分断された針尾はしばらくの間じたばたしていた。


 僕の『星屑』の恐ろしいところは速さもだけど、一番はその機動性だ。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 そして一体…、一体…、また一体と星屑の錆になる。

 

 蠍が最後の一体になったところで、僕の心に僅かな罪悪感が芽生えた。


 「あー……、なんかごめんね」


 虫は嫌いだけど、流石に一方的すぎた。

 襲って来たのはコイツらだけど、これでは正当防衛というより過剰防衛な気もする。

 いや、もはや虐殺…。

 最後の一体になった蠍に後ろめたい感情を抱きながらも、僕は荒ぶる蠍に告げる。


 「まあ、どの世界でも弱肉強食、食物連鎖のヒエラルキーには逆らえんと言うことだ。許せ…」


 僕の武士道精神に感動したのか、蠍は勢いよく飛びかかって来た。


 おいおい、ハグをお求めで?流石に死ぬ。


 ヒュン、と空切り音が鳴る。

 一筋の閃光が、蠍の巨体を貫いた。

 僕が操った星屑だ。

 

 空中で即死した蠍は、僕の頭上を乗り越えて、うねりながら地面へとダイブ。

 ようやく静寂が訪れた。


 「お終いかな?」


 僕は周辺を見渡す。

 見えない範囲に蠍が隠れている様子はない。

 どうやら本当に戦闘終了したようだ。

 気を張っていた反動から、ふう~っと大きなため息が漏れる。

 そして僕は異能を解除すると『星屑』はユラリと空に溶けた。

 それと同時にお腹もグ~っと大音量で空腹を訴えてくる。


 「ひと暴れしたからな~。そりゃお腹も空く」


 と言っても僕は、『星屑』を操っていただけで、一歩も動いてないのだけれど。


 でもどうしよう、食べ物なんて…。


 そう思いながら、ふと馬鹿みたいな考えが僕の頭をよぎった。


 「あれ、蠍って虫だっけ?甲殻類だっけ?」


 空腹で思考がままならない。


 「蠍…クモ科。いや…蟹の仲間だったらいけるか?」

 

 混迷した頭で、理性と欲求のはざま彷徨さまよった。

 そして、しばらく目をグルグルと回し、ゴクリと喉を鳴らす。


 例えば、ムカデとかも頭を潰せば食べられるって言うし、この際虫だろうか甲殻類だろうが関係ない。

 今後、食料にありつけるとは限らない。

 なら、今…ここで…。

 

 覚悟を決め、僕は蠍の死体の方へと向き直った。


 「よし…って。あれ?」


 だけど不思議なことに、さっきまで山程あった筈の蠍の死体が数体分しかない。

 もしかして、仕留め損ねた?。

 そう思って警戒するも、その判断は杞憂に終わる。


 「え?ああっ!僕の非常食!」


 蠍の死体が燃え尽きた灰のように、サラサラと柔風に吹かれて消失したのだ。

 驚きながら眼前で霧散していく非常食を前に、呆気に取られた僕は肩を落として項垂れる。


 「え~。何それ~。せっかく覚悟を決めたのに~」


 何とか平静を取り戻し、再び歩き出して、この不思議な現象を考察した。

 

 「この世界特有の魔法生物的ななにかだったのかな?。

 あるいは使い魔のたぐいか…でもあれだけの数を操れるなんて異能者にだって居ないしな。

 う~ん、やっぱ魔法生物が妥当だな…。

 ていうかホントお腹空いた…。」


 ー


 それから空腹でしばらくの間、食べ物を求め歩き続けた。

 違うな。彷徨った…が正しい。

 しかし、こんなスッカスカに枯れた土地で食べ物が見つかる訳もなく。

 結局、前に進み続ける事しか打開策が見つからなかった。


 歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて……。

 気づけば、異世界生活3日目に突入。


 飲まず食わずでいた今の僕は、ゾンビと区別ができない程にやつれていることだろう。

 手足はやっとの力で踏ん張って歩いている状態だ。

 あれだけ歩いたと言うのに得られる物は何も無く、人と出会うこともなかった。

 でも良い知らせがある。

 たった今、死せる原生林を抜けたのだ。

 まさか3日も掛かるとは思っていなかったけど、これはこれで達成感がある。

 僕は溜息を吐き、感動を噛み締めて大地の向こうを見据えた。


 そして悪い知らせだ。

 煌びやか夜光の中でもよく分かるくらいに、真っ平で寂しい土の平原が、地平線の向こうまで広がっている。


 何これ…涙が出そう…。

 

 目の前の現実に打ちのめされて、根性で支えていた全身の力がスッと脱力し、うつ伏せに倒れ込んでしまう。

 視界も段々と輪郭がボヤけてくる。


 あっ…ヤバい。意識か…。


 そんな時だった。

 

 「大丈夫?」

 「え…?」


 ふと聞こえた声に驚いて、僕は前方を見上げた。

 そこには人影があったのだが、視界が定まらなくて幻だと錯覚した。

 

 ああ、もしかしたらあの世のお迎えが来たのかも…。

 死神?それとも天使?。

 どっちでもいいや。

 お願いだから最後にひとつくらい、僕の些細な願いを叶えてほしい。


 僕は潰れそうな喉の奥から、力を振り絞って声を出した。


 「た…べ、もの。みず。くだ…さ…い」


 人影は一言。優しい声音で言った。


 「わかった」


 その瞬間。

 不思議と安心感に包まれた。

 そして、コンセントを抜かれた電化製品のように、ブツリと意識を失った。


 ーー*ーー

 

 古ぼけた部屋で目を覚ました。

 

 「どこ?、ここ」


 確か死の原生林を抜けて、何も無い荒野の前で意識を失った所までは覚えている。

 そこからの記憶が曖昧だ。


 「よいしょっと」

 

 体に被せられていた毛布をベッドのすみ退かし、立ち上がって辺りを見渡みわたす。

 木造の草臥くたびれた古家のようだけど、部屋は手入れが行き届いていてほこりひとつない。

 そして…。


 「た…食べ物だ」


 ベッドの横にあったテーブルの上。

 質素ではあるが、今の僕にとってこれ以上ないほどの贅沢な食事が用意されていた。


 皿に盛り付けられていたのはパン、ベーコン、スクランブルエッグ。

 得たいの知れない桃色のソース…。

 おそらくケチャップのようなものだろう。


 「え?なに?。食べていいの?。ん?なんだこれ…?」


 そして、食べ物と一緒に添えられた置き手紙に気がづつた。


 「ん?手紙?。あっ…、

  モジ、ワカラナイ…」

 

 もちろん日本語じゃない。

 複雑な古代文字のように見える。

 何だこれ?と思って読むのをやめようとしたのだが……。


 「あれ?読める!えっと何々…『おはようございます。朝食を用意しておきましたのでどうぞ召し上がってください』と…いやだから何で読めるんだ?」


 不思議とその文字が理解できた。

 疑問に思いはしたけど、これも異世界召喚の特典…みたいなものなんだろうと深くは考えなかった。


 そして、何となく今の現状が読めてきた。

 おそらく僕は、この置き手紙の主に助けられたのだろう。

 後でお礼を言わなければ。

 でも、今はそんな事より…。


 グウウウ~。


 腹の中の虫も、今すぐそれを食わせろと訴えてくる。

 僕は椅子に座り、涙目になりながら感謝を込めて両手を合わせた。


 「何処の誰だか知らないけど…ありがとう!いただきます」


 ひさしぶりの食事を前に僕はマナーも忘れ、フォークを手に豪快にパンにかぶりついた。

 フワフワのパンは、噛むたびに甘味が口いっぱいに広がり、芳ばしい香りが鼻を抜けていく。

 ベーコンとスクランブルエッグも勿論のこと、ほんのり甘辛い桃色のソースもマッチしていてすごく美味しい。


 「はむはむ…。おいしー!」

 

 食事をガツガツと口の中に頬張り。

 やがて最後の一口を、パクッと有り難く噛み締めた。


 「ふう~ご馳走様でした」


 満腹になったお腹を擦りながら、これからどうしようかと考えていたその時…。


 ガチャリ。ギィーー。


 タイミングを見計らったように、部屋の扉が開かれた。

 それに気づいた僕は、扉の方へと目を見やる。


 「あっ、目覚めたんだ」


 ヒラリ。フワリ。

 地面スレスレをかすめる純白のワンピース。

 そこから覗く、艶かしい生足が僕の意識をさらっていく。


 「心配したんだよ。もう大丈夫なの?」


 あどけない表情で、僕の顔を覗き込む可憐な少女。

 年齢は僕と同じか少し上くらい。

 揺れるたびに光を飲み込んで、美しさをさらに際立たせる空色の髪。

 そして、やや幼さを拭いきれない顔立ちから覗かせる藍色の瞳は、とても魅力的だった。


 あまりの可愛らしさに目を奪われ、しばらくボーッとしていた僕。

 そして思考をハッと取り戻し、あわてて感謝のべた。

 

 「あっ、いやっ、大丈夫です!

  あのう、食事!ありがとうございます。

  美味しかったです。はい」


 どうしよう、この子…天使なのでは?やっぱり僕はもう死んでいるんじゃ?

 ていうか今の僕、キモいって思われたかも…。


 そんなことを思っていると、彼女はフッと微笑んだ。


 「うん。お粗末さまです。じゃあ、早速仕事…お願いしていいかな?」

 「え?なにそれ?」


 困惑した僕を尻目に、彼女は悪戯っぽい表情を浮かべると、詰め寄るように言ってきた。

 

 「食べたんだよね?」

 「食べました…」

 「なら食べた分、働いて返してよねっ。私の備蓄してた食料…君のせいで底をついちゃったんだから!」

 「あの~、でも…」

 「食・べ・た・ん・だ・よ・ねっ?」

 「食べました。働いて返します」


 彼女の圧に押され、思わずうなずいてしまった。

 まあ仕方ない。

 行き倒れていた僕を助けてくれたどころか、溜め込んでいた食料まで恵んでくれたんだ。

 きっと悪い人では無いのだろう。

 それに備蓄も底をついたと言うし、恩義には報いなければならない。


 「私はテス、よろしくね。あなたは?」

 「竹取霞紅夜…です」

 「タケトー、リカグヤ?」

 「あっ、姓が竹取で名が霞紅夜かぐやです」

 「カグヤ………変な名前。ひょっとしてあなた?」

 「ん?」


 変な名前って…失礼な。

 そうそう、僕はお客様…と内心で思ったけど、何やら彼女の言う『お客人』とは意味合いが違うようだ。


 「カグヤはなのかって聞いてるの!」


 異世界人…。

 彼女の口から驚くような言葉が放たれた。

 ようやく自分の現状が分かるかもしれない…。

 そう思った僕は食い入るよう彼女に質問攻めにした。


 「そうそう!僕、異世界人!何で異世界人の事知ってるの?僕がここに来た理由、何か知ってる!」


 フフッと彼女は含みある意味深な笑みを浮かべ、一時の静寂の後にゆったりとした仕草で一言。


 「………知らない」

 「何だったの、今の間…」


 どんな事でも受け止める気でいたのに、強力なストレートに見せかけた軽いビンタをくらった気分だ。

 得られる情報は何もなさそうだなと、僕はガックリと肩で息をするも、彼女は続けざまに口を開いた。


 「けど、聖都の人達なら知ってるじゃないかな。あそこはこの世界に落ちてきた異世界人を保護してるから」


 その言葉に僕は目を丸くした。


 なんと!それは有益な情報だ。

 どうやらこの世界…他にも異世界人がいるらしい。

 正直、迷い人は自分一人だけだと思っていたから心強い。

 何とかして聖都に向かいたい…向かいたいのだが…。

 

 僕はそっと、目の前の少女を気づかれないように正視した。

 彼女のキョトンとした表情をしばらく見つめて、僕は口から大きな溜め息が漏れた。


 まあ急ぎというわけではない。

 いや、でも僕の父さんと母さん事だから、今頃あっちは慌ただしい事になってるかも…。

 でもその前に、彼女への恩義に報いよう。


 「でっ、僕は何をすればいいの?」


 するとテスはパアッと明るい表情を浮かべた後、なぜかあたふたと思い悩んでいた。


 「あっえっあ!、えっと、え~と仕事…そーだ!まずはここの案内をするね」


 なんだ、その今思いついたみたいな反応は…。

 まぁ、今後ここで生活するんならどこに何があるか把握しておくべだろう。


 するとテスは『こっちこっち』と言って、ついて来るように促した。

 元気溌剌な彼女に対して、僕は力無く後を追う。

 そして家を出た。

 すると…。

 

 「何これ…」


 瞳に映し出された光景に僕は思わず言葉を失った。


 殺風景な土の荒野の中に、ポツンとる青い花畑。 

 そして、その花畑を囲うように数軒の古屋が放射状に並んでいるだけだった。

 古屋と言ってもその大半は原型を留めておらず、長年の風化と何かが暴れた痕跡で見る影もない。

 水も枯れ果てたようなこの土地で、まだ命を繋いでいる花々が僕は不思議でならなかった。


 何より…。


 「ねえ、テス以外に人はいないの?」

 

 僕の問いに彼女は寂しそうな表情で答えた。


 「いない…。

 8年くらい前に『色欲バルフリア』が聖都を目指して襲撃したせいで、聖域の加護が届かなくなったの。

 そのせいでこの村にもが現れるようになって、他の人たち加護がある村に移住して行ったわ。

 残ったのは私だけ」

 

 ということはテスはずっと一人でここに?。

 色欲バルフリアと魔恩というのはよくわからないが、悪い奴ということだけなんとなく察しがついた。

 恐らく数軒の古屋が倒壊しているのは、その魔恩とやらの仕業なのだろう。

 でも何で彼女はここに残ったんだ?

 

 「ねえ、テスのご両親は?」


 少しダークな話になるかもしれないと…僕は恐る恐る彼女に尋ねた。 

 だが以外にも彼女はこの問いに、ケロッと明るい笑顔で答えた。


 「親?。親か~。強いて言うならアレが私の親になるのかな?」


 そい言ってテスは廃村の中央にかろうじて残っている花畑を指差した。


 おいおい…あそこに埋まってるとか言い出したりしないよな。

 やっぱり聞かない方が良かったか?と、顔を青くする僕だったが彼女は優しく言葉を紡いだ。


 「あの青い花、アクアルシルっていうの。

 昔はここらの土地全部に足の踏み場が無いくらいたくさんの花を咲いてたんだ。

 当時はその花畑を見るためだけに、多くの人達が訪れた。

 そして、この村の花畑にたくさんの人がの」


 思願を…残す?

 彼女の言葉の使い方を少し不思議に思ったが、その疑問はすぐに解消された。


 「思願しがんっていうのはね、この世の全ての生物がはっする思いの力なの。

  例えばあの花、カグヤはあれを見てどう思う?」


 そい言って彼女が指差したアクアルシルを、僕はしゃがんでまじまじと見つめた。

 

 「うーん」


 アクアルシル。

 あらためて近くでよく見てみると、透き通るほど爽やかで不思議な花だ。

 指先で触れれば、ポチャンと弾けてしまいそうなほどに瑞々みずみずしい花びらは、まるで大地に芽吹く小さなオアシスだ。

 しかも風が吹くたびに、花びらに波紋が生じている。

 その姿は本当に植物なのか?と思うほどだ。


 「すごく不思議で綺麗だ」


 僕がそう言うと、テスはムフーっと満面の笑みを浮かべた。


 「でしょでしょっ!

  『綺麗だ』、

  『また見に来たい』、

  『次は誰かと一緒に』、

  かつていろんな人のたくさんの想いが、アクアルシルの花畑に向けられた。

  やがてその想いは募りに募り、ひとつの命を形作った。

  そうして顕現まれたのが私ってわけ!。

  いわば花畑こここそが、は私の根源生みの親なの」

 「えっ?じゃあテスは人間じゃないの?」

 「うん。私は精霊だよ」


 精霊…。

 彼女の正体には驚きはしたが、異世界だからな~、で納得した。

 そして何となく…。

 本当に何となくだが、彼女がここ留まる理由がわかった気がする。

 彼女にとっての生みの親であるアクアルシルの花畑。

 故郷でもあり、親でもあるこの場所を彼女はたった一人で守っているのだ。

 正直、そんな彼女の境遇を考えると胸が暑くなる。

 

 僕は、そんな彼女の思いに答えるように微笑み返した。


 「それじゃ、早速だけど案内してよ」

 「うん」


 あれ?でも待てよ…もしかして彼女と二人きり?


 そんな僕の思いを他所に、テスは燥ぎはしゃぎながら僕の手を引いた。


 こうして僕と彼女の奇妙な生活が始まった。

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