第三部隊 サードアームズ

聖都に到着して、連れてこられたのは浄化部隊エイシスの本拠地内にある訓練場だ。

 正直、もう少し街並みを眺めていたかったけど、テスは急ぎの所要とやらを済ませるために、エンバーさんと二人でどこかに行ってしまった。

 一応、エンバーさんからは待ち時間の間、施設を見学する許可をもらっている。

 それからエンバーさんの部下が浄化部隊の施設を案内してくれそうだ。

 案内人とやらが来るまでの間、訓練場で隊員の訓練を僕は一人寂しく眺めておくことにした。


 ー


 浄化部隊エイシスの隊員は、その殆どが精霊と数十人の程度の異世界人客人で構成されているらしく、訓練場では奇跡を用いた一対一の模擬戦闘を行っている最中だった。

 その中でも一際ひときわ激しい戦闘を繰り広げる二人組に、僕は自然と魅入られていた。


 一人は、稲妻を孕んだ槍をバチバチと振り回す、ジャケットを纏った青年だ。

 それに対するのは、日本刀に酷似した薄紅色の刀身を携え、鬼火のようにメラメラとした二本の角を持つ黒橡色の髪をした美少年。

 上半身には着物を羽織り、下半身には女性物のチャイナ服ようなの形状をした衣類をヒラヒラと靡かせている。

 華奢で可憐な生足が、チラチラと顔を覗かせて、自然と視線を奪われた。

 うん。男だとわかってはいるけど…。

 なんかエッチだ。


 「どうした、叶多!力に恵まれていながらその為体ていたらく。そんなんじゃ儂には一生勝てんのー。

 これでは、今回の賭けも儂の勝ちじゃなー」

 「クソッ、言われなくても!」


 黒髪に黒い瞳…。

 あの槍を持ってる人、ひょっとして日本人?。

 間違いない、あの槍…僕の星屑と同じ異能だ。

 まさかこんなところで僕と同じ異能者と邂逅を果たすなんて…。

 まあ、いて当然か。

 聖都は異世界人を保護してるらしいし、彼はエンバーさんが直々に第三部隊サードアームズに入隊させた特別な人物って話だ。

 多分…。


 「まだ、まだだっ、鳴神なるかみ!」

 

 青年が叫んだ刹那。

 持っていた槍を大振りで薙ぎ払うと、槍の先端から凄まじい雷火が迸るほとばしる

 鬼の少年は臆する様子はなく、それを淡々と回避して見せた。


 「よっとっと」

 

 あれが彼の異能…鳴神って呼んでるんだ。

 僕以外の完全発現型の異能は始めて見る。

 念動力で星屑を操るみたいな事は出来ないみたいだけど、槍から弾ける紫電はかなりの脅威だ。


 カン!カイーン!カーン!


 両者一歩も引かない、剣と槍のつかり合い。

 火花と飛電が瞬いてまたたいて、見ていた僕は、眩しさにまばたきを繰り返す。


 「今度こそ、今度こそ勝って…肉と魚!そして食後のデザートを全部俺のもんだ!」

 「ぬかせ、お主はパンだけ食ってろ!」


 ……そんなの賭けてたの?


 ちょっと下らない賭けの内容だったけど、それでも槍の青年の必死さが感じ取れた。

 その瞬間、僕は彼が何をしようとしているか察した。


 「速閃雷化そくせんらいかっ!」


 凄い、本当に使えるんだ。

 異能者が…奇跡を起こせるんだ!。


 刹那。


 青年を中心に、ゴーン!と雷鳴が轟き、彼がちょっとでも動くたびに、毛先や指先からスパークが走る。

 そして青年の全身は雷を纏っているような、雷が人の形を成しているような、そんな異様な形態となった。

 近づいただけで感電してしまいそうな、凄まじい迫力。


 「よし、いくぜっ!」


 青年が槍を振り回し、そして構える。


 バチン…。


 一瞬だった。


 雷が…天から地に落ちるが如く。 

 人の動体視力では捉えられない速度で、青年は鬼の少年の背後を取る。

 青年の大口を開けて笑い、勝利を確信した瞳で相手を見下ろした。

 その瞬間、青年は雷を脱ぎ捨てた。

 どうやら奇跡を解いたようだ。

 

 「獲った!」


 そして、青年は、勢い良く槍を振り下ろした。

 ……振り下ろしたはずだった…。


 「だから何故、いちいち姿を現す…」


 鬼の少年は落胆した様子で、はぁ~と大きな溜息を吐くと、腰を低くして持っていた刀を鞘に収めた。

 すると、鞘に収められた筈の刀は、近くいた青年すら気付かぬうちに、その優美な刀身を、鞘の中から吐き出していた。


 カキーン!。


 「嘘っ、だろ!」 


 速すぎて捉えるのがやっとだったけど、何が起きたのかは直ぐすぐに分かった。

 鬼の少年が繰り出した光の如き抜刀術。

 その一閃により、青年の槍は上空へと薙ぎ払われ、クルクルと宙を舞って、サクッと地面に突き刺さった。

 青年は愕然としながら、鬼の少年に刃を突き付けられて項垂れる。

 どうやら勝敗は決したようだ。


 「クソ……。今日も、パンだけか」

 「お主、奇跡は維持しろと何度も言っとろーが。そうすれば儂といい勝負が出来るのに、何故すんでのところで奇跡を解く?」

 「速すぎて自分でも制御できねーんだよっ。何度壁に体当たりしたと思ってんだ?、下手すりゃそのまま壁のシミだぞ!」

 「いいかげん速度に慣れんか!早く儂と肩を並べられるくらいに強くなれ。儂は退屈じゃ!」

 「はあ?強い奴がお望みなら他に適任者がいるだろうが。キャトンにお願いしろよ」

 「第一小隊長?。い、嫌じゃ。あんな狂人となんて戦いたく無い!狂気の沙汰じゃ!」


 あの鬼の美少年。

 バトルジャンキーなのだろうか。

 

 バチンッ。という稲光いなびかりと共に、地面に落ちた『鳴神』を一瞬で手元に戻した青年は、溜息混じりに口を開いた。


 「で…隊長さんが今日来るって言ってた、俺と同じ世界の異世界人はいつ来るんだ?」

 「あやつの事ではないのか?ほれ、ベンチに座ってこちらを眺めている小僧。ここらじゃ見ない顔じゃろ?」

 

 二人が僕のいる方にスッと視線を向けると、小言を話ながら少しずつ近づいてきた。


 「なあ本当にこいつか?日本人じゃないぞ、この白髪」

 「まあ本人に聞けばわかるじゃろう。のう、お主が竹取霞紅夜か?ちょっと儂と試合えや」


 いや、いきなり試合えって…。

 どうやら、やばい人に目をつけられたようだ。

 鬼の美少年の問いといに対して僕がした返答は…。


 「イエ、チガイマース。ヒトチガイネ。

  ワタシハタダーノ、カンコウキャクデース」


 全力で誤魔化した。

 

 「ほら、やっぱり違うだろ。俺の居た世界に白髪赤眼の人間はいねーって。他探そうぜ」

 「いや待て。なんで浄化部隊エイシスの本拠地に、観光客がいるんじゃ?。一般人は基本、立ち入り禁止じゃぞ」

 「……………」

 

 ………………やべっ。


 早くも見破られそうな僕の嘘。

 どうしようか思いあぐねていると、鬼の少年はニヤリと、えげつない笑みを浮かべた。

 そして、ただ一言。


 「よし、試合え…」


 と……。物騒にも刀へと手を伸ばした。

 あっ、ヤベーはこれ!。と思った僕は、この場から脱兎の如く逃亡した。


 「あっ、待たぬか!」

 「えっ、何?どういう事?」

 「阿呆、彼奴あやつが隊長の言っていた竹取霞紅夜という異世界人じゃ。

  儂は彼奴あやつを追いかけるから、叶多も後から着いて来い」


 僕がアルビノ体質だったせいか、青年の知る日本人の特徴に当てはまらなかったのだろう。

 現状がいまだに掴めていない様子だ。

 ていうかこの鬼、物騒にも程がある。

 初対面の人に刀突き付けるとか常人のする事ではない。


 「クク、クハハハハ。早う主の異能とやらを見せてみよ。儂は消化不良でまだ戦い足りんのじゃ」


 ヒイいいぃぃ。

 アイツ可愛い顔して、メチャクチャヤバイ、目がヤバイ、行動がヤバイ!。

 

 刀を握り締めて追ってくる少年に危機感を覚えた僕は、やむをず異能を発現させてしまった。


 「なんじゃ、やっぱり竹取霞紅夜であっていたか。良いぞ、その短剣で何ができる?」


 ひょっとして僕、鎌かけられてた?。

 このまま異能を使わなければ、運悪く迷い込んだ一般人として逃してもらえたんじゃ…。


 「ああクソッ。あんなところで見学するんじゃなかった!。

  こうなったらヤケクソだ。行こう、星屑!」


 足で急ブレーキをかけ、鬼の少年の方へ方向転換し、持っていた星屑を全力投剣した。


 「おおっ、速い!!やるな」

 「そりゃどうも」


 鬼の少年は飛んでくる星屑を見るや否や、持っていた刀を構え、星屑の直進を逸らすようにして凌いで見せた。

 まあ、妥当な判断だ。星屑の攻撃は魔恩の外殻すら砕く威力。

 正面から受ければ、あの刀ですらひとたまりも無い。


 でもこれで、隙ありだよ!

 

 かつて、エンバーさんとの戦闘でも通用した初見の人には強力なの不意打ち戦法。

 一撃目は相手に、ただの投剣と見せかけて、あえて星屑を凌がせる。

 星屑の脅威が無くなったと思い込ませて、そこに念動力による星屑の悪辣な二撃目をかますのだ。

 

 「おーい八尺やさかー。あいつの異能まだカタカタ動いてるぞ。油断するな~」

 「なに?」


 おい!なにバラしてくれてんだよ!。


 だが、後から追いついた青年によって、僕の狙いが呆気なく暴かれてしまった。

 

 「おい叶多、そういうのは無粋じゃぞ。興が削がれるから黙っておれ」 

 「そうだそうだ。空気読め!」

 「えっ、あっ、なんかごめん」


 こうなったら奇襲はもう無理だろう。

 プラン変更だ。

 中距離を維持しないがら星屑の高速連撃に切り替える!。


 「ぬっ!。おうおう、っと。ただの短剣ではなく飛剣であったか!、よっと。面白い。叶多より楽しめそうじゃ」

 「なっ、俺だってこれくらい出来るっつの!」

 「叶多の技は単調じゃからな~。とっと!対して彼奴あやつの異能の技は精錬されておる。あれ程の速度ーっで!、飛剣を操る技量っ!訓練を積んでなければっ!出来んっ!」 

  

 星屑の絶え間ない空中乱舞を捌きながら、僕の異能の技量に賛美を送る鬼の少年。

 僅かに狼狽ろうばいしてはいるようだが、ギラついた笑みは崩さない。

 嬉々としてこの状況を楽しんでいるようだ。

 でも…もう終わらせる!。 


 「おっつ!?、凄い、まだ加速するのか。捌くのもキツくなってきたし、儂もそろそろ攻めるかのう」


 思ったんだけど…。

 この世界の人達の戦闘力どうなってんの?。 

 エンバーさんもそうだったけど、なんですぐに星屑の速度に適応できてんの?


 そんな事を思っていると、鬼の少年の戦い方に変化が生じた。

 先程までの受け身の態勢から打って変わって、緩やかでキレのある優雅な舞いだ。

 星屑の一閃を紙一重で回避しつつ、迎撃も織り交ぜ、踊るように前進する。

 そして、少年の愉楽ゆらくに呼応するように、彼の刀が煌々とした光を纏い始めた。


 「嘘でしょ、今まで奇跡を使ってなかったの?」

 「興が乗って来たのでな、儂の奇跡を見せてろう!」


 そう言うと、少年の剣舞は激しさを増した。


 「なっ、星屑!」


 突如、星屑の猛攻は、少年の繰り出した無数の謎の閃光よって押し返さた。

 

 「なっ!?刀の間合いじゃ無かったのに!もしかしてあの光…実態があるのか!」


 僕が動揺している姿を見て、少年はヤハハと笑いだす。


 「儂の奇跡はな、光を凝縮し、形も性質も儂の思う侭に物質化出来るんじゃ。面白いじゃろ?」


 さっきの星屑を押し返した力の正体。

 少年は持っていた刀に光を凝縮させ、擬似的に刀身を延ばす事が出来るんだろう。

 多分、他にもいろんな事が出来る筈。

 しかも、物質化するという事は、それだけ重くなるという事。

 おそらく彼は、刀を振るう本の一瞬に…光の刃を形成することで、それを解決しているんだ。

 無数の謎の閃光も、少年がその一瞬に、刀を振るった数だけ奇跡を起こしたということだ

 さらに恐ろしいのは、奇跡のオンオフのコントロール制度。

 エンバーさんのように奇跡を維持しようとするるのも難しいだろうが、これはこれで違ったベクトルの天才なんだろう。

 まぁ、まだ奇跡を起こせない僕が評価するのもアレなんだが…。


 「どうしたどうした?攻撃が精度が落ちて来たぞ。そんなものかー?」


 いや君、メチャクチャしすぎだよ!


 彼の奇跡で多少の速度と出力が落ちたものの、もちろん星屑の攻撃を緩めたつもりは無い。

 少年の奇跡を内包した剣戟が凄まじすぎるのだ。


 「ククク、クハハ、クハハハハ」


 高笑う鬼の美少年。

 閃光の刃を飛ばしながら、星屑を迎撃する姿は、もはや踊る災害だ。

 星屑の攻撃を止めてしまうと、台風の目となった彼が、このまま真っ直ぐこっちに来そうで正直怖い。


 そんな事を考えていた時だった。


 「こら、八尺!お客様になにをしているのですか!」


 彼方から走ってきた女性に叱責され、高笑いしていた少年の剣舞は嘘のようにピタッと収まった。

 すると少年の表情は、みるみる青くなっていく。


 「キャトン小隊長…何故ここに?」


 少年は刀を素早く鞘に納め、恐る恐る女性に尋ねた。

 すると、女性の背後からヒョコッと現れた人物が、女性の代わりに回答した。


 「俺が呼んだー」

 「叶多貴様ーー!」

 「叶多君が私に教えてくれたの、八尺の悪い癖がでたから止めてくれって」

  

 少年は『叶多め、余計な事を!』という見え透いた表情を浮かべて青年を一瞥するが、それを見ていた女性は冷ややかでありながら、確かに怒りの籠った言葉を少年に投げた。


 「八尺、何か言いたげねー」

 「いや、あの」

 「というか、エンバー隊長のお客様に喧嘩をふっかけるなんてどういう神経しているの?」

  

 なんというか、悪事をした弟を叱る姉…という絵面になっている。

 さっきまでの勢いは何処へやら。

 鬼の少年は可愛らしい小動物ように、その場で星座になって小さくなった。

 

 それにしても後から現れた女性。凄く美人だ。

 長い銀髪の天辺てっぺんには、小さな猫耳をヒョコヒョコとさせていて可愛らしいのだが、出ている所は出ているし、引っ込んでいる所は引っ込んでいて、とてもセクシーなボディラインをしている。

 さらには、その体を強調するように白衣とミニスカ、そしてガータベルトを纏っていて、正直僕もお叱りを受けたいと思った。


 「キャトン小隊長、これには訳が…し、侵入者かと思ったんじゃ!」

 「そうなの?」

 

 女性は事の真相を、隣に居た青年にも確認をとった。


 「いや嘘だぞ。八尺は『お主が竹取霞紅夜か?』って確認してから、ちゃんと喧嘩吹っかけてたぞ」

 

 『また余計なっ事を~!』と青年に睨みを効かす鬼の少年。

 真実を聞いた女性は腕を組み、ゴゴゴゴゴっと威圧感を漂わせた。


 「あらあら、元気一杯ね~」

 「……………」


 鬼の少年はどうやらこの女性が苦手なようだ。

 言葉数も減って、本当にさっきの少年と同一人物なのか?っていうくらい別人に思えてきた。

 そんな萎縮する鬼の少年を、女性の一歩下がった位置から、青年がニヤニヤと悪人ズラで見下ろしていた。


 ああ、成程。

 これが食べ物の恨みってやつか。

 恐ろしい…。


 そんな事を思っていると、鬼の少年が涙を潤ませたアイコンタクトで僕に訴えかけてきた。

 どうやら助けて欲しいようだ。

 青年も女性も彼の敵となってしまった今、頼れるのが僕しか居ないからって、流石に哀れだよ。

 

 仕方ない…。

 そんな可愛い顔で見つめられたら、僕の心も揺れてしまう。


 僕がコクリと頷くと、少年はパァっと表情が明るくなった。

 

 「あっ、お姉さん。さっきコイツお姉さんの事、狂人って言ってましたよ」


 そう密告したら、少年の顔が真っ白になってカタカタと震え出した。

 揺れ動いたのは僕の嗜虐心だから、悪く思わないでね。

 

 「へー、そうなんだ~。八尺。そんなに戦いたいなら私と一発…ッとく?」

 「は、へ…」


 助けると見せかけて落とす。

 本気で僕に助けてもらえると思っていたのだろう。

 いきなり喧嘩ふっかけてくる奴を、許してやると思ったか馬鹿め…。

 君は一度、上官殿にお灸を据えてもらった方がいい。

 そう思っていたのだが…あまりの恐怖心に鬼の少年は言葉も無く意気消沈となってしまった。 

 女性は大きなため息を吐いて、やれやれと僕の方に振り返って頭を下げた。

 

 「ごめんなさいね。霞紅夜君。この子病気なの。私はキャトンよ、よろしくね」

 「いえいえ、キャトンさんのおかげで助かりました。ありがとうございます。

  エンバーさんから伺っていると思いますが、竹取霞紅夜です。よろしくお願いします」

 「えっ、お前本当に日本人だったの!?」


 青年は驚いた様子で口を挟んで来た。

 

 「日本人ですよ。アルビノなんです、僕」

 「へー、すげー、初めて見た」


 アルビノ体質が彼にとって余程物珍しいのだろう。

 青年は僕という希少な美少年をマジマジと見つめてくる。

 まあ、自分で言うのもなんだけど1000年に一人の美少年だしね。僕。

 世の男達の性癖までも歪めかねないもんね!。

 それにしても、すごい見てくるじゃんこの人。

 もう……エッチ…。


 「おい、気色の悪いリアクションするんじゃねーよ!」


 そんな僕たちのふざけた会話のキャッチボールを見ていたキャトンお姉様がふと口を開いた。


 「ところで霞紅夜君。テスちゃんだけど、もう少し時間がかかりそうなの。

  元々コイツらに、ここを案内させる予定だったっからちょうどいいわ。

  あなたたち、霞紅夜君を案内してあげなさい。

  あっ!くれぐれも失礼のないようにね」

 「へい」

 「…………」


 コイツらって…なんか扱い雑だな。可哀想に…。


 「あの…テスは今、何をしてるんですか?」

 「テスちゃんなら健康診断を受けてるわ。不浄が蔓延している聖域外は、精霊にとって、あまり良い環境とは呼べないの。だから彼女は定期的に、ここに足を運んでもらっって異常がないか検査してるの」

 「そうなんですか」

 

 病気…というわけじゃないんだよね。

 不浄が悪いものなのは知っていたけど、精霊には特に悪いものだったのか…。

 確かにあの場所は、健康によろしいとは言い難いかもしれない。 

 まぁ、健康は大事だし、病気の早期発見は本人のためにもなる。

 そういえば、この世界にも注射ってあるのだろうか。

 もしあるのなら、今頃テスは泣き叫んでいることだろう。

 いかに技術が進歩して、痛みは無い、なんて言われても怖いものは怖い。

 あのワイヤーよりも細い線が、腕にニュッと入り込む感覚は、未だに慣れない。

 ようするに、僕は注射が怖いのだ。


 「じゃあ二人とも、霞紅夜君をよろしく」

 「うい~」

 「………」


 青年はやる気のない返事を返し、少年は死んだまま……。

 そんな二人を見て、キャトンさんは心配そうにこの場を去っていった。


 「じゃっ、よろしくな!後輩」

 「…………」


 そんな彼らを見つめながら、僕は大きな溜息を漏らす。

 不安しかない見えない状況を、僕はただただ受け入れるしかなかたのだった。

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