第42話 未来を視る女

「そうか。ジュンの親父は」


俺から『マッチングアプリ』を介して発覚した、父ジョン・キャンデーラの非業の死を知り、ランセはやるせない表情で青髪をボリボリかきむしる。ブランは黙って十字を切った。


「ジュンちゃん。なんて言葉をかけたらええか正直わからん。せやけど、何があっても、俺がジュンちゃんの盾になる。ジュンちゃんは、ジュンちゃんのやるべきことをやってくれや」


低く唸り、ロッソが俺に告げる。ジョン王も、俺の大切な恩人や。


「ありがとうロッソ」


いくらか冷静さを取り戻した俺は、ゆっくりと息を吐いた。ため息がまじった、深い一息。父さん。家族を愛し、民を愛し、国を治め、奴隷制度に反対し続けた偉大な王。


その最期は、あまりにも無残なものだった。


神様はいないのかもしれない。運命のめぐり合わせで、俺は前世の宿業深い元カノと再び出会い、復讐を果たした。

神の存在を信じたくもなった。

だけど、神が本当に存在するなら、どうしてジョン・キャンデーラのような善人が死に、死んだほうがいいゴミ屑どもが生きているのだろう。

元の世界でもそうだった。人間のクズ、人の痛みがわからない悪人がはびこる世界。

戦争、核兵器、殺人、テロ、ドラッグ、暴力、不倫、恐喝、強盗、売春、痴漢、盗撮、パパ活、闇バイト、無差別殺人、いじめ、パワハラ、セクハラ、モラハラ、詐欺、窃盗、クレーム、横領、浮気、虐待、ネグレクト、不正受給、汚職、カースト制度、まだ名前のない悪事などなど。その大きさに関係なく、悪は尽きない。

その無尽蔵に生み出される悪事に泣くのは、いつだって普通に暮らし、その日を懸命に生きている人たちだ。


俺は正義でもなんでもない。どす黒い感情の衝動に突き動かされて、実母とその不倫相手、婚約者とその間男を殺した、クソみたいなただの人殺しだ。

だから正義面をするつもりは毛頭ない。これまでと一緒で、ただ許せない、許さないという俺の感情に従って、私怨でこの世界のクズどもをぶち殺してやる。


「敵討ちなんて耳心地のいい言葉でごまかさない」

「ん?」


ランセが俺の言葉に反応した。


「俺はただ、俺の大切な人と国を奪ったゲスどもを、皆殺しにしてやりたい。四肢を斬り落とし、目の前で奴等の家族を惨殺し、長く深く拷問を与えて、この世の地獄を味合わせたあと、生きたまま首を斬り落としたい」


**********************************


翌日。

俺たちは奴隷解放ギルドの仕事を手伝うことになった。グチモームスで救出した奴隷たち以外にも、コミュニティには、150人の奴隷が匿われていた。そこで、彼等の精神的な傷をブランが『聖人の左手』で癒し、彼等のための衣服をランセが魔法で新調し、俺は『マッチングアプリ』で、彼等の生き別れの家族の安否を調べてあげた。


一か月前のモモの時と同様だ。


モモはグチモームスから脱出したあと、転生していた前世の伴侶を探しに北へと旅立っていた。(『マッチングアプリ』で、海鮮の国サポーロにいることがわかったからである)


「ばあさんと帰ってきたら、必ずお前の力になってやるからの!気を落とすでないぞジュンよ!わしは味方じゃ!」


まったく心強い幼女である。


あ、ちなみにロッソは保護されている孤児たちの遊び相手になっている。


「トラのおにいちゃんもふもふしゅごーい!」

「トラのおにいちゃん力持ちぃ~!」

「トラのおにいちゃん変なしゃべりかたぁ!」

「こら、勝手によじのぼんな!おめぇ、しっぽひっぱんなや!ちょ、誰や!?よだれつけた奴!?」


怒っているけど、どこか楽しげなロッソを遠くから眺めていると、奴隷解放ギルドの二番隊隊長がやってきた。ワイルドな顎鬚を蓄えた、白髪まじりの黒髪を逆立てた中年男性なのだが、見た目とは不釣り合いな割烹着を着ている。


「すまんぜよジュン王子。ギルドの仕事ば手伝うてもろて。おまけにガキどもの面倒まで」

「あ、あなたは確か二番隊隊長の、」

「ウルブス・ニグランぜよ。同志にゃ、ニグと呼ばれちょる」

「よろしくニグさん」

「王子よ、げにまっこと、かたじけないぜよ。王子にゃ、キャンデーラ復興の使命があるじゃろうに」


奴隷解放ギルドの人間は心優しい人ばかりで、このニグも、顔を合わせるたびに詫びを入れてくれる。豪快な見た目と裏腹に、気遣いのできる良い男だ。


「必要な情報集めの一環なので、気にしないでください。それより、」

「おう、おまんらぁ!飯が出来たぜよ!手ぇ洗ってくるきに!」

「「はーい!!」」


会話の途中でニグが子供たちを呼び集めた。コミュニティでの料理は、このニグが奴隷だった女たちと協力して作っている。


「ああ、すまんきに。で、なんじゃったかの?」

「世連って知ってますか?」

「セレン?人の名前かえ?」

「いや。多分、どこかの組織の名前だと思うんですけど」

「うちのギルドでは聞いたことないのぅ」

「そうですか」


やはり駄目か。俺が奴隷たちの家族の安否を調べる仕事を請け負ったのは、この「世連」の情報を集めるためだった。

ハムァダ・フレンチクールラのプロフィールの中から出てきた世連(セレン)という言葉。


――世連(せれん)、ですか?


俺の固有スキル『マッチングアプリ』を具象化した存在であるウィズにも、俺はもちろん聞いていた。ぽよんぽよんと俺の頭の上でバウンドしながら検索をかけるウィズ。


――申し訳ございません。世連というワードで検索をかけたところ、関連性が認められる人物はハムァダ・フレンチクールラのみとなります。


「ハムァダはプロフィールで言っていた。キャンデーラ潰しを成し遂げたことで、世連(セレン)の主導権(イニシアチブ)を握った。相方が、世連(セレン)のトップに立ち、この世界の神になるって」


――世連。少なくとも、まだこの世界にそのような組織、集団は確認出来ておりません。


数時間前のことをぼんやり思い出していた俺の肩を、ニグがぽんっと叩いたことで、俺は現実に引き戻された。


「王子、昼飯食ったら、うちの五番隊隊長に会わせちゃるけぇ」

「五番隊隊長?なんで急に?」

「五番隊隊長、リュマ・ブルヲは、稀代の占い師。きっと見たいもんが見えるぜよ」


*********************************


昼食を食べた後、ロッソは子供たちに捕まって遊び相手に、ブランは奴隷たちの診療が残っていた為、俺は、ランセとニグと三人で、コミュニティ内にある古びた宿泊施設の角部屋の扉前にやってきていた。

ここに、占い師リュマ・ブルヲがいる。


「他のみんなと一緒には寝泊りしてないんですね?」


俺が聞くと、リュマはいびきがうるさいぜよ、と苦々しくニグは言った。

いびき?とランセが首をかしげる。

「リュマの固有スキル『未来視』はSランクのチートスキルなんじゃが、反動が凄いぜよ。能力を使ったら、その対価として永い眠りにつく。皆で寝ていたら、わしらが睡眠不足になるぜよ(笑)」

「……人のプライバシーをペラペラペラペラしゃべらないでほしいリュマでした」

「!?」


部屋の中からか細い女の声が聞こえた。リュマの声に違いない。


「久しぶりぜよリュマ!とびらぁ開けるぜよ?」

「……嫌だと言っても開けるのがウルブスなのでした」


バンッ!


部屋の中はオレンジ色の間接照明が一つだけついていて、うすぼんやりした明るさの中に、リュマ・ブルヲ、水色髪の儚げな表情の少女が立っていた。小柄な少女は、寝ぐせのついた水色髪を揺らしながら、頭をかくかくさせていた。眠たいのか、はぁ~とあくびをする。


「は、初めましてリュマさん。ジュン・キャンデーラです」

「……ジュン・キャンデーラはすでに『未来視』で知っているリュマでした」

「え?」

「なんじゃリュマ!?いつの間にまた『未来視』を使ったんじゃ!?」

「……さっき」

「そしたらお前さん、また眠っちゃうんじゃねえか!?」


ランセが非難するような目でリュマを見ると、へっ、とリュマは失笑した。


「……心配しすぎなランセ・アズールに、リュマは笑うのでした」

「なにぃ!?俺のことも」

「……前回見たときから、ジュン・キャンデーラたちがやってくるのは知っていたリュマなのでした」

「前回?」


俺が質問すると、シルバ探しぜよ、とニグが答えた。


「シルバが行方不明になっとったもんじゃから、一か月前にリュマに頼んでみてもらったぜよ。うちじゃあよくあることぜよ」


単独行動をするシルバ・アージェントの煌びやかな銀髪と碧眼が頭に浮かんだ。



すぅーと息を吸ったリュマは、詩を歌うように、言葉を紡いだ。

「ハヌマーンの一息で 一つの国の炎が消える 猿の相方 狂った商人」

「え?」

「リュマの前回の占いぜよ」

「ハヌマーンと目を合わせるな 何もできない 何もできない 狂った商人は マジチート マジチート 朝の国の姫 罪人と取り違え 王の想い届かず 龍の啼く空の下 首が飛ぶ 首が飛ぶ 銀髪の剣士は そこにいる そこにいる 金色の鳥は 死神の知らせを 運び込むよ ジュン王子に 復讐の火は灯る 火は灯る もうすぐここに 会いに来る 私の扉を 叩きに来るよ」

「リュマ・ブルヲ、あなたが一か月前に見た未来がそれなのか?」

「……そうだと言うリュマでした」

「キャンデーラ国が滅ぶのを、あなたは視てたんだな!!!!」

「……見たいものは、くっきりと、流れる歴史は、ぼんやりと。滅びる国が、キャンデーラだとは知らなかったリュマでした」

「くっ・・・・・・!」

「すまんぜよ王子。リュマの能力は、ワシらが教えてくれと頼んだものに関してはしっかりと教えてくれるんじゃが、そうでないものは、曖昧な表現となってしまう。リュマもワシらも、キャンデーラが滅ぼされることは、本当に知らんかったぜよ」

「……嫌な言い方をして、すみませんでした」


頭を下げる俺に、聞いて、とリュマは言った。


「……もう眠い、いつ寝るかわからない。だから、」

「それじゃ!世連について、世連について占ってほしい!」

「聞かれるのはわかってたから、もう占ったリュマでした。いくよ」


そう言うと、リュマはおどろおどろしい声色で、先ほどと同様、占った未来を口にした。


間もなく王子がやってくる 奴隷解放の父ではなく 独りの復讐の鬼として 私は聞かれる 世連の名前 知らない 知らない 普通は 知らない だけど私は 未来が視える もう間もなく 生まれてしまう 奴隷を生み出す 黒い国々 手を取り合って 奴隷を作る 狂気の商人  傲慢のハーピィー 怠惰の巨人 暴食のオーク 憤怒の竜人 色欲のマーマン 嫉妬の鬼人 強欲のニンゲン 一夜でふたたび 惨劇をよぶ いつかのロクデナシ 死地を生み出す 八つの悪魔 世界の連合 生まれてしまう


「世界、連合?」


それが、世連だというのか。

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