第34話 月がきれいですね
静寂のなか、城外の暗闇に溶け込む人影が二つ。
一つは、マリヤ・グチモームスのものであった。
先刻王族の身分を剥奪された彼女は、穏やかな表情で、ある歌の一節を口にした。
「明日がもしも来ないなら、せめて花に水を与えよう。昨日愛したあの鳥が、明日も窓辺で謳うなら、私はそれを、幸せと呼ぼう」
レンファウ議員に変身したランセ・アズールが、月明かりに照らされたマリヤを見る。
「その歌は?」
「グチモームスに伝わる民謡です。平和と愛を歌った歌です」
「いい歌ですね」
「ええ。そしてこの歌を、アンジェロが、寝れない夜に、私の為に歌ってくれたんです。何度も何度も」
「……」
「彼はきっと、絶望の中にいるはず。私がそばにいてあげたいんです。」
「……」
ランセは無言で歩みを進め、ついに、目的地にたどり着いた。
「さ、どうぞ」
頷き、マリヤは、扉を開け、中へと入っていこうとする。
「……マリヤ・グチモームス!」
ランセの中の良心が、マリヤを咄嗟に呼びとめる。
「はい?」
吃驚して足を止めるマリヤ。
「この中で、決して嘘をついちゃあいけない。噓偽りのない本心であいつと向き合えば、最悪の中の最悪はまぬがれる」
「何をおっしゃっているのか、」
「いいな、絶対に嘘をつくな」
声色と口調がおかしいレンファウ議員に対し怪訝な顔を浮かべるも、素直にマリヤは返事をした。
「もちろんですわ」
マリヤは一礼し、扉を開け、中へ入った。
はぁ。
ランセは扉が閉まると変身魔法を解き、青髪の壮年姿に戻った。そしてボリボリと頭をかき、煙草を取り出し、一服する。
ふぅー。
「ジュン。俺はおめえに感謝してるからこそ、おめえには殺してほしくねえんだよ。おめえの婚約者を、さ」
満月に向かって、煙と一緒に本音を吐き出したランセは、更にため息を吐いた。
はぁ。
「月がきれいだな、ちくしょう」
******************************
「来たねマリヤ」
椅子に腰かけていた俺は、小屋の中へ入ってきたマリヤを出迎えた。
「……どなたですか?」
俺はマリヤの問いを無視して、ロッソとブランに合図を出す。
2人は、椅子に縛られたアンジェロ・ジャッシュを連れてきた。
「アンジェロ!!!!!!!!!!!!!!」
絶叫するマリヤ。さるぐつわをかまされたアンジェロの全身は、丈夫な鎖で、椅子に固定されていた。
「アンジェロ!!!!!!!!そんな!!!!アンジェロを助け出してくれたんじゃ!!?アンジェロ!!!!!」
アンジェロは気絶をしていた。そこでロッソがひっぱたいて起こす。
「ん!んん!!!んん!!」
目を覚ましたアンジェロは、身体を揺らして、目を大きく開いてマリヤを見た。その双眸が、助けてくれと懇願する。
「アンジェロの命は俺たちが預かっている。まずはマリヤ。服を脱げ」
「なんですって!!!」
「聞こえなかったのか?服を脱げ」
顔をみるみる紅潮させたマリヤは怒鳴り散らす。
「無礼者!!!!!馬鹿なことを言わないで!私はグチモームス国の王女よ!!!!見ず知らずの男の前で、どうして服を脱がなくてはいけないの!?アンジェロを今すぐ解放しなさい!!!!!」
「ンナハハハハ!!元・王女の間違いやろ」
あざ笑うロッソ。更に顔を赤くし、元・王女は、金切り声をあげる。
「今すぐ兵を呼びます!!!!あなたたちを大罪人として即刻捕まえてもらいます!!!!」
「大罪人はお前だ」
ブランが低い声で咎める。
「私が大罪人ですって!?」
「せやなかったら、俺等もこんなことせえへんわ。この悪党が」
「レンファウ議員もグルってことよね!?あなたたちは何が目的なの!?お金!?」
まくしたてるマリヤとは対照的に、俺の心はどんどん静かに冷たくなっていく。
マリヤ。
それがお前なんだな。
清楚、可憐を絵にかいたような少女の本質は、高飛車で傲慢で、荒々しい感情を恥ずかしげもなくさらす、下品なビッチ。
お前は間違いなく、俺の大嫌いな女なんだ。
「いいから服を脱げ。そうしないと、後悔するぞ?」
俺の言葉に、マリヤは激昂する。
「後悔するのはあんたたちの方よ!!この下劣なクズ人間が!待っててアンジェロ!いま助けを呼んでく、」
ゴッドォオオオオオオオオン!!!!!
「え?」
マリヤが、大きな音を聞いて振り向くと、愛するアンジェロが、椅子ごと壁に吹っ飛んでいた。
「アンジェロー!!!!!!!!!!」
泣き叫ぶマリヤ。
ロッソは右手をぷらぷら振った。
「殴り心地はまずまずやな」
「ロッソ。マリヤが脱ぐまで、アンジェロの顔面を殴れ」
「了解や」
「やっ、やめて!」
ボゴ!!
「おねが、」
ボゴ!
「おねがひ!いやっ!」
ボゴボゴボゴボゴ!
「やめて、アンジェロが、アンジェロが死んじゃう!」
ボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴ!!!!
家族を売り飛ばされた恨みをロッソはその両拳に込め、一心不乱に悪党の顔面を殴り続けた。顔を形作る骨が砕けていって、目は潰れ、鼻はへしゃげている。
泣き喚いても止まらないと悟ったマリヤは、恥じらいも忘れて、服を破く勢いで、急いで脱いだ。
「脱いだ、脱いだからぁ!!!」
下着姿になったマリヤ。
俺は鼻で笑った。こんな女を抱いて、アンジェロは何が楽しかったんだ。
「何を勘違いしてるんだ?」
俺は馬鹿にするように言う。
「え?」
「服を脱げって言ったのに。下着だって服の一部だろ?」
「だってそんな、」
「ロッソ。アンジェロの骨を折れ」
「どこの骨や?」
「骨を折るんだよ。全部」
俺の言葉に従い、ロッソは、アンジェロの右腕を、がっちりつかみ、雑巾絞りの要領でバキボキバキィと粉砕した。
さるぐつわをしたアンジェロは、痛みを叫ぶことすら許されず悶え苦しむ。続いて、左腕をバキボキバキ。
「まっ、!!まっ、!!待って、おねがい!待って!」
マリヤはブラのホックを焦って外せず、最終的には引き裂くように剥ぎ取り、パンティーをするする下ろした。
「全裸!全裸全裸!着てない!何も着てない!だから!」
馬鹿みたいに主張するマリヤを横目に見て、ロッソは、アンジェロの両足の骨も粉砕した。んー―――――――――――!!!!!!さるぐつわの隙間からよだれを垂れこぼし、アンジェロは気を失った。
「お願いブラン、死なない程度にダメージを引き取って」
「うむ」
ブランが固有スキル『聖人の左手』を使い、ダメージの一部を回収した。
「頭がおかしいわあなたたち!なんでこんなひどいことを」
「お前が俺にしたことは棚に上げて、すっかり被害者ヅラか」
「棚にあげるもなにも、わつぁ、わたし、あなたに会ったことない!」
そう言って動揺するマリヤの前に、銀髪をなびかせ、奴隷解放ギルドの剣鬼、シルバ・アージェントが現れた。
「ジューン・ブライド」
シルバが俺を呼ぶ。
「いくら復讐のためとは言え、悪趣味なことをしているな」
シルバの言葉に、少なからず傷つく俺。
「軽蔑、しますか?」
「いや。それでお前の気が済むなら、それに越したことはない。無益な殺人は、そこのゲスと何ら変わりないからな」
その言葉にほっとする。
シルバはすっかり失神しているアンジェロの前に立つ。
「ブラン、アンジェロのダメージを回収してくれ」
「どれくらいだ?」
ブランの問いに、全部だ、と答えるシルバ。
「なんやて!?こいつの傷一つ一つが俺の家族の痛みや!全部回収なんざ俺が許さんでシルバ!!!!!」
「待ってロッソ。シルバさんの話を聞こう」
俺がロッソをなだめる。
「ダメージはまた戻せばいい。だが、まずはこいつから、ワタヴェ商会の情報を洗いざらい吐かせなくてはならない」
「ワタヴェ商会の情報、か」
ワタヴェ商会会長、ワタヴェ・ジャッシュの居場所。ワタヴェ商会の取引相手のリスト、奴隷売買の流通経路、商会の息がかかった人間について等々。
確かに、殺す前に聞き出さなくてはならないことはたくさんある。
俺はロッソに、とどめは必ず任せるからと説得し、アンジェロをシルバに預けることにした。
「かたじけない。さぁ来いアンジェロ。拷問なんて生ぬるいものではない。潔く情報を全て吐き出せば、苦しまずに殺してやる」
「おま!ふざけんなや!やっぱりおどれが殺す気かい!」
「落ち着けってロッソ!!!」
興奮するロッソの前に立ち塞がる。
「ブラン!シルバさんと一緒に行って!殺しそうになったらダメージを引き受けるんだ!」
「いいぞ。だが、ブランの力、こんなことに使うのは心外だ」
「ごめん。これで最後だから」
「うむ。そうしてくれ」
表情には出さないけれど気乗りしないブランが、シルバと椅子固定継続中のアンジェロと共に小屋の外へ出る。
それを追おうとする全裸のマリヤを、俺は牽制する。
「外に出たらアンジェロを殺す」
「そんな!」
「わかってると思うけど、俺は本気だ」
「……」
立ち止まったマリヤは、涙ぐんだ目に憎悪の火を灯し、俺を睨みつけた。
「……お願いだから、アンジェロを解放してちょうだい」
「断る」
「ジューン・ブライド」
「ん?」
「さっきの女が言ってた。ジューンさんでいいかしら?あなたが望むものを必ずあげる。お金が欲しいなら、グチモームスの財宝だってなんだって私が盗み出してプレゼントしてあげる。私を抱きたいなら抱けばいいわ。だからどうか、アンジェロを助けてください」
懇願するマリヤに対し、俺が何か嫌味を言おうとした刹那、身体に異変を感じる。
どくん。
14時過ぎ、アンジェロに変身した俺は、マリヤを抱いた後、15時の鐘が鳴る頃、再びシバタヒロシの姿に変身していた。
そして時刻は、深夜3時。
天才魔法使い、ランセ・アズールの変身魔法が解ける時間となった。
どくどくどくどくどくんっ!
全身の血液から細胞までが波打ち、マリヤの目の前にいた謎の男ジューン・ブライドは小屋から消え去った。
そしてその代わりに、マリヤの婚約者である12歳の少年、ジュン・キャンデーラの姿がそこにはあった。
穴の開いた屋根から入り込む月の光が、小さな俺を、明るく照らす。
「え、うそ、あ、まさか……ジュン様?」
俺はマリヤに笑いかける。
「なれなれしく話しかけるなよ。虫酸が走る」
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