第33話 おもいやりまんいんざみらー
俺はマリヤと一つになった。
そして、心のともなわない行為は、ただの作業にすぎないのだと痛感した。
婚約者を寝取った男に扮して婚約者と望まぬ行為をしているこの時間は、世界で一番醜かった。
客観的に見て、俺ほど情けなくて、無様で、痛々しい男はいないだろう。
一人でしている彼女なし男性の夜のほうが、よっぽど男性的かつ健全で勇ましく感じられる。
かたやマリヤは幸福の絶頂にいる。好きな男と愛し合っているんだ。そりゃそうか。
俺は、目の前の作業にだけ集中する。
なんてったって、この集中が途切れれば、すぐにでも俺は顔をゆがめて、泣きそうだったから。
情けない。哀れだ。こんな思いを、お前は何の悪気もなく俺に強いるんだなマリヤ。
だから俺は女が嫌いだ。人を裏切り、自分だけ情欲に耽る女という怪物が大嫌いだ。
「アンジェロ!好き!大好き!」
お前のような人でなしに愛を誓う人間はいない。
「ずっとこうしていたい!!」
豚の囁きに耳を貸す人間はいない。
「愛してる!!!!」
復讐してやる。お前の約束されている地位も名誉も、名声も栄光も将来も幸福も、過去も未来も、俺がまとめてドブ川に捨ててやる。
やれ、ランセ。
俺は横顔を一瞬後方に向けた。視界の端で、ランセがうなずくのが見えた。
「映せ。鏡花水月」
ランセは詠唱した。ジュン・キャンデーラの復讐の狼煙があがったのだ。
**********************************
それから1時間後。
グチモームスじゅうが、大騒ぎとなった。
人々が口にするのは、先ほど知れ渡った、一つの悪事。
グチモームスの一人娘、マリヤ・グチモームスと、執事、アンジェロ・ジャッシュの密通である。
人々は、まだ若き姫の醜悪な行為を、ビッチな様を嘲り、批判し、軽蔑し、失望した。
ジュン王子と婚約しているのにねぇ。まさか執事と出来てるなんて。はしたなくておぞましいわ。下品なお姫様ね。売春婦みたい(笑)同盟関係にも影響するだろうに、頭が悪いんだな。そりゃ、人並みの脳みそがありゃ、あんなことしねえだろ。噂では頭イカれてるらしいぜ。あ、なんかわかる。いつもニコニコしていて、白痴っぽかったもんなー。誰とでもやりそー。俺も筆おろししてもらいてえな。みんなでグチモームス城に行って土下座してやらせてもらおうぜ!セクシービーム全開だったなぁ!なんだよセクシービームって?ママぁ、お姫様はなんで裸だったのー?最低ねマリヤ様、グチモームスの恥!キモイよなマジで。あんな動物みたいに。俺の彼女だったら引くわー(笑)マリヤって、並び変えたらヤリマンじゃね!?ちげーよ馬鹿(笑)今日はこれでいいや。
グチモームスの平和は、一瞬にして崩壊した。
「どういうことよ!?!?!?」
発狂するマリヤは、顔を真っ赤にして吠える。
「ですから、そのぉ、我が国を流れるミニハムス川、広場のプチモムズ噴水、家々に並ぶ水瓶、飲み物、大浴場、ありとあらゆる水に、マリヤお嬢様と、その、アンジェロが、その、ゴホンッ、なさっている様子が、突如映し出されたのですよ」
「ざっと30分ほど」
「お嬢様!!国王陛下がお呼びです!」
「お父様が!?」
マリヤは急いで父親である、グチモームスの国王クンツ・グチモームスに謁見した。
「マリヤ」
「お父様、お願いです、話を聞いてくだ、」
「なぜまだ生きている?俺は、こんな辱めを受けたのは初めてだ」
「え?あ、あの、おとうさ、」
「まさか、自分の娘が、男と見れば発情しっぱなしの犬畜生だったなんてな」
「いや、そんな私は、」
「黙れ!!!!!!!!!!!!!!!この親不孝者が!!!!!!!」
生来子煩悩で、一度足りともマリヤを怒ったことのなかったクンツ王の怒声が、マリヤを委縮させ、口をつぐませた。
そして、数十分の問答、叱責、罵詈雑言の末、マリヤは勘当を言い渡された。よって、王族の身分は剝奪され、国外追放となる。
「あ、ああ、おと、お、お父様。お、お許しを、どうか、ああ、あ、お慈悲を」
絶縁を言い渡してから、二度と娘の顔を見ることはなく、クンツ王は去った。
「お父様あああああああああああああああああああ!!!!!!」
泣き崩れ、人目をはばからずに号泣するマリヤ。
近寄る者はいない。
「これで手打ちでもいいんじゃねえか?」
どさくさに紛れて、グチモームス城近衛兵たちの中にいたランセが、俺にぼそりと囁く。
「いや、計画は最後まで遂行しなきゃ」
俺の心は冷静だった。今のマリヤは、自分の身に起きた不幸を嘆くだけで、反省の色は一切うかがえない。
「さ、いよいよクライマックス。最後の審判だ」
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深夜。
マリヤはアンジェロを探していた。
少しばかりの猶予を与えられたマリヤは、明日の早朝、グチモームスを出ていくことになっていたが、アンジェロはそうはいかなかった。
不義の密通、王家の威信を地に貶めた大逆の徒・アンジェロは、投獄され、明日処刑されることになったのだ。
アンジェロの父、ワタヴェ・ジャッシュは、国王であるクンツ王が若い頃から支えた古株の忠臣であった。それまでの忠節、功績をもってしても、息子アンジェロの死を免れることは出来なかった。
このままではアンジェロが殺されてしまう。
居ても立っても居られなかったマリヤは、危険を省みず、深夜の城内地下に足を踏み入れ、愛しい男を探していた。
「お待ちください」
!?
マリヤは心臓が止まりそうになった。薄暗い深夜の地下牢で、急に話しかけられたのだ。
だれ!?
振り返ると、そこには、アンジェロの仕事で登城していた、白いスーツのレンファウ議員がいた。
「マリヤ様ですね?アンジェロさんは逃がしました」
「え?本当ですか?」
「ええ。マリヤ様がお望みなら、彼のいるところに連れて行ってさしあげます」
マリヤは真っ暗な地下牢のなか、天を仰ぎ、神に感謝した。
ああ神様!感謝します!!!!
「勿論です!私をアンジェロのもとに連れて行ってください!」
「……いいのですね?この先、どんな困難が待ち受けているかもわかりません。それでも、アンジェロさんの元に行くのですか?」
念を押すレンファウに対し、マリヤは即答した。
「行きます!私は、アンジェロといられるなら、それだけでいいんです!」
はぁー……。
レンファウに変身していたランセ・アズールは、深いため息をついた。
救いようがねえなあ、……女ってやつは。
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