第24話 ヒトリノ夜
「……もういっぺん言ってみろ。誰がなんだって?」
憎悪に満ちた険しい双眸で12歳の俺を睨みつける、壮年のS級魔法使い、『水神ランセ』。
「ランセ・アズール。あなたほどの天才が、人形相手に毎日しごいてんじゃねえって言ったんです」
「しごくってなにをだ?トレーニングか?」
ブランの言葉を無視して、虎獣人が叫んだ。
「何言ってんねんジュンちゃん!?人形相手って?」
「言葉の通りだよ。さっき俺たちが会った“メリコ様”と呼ばれていた女性は、ランセが水魔法で創り出した『水人形』なんだ!」
「嘘やん!」
「一人で性の悦びに浸っていたのか」
「キショいなオッサン!!!!!女の人形でしごいてたんかい!!!!キショすぎやろ!!!!!!」
「……人の恥おおっぴらにして、満足か?クソガキ」
「俺は、……ちゃんと前に進んでほしいんですよ、貴方にも」
俺が怖気づくことなく睨み返して言いのけると、何を思ったか、ランセは俺の胸倉から手を離し、力なくベッドに腰掛けた。
はぁー。
ため息をついたS級魔法使いは、やるせない表情で俺に語り掛けた。
「なんなんだおめえは本当に」
「ジュン・キャンデーラ。固有スキル『マッチングアプリ』の能力者です」
「……何だそら?」
「相手の過去も現在も、抱えている秘密まで、ありとあらゆるパーソナルな情報を知ることが出来る能力、それが『マッチングアプリ』です。俺は、貴方の過去を、貴方とメリコさんに起きた悲劇を知っている」
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――俺はランセ・アズール。S級魔法使い、『水神ランセ』と称される水魔法のスペシャリストだ。
――幼馴染は、メリコ・サマーシノン。彼女は生まれたときからずっと一緒だった。家も隣で、学校も一緒で、彼女が冒険者になると決めたときも、俺は当たり前のように、パーティーの一員として参加した。
――ガキの頃から、彼女は男勝りな性格かつ負けず嫌いの女王様で、同い年にもかかわらず、周りの人間に「メリコ様」と呼ぶように命令していた。
――俺と彼女には明確な主従関係があった。メリコ様が上で、俺が下で。
――でも別に嫌じゃなかった。好きだったからな。時折見せる優しさ、自信家なところ、責任感が強いところ、誇り高いところ、全てがいとおしかった。
「命令よ。魔王を倒し、この旅が終わったら、私と結婚しなさい」
――旅の終盤になり、メリコ様は俺に命令をした。結婚しなさい。その一言で、俺は彼女の婚約者になった。十年あまりの旅を経て、彼女は俺を男として認めてくれたんだ。
――だが。
――ある日、俺はパーティーを突如追放された。
――裸の女たち数人と同衾しているところをメリコ様に見られ、追放されたのだ。
――もちろん冤罪だ。メリコ様一筋の俺がそんなことをするわけもない。あとでわかったことだが、どうやらメリコ様率いる冒険者パーティーを妬む奴等の仕業だった。
――つまり俺は、ハメられたんだ。
――睡眠薬を盛られ、意識のない俺に女たちはまたがり、そこにメリコ様がやってくるように仕向けた。
俺に睡眠薬を盛らせたのは宿屋のジジイ。睡眠薬と水を運んできたのは宿屋のガキ、俺をハメたのは女、裏で仕組んだのは男。どいつもこいつも、金や欲に目がくらんで、まっとうに生きていた俺の足を引っ張りやがった。
――追放されたからって、俺は故郷に帰るようなダサい真似はしなかった。こんな状況になっても、億が一、彼女が“俺の名前”を呼ぶようなら、すぐにでも駆け付けられるよう、冒険者パーティーのあとを追っていた。
そして、ついに魔王討伐最終局面となったのだが、魔王軍率いる魔物たちによって、冒険者パーティーは壊滅寸前だった。無計画に正面から突っ込んだパーティーの敗北は目に見えて明らかで。
――そんな中、メリコ様は叫んだ。
「ランセ!命令よ!私を助けなさい!」
「!?」
――メリコ様は俺に気づいていた。俺の名前を呼んでくれた。
感動した俺は、ありとあらゆる魔法を以て、魔物たちを蹂躙した。彼女の隣にまた並び立つことができた。
「メリコ様。もう、呼んでくれないかと思ってたぜ」
――俺が敵から視線を外さずに話しかけると、彼女は俺の顔を強引にこちらに向かせ、思いっきりビンタした。
バチンッ!!!!!!!
「っえ!?」
「約束しなさい。二度と私を裏切らないって」
「……二度と裏切らねえ、約束するよ。神に誓って」
「駄目よ。私に誓いなさい」
「メリコ様に誓って」
「もう一つ。この旅が終わったら、毎晩私を抱きなさい。たとえ、私がおばあちゃんになっても」
「!?」
「命令よ」
「君はいつも、上からメリコだな」
S級魔法使いの俺と、A級冒険者のメリコ様2人で、魔王軍の一角を倒すことが出来た。
――だが、もう潮時だ。
――
グサグサグサグサグサ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
知能の高い魔王軍の兵士たちが、不意をついて俺の全身に槍を突き刺した。
水の防壁魔法すら突き破る攻撃に、俺は倒れた。
――メリコ様だけでも逃げてくれ。俺の大切な。
魔王軍の虫けらどもにとどめをさされようとしていた。その意識朦朧とする中、俺が最後に見たのは、俺を庇ってハリネズミのように串刺しになった婚約者だった。
ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!!
そして、俺の耳に聞こえたのは、彼女の、今まで一度も聞いたことのない、やさしい声だった。
「生きて。あなたがいないと、生きていけないから」
――はっ。俺の愛した女は、そんな弱い言葉吐かねえ、ぞ。
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「次に目を覚ました時、俺は病室のベッドの中だった」
号泣して聞いていたロッソが言葉を遮った。
「ちょっと待てぇい!メリコ様はどないなったんや!?」
「死んだよ。全身ズタボロになりながら俺を運びこんで、間もなく息絶えた、って医者は言っていた」
「ブラン、そんな話とは思わなかった」
「せやで。なんや、せっかくまた二人になれたのに、救いのない話や」
「あぁ。救いようのねえ話だよ。俺がパーティーを離れていなければ、あんな無謀な戦いは避けられた。仲間も、メリコも死なずに済んだ。全部、俺を陥れたクズ人間どものせいだ」
「そこで貴方は人間を嫌い、一人ここで隠遁していたんですね」
「そうだ。はっはっはっ!それで俺は、死んだ婚約者の人形作って、毎日一人でしてたんだよ。おい虎、ドワーフ、さっきみたいに笑えよ。気色悪いオッサンってよ」
「……いや、まぁ、そりゃキショいけど、さっきは言いすぎたわ」
「ブラン、お前のこと知らなかった。すまん」
「どう思われようとかまわねえ。俺は誰とも関わる気がないからな。そうだ、この際、俺の噂を外の奴等に言いふらしてくれよ!こんなキモい魔法使いに会おうとする馬鹿が少しは減るだろう、はっはっはっはっはっ!」
自嘲気味に嫌な笑い方をするランセは、グラスの酒を一気に飲み干した。
話は済んだろ。帰れ。そう言いたげなランセに、俺は意を決して言った。
「ランセさん。仲間になりませんか」
「はっはっはっはっはっ!おめぇは本当に何なんだ?今の話聞いて、なんで俺が首を縦に振ると思った?答えは、二度とその面見せるな、だ」
「仲間になってくれたら」
「だからぁ!」
「メリコさんの情報を教えてあげますよ」
「……あぁ?」
「生きてるんですよ、メリコさん」
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