第23話 水神ランセ
「億が一、だぁ?」
無精ヒゲの生えた顎をなで、元S級魔法使いが不愛想な顔で俺を睨む。
「おいガキんちょ、おめえさん何者だ」
「ジュン・キャンデーラ。キャンデーラ国の王子です」
くすんだ青髪をボリボリかくと、ランセ・アズールは下着を履き、ローブを羽織って俺に相対した。上背のあるランセが、見下ろす形で俺に話しかける。
「王子だろうと敬語使わねえからな?おめえさんよ、どうやってここまで来た?」
「普通に来ましたよ」
「普通に来れる場所じゃねんだここは。滝はどうした?」
「ぶった斬ってきました」
そう。
殺人級の激流に抗うすべのない俺たちは、他の道がないか30分ほど探したが見つけられなかった。そこで、シルバが通過したことから着想を得て、彼女の斬撃のダメージ (ロッソがくらったもの)を引き受けていたブランに、一か八かで吸収していた斬撃を放出させた。病気でなく、物理的なダメージ、衝撃の場合は、生物以外にも有効だったため、滝をほんの一瞬だったがぶった斬ることが出来たのだ。
あそこで彼女に会えて本当によかった。彼女はマジで女神かもしれない。
「ぶった斬った?はっ!あのシルバとかいう戦士ならともかく、おめえさんたちが、ってなると、にわかに信じらんねえな。じゃあ、水獣の庭は?」
「俺が盾に徹して、正面突破や」
ロッソがどや顔で胸を張った。ここまでやられてばかりで良いとこなしだったが、実際ロッソがいたおかげで水獣たちのエリアも攻略できた。
スキル「
ロッソの全身は鋼鉄と化し、防御力は大幅急上昇。文字通り歯が立たない水獣たちを、鋼鉄をまとったパンチで、実に暴力的に殴り散らかしたのだ。粗暴な虎獣人も、戦闘においては実に頼もしい。
「防御力全振りのスキルねぇ。それならまぁイケるか。だが、水兵はどうだ?あいつらは不死身。倒しても復活してくる。どう攻略した?」
「さっきと同じです。うちのブランが、水兵の攻撃でダメージを負ったロッソから、痛みを全て引き受け、水兵たちに返したんです」
「おっさんの水兵、あいつら結構な攻撃力やったで?俺もブランにダメージ引き受けてもらわな死んでたかもしれんわ(笑)」
「その攻撃を跳ね返したら、奴等の復活、遅くなった」
ランセはなるほど、と思わず感心した。
水兵は倒されてから復活する際、相応の魔力量を要する。部分的なダメージくらいなら物の5秒で完全復活だが、たしかに水兵自身の攻撃力を持って倒されたら、復活に30秒はかかる。
そこに攻略の隙を与えてしまったか。
「せやから、水兵が復活する前に、ジュンちゃんが扉の呪文を速攻詠唱してクリアっちゅうわけや」
呪文詠唱。このガキが?
「呪文はどうしてわかった?」
「まあ、そういう呪文とかを見破るスキルが使えるんで」
「『鑑定』スキル系の能力、ってことか」
「まぁ、そんなとこです。信じてもらえます?」
「俺の部屋に入って来れてる時点で疑う余地はねえ。ほー、ガキのくせにやるじゃねえか」
「どうも」
ランセは思いのほか、俺たちを好意的に受け入れてくれたようだ。
だが。
「ランセ。早く、そいつら追い出しなさい。命令よ」
寝室の奥の扉から、薄布に身をまとったほぼ裸同然のショートボブの女が姿を現した。
「女?」
ロッソが驚きの表情を浮かべる。
「ジュンちゃん、聞いてた話と違うやん。女性不信の魔法使いやなんや言うとったやん?」
「ブランもそう聞いた」
「女性不信やー言うてるやつが、女囲うか普通?」
「女じゃねえ」
ランセが、不快そうに言葉を遮った。
「メリコ様だ。メリコ・サマーシノン、俺の婚約者さまだよ」
婚約者?とロッソとブランが首をかしげた。
「女性を信じれぬものに、婚約者?ブラン、まったく理解できん」
「俺もや。どないなっとんねん」
「おめえら如きに理解してほしいとは思わねえ。メリコ様と俺は相思相愛。男とか女とか、そういう次元じゃねえんだ。悪いが、メリコ様はおめえらに帰ってほしいそうだ」
「せっかく来たのに」
俺が言うと、ランセはにやっと笑った。
「もちろん俺も同意見だ。今からはガキにゃ見せれねえ大人の時間の始まりだ。殺されたくなけりゃあ、とっとと失せろ」
「舐めた口聞くなや、魔法使い風情が」
殺すと言われて苛立つロッソに対し、ランセは不敵な面構えで、S級魔法使いな、と訂正した。
「獣臭いし、男くさいし、ションベンくさい。ランセ、私凄いイヤよ」
茶色の短い髪をゆらし、ふてくされる半裸のメリコに、ランセは軽く口づけする。
「怒んなよメリコ様。すぐ追い払うから」
「部屋に戻る。そいつらが消えたら呼びに来なさい、いいわね」
「了解、マイフェアレディ」
おしりを振って部屋の奥に戻る高飛車な女の姿に、ロッソがなんやあいつと悪態をつき、ブランは、性の悦びを教えてもらいたい、とぼやいた。
「ランセさん。話くらい聞いてくれるんじゃなかったんですか?」
「はあ!?俺がいつそんなこと言ったよ?」
あれ。
えっと、あ、ちがうわ。
言ってたのは「マッチングアプリ」のプロフィールだった。
俺は少しむにゃむにゃ言葉を濁した。
「話くらい聞け。ブランたち、わざわざ来た」
「せや、茶ーぐらい入れろや。客人やで俺等」
文句を垂れた二人の前に、ティーカップとティーポットが飛んできた。
「じゃあ、飲んだら帰れ」
魔法で紅茶をそそがれ、二人はごくごく飲み干し、おかわりを所望した。
「おかわり、じゃねえ!とっとと帰れマジで」
「話くらい聞いてください」
「めんどくせえ。言っとくが俺は、」
「女も餓鬼も、老人も馬鹿も、人間は皆大嫌いなんだ、ですよね?」
「!!」
俺が「マッチングアプリ」に書いてあった言葉を先に言うと、むっとした表情でランセが俺にデコピンした。
いって!
「人の心を読むやつが一番嫌いだ、クソガキ」
「ジュンちゃんになにすんねん!」
「ふんっ。……そうだな、心を読めるなら、読んでみろ。今、俺はお前のことをどう思ってる?」
試すように俺を見る元S級魔法使い。
よし。
俺は、ランセのプロフィールを詳細表示して読んでみる。
なるほど。
「すげえむかつくが、なんか気になるガキだ。話くらいは聞いてやるか、めんどくせえけど、ですね?」
「ふん、クソがよ」
女性不信かつ人間嫌いの魔法使いに興味を持たせることが出来た俺は、近くの椅子に腰かけた。
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「はっはっはっはっはっ!!こいつは傑作だ!!!!王妃である実の母親を殺して!?次は不貞の婚約者も殺すだと!?」
俺が手土産に持ってきたキャンデーラの地酒をかっくらい、ランセは出会って一番の大声で爆笑している。
「殺すとはまだ決めてなくて。とにかくグチモームスに行って、マリヤと話そうと」
「会ったら殺しちまうだろ。はっはっはっ!やめとけやめとけ!その年で牢屋にぶちこまれてえか」
「そうならんために、おどれを仲間にって言うてるんや!」
「はっはっはっはっはっ!!誰が悲しくて、ガキの恋愛の後始末に力貸さなくちゃなんねんだバーカ!」
「馬鹿って言う方が馬鹿や馬鹿!」
「それ言うやつみんな馬鹿だぜはっはっはっはっはっ!いいかジュン・キャンデーラ君。老婆心で天才魔法使いのランセ様が忠告してやる。諦めてとっとと国に帰れ。さもないと、王妃殺しを俺がばらしてやってもいいんだぜ?」
「……あなたはしないよ。優しい人だから」
「……ふんっ。初めて会ったお前に何がわかる。そもそもな、女寝取られた時点でおめえの負けなんだよ。ガキのお前に言うのもかわいそうな話だが、おめえに魅力がなかった。ただそれだけのことなんだよ」
イヤなことを言う。
でも。
「それは……そうかもしれない」
俺が魅力的な人間だったら。
愛されるような素晴らしい人間だったら。
確かに寝取られることはなかったのかもしれない。
リサ。
ヒトミ。
マリカ。
シホ。
アスカ。
そしてマリヤ。
6人の女たちの痴態が脳裏をよぎる。
「だろ?それが復讐だ?ダセェったら、ありゃしねえ。そんなダセェ奴と仲間になるなんざ、まっぴらごめんだ」
「ダセェとは何や!いい気になるなやボケが!」
「虎獣人が、猫みたいにみゃーみゃー鳴いてんじゃねえよ、やっちまうぞ?」
「上等や!!!!」
「やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「!?」
俺の怒鳴り声で、場は静まった。
「ま、そういうわけだ。王妃殺しは黙っててやるから、国に帰って、新しい女でも見つけて前に進めよ」
「ランセさん」
「ん?なんだジュン・キャンデーラ?」
「そっくりその言葉をお返しします。前に進んでください。いつまでもオナニーしてないでさ」
「オナニーってなんだ?」
ブランの言葉を無視して、ランセが笑う。
「誰に何言ってんだ?俺は彼女と毎日セ、」
「人形相手に毎日シコシコ自慰行為してるアンタに言ってんだよ!ランセ・アズール!」
ランセ・アズールが鬼の形相で俺の胸倉をつかんだ。
「……なんだとコラ?」
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