第21話 性の悦び

「ブラン、性の悦びを知ってしまった」

「何回言うねん(笑)」


あの夜からすでに一週間は経った。


悪徳政治家の女帝、レンファウ・シーワーケルは、ロッソによる暴力におびえながら、ドワーフの夜の相手を務めた。


舐める、触る、いじる、垂らす、しごく、咥える、招く、動く、濡らす、締める、掃除するの繰り返し。


少しでも嫌な顔をしようものなら、ロッソが一斗缶を蹴飛ばし威嚇した。


何も知らない『破戒僧』ヴァイス・ブランコーは、ただただプレゼントされた女を抱き、狂乱の夜に溺れることとなる。


何から何まで初めてなドワーフは、性にどん欲な高校生男子の如きタフさで彼女の中に出し入れし続けた。そしてそれは、お昼過ぎまで続いたのだった。

ドワーフに跨って腰を振る人間の女、というのは、前世の絵画にありそうだなと思った。

楽しそうなブランと、絶望で心が壊れているレンファウの対比が、すばらしく芸術的な気がしたのだ。


ブランが望む望まないは別として、復讐は果たされた。自分を苦しめた人間に、ブランは自覚無く制裁を加えることが出来、彼の人生はまた前進したのだ、と俺は思う。


「ジュンよ。ブラン、感謝している。彼女はブランに謝ってくれた」

「うん」

「性の悦びも教えてくれた」

「何回言うねんて!(笑)」

「ブラン、ジュンに従う。お前の敵、ブランの敵」

「ありがとう」


何はともあれ、古都の国ウォイデアスで最硬の防御力を持つタンク役、法の国ガタチョーナで、チートな治癒士(ヒーラー)を仲間にすることができた。


だから今、俺たちは、当初の目的の一つである、俺の復讐に欠かせない「魔法使い」のスカウトに向かっていたんだ。


――水の国ウォーツ。数話ぶりですね。


ハート型スライムのウィズが頭の上で呟いた。


「ウィズ、メタ的な発言はしなくていい。冷めるから」


――失礼しました。


水の国ウォーツの、6分の1の面積を誇るヴィラ湖を眺めた俺たちは、悪路を進み、上流の『龍殺しの滝』にやってきていた。


ここに、元S級魔法使い『水神ランセ』こと、ランセ・アズールがいるんだ。


「あれ?」


滝壺近くの洞窟近くで、俺はに再会する。


「ああ、君は」


その人は、神々しくあでやかな銀髪のロングヘアーをなびかせ、光沢する銀の武具に身を包んだ、美しい女戦士だった。


「貴女は、あのときの!」


シルバ・アージェント。


二週間ほど前、ウォイデアスのBARで、傭兵ギルド『牙』の二大看板 (奴隷売買をしていたゲスども)の首を持ち去った女戦士。


他の女とは違う、純潔な (そうに違いないと確信している) 唯一の女性。


「シルバさん!」

「名前を憶えていてくれたのか」

「勿論です!またお会いできるなんて!うれしいです!」


興奮して前のめりに言葉が出てくる。12歳の子供だから、はたから見たら可愛らしいかもだが、実際中身は29歳のアラサーなんで、痛々しいな(苦笑)


「ふっ、そうか。君の名前を聞いてなかったな?」


澄んだ碧眼で俺のことをじっと見るシルバ。君の名前は?


「ジュンです!ジュン・キャンデーラ!」

「キャンデーラ。ジョン・キャンデーラ王の御子息か?」

「え、あ、はい!!」


父さんのことを知ってるのか!共通の話題じゃん!たくさん話したい!何話そう!何聞こ!?


「おいねえーちゃん」

「え?」


俺の脇から、ぬっとロッソが出ると、あろうことかシルバにがんをつけた。


おめええなにしてんだバカ虎アアアアアアアア!!!!!顔近えよ馬鹿!!!!


と言いたくなったが、ロッソの気持ちもわかる。こないだは、どういういきさつがあったか知らないが、二人の間でも戦闘が行われ、ボロボロに切り刻まれ、あわや死ぬところだったのだ。


「私はねえーちゃんではないぞ?」

「うっさいわボケ、こないだはよくもやってくれたのぉ?」

「BARにいた『牙』のクズどもの手下か」

「手下ちゃう!!!!!あいつらは先輩なだけやし!俺んほうが強いねん!ねえーちゃんよりもな?」

「私が勝ったはずだが?」

「あんなん不意打ちやろ!勝負せい!!!!!」

「ふっ、いいだろう」


シルバは鞘から剣を抜こうとした。


「ちょっとロッs、」


俺が止めようとした瞬間、ロッソは、またあのときのように剣で斬られていた。


「ロッソ!?」


右肩から振り下ろすように、袈裟斬りされている。血がダラダラ垂れて、次まばたきしたときには、ロッソは膝をついていた。


そしてシルバの剣先からも、ロッソの血がぽたぽた落ちている。


まだ剣を抜ききってなかったはずなのに。なにが起きたんだ。


「不意打ちなのは認めよう。私の固有スキルは『ゼロ秒』だ」

「『ゼロ秒』?」


俺が首をかしげると、シルバは、傷薬とハイポーションを取り出し、ロッソの前に置いた。


「私のスキルは自動的に発動するもので、“攻撃しようと思った瞬間、相手に攻撃が完了している”んだ。攻撃するまでの過程を省略しているため、誰も止められない」

「チートじゃん……」

「薬は置いていく。我々には使命があってな、無駄話をしている場合ではないのだ」


我々?


シルバが後ろ手で手を振り、去っていこうとする。


「あのシルバさん!」

「なんだい?」

「我々って、使命ってなんですか?!」

「……全ての奴隷を解放する。それが、我々『奴隷解放ギルド』の使命だ」

「奴隷解放ギルド……?」


******************************


奴隷解放ギルド。


シルバが語る、そのギルドは、先の大戦のあとに発足したという。

世界中に蔓延する奴隷の売買、奴隷制を敷く国から、奴隷となって虐げられている人たちを救い出す組織。


「めっちゃええ人やん!!!!!!!すまん!!ねえーちゃん!!!!!!」


感極まってロッソは号泣していた。え?ロッソの傷?それは、ブランがスキル『聖人の左手』で引き受けてくれてもう大丈夫だ。


「ねえーちゃんではない」

「奴隷解放、素晴らしいです」


俺も奴隷制には反対だ。やっぱりシルバさんは信頼できる。絶対にいい人だ!


「うむ。流石ジョン王の御子息だ。キャンデーラ家には、奴隷解放ギルドへ多額の資金援助をしていただいている」

「そうだったんですね!」


だから父さんのことを知っていたのか。改めて父さんのことを誇りに思う。


「で、そのギルドは何人くらいの組織なんですか?」

「創設メンバーは5人。登録している冒険者たちは500人で、まだまだ小規模だ。この世界には、1億人以上の奴隷がいると言われているからな」

「そんなに?」

「彼等を救い出すには全然、人も力も足りない。だから、かつてのS級魔法使い、『水神ランセ』をスカウトに来たのだが、首を縦には振ってもらえなかった」

「会えたんですか!?ランセに!?」

「まあね。ただ、無駄足になるから帰った方がいい。女と四六時中やって淫蕩にふけっている、だよ」

「そいつも、性の悦びを知っているのだn、」

「黙れブラン」

「うむ」

「ジュン・キャンデーラ、君も大きくなったら、我等のギルドに力を貸してほしい」

「喜んで!」

「では」


再び去っていこうとするシルバを見て、俺はあのことを思い出した。


「シルバさん!最後に一つ!」

「まだ何か?」

「シルバ・アージェントって名前、偽名ですか?」

「……なぜそう思う?」


シルバの表情が、先ほどの穏やかなものとは打って変わって、冷徹さを宿していた。

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