第20話 拷問はディナーの後で

「こんにちは、レンファウさん。僕はジュンって言います」


俺は大勢の聴衆、ざっと200人くらい、に囲まれ、悪徳政治家、レンファウ・シーワーケルと邂逅した。第一印象は、狐のような女。短髪に借り上げたダークブルーの髪、鋭い目つき、真っ赤な口紅。気の強さが全面に出ている。


「はじm、こんにちは。会いに来てくれてありがとうねジュン」

「いえ、お礼が言いたかったので。お忙しいのに、時間をとっていただいてありがとうございます」

「まあ、大人びたこと言って。で、私が助けたのはいつの話だったかしら?」

「え?覚えてないんですか?」

「忘れるわけないじゃない。ただ、ほら。周りの皆様に、せっかくだからお話してあげて」

「わかりました。僕は5年前、山の中にいたんです。そこで山賊たちに襲われて、身ぐるみを剥がされ、もうすぐモンスターに食べられようとしていたんです」

「え?」


作り笑顔の奥にあるフェミニストの表情がかすかに曇ったように感じた。思い当たる節があるのだろう。


「そこをレンファウさんが助けてくれて、死なないで済みました!あの時は本当にありがとうございました!」


俺は右手を差し出した。レンファウが恐る恐る両手で握る。聴衆たちから歓声があがり、鳴りやまない拍手に包まれた。


その中で。


「レンファウさん。今夜一人で、今、渡した住所のところへ来てください」

「え?」


握手した手の中には紙切れが入っていた。


「……なんなのあんた?」


二人にしか聞こえないような小さい声で、お互い作った笑顔のまま会話を続ける。


「俺は全部知ってる。ドワーフの冤罪事件も、あんたが奴隷売買をやっていたことも」

「あんた本当に12歳?私を強請ゆすろうっていうの?」

「ご想像にお任せします」

「私を強請るならあんたを消してもらうわ」


笑顔のまま、ひでえこというオバサンだ。まあ、俺も人のこと言えないけど(笑)


「俺はある国の王位継承者だ」

「え!?」


はじめて作り笑顔が解け、レンファウが驚きの表情を浮かべた。


「俺に手を出せば、一国の軍隊が動く。王族殺しで、あんたは最悪死刑かな」

「……嘘よ」


俺は、上着をめくり、裏地をちらりと見せた。そこには、王族の証である王冠に、蝋燭と鷲の紋章がはっきりと刺繍されていた。


「偽装に決まっている」

「王族を騙れば即刻死罪。12歳のガキが、わざわざそんなことすると思う?」

「……」

「嘘だと思うならそれでいいよ。あんたの悪事を、父経由でガタチョーナ国王にも訴え出るだけだ」

「……」

「それじゃ、また夜に」


俺はそう言って、可愛らしい子供を演じて、おもちゃをもらって、政務官塔を後にした。


***********************************


深夜2時過ぎ。紙切れに記されていた、ガタチョーナの外れにある廃屋の扉を、レンファウは開けた。


ギィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


廃屋の中は真っ暗だ。


ガシッ!!!!


「んん!!!!!」


真っ暗闇のなか、何者かが、レンファウを後ろから取り押さえ、口をふさいだ。


「んん!!!んん!!!」


必死で抵抗するレンファウの耳元で、何者かが囁く。


「暴れんなや。次勝手に暴れたら、顔切り刻むで?」


レンファウの頬に鋭い爪が立てられた。つーっと血がにじむ。

獣の臭い。

おそらく獣人だろう。恐怖のあまり、レンファウは必至でうなずき、素直におとなしくなった。


「来たね。奴隷売買で手に入れた金で、一国の政治家に成りあがった、真性のクズ女」


真っ暗な闇の中で、昼間あった子供の声がした。この廃屋内にいるのだ。


「あなたたちね、お金が目当てならいくらでもあげるわ。だから、手荒な真似はよしなさい」

「馬鹿なんですか?王族だって言ったでしょ。金はあんたよりもある」

「それじゃあなに?」

「あんたには贖罪しょくざいをしてもらう」


俺の言葉を合図に、ロッソが、レンファウの右手の人差し指を折った。


「ぎやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


ロッソが嬉しそうに、めっちゃ痛がるやん!とケタケタ嘲笑した。


「許さない!!!殺してやる!!!!!!あんた達絶対ぶっ殺す!!!!!」


ロッソがキャンドルに火を灯す。廃屋がほんのり明るくなった。


「殺せるもんなら殺してみろや」


そう言って、赤子の手をひねるが如く、今度は中指を、ポキッと折った。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


また笑うロッソ。


「そんなんも我慢できない雑魚が、殺す殺す言うな、あほくさい」

「汚い言葉と汚い人間が大嫌いなんです俺たちは」

「殺す!!!!許さない!ちくしょう!!!!」

「話を聞かねえババアだな、ロッソ。もう一本」

「あいよ!もう一本まいどぉ!」


小気味いいテンポで、レンファウの右手の薬指を折った。


「ぎぁやあああああああああああああああああああああや!!!!!!!!」

「ヒステリックなのは、女の悪い癖だな」


俺は侮蔑の目でレンファウを睨んだ。


「あんたが男を嫌うのと同じくらい、俺は女が嫌いだ。特に、他人の善意を踏みにじるようなやつ、人の権利を侵害するクズは、反吐が出るくらいに」

「どの口が!あんた達だって!今、私の人権を踏みにじってるじゃないの!?」

「自分を棚に上げるな。奴隷商人が。ロッソ、右手残りの指も」

「ちょ、待って、おねが」

「残り全部まいどぉ!!あ、よいしょっ!♪」


ロッソが右手の残りの指も粉々にへし折った。


びゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!


「痛がってるところ悪いけど、貴女の残りの人生のルールを伝えるね。これから汚い言葉を吐いたら一言につき指一本折ります。そしてもう一つ、俺の命令に逆らったら、アンタの目ん玉を潰します。だからまぁ、2回までは逆らっていいよ(笑)」

「……そんな!」

「じゃあ今からスタートね」


俺は優しく微笑みかけた。右手の指を全て折られ、絶望的な表情のレンファウを見て、俺は何とも思わなかった。


自分がつらい時だけ被害者面して、人の痛みには無頓着。奴隷売買をするような悪党が、なんでそんな被害者面できるんだ?まじでわけわかんね。


何とも思わないどころからむかっ腹が立ってくる。


まあいい。あんたが感じている絶望は、まだ序章に過ぎないんだから。


「レンファウ、あんたはグチモームス国と奴隷売買をおこなっているな?」

「……」


涙で濡れた充血した瞳で俺を睨み、返事をしないレンファウ。


「答えろ」

「……」

「お前馬鹿だな本当に。早速命令無視かよ。ロッソ、目ん玉潰しちゃって」

「あいあい!」

「!!!」


レンファウの表情が変わった。


「ちょ、ごめんなさい!違うんです!答えます!だから、やめて!ひどいことはしないで!」

「ロッソストップ!」


ロッソがニヤニヤして了解と言った。そして、いつでも潰したるからな?とウィンクする。


「こっちもあなたをなるべくキレイな状態で、って思ってるんだから頼むよ」

「……え?何のことを言って、」

「勝手にしゃべんな。殺すぞ?」

「ごめんなさい!」

「で?どうなんだ?」

「あ、あ、あの、はい、奴隷売買をしています」

「ま、知ってるけどさ。それじゃ命令ね。次グチモームスに行くときは、俺達も連れていくこと」

「え?あ、え……はい。わかりました」

「よし。それじゃ、これで俺からのお願いはあと一個だけ」

「あと……一個?」

「今から、俺の仲間が来る。その人にちゃんと謝ってください」

「謝るって、何を?」

「冤罪のことだよ」

「まさか」

「心からの謝罪が終わったら、彼にをプレゼントしてあげてください」


拒否したら殺すよ、と一言を添えたところで、ギィーーーと扉が開いた。


月明かりに照らされ、かなり低身長でずんぐりとしたシルエットの男が立っていた。


「まさか、そんな」


おびえるレンファウをよそに、俺は、やぁブラン、と声をかけた。


「ブランに会いたい人、誰だ?」

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