第18話 恩を仇で返した害悪女

物語は脱線して、『破戒僧はかいそう』と呼ばれる、ヴァイス・ブランコーの話をしよう。


ヴァイス・ブランコーはドワーフである。


ドワーフは妖精であるため、親はいない。彼にヴァイス・ブランコーの名前を与えたのは、世界の創造主、神である。


ヴァイス・ブランコーは、自分のことを『ブラン』と呼ぶ。


ブランは、ドワーフの本能から、武器を愛した。ドワーフの本能がそうさせるのか、仲間のドワーフらと共に、鍛冶場にこもって、鉄と炎と隣り合う生活を送っていた。


しかし。


その日常は、ある日、自分の才能に気づいたことで終わりを告げた。


この世界に生まれ落ちたものは、種族は違えど、みなスキルを有していた。ブランが神様に与えられたスキルは『聖人の左手』と呼ばれる、世界で最もやさしい能力だった。


ブランが左手で触れれば、ありとあらゆる切り傷はもちろん、肉体の疲労も精神の患いも、不治の病だって、たちまち無くなった。ブランの身体が、この世のあらゆる痛みを引き受けるのだ。


――24時間以内に病を別の生物に移さなければ、引き受けた痛みはブランを襲うことになる。


彼はそのスキルで、触れた仲間の怪我を治し、その引き受けたダメージをもって、凶悪なモンスターを退けた。


そしてまた別のある日。本能では鍛冶職に携わりたいブランに、長老は人の世界で生き、人々を救う、医者になりなさい、と諭した。


素直で心優しいブランは、長老の言葉を聞いて、人間の生活圏に身を置き、病人、怪我人を診る名医となる。


が。


たった一つ。優しく、恵まれた力を持ったドワーフにも、苦手なものがあった。


それは“女”だった。


ドワーフの殆どがオスであった為、女はあまりにも浮世離れした存在となった。


あまりに神秘的で謎めいた存在である女。


なんてうつくしい。なんてやわらかそうなんだ。


想像を絶する女という生き物のすばらしさに、ブランは敬愛を超え、畏怖の念までも抱くこととなった。


あんな素晴らしい生き物、ブラン、初めて見た。

あんなきれいな人たちと、お話することはゆるされるのだろうか。

ブラン、あんなうつくしい生き物に嫌われたら、つらくて、心がつぶれて、死んじまう。


女を尊敬し、尊重し、神格化させてしまったブランは、心にブレーキがかかり、女性を目の前にすると、ひとっこともしゃべることができなくなった。


「しゃべらなくていい。話すのはわたくしがやる、ブランは治してやるだけでいいさ」


そう囁いたのは、ブランのスキルに目を付け、相棒を買って出たショーン・ケーという、彫りの深い優男。


口のうまいショーンのおかげもあり、「神の手を持つ医者」の名が広まったある日。


ブランは山中を歩いていた。

そこで、山賊に嬲られ、モンスターに捕食されそうになっていた一人の人間の女に遭遇する。


犯されたあとのため、身ぐるみは剥がされ、体中に青あざ、足首の腱も斬られている。


心優しいドワーフは、モンスターから彼女を助け、スキルを使って、彼女の全ての傷を引き受け、モンスターを追い払った。


「ひぃいいいい!!!!」


一つ問題だったのは、助けた女が、差別主義者レイシストかつ男性嫌悪の、いきすぎた女性尊重主義者フェミニストだったということだ。


「あな、あな、あなた、私の胸に触ったわね!!!!!!」

「っあ、んい、や、あ、そ、ん、あぁ」


ブランはたじろいでしまう。


女性と一言も会話をしたことのないブランは、言葉を振り絞ろうとしても、何も言うことが出来なかった。

というか、初めて話しかけられて、あがってしまったのだ。


すげえ。ブランに、女が、話しかけてくれている、うれしい。


怒鳴る女の神経質な声を不快に感じるどころか、美しい讃美歌のようにとらえたブランは、緊張し、照れて、思わずにやけて笑ってしまった。


「なぜ笑っているの!?いやらしい!私の身体に触って、醜悪な性欲を満たそうとしているのね!下品極まりない!吐き気がするわ!」

「あ、ああ、んいや、あ、あ、あ」


大丈夫かい。


そう声をかけようとしたブランだったが、女はブランを突き飛ばし、絶対にただじゃおかないから、という言葉とともに姿を消してしまった。


女の名前は、レンファウ・シーワーケル。


法の国ガタチョーナの「カミツキガメ」と謳われる政治家である。


**********************************


「ブランが逮捕?なぜだ?」


ブランは、思いがけない出来事に言葉を失った。


あれから数週間後、ブランの診療所にガタチョーナの衛兵が押しかけ、彼を禁固刑に処したのだ。


罪状は、医者をかたり、女性や未成年の女児の肉体を触り、みだらな行為を繰り返したということであった。


「誤解している!ブラン、人を助けていた!ブラン、触った人を助けることができる!」

「そんなペテンにひっかかるか!変態ドワーフがよ!」

「ブランは変態じゃない!医者だ!」

「ドワーフは鍛冶、石工せっこうって相場が決まってんだよ!どこの世界に、医者のドワーフがいるんだよ?!」


兵隊と押し問答になり、声を荒げるブラン。


「ブランがそうだ!ブランは、医者のドワーフ!」

「じゃあ、医学用語の一つでも言ってみろ!診療所の中をみたぞ!?医療道具もなくて、どうやって人を治すんだよ!?」

「触って治す!ブラン最初からそう言っている!」

「待ちなさい変態」

「んあ?」


あまりの理不尽に憤り、襲い掛かりそうになったブランのもとへ、兵士をかきわけ、政務を行う者のみが着ることを許される、白い礼服をまとった女が現れた。


レンファウ・シーワーケル。


この国のまつりごとをつかさどる、ガタチョーナで最も悪名高い政治家である。


「んあ、え、あ、そ、あ、」


こうなったブランにできることは何もなく、彼は政治家レンファウの質疑の全てを否定できず、牢獄へ拘留され、5年後、釈放と共に国外追放となった。


そんな失意のどん底にいたブランを救ったのが宗教である。


彼は神に祈りをささげる僧侶となる。


が。


僧侶というものを理解しないブランは、酒を愛し、肉を食らい、殺生の道具である刀を打つ生活を続け、教会から『破戒僧』と揶揄されることになったのだ。


*******************************


「そんなヴァイスさんに、提案があるんです」

「ブランと呼べ小僧。ブランを、周りのやつは、ブランと呼ぶ」


眼の前の子供、12歳くらいの可愛らしい男児、にブランは言った。

ブランのことをよくわかっていると言う、このジュン・キャンデーラという少年に、興味があったのだ。


「わかったよブラン。提案がある」

「なんだ?」

「あなたから医者という天職を奪ったのは、十中八九、ガタチョーナのレンファウさんだ」

「それがなんだ?」

「会いにいきましょう。復讐するんですよ。人の善意の行動を歪曲し、被害妄想を誇大化させて恩を仇で返した害悪女、噂のレンファウ議員にね」


ジュン・キャンデーラは、子供とは思えない、闇を知る瞳でそう告げた。


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