第16話 好きなもの:ジュンちゃん

「俺、男同士は、その、したことないし、その」


陰茎棘(いんけいきょく)が恐ろしくて、しどろもどろになっていた俺の手を、虎獣人、ロッソ・カーマインは、鋭い爪をしまって、両手でぎゅっと包んだ。


ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

そういう展開はいやぁあああああああああああ!!!!!!


「ジュンちゃんは、俺の恩人やからな」

「え?」


呆気に取られて、ロッソの顔を見ると、真剣な猫目で、俺を見つめていた。


「覚えとらん?キャンデーラに勤めていたある日、あれは雨風の激しい悪天候やった。せやけど、門番の仕事に休みはない。俺は黙って、屋敷の門を守っとった」

「うん」

「甲冑を着とるから、まぁ平気っちゃあ平気なんやけど、隙間からな、雨水がいやぁな感じに入り込んで。最悪や~、マジ勘弁って思っとったとき、ジュンちゃんが来たんや」


やっとその情景が頭の中をよぎった。日頃話し相手になってくれていたトラキチさん(ロッソ)が、ひどい大雨のなか、門の警備をしていたのを、自室で見た俺 (当時5~6歳?)は、どうにも気になって……。


「俺に傘を差してくれた」

「そう、……だったかな?」

「だったかな、やない。そうや。雇われ兵士に、キャンデーラの王子であるジュンちゃんは、傘を差してくれたんや」


懐かしそうに、ロッソは目を細める。


「でも、そんな大したことじゃないでしょ」

「なんでやねん!俺は感動したんやで!?俺は奴隷や。生まれてずっと、雨は濡れるもんや思うてた。一度たりとも、傘なんて差してもろうたことはない。傘を差してくれたのは、あんた一人だった」


絶え間なく降り注ぐ雨のなか、小さな俺が、甲冑を着た大柄な兵士に、小さな傘を差してあげる姿が想起された。


「もちろん俺の力を買って士族階級にしてくれはったジョン王にも感謝はしとった。せやけど、俺に親切にしてくれて、優しゅうしてくれたんは、ジュンちゃんだけやった。だから、ジュンちゃんだけが、俺の死んでた心を救ってくれた恩人さんやねん」


気恥ずかしい気持ちになった。

情けは人の為ならず、ともいうが、親切をしっかり親切として受け止めてもらえるのは、嬉しいもんだな。


「ちゅうわけで、仕事の依頼は断る」

「うん。え?……ええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


どういう思考回路だこのバカ虎!と言いそうになったところで、ロッソは言葉をつづけた。


「仕事やない。ジュンちゃんのお願いなら、なんでも聞くっちゅう話や」

「っえ。あ、ああ、そういう?」

「うん?ほんで俺はぁ、何したらええ?」


*************************************


俺は、この数日に起きたことを包み隠さず話した。


王妃・リョーコの不倫、「マッチングアプリ」の発現、リョーコの毒殺、婚約者・マリヤの不貞の発覚、マリヤの執事で、不倫(?)関係にあるアンジェロ・ジャッシュのこと。


「ジュンちゃん、今なんて言うた?」

「ああ、ワタヴェ商会の次期会長なんだよ、そのアンジェロが」

「ワタヴェ商会。……うちの家族を奴隷として売りさばいてた奴等や」

「ええ!?」


獰猛な肉食獣の表情で、恐ろしい殺気を漂わせるロッソ。


「なおさら、ジュンちゃんについてくしかないわな。ジュンちゃんが婚約者をどうしようと俺はかまへん。ジュンちゃんのサポートに徹するわ」

「え?あ、ああ、ありがとう!」


ありがたい!


が!


まだ話の途中だ。

マリヤやアンジェロのいる、挨拶の国「グチモームス」入りをするために必要な魔法使い(ランセ・アズール)を仲間にするために、ロッソを仲間にしたい、というややこしい話をしようとしてたんだけども。


「サポートはする。そん代わり、そのワタヴェのガキは、俺に任せてくれへん?」

「別にいいけど、任せるって?」

「ンナハハ、愚問や。全身バラバラに斬り落として、獣人たちのエサにする。うちの家族の復讐をするんや、おもろいやろ?」


復讐。

笑ってはいるが、ロッソの両目を見れば冗談ではないということがよくわかる。声色から彼の本心が良く伝わってくる。


殺すのはよくない。そんなのは当たり前だ。

だけど、傷つけられたものが泣き寝入りのまま人生を終えるなんて、冗談じゃない。

俺やロッソには、復讐をする権利があるんだ。

そう思うと、眼前の虎の獣人に、一層強いシンパシーを感じ、今度は俺の方から、手を差し伸べる。


「ジュンちゃん」

「これからよろしく、ロッソ・カーマイン」


*************************************


俺たち二人は、「シラヴァマ」の歓楽街をぶらぶら散歩して、話の続きをした。


「ほな、その魔法使いんとこ行くツレは多い方がええな?」

「あてがあるの?」

「うちの傭兵ギルド『牙』の二枚看板、鉄角のギュウグウと剛腕のテイケオ。あいつらはかなり腕が立つんや。紹介するわ」


牛獣人のギュウグウ、猪獣人のテイケオ。二人が行きつけのBARがあるということで、俺はロッソについていっていた。が、俺がその二人の名前を「マッチングアプリ」で調べたことで、立ち止まることになる。


「ダメだこいつら」

「なんやて?」


++++++++++++++++++++++++++++++++++


ギュウグウ・ジョー(38) 獣人の国ドートン出身

職業:傭兵

171cm

自己紹介文

どーもー!ギュウグウ、です!(ドヤァ)ドートン出身の牛獣人やー!昔から、ワタヴェ商会にドートンの獣人売りさばいて、そん金使って、『牙』っちゅう傭兵ギルドを創設したんやー!傭兵の仕事を隠れ蓑に、全国各地、人さらいをしては、売りさばく。最高やで。奴隷売買はこの世界で金持ちになる、いっちゃんカンタンな方法やからなぁ~。この闇営業に文句言うてきたツレのポトちゃんをボコしてからは、だーれも俺等の奴隷売買のこと言わせんようにしとるから、ここ2、3年で入った若い奴等は、俺が極悪人なことは知らんやろな~(笑)!

固有スキル「甘言アマトーク!!!!!」(ランク:A)

(発動している相手を一時的に催眠状態に陥らせる)

剣術B 魔法B 知力E 体力A

+++++++++++++++++++++++++++++++++


もう一人のテイケオも同様。『牙』の二枚看板、創設メンバーであるこの二人は、傭兵ギルドを経営しながら、闇の営業、奴隷売買に手を染めていたのだ!


「ホンマのことか?」


鋭い双眸で俺を睨むロッソに、俺はこくりと頷く。


「信じてほしい」

「当たり前や!!!!ジュンちゃんが嘘つくわけない。あのボンクラ、脳筋なだけの糞おもんない奴等やと思うとったが、犯罪者やったとはな」


ロッソのしまい込んでいた爪が飛び出した。吃驚する俺を尻目に、走り出す虎獣人。


「ついてきてや!すぐそこにあのカスどもはおる!!!!」


虎の脚力に追いつけるわけがなく、あっという間に俺はロッソの姿を見失い、次に見つけたときは、20分ほどあとのこと。


そのとき、ロッソはBARの床で倒れ込んでいた。店内には割れたグラスの破片が飛び散っている。


「ロッソ!?」


仰向けに倒れていたのを起き上がらせる。息はあるようだ。だが、全身を鋼に硬化させられる、鉄壁の防御力を持つはずの虎獣人が、口から血を流して、せき込んだ。


「誰にやられた!?牛か!?猪か!?」

「はぁ、はぁ、ちゃう、女や」

「え?」


女?


ギィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



!?


BARの従業員以外立ち入り禁止と書かれた扉が、軋みながら開いた。


そして現れたのは、銀髪のロングヘアーをなびかせる、長身の美しい、女戦士。


銀に光沢する武具を全身にまとい、返り血を浴びたのか、色白い肌が赤く濡れている。両手には、牛獣人の生首と、猪獣人の生首。


「全部、貴女が?」

「ああ、この者たちは、傭兵ギルドを隠れ蓑に、奴隷売買を生業にする屑どもでね、私が成敗したのだ」


見た目に反してやや低い、ハスキーな声で女は言った。


“美しい”


この世界に来て “美しい” と思う女性に、はじめて出逢った。


「貴女、名前は?」


恐る恐る俺は尋ねた。そして、血に染まった顔で彼女は言った。


「我が名は、シルバ・アージェント。『罪人ざいにん殺しの剣鬼』なり」

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