第13話 女性不信の魔法使い
――ジュンさん、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか。
キャンデーラ領を離れ、現状あてのない旅路の途中、頭の上に乗っているウィズが質問をしてきた。
「なに?」
――ジュン様はどこに向かわれているのですか。
「行き先のこと?」
――いえ。人生の目標です。魔王を倒すだとか、最強になるだとか、この世界で、何を目標に生きていくつもりですか。
「それは」
当初の目標といえば、父さんの跡を継ぐ、つまりキャンデーラ家の王になる、だった。
けど、今の自分にはその資格がないと感じていた。それにまぁ、実際ないだろう。
実母殺しの王。なんという悪名だ。
真実を知る者は領内にはいないが、自分の良心がそれを許さない。
俺は王に相応しくない。
――ジュンさんは、女を殺したいのですか。
「はぁ!?おいおいウィズ。ずいぶん物騒な質問だな。そんなわけないだろ」
――しかし、あなたは、『マッチングアプリ』を使って、殺し屋を雇い、実の母親を毒殺しました。そして、この旅は、奴隷商人を見つけ出すだけでなく、不貞の婚約者を奈落に突き落とすためのものとおっしゃっていました。殺す、ということではないのですか?
「……それは、マリヤに会ってみないとわからない。どんな形であれ、けじめはつけさせるけどね」
――ジュンさんの以前の記憶データを参照してたとえるなら、ヤクザみたいな物言いですね。
「あぁ、たしかに」
こっちに転生して、間違いなく今が一番すさんでいる。俺はどうなるのか。どうしたいのか。自分でも漠然としていて、うまく言葉にできない。
「ただまぁ、やっぱり、けじめをつけなきゃ、とは思うよ。俺が俺の人生を生きるには、俺の人生を蔑ろにした人間に、毅然と立ち向かうべきだ。泣き寝入りしちゃいけないんだ」
合ってるかわからないが、これが今の俺の本心だ。寝取られました哀しいです、じゃないんだ。前の人生は、ことごとく寝取られ、ことごとく裏切られ、誰一人として、復讐することも、俺の傷ついた思いをぶつけることも出来なかった。
だが今回は違う。絶対に泣き寝入りはしない。謝罪はさせるし、贖罪はさせる。そして、俺の心の気が済めばそれでいいし、万一彼女に反省の色がなく、あるいは心からの謝罪と贖罪がないならば、俺はマリヤを殺す。
きっとそれは惨たらしくて、絶望的で、この世に生まれたことを後悔させるような殺し方になるだろう。
とどのつまり。
ああ、俺は自分でも信じられないくらい、ブチギレているんだな、女に。
一人で納得した俺に対し、頭上のウィズの更に頭の上には、?マークが浮かんでいた。
とはいえ。まずは物理的にどこへ向かうか、だな。
「ウィズ、相談していいかな?」
――申し訳ありません。わたしは、理想の相手を見つけだし、マッチングさせるためのスキルです。わたしには思想もなく、善悪の区別もなく、正誤の判断もつきません。相談相手には力不足かと存じます。
「AIみたいなもんか」
――ご想像にお任せいたします。
俺はキャンデーラ近くの野原に寝っ転がる。
目の前には小川がゆるやかに流れていて、魚が気持ちよさそうに泳いでいる。少しすずしいな。
俺は、ポケットから地図を取り出し、バサーッと広げた。
「グチモームスまで行くのに、最短で1か月はかかる。その道中はもちろん、グチモームスでマリヤとアンジェロと対峙するときのためにも、信頼できる仲間が欲しい」
まずはクロト、と思って屋敷内でプロフィールを調べたら、今は別の依頼を受けて、グチモームスとは逆方向に遠征しているようだ。彼の力を借りることは出来ない。
うんうん唸って考える。
いま、俺に必要な人材は誰だ?
そうだ。変装スキルか魔法を使える人がいいな。
グチモームスに入国しても、ジュン・キャンデーラだとバレてはいけないし(万が一のことをした後、戦争になってしまう)、俺の見た目を変えてくれるような人が一人は欲しい。
うん、魔法使いだな。
あとはクロト並みに強い戦士、回復魔法が使える治癒士(ヒーラー)。それと……。
ん~、大してRPGゲームとか前世でやらなかったから、定石がわからない。RPGの勇者パーティーって、どんな役割があるんだ?
「ねえ、ウィズ、相談があるんだけど」
――申し訳ありません。わたしは、理想の相手を見つけだし、マッチングさせるためのスキルです。わたしには思想もなく、善悪の区べ
「もういいわ!」
別に俺は頭もよくないし、計画を一緒に立ててくれる相談役、知力Sの人材を仲間にしたいな。
ウィズユー。
俺の言葉に反応して、出会い系アプリ風のヴィジョンが眼の前に浮かび上がる。
「ウィズ、検索ワード知力Sで、周囲10km以内に絞って探してほしい」
――かしこまりました。知力Sを検索します。
ウィズが20秒ほど検索をかけ、一件だけ、該当するプロフィールを表示した。
ツヤのないくすんだ青髪と無精ヒゲを生やした、くたびれた顔が映し出される。四十近い、壮年の男だ。一昔前のイケメンが年を取った感じだ。
「ランセ・アズール。『水神ランセ』と呼ばれる、かつてのS級魔法使い。ワケあり、か。性格は、女性不信の人間嫌い……」
――女性不信。ジュンさんとご一緒ですね。
俺はウィズにデコピンして、ランセのプロフィールを熟読する。
「……なるほど。決めたよウィズ。ランセを仲間にする」
――ランセさんは、水の国ウォーツにいらっしゃいます。ヴィラ湖の上流にある、『龍殺しの滝』で、暮らしているようです。
************************************
「この餓鬼か」
ジュンのいる場所より10Kmほど離れた『龍殺しの滝』の滝壺にて。
青髪の壮年魔法使い、ランセ・アズールは、水面を見つめていた。
滝壺の水に映るのは、小川沿いを歩いているジュン・キャンデーラ。
こんな辺鄙な場所で隠棲しているのに、急に誰かに見られているような気がして、半径20km以内の周辺を探知してみたら、この餓鬼が俺の網にひっかかった。
終始何も見えなかった。だが、確かに何かで、俺を探していたのがわかる。
現に、この餓鬼、俺のいる水の国ウォーツに向かって歩き出している。
「俺はガキも大嫌いなんだよなぁめんどくせぇ」
そうぼやいていると、後ろから、裸に薄い布をまとった女が現れた。
メリコ・サマーシノン。彼の婚約者である。
長身の彼女が、茶色のショートボブの髪を揺らしてにこりと笑いかける。
「私を愛してるんでしょ?ランセ」
ランセは、微笑みを浮かべ、彼女の首に両腕を回して接吻を交わした。
「君はいつも、上からメリコだな」
女も餓鬼も、老人も馬鹿も、人間は皆大嫌いだ。俺が愛しているのは、目の前の君だけ。
メリコ。
そう、君だけなんだ。
始まりは小鳥のように、続いて情熱的に。
身体を密着させて、何べんも何べんも。
相手の口から分泌される水分を、ランセは取り込んでいく。
ぷはぁ~!!!!!
「行こうぜ、メリコ様」
熱い抱擁のあと、びしょびしょに濡れながら、青髪の魔法使いは、メリコを抱きかかえて、寝室へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます